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9話 寝付けない夜と人の体温

 真っ黒の体色をした鬼に襲われた。

 今までの戦闘がまるで遊びだったのだと痛感させられた。


 この鬼は首を掻っ切っても死なない。


 いつの間にか殺した鬼まで生き返っていて、俺は囲まれ、殴られ蹴られ、不必要なほど剣で刺された。


 もう刺すところも残っちゃいないだろう、さっさと首を刎ねてくれよ。

 それでも鬼たちは、次の剣を突き刺してきた。


 ――そういうところで夢から覚めた。


 体中が汗まみれ。張り付くシャツが気持ち悪い。必死で息を整える。


 夢だ、ただ夢を見ていただけだ。言い聞かせても脳裏にある、昼に殺した鬼の顔。手の感触。


 剣は簡単に鬼の首を切った。あんな雑な剣でも容易く切れたのは、おそらく俺の技量のおかげだ。食材でも切るかのように抵抗なく首の肉を裂いて、そのあっさりとした命の奪い方が、今になって怖くなった。


 あんなに大きな生き物を殺したことなどなかったはずだ。いや、昔にはあったのか? 覚えちゃいない。体には力がある。だが心がまるで追いついていないことを今ようやく知った。


「……とにかく、寝とかないとな」


 他にすることなどないのだ。


 見回してみても起きている奴は俺くらい……クロエ?


 夜目が効く俺はクロエの様子がおかしいことにすぐ気付けた。


 震えている。こいつも悪夢を見ているのだろうか。皆は起こさないように小さく声をかけた。


「クロエ……平気か?」


 一瞬、肩をびくっとさせる。

 長い銀髪が顔にかかって分かり辛いが、頬に涙の跡がある。


「……さっきから、震えが止まらなくて」


 無事そうに見えたが、その実、心には確実に嫌な(おり)が積もっていた。

 俺も、クロエも。


「少し、歩くか?」


 クロエは返事もなくベッドから起き上がる。

 髪で囲った結界を少しだけ広げてもらい、そこから抜けて森を歩いた。


「無理してたんだな」


「まあ、ね。……フーディが、初めの時に、ティントアに抱っこしてもらってたでしょ。あれ、うらやましかったよ。わたしも許しが欲しかった」


 許し。

 なにか、芯に迫るような言葉だ。


 殺しも殺されも、本当のところ誰の許しもいらない。けれども許しが欲しいのは分かる。自分の暴力が間違っていたとは思わない。それでも誰かに、いいよ、とそう言って貰えればいくらか救われる。


「俺が許すよ、クロエを許す」


「……抱きついていい?」


「変なことするだろ」


「しないよ。今夜だけはね」


 そしてそのまま、俺の胸の中にすっぽりと納まった。あぐらの中に彼女を置いて、卵のように小さくなる恰好で、どうしていいか俺は分からず、とりあえず背中に手を回しておく。


「アッシュじゃなくて良かったのか? クロエはアッシュが好きだろ」


「顔のいい男はみんな好きだよ。ヴィゴもアッシュもティントアも、みんな好み」


 節操ないな。


 「なんかいいね。体温って……色んな嫌なものが溶けていく感じがする」


 それきり、クロエは喋らなくなった。丸まったまま動かない。二人の呼吸の音だけが森の中へ吸い込まれていく。虫の声、葉のさやぐ音。ゆるい風が抜けていく。


 三〇分はこうしていただろうか。

 ありがとう、と言ってクロエは立ち上がった。


「戻ろっか。これ以上してると体が反応しちゃいそうだし」


 ブレないなぁ……。

 ちょっとは元気になってくれたのだろうか。


「戻ったらアッシュのベッドに行ってみようかなー……」


「それは、やめといた方がいいと思うけどな……あいつが締め落とすっていったら本気でやると思うぞ」


「やるだろね。でも、もしかしたら眠りが深くて起きないかもよ? それにわたしちょっとマゾの気あるから大丈夫だよ」


 いやもう何が大丈夫なのか、むしろ大丈夫な方が大丈夫じゃないと思う。


 皆が寝ているところへ帰ると、ひとつ異変に気付く。フーディがティントアのベッドにもぐりこんで丸くなっていた。俺やクロエと同じように不安で目を覚ましたのかも知れない。


「へっへっへ、それじゃあ、お邪魔しまーす……」


 野盗のような下卑た顔でアッシュのベッドに足を入れていくクロエ。


 先ほどまでの弱った姿がもう遠い昔のように感じられた。


「んっ……。あーん? なんだよ……誰だよ……狭いだろ……クロエ? なんだクロエか」


 がばっとクロエの頭に腕を回すアッシュ。


 ああ、クロエ、永遠におやすみ……と思っていたら少し様子が違う。


 アッシュは腕を回しただけでそのまま眠りを再開したのだった。


 クロエは固まっている。

 そして顔から火が出そうなほど真っ赤だった。そういう時は照れるんだな……。


 俺は二つ空いたベッドと狭苦しそうなやつらを見て何だか無性に笑えてきて、それで、たぶんよく眠れたんだと思う。


 ――朝、俺は誰かの声で目が覚めた。

 誰の声かはすぐ分かった。そして何で騒いでいるのかにもすぐ合点がいった。


「なんじゃこりゃあっ!!」

 あまりにもデカイ声で全員が起き出す。


「なんでクロエが俺のベッドにおるんじゃい!!」


 おるんじゃい! っておまえ、寝起きはそうなるタイプの人なのか。


「ヤっちまったのか……いや、それともヤられたのか、俺は?」


「アッシュがぎゅーってしてきたんだよ? わたしは何もしてないよ」


 アッシュはまだ事態を飲み込めていない。

 ハッとした顔で尻に手をやる。いや、そっちの心配はいらんだろ。


 「……とりあえず離れろ。もうなんかよく分かんねーからいい! 朝メシ!」


 放棄した……。


 まあ流石のクロエも悪さはしちゃいないだろう。


 腕の中で固まった姿に何か出来そうな余裕は見えなかった。


 俺は顔でも拭こうかと荷物を漁っていたら何か踏んだ。

 随分柔らかい……カトレアが地べたに寝ている。


 「……なんで地面で?」


 「このベッド……ちょっと高くないですか? 昨日の塔を思い出しちゃいまして。さすがに今は平気なんですが」


 本当にトラウマなんだな。冗談みたいな理由だが、本人には深刻なんだろう。


 出発前の支度をする。ニンジンを齧って水を飲んで、そうしたらすぐに出発した。まだ太陽は顔を出し切ってはいなかった。徐々に白み始める空が綺麗だ。


 さて、今日はたくさん歩くことになるだろう。


 はやいとこ人の居るところを見つけないと飢えて死ぬ。

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