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89話 ~3章~ 星の娘

 エルフの歴史は古い。


 なんせ神が最初に創造した人種と言われるくらいだ。


 歴史、伝統、文化、俺たちのようなニンゲンがまだ居ない時代。

 そこはエルフが世界の規範だった。


 今なお残るエルフの影響として最も根強い物と言えば、おそらくニンゲンの美の基準だろう。

 エルフの容姿に近ければ近いほど美しい。


 エルフ種族に美男美女しか居ないと言われるのはそのせいだ。


 透き通るような色の金髪や銀髪。目の発色は様々だが、誰もかれも宝石のように美しい目をしている。通った鼻筋、薄いくちびる。華奢な体にすらりと伸びた手足。


 そして長く尖った耳、これは神の声を聞くためにあると言われている。

 流石に嘘だろうが、子供に話す寝物語で定番の話だ。


 俺以外の五人も全員が目を丸くしている。

 そう言えば今まで一人もエルフを見かけなかった。


 王だった頃の記憶は蘇らないが、エルフの数が少ないことだけは妙に覚えている。


 感覚として大都市であればさすがにチラホラ見かけるくらいの印象だったが、いくつか国を回ってようやくエルフ族に会えたとは、昔よりも更に数が減ってしまったのかも知れない。


「エルフ……いえ、ハーフエルフ……ですね?」


 カトレアも久々に見た反応でしっかり驚いていたのだが、冷静によく観察しているものだな。


 確かに耳の先が丸い。血を分けない純粋なエルフの耳はもっと細長くて尖っているのだ。確かにこの子はハーフエルフだ。


 俺とカトレアの台詞を聞いて、ハーフエルフの子はこちらよりも更に驚いた顔をしていた。


「わたっ! わたしの種族のこと知ってるんですか!?」


 ググっと物凄い勢いで近寄って来る。

 

「あ、ああ……。久々に見てビックリした。特にハーフエルフは珍しいし」


「す、すごい! エルフのお友達が居るんですか!? アタシを見てすぐにエルフって言われたのも久々なのに! ハーフエルフだってすぐに分かってくれるなんて初めてです!!」


 エルフって、今はそんなに貴重な存在になって居るのか……。


 確かに元々少なかったような覚えはあるが、ハーフエルフの子が言う感じだと種族としての認知すら薄れて来ているみたいだ。


「あっあの! アタシの名前! エレンイェルって言います!」


 ハーフエルフのエレンイェルがグイグイ近寄ってくる。

 顔が近いな、星を散りばめたような不思議な虹彩(こうさい)を持つ瞳に吸い込まれそうになる。

 

 エレンイェルか……確かにと納得するような名前だ。


 エルフ語でエレンは”星”もしくは”エルフ”の意味を持つ。

 そしてイェルは”娘”の意味を持つ。


 つまりエレンイェル=星の娘、もしくはエルフの娘である。

 この瞳の持ち主なら答えは一つだろう。


「星の娘か……良い名前をつけて貰えたんだね」


「エルフ語まで分かるんですか!?」


「いや、いくつか単語を知ってるだけだよ。……エルフ語話せる人いる?」


 俺が仲間を見回すと「わたしも単語を少し程度です」とカトレアだけが手を挙げていた。


「いやいや! 凄いですよ! なっ何で知ってるんですか? やっぱりエルフのお友達が!?」


 いつの間にか手をギュッと握られている。

 子供に似つかわしくない冷えた体温が伝わってくる。


 そうだったな。

 エルフは体温が低い。


 どれだけ太陽に照らされても触れると驚くほどヒヤリとしているのだ。


「ちょっとぉ~ヴィゴ? いつまで手にぎってんの? ……ったくちょっと可愛い子みたらこれなんだからなぁ~もぉ……」


 あー、はいはいっと、後でうるさくなるので手をパッと離す。

 エレンイェルが「あっ」と少し残念そうな顔をしていた。


 ……可愛いなこの子。


 さすがにエルフだ。


 クロエもフーディもカトレアもティントアも可愛いが、エルフ特有の神秘性を秘めた美に関しては一歩抜きんでている物がある。


「あの、えっと! 名前きいてもいいですか?」


 俺たちが順番に名前を伝えるとエレンイェルは一人一人の顔を見て嬉しそうに頷いている。


「皆さん……改めて近くでお顔を見ると……すっごい美男美女揃いですね……」


 美しい金色の髪に星々の瞳を持つエレンイェルから言われると何とも不思議な心地がするが、まあお礼は言っておこう。


「そのぅ、あのぉ……どこでエルフのことを知ったんですか?」


 どこで……うーむ、そう聞かれると非常に答えにくい。


 前世の僅かな記憶と言ったって信じて貰えないだろうし、とりあえず現在のところエルフの友人も居ないので、エルフ語をどこで学んだと言えばいいのだろうか。


 俺が困っているとカトレアが強引に話題を変えてくれた。


「そう言えば……エレンイェルちゃんは騎士なのですか?」


 エレンイェル”ちゃん”か。


 カトレア的にはフーディの扱いと一緒なんだな。


 エルフなので俺たちより年上でも驚かないが……ああでも、そういえば俺たちも自分が何歳なのか正確には知らないのだった。


「はい! 里を出て旅をしていたのですが、色々あって、今は騎王国で正騎士(せいきし)を任命されています!」


 正騎士。


 カトレアから事前の説明を受けていて良かった。


 騎王国の騎士は他国の兵士と比べても精鋭揃いだ。

 だが、その中でも更に選りすぐりの者は居る。

 

 正しく、間違いなく、正当なる騎士の中の騎士、それが精鋭中の精鋭である正騎士だ。


 こんなフーディと変わらないような小さな子がその座に居る。

 いやまぁエルフなので経験値は豊富なのかも知れないが。


 コロコロと変わる表情、明るい笑顔に錯覚するが、さっきから強者の気配を感じているのだ。

 

 エレンイェルは強い。

 少なくともそう簡単に下せる相手ではない。

 

「……なァ、お前より強い騎士は居るのかよ?」


 ずいと一歩前に出たアッシュが瞳の中に炎を宿している。

 ギラギラとした感情の溢れ出す迫力にエレンイェルが思わず一歩後ずさる。


「……は、ハイ! 正騎士の人は皆強いですよ!」


「いいねぇ。皆おまえくらい強いか?」


「そう……ですね。実力は近いものがあると思います」


「んじゃ、その中で一番強いのは? 何て名前してんのか教えてくれねェかな?」

 

 今からソイツに喧嘩を売ります。

 顔にそう書いてあるかのようだった。


 エレンイェルが二歩、三歩と下がり、体の前に手をやって壁を作っている。


 思わず距離を取りたくなるのは分かる。

 火が付いた時のアッシュの、この空気感。喉が渇いてくるような圧迫感は無二の感覚である。


 そっ、と。

 たぶん無意識だろうがエレンイェルが俺の服の裾をつまんでいる。

 

 おいおいおい、なんだそれ可愛いな。


「……エレンイェル。驚かせてゴメンね。アッシュは戦うのが趣味みたいな奴でさ。強い人がいるかも? って思うとちょっとこういう感じになるんだよ。見た目は怖いけど、急に暴れたりはしないから、大丈夫」


 背が低いので上目使いで俺を見上げ、小さくコクコクと頷いた。

 いやホントいちいち可憐だな。


「聖騎士の中で、アタシよりも確実に強い人は、ひとりだけ居ます。騎士長のアラゴルスタン様です」


 騎士長か。


 どのくらいの階級なのかは分からないが、幹部相当なのは間違いないだろう。

 実力者のエレンイェルをして自分より確実に強いと言わしめる腕、はたして如何ほどか。


 アッシュが尚も詰めかける。


「そのアラゴルスタンってのに会えねェかな? 大通りの騎士に聞いたけど試合させて貰えんだろ? ちょいと挨拶だけでもさせてくれりゃいいんだけどなァ」


 顔が怖いんだよアッシュ……。

 自分の好きな事でつい鼻息荒くなるのは知ってるが、もうちょっと落ち着いて聞かないとだな……。


 あぁほら、ついにエレンイェルが俺の体を盾にして半分だけ覗くような恰好でアッシュを見ている。

 あーもう可愛い。こりゃフーディとは違うタイプの可愛いやつだわ。


「……アラゴルスタン様は神出鬼没(しんしゅつきぼつ)な方でして……その、アタシもあんまりどこに居るとかは分からないです、すみません!」


「フーン? そうかい、まあいいや。……そろそろうちのリーダーと参謀からストップかけられそうだしな。そういう奴が居るって分かっただけ今日は収穫アリだな」


 カトレアの基本的に柔和な顔の中に僅かな(けん)を感じ取ったのかアッシュも雰囲気を改めた。トゲトゲパンチが効いているのかな……?


「あの、ヴィゴさんたちはお城にご用だったんですか?」

 

 パッと明るい顔に戻ったエレンイェルが聞いてくる。


「ああ、教国エドナの教皇から騎王陛下に書状を届けに来たんだ」


「えっ! すごい……! ヴィゴさん達って国使(こくし)様だったんですか?」


「あ~いや、教国に仕えているわけではないんだけどね。まあ、口きいて貰ったんだよ」


「へぇ~! じゃあアタシが案内しますよ! 陛下に会うのは手続きとかあってメンド―なんですよ。アタシならぱぱーっと飛ばせますから!」


 凄い砕けてるなエレンイェル!


 こんな外部の俺らの前で『陛下に会う』とか『メンドー』とか、国が国なら罰則物ではなかろうか?


 まあ案内してくれるのはとっても助かる。

 

 王城は広く大きく、城によっては攻められた時のことを考え複雑な設計をしている場合もある。手続き類もすっ飛ばしてくれるなんて万々歳だ。


「では!」とエレンイェルが俺の手を自然に取り、歩き出す。


 左手はエレンイェル。

 となれば右手にクロエが来るのは必然である。


「ねえヴィゴ? ねえねえヴィゴ? すっごい仲良しじゃん? どうしたの? どういうことなの? 好きなの? こういう感じがいいわけ? だからフーディ好き好きなの? そういうサイズ感がヴィゴのツボなの? ねぇどうなの?」


 怖い怖い。

 なんで俺が悪いみたいになってんだ。


 エレンイェルが人懐っこいだけだろう。

 クロエの髪が嫉妬の表れかユラユラと揺れ始めている。


 いったい後で何を要求されるか分からなくて怖い。

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