85話 ~3章~ 馬の名は
騎王国シャトロマへ向かうことが決まった。
教国エドナでお世話になった面々へ挨拶を終え、いざ出発。
冒険者ギルドのイライジャなどは情に厚く涙もろいところがあったのか、再開の約束を誓って固く握手を交わしたものだ。
教国近隣の冒険者ギルドで稼ぐビット村落愚連隊なので、この先もまた会える日は来るだろう。
マーキル教皇に騎王国へ行くことを伝えると、商人連国ゴルドルピーが書状をしたためてくれたように、騎王へ向けた紹介状を一筆かいてくれたのだった。
マーキル教皇と騎王アラソルディンは旧知の仲だそうだ。
「本音を言うと、君らを囲い込みたいところだったが……。
またいつでも訪ねて来てくれ。いつだって歓迎しよう」
感謝の言葉と共にマーキル教皇がポロっと怖いことを言っていた。
教皇が後ろ盾となればエドナで良いポジションを得られるのは間違いないが、宗教のように古くからある組織はしがらみも気苦労も多いだろう。そこはかとない政治色を感じさせる台詞だった。
「騎王国までどのくらいなんだっけ?」
フーディが馬にまたがりながら聞く。
実際に馬を操るのは後ろでフーディを抱えるように座っているサリだ。
「四日か五日くらいかな」
俺の回答に幅があるのは、今回が乗合馬車ではないからだ。
代え馬の必要もなし、死霊術の馬なので休ませる必要もなし。
飛ばせば三日で着くことも可能だろうが、そこまでやると今度は騎乗者の俺たちが疲れているだろうな。
「乗合馬車も楽しかったけどさ、やっぱりあたしたちだけで行く方が気軽でいいね!」
フーディが言った”気軽”のところは同感だが、乗合馬車の後半はめちゃくちゃ暇そうにしていたじゃないか。
暇すぎて皆の胴を締め上げる謎の遊びを始めるくらい持て余していた癖に、良く言えた物である。
「距離的には教国エドナへ向かう時とそう変わらないのですが、
今回は荷馬車じゃないですからね。
スピードが段違いです。本当にティントアくんのおかげですよ」
カトレアが礼を言った通り、休みなく働く馬が無料で手に入るなんてとんでもないことだ。
しかも、馬たちはティントアの支配下にあるため、繋いでおかなくてもどこかへ行ってしまうこともない。街へ入る時は外でブラブラさせて適当な時間に呼び戻せばいいのだ。
アッシュが唐突に挙手して宣言した。
「俺はコイツを黒王号と名付ける!」
アッシュが高らかに発表した名前には既視感があった。
あぁ、風船豚の時に白豚号と呼び名をつけていたっけ。
フーディが負けじと手を挙げた。
「ハイっ! じゃあ~……えっと、あたしの馬は黒狼号にするから!」
なんでオオカミ……。
アッシュに引っ張られすぎだろ。
まあでも、皆がそれぞれ乗る馬を分けるのはアリだな。
ティントアの支配下にあるとは言え、馬の性格や乗り味は個々で違いがある。
特に俺の場合は決まった馬に乗った方が違和感を減らせて好みだ。
「では、そうですね……私の子は黒百合号にします。
見分けやすいように、たてがみに花を結んでおきますね」
カトレアが緑生魔術を使用して馬に小花を添えている。
赤、黄、白……と黒騎馬が少し華やかになった。
黒王、黒狼、黒百合……と来たら、黒で始まる名前で統一したいところだな。
俺は何にしようか。
「じゃ、わたしのは黒髪号にする」
クロエの馬は黒髪か、髪って……。
と思ったが、馬なのに狼と名付けた子も居るので別に普通か。
俺の馬の名前は……うーん、悩む。
やはり立派な名前をつけてあげたいものだ。
ネーミング思案中のためティントアが先に発表した。
「俺の馬は、黒蜂蜜号にする」
なにそれ!?
急になんでもアリになってない?
そう驚いていたがフーディが「しまった!」と叫ぶ。
「あ~! 黒蜂蜜! あたしもソレにすれば良かったぁ~……!」
「くろはちみつ? そんなハチミツがあるんですか?」
カトレアも聞いたことがない顔で質問している。
「うん! ティントアと買い食い行進するでしょ?そん時にさ、露店のおっちゃんが言ってたんだ。
南の方は真っ黒のハチミツがとれるらしくて、それがすっごい甘くて美味しいんだって~!」
なるほど、実際にそんなハチミツがあるわけか。
ティントアが「名前、交換しようか?」とフーディに聞いたが「大丈夫。黒狼はね、もう狼としての自覚があるから、強く気高く飢えていく……一匹オオカミの誇りを胸にした馬になって欲しいからね」と自慢げに言っていた。
そんな大層な意味が含まれていると思わなかった。
ボク馬なんすけど? って黒狼が思っていないか心配だ。
さあて、俺以外は馬の名が決まってしまった。
中々に決めあぐねているとアッシュがこちらを見ながらニヤニヤ、そしてヒソヒソとカトレアに話しかけている。
「……来るぜ、来るぜぇ?……ヴィゴのやつ。
どうせ超かっこいい名前考えてんだよなぁ~。
あいつこういうの大好きだもんな」
「……そうですよねぇ。
ヴィゴくんのネーミングセンスってなんかこう、
凝ってるんですよね……いや別に全然フツーですけど?
って顔して素でカッコつけてる時ありますからね」
聞こえてるよお前ら!
もうちょっとヒソヒソやってくれよ。やりにくいだろうが。
とは言え、あんな意地悪どもに負けて無難な名前など付けたくない。
俺は負けない!
俺も声を大にして発表する。
「我が馬の名は……黒風白雨号にする!」
黒風白雨、激しい風と強い雨のことだ。
つまりそれくらい強く激しく速い馬となれ、という意味を込めて俺は名前を……笑い過ぎだよそこの二人!
「黒風白雨、かっこいい名前だね!」
ピュアな笑顔でクロエが俺に笑いかける。もう、ほんとクロエ大好き!
黒王、黒狼、黒百合、黒髪、黒蜂蜜、黒風白雨……。
うん、並べてみると頭に黒がついているので意外と揃った感があるな。
黒騎馬たちとは今後も長い付き合いになるだろうし、名前もつけたので可愛がってあげたいところだ。
俺は馬の首を撫でながら話しかけた。
「これからよろしくな、黒風白雨」
赤髪の戦闘狂と茶髪の酒狂いが視界の端で吹き出しているが、俺は無視を決め込むのであった。
しばらく軽快に馬を飛ばし、昼食を取って休憩してからまた旅路を再開する。
順調だな。
空は雨の気配もなく、程よく雲も出ているので日差しに焼かれることもない。
まだ初日ということもあるが、フーディも荷馬車より蔵の上に乗っている方が楽しそうだ。サリに乗り方を教わっていればそのうちコツを掴んでくるだろうし、一石二鳥だな。
今日の晩飯当番は俺とクロエなので何を作ろうか? と話していると、隊列の先頭を走るアッシュが唐突に翼を出現させる。
一瞬、敵襲かと思って愛刀に手を伸ばしたが、俺の気配センサーには何も引っかかっていない。
念のため「アッシュ?」と呼んだが、違う違う、と手を振るジェスチャーが返ってきた。
「大丈夫、敵じゃねえよ。ただの練習」
言い終えて馬の背からアッシュが飛び立つ。
また突然だな。
黒騎馬たちは特にビックリした様子も見せず、ブルルと軽い嘶きを見せただけで落ち着いたものだ。
見上げれば頭上でアッシュは羽ばたいている。
「今んとこと少ししか飛べねーんだよなァ。
長いこと飛べたら便利だろ?
騎王国に着くまで暇だし今の内に練習しとこうと思ってよ」
熱心だな。
アッシュの戦闘能力で自由に空まで飛び出したらどうなってしまうのだろうか。
末恐ろしい奴である。
馬の背からジャンプして飛び立つ。
十秒くらい空中でバサバサやって馬の上に戻る。
息を整えまた空に昇る。
アッシュの飛行訓練を見守っていたところ、フーディがとある思いつきを口にした。
「ねえアッシュ! 馬の上で翼出してさ、
ちょっとジッとしててよ。良いこと思いついたんだ~!」
アッシュが顔に疑問符を浮かべながらも言われた通りにしている。
「いくよ~?」
フーディがアッシュに向け、手をかざす。あ、これもしかして……。
馬が浮いた。
大きな翼を持つアッシュを乗せたまま、天高く疾走している。
「これさ! 天馬っぽくない!?
翼生えてるのは馬じゃなくてアッシュだけどさ!
パッと見は天馬に見えるよね!?」
お~確かに。
というか黒王号、落ち着いてるなぁ。
普通の馬なら空に浮かされるなんてパニック必至だろう。
「すげぇ~! なんかめっちゃ気持ちいいわこれ~!
でもまぁまぁ怖ぇから早いとこ降ろしてくれ~!
つかフーディ、おまえ浮かす前に一言でもいいから言えよ。普通にビビるわ」
一応アッシュにもその辺の恐怖感とかあるんだな。
まあ他人に浮かされているわけだから当然か。
「アハハ! ごめーん! いま降ろすね~!」
しかし今さらだが、仲間内から見てもメチャクチャをやる奴らだな。
馬に乗って旅をしている最中に翼を生やして飛ぶ奴と、馬を浮かせて天馬ごっこをやる奴だ。ヨソで話を聞いても何者なんだそいつらは、と思うだろう。
「あたしも飛びたーい!」
フーディがそう言い出したので、アッシュが抱きかかえ、今は二人して空に居る。
「わたしも! アッシュわたしも!」
クロエもお願いしたのだが妙にカッコよく断られる。
「ダメだクロエ。お前の邪な考え、俺の神気には筒抜けだぜ?」
神気すごいな。そういうのも分かるようになったのか。
ちなみに今のは神気がない俺でも分かった。
普通にクロエがハァハァ言いながらアッシュに頼んでいたからだ。
抱っこされたかっただけなんだろうな。
「ちぇ~、いいもん。後でヴィゴに抱っこしてもらうから!」
漏れてる、漏れてるよ。
せめて「空飛びたかったな~」って言わないとダメだろ。
そんなこんなで、ただの馬の旅でさえ賑やかな六王連合なのだった。




