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84話 ~3章~ イスタリオス

 宿に戻ってベッドの上でゴロゴロすること数時間。


 カトレアの酔いが覚め、皆の腹の具合も落ち着いてきた。


 これよりアッシュの首の後ろから伸びている魔力の(みち)を辿っていき、何か情報が得られないか調べてみるのだ。


 俺からすると何のこっちゃ分からない。


 召喚術などで使う、魔力で作った路、喚術路(かんじゅつろ)


 これの扱いはティントアが一番上手だそうで、皆にあれこれと指示をしている。


「まず、クロエは俺とフーディとカトレアに髪を巻き付けて。なるべく均等にね」


「おっけい! どんな感じで巻く? 全身グルグル巻きも出来るけど」


「いや、首だけでいい。喚術路(かんじゅつろ)は首の付け根から開く。

 だから、俺が路を作った時の魔力幅(まりょくはば)を皆に共有して欲しい」


「えと……ティントアごめん。魔力幅? って私に分かるかな? 魔力の扱いは髪の毛で分かるけど、あんま魔術知識ないよ?」


「大丈夫、この辺の感覚が一番鋭いのはクロエだ。髪を扱う時の魔力、見れば分かる。俺の首から出る魔力を、そのままフーディとカトレアに渡してくれればいい」


「ん……これで、いいのかな?」


 クロエが自分の髪を伝わせてティントアの魔力を二人に渡している……のだと思う。


 俺の目からすると何かしら流れているよな~とは思うが、そこまでだった。


「完璧。どう? フーディとカトレアは」


「……すごいです……ほぼ完ぺきな同調です」


「……クロエすっごい……てかティントアの魔力量もすっごい」


 そんなそんな~、と照れて頭を掻くクロエだったが魔力を同調させる技術に綻びは一切ないようで、それぞれのメンツに得意な物があるのだと改めて認識する。


「よし、それじゃ……俺が喚術路(かんじゅつろ)を開くから、始まったらまずはカトレアが簡易大系(かんいたいけい)を作って、

 作り終わったらフーディが入って来て、カトレアの脆いところを補強していって欲しい」


「え、いいのティントア?

 あたしだけ簡単じゃん?」


「大丈夫、補強させる魔力の質、それ考えるとフーディ以上の適任はいない。

 穴があったら雑に土を被せるイメージでいい」


 いやぁ本当に毎度毎度なんの打合せをしているのかサッパリ分からない。


 分からないのだが、何故か妙にワクワクする。


「……準備、いい?」


 クロエ、フーディ、カトレアが頷く。


 ティントアがアッシュの首を、後ろから掴む。

 そしてアッシュの手からティントアの手に硬貨がいくつか落とされた。


 俺だけ何の役割もなくて少し寂しい。


 手に落とされた硬貨が消え、ティントアがぼおっと光を放ち始める。


 おそらく喚術路(かんじゅつろ)を開き、アッシュが言っていた金の向かう先を調べているのだろう。


 集中するためか、魔術師の三人が示し合わせたように目をつむり、カトレアが思わず息を漏らした。


「ッ……なんです、この術……。

 こんな緻密な物はじめて見ましたよ……」


「……あたしも気を抜いたら補強が遅れそう、カトレアの簡易体系がなかったらヤバかったね」


 カトレアとフーディは瞼の裏で同じ物を見ているのか、細心の注意を払う雰囲気で話している。


「うん。クロエに魔力幅(まりょくはば)、渡して貰えなかったら……まずここまで入れない。そのくらい高等な術だ。四人のうち、一人でも欠けたら成立してない」


 ティントアもいつの間にか額に汗を浮かべている。


「……ゆっくり進もう。俺が先頭、次がカトレア、最後がフーディ。

 この順番は必ず守って、でないと一瞬で切れる」


 見ているだけの俺でも緊張してくる。


 うちの魔術師たちがこれだけ気を張って事にあたるなど、蘇生の術はよっぽどの代物なのだろう。


 三人は黙り込み、短くない時間が経つ。


 三者共に汗びっしょりで、シャツの胸元に染みをいくつも浮かべ、こめかみから伝う雫が顎を通って床にポタポタと落ちている。


 タオルで拭いてやりたくなるが、体に触れて集中を乱すのもまずそうだ。


「……長いね、だいじょぶかな?」


 クロエが振り向いて話しかけて来る。

 三人とは対照的に涼し気な様子だ。


「クロエは平気なんだな。

 魔力幅ってやつの調節をしてるんだよな?」


「うん。してるんだけど、わたしのはいつも自分でやってる事だし、別にカンタンだよ?」


 クロエが声を出来るだけ小さくして続ける


「……アッシュもずっと黙ってるけど……これたぶん、話しかけないほうがいいよね?」


 俺もなるべく抑えて耳に口を寄せる。


「……そうだな。下手に手を出すのも怖いから見守ろう……一応、ちょっと離れとくか」


 クロエと二人でベッドのところまで下がる。


 ティントアたち四人は微動だにせず集中力を保っている。


 その後もずーっとだった。

 ……石になったのか? というくらい固まっている。


 始めのうちはベッドに腰かけ、クロエと並んで真剣に様子を窺っていたのだが、何が起きているのか分からない物をとにかく見続けるのは飽きが来るもので、そのうち寝転がって見るようになった。


 クロエが俺の腹を枕替わりにし”丁”の字みたいな形で見ていた時だった。


 唐突にティントアが「(みち)を閉じる!」と叫んだ。


 大声に驚いたクロエの頭が、俺の腹の上で跳ねた。


「フーディから先に外れて!

 抜けたらカトレア!

 最後に俺が出る! 急いで!」


 ど、どうしたらいいのだろうか。


 ひとまず”丁”の字を見られるのはマズい気がしたので二人して正座に移行して待つ。


 先に外れると言われていたフーディが膝から崩れるように床にへたり込み、続くカトレアも似たような状態で床に座り込む。

 最後にティントア……と思ったが、ティントアだけ様子がおかしい。


 さっきまで汗だくだった顔は噓のように一変していた。


 いつの間にか開いていた目、視線の動かし方、表情の作り方、全てがティントアらしくなかった。


 ティントアらしくない。

 そのことに気付いた俺はナイフを抜く。


「お前は、誰だ?」


 ティントアの中に誰かが居る。


 そして、それはアッシュではない。


 全く知らない人間がティントアの内に居るのが分かった。


『……四人がかりとは言え、この術を辿れる者が居るとはな』


 ティントアの口から、知らない人間の声がする。


 男のような女のような、判別のつかない中性的な声だった。


『あぁ……見ない顔ばかりと思ったが……なるほど。私の知らないところで使われたか』


「お前は誰だ!?

 ティントアに何をした!?」


『落ち着け。何かをしてきたのはお前たちの方だろう? 別に危害を加える気もないさ』


 謎の人物は平坦な声でそう言った。


 敵意はないように思うが……抑揚のない声はいまいち掴みどころが無い。


『私の名はイスタリオス。

 何か目的があって辿ってきたのだろう?

 こんな複雑な術を興味本位で覗き込む者も居ない。何が聞きたい?』


 イスタリオス……。

 こんなにあっさりと名前を明かすとは……。


 偽名か? 俺たちが何かを聞いて素直に答えるのか?


 あまりに唐突な展開で判断が鈍る。


『警戒する気持ちも分かるが、黙っているだけなら消えて構わないか? こちらに特段の用はない』


 ここは……踏み込むべきだ。


 イスタリオスを信じるわけではない。


 だが、俺の嗅覚が何かを察知している。


 ただで返すには惜しい存在だと本能が告げている。


「俺たちの返済額を知りたい!

 アッシュの蘇生に掛かった金は、一体いくらなんだ?」


『ああ、なるほどな。腑に落ちたよ。

 そういうことなら騎王国に行け。

 答えがある』

 

 騎王国? 


 そこに何が……そう重ねて聞こうとしたが、イスタリオスは『もういいだろう』と回答をくれる事なく消えた。


 ティントアが崩れ落ちた。手で繋がっていたアッシュも同様にドサリと尻もちをつく。


「……みんな、大丈夫なのか?」


 近くのティントアから順番に介抱していくが、大汗をかいているだけで受け答えが出来るくらいの意識はあるようだった。


「……とんでもないのが、待ってた、ね」

 ティントアが自分の袖で汗を拭いながら言った。


「ええ……魔術師としての格が違い過ぎます……あちらに敵意が無くて助かりました……」


 カトレアは脱力して手足を放り投げたまま天井を見上げている。


「半端なかったね……あたしたちと三対一の魔術戦できそうなくらい、ほんっとにレベル違う」


 三者三様に魔術の深淵を覗き込んだような感想だ。


「……んハァッ!? うおっ!?

 なんじゃこりゃ! どした!?

 なんかあったんか!?」


 アッシュは完全に意識が飛んでいたようで、事のあらましをティントアが説明する。


 喚術路(かんじゅつろ)を開き、手の平に硬貨を落とし、アッシュの首から開く(みち)を経て、無事に魔術を辿ることは出来たらしい。


 蘇生の術を構成する魔術体系の複雑さ、緻密さ、道筋を一本間違うだけで即座に弾き出される精密操作の極致のようなやり取りだったそうだ。


 体系を読み解き、俺たちの触れた金銭がどこへ飛ぶのか判明した瞬間だった。


 白地に金の文様が入ったローブが、イスタリオスと名乗る魔術師が、全てを上書きしたそうだ。


 一切の抵抗が出来ず、ティントアが使った喚術路(かんじゅつろ)を逆に利用され、体を乗っ取られイスタリオスの言葉を運ぶ存在となってしまった。


「ティントア……その、今はもう大丈夫なのか?」


 今後もイスタリオスが事あるごとに体を乗っ取るのではないか?


 そう心配になったのだ。


「大丈夫、完全に繋がりは切れてる。元はあちらの術だから、入り込むの、意外と簡単だったりするんだけど……それでも三人で抜かれたのは、正直ショック」


 世界は広いね、とティントアがどこか嬉しそうな顔でそう言った。


 見たところティントア以外も無事そうだ。

 何でも集中力を物凄く使ったのは確かだが、疲労や苦痛が伴うような行いではないらしい。


 誰かが倒れたまま動かなくなるかと思ってヒヤヒヤしたが、杞憂(きゆう)で良かった。


 それにしても……。


 思わぬところでとんでもない存在と出くわしたものだ。


 三人の口ぶりからして魔術の腕はあちらが上。


 フーディの感覚としては三人がかりの魔術戦でもどうなるか分からないとのことだ。


 イスタリオスは騎王国に行けと言い放った。

 そこに答えがある、と。


「次の進路が決まったな」


 騎士の国、騎王国シャトロマが目指す場所だ。


 負債の呪いだけではない。何かきっと他の物事が俺たちを待っているような気がしてならない。


 イスタリオスのあの反応も、俺たちのことを知らない訳ではないだろう。


 いざ、騎王国。

 皆がそれを口にした。


 一人だけ意識が飛んでいたアッシュは「なんで騎王国?」と一人だけ付いていけないのであった。


~~~ 魔術用語集 ~~~


魔力幅まりょくはば】放出・内包されている魔力の量や強さのこと。

 複数の魔術師が同一の術を使う時、魔力幅を調節して術を発動させると、威力や効果を増大させることも出来る。


簡易大体系(かんいたいけい)】魔術体系の前段階に当たる大系。

 基礎体系よりも初歩的な存在で、中身のない枠組みだけのもの。

 即席で一度限りの魔術を使う時など、使い捨て感覚で作る物らしいのだが、そもそも簡易体系を組めるほど腕のある術者は少ない。

 白・赤・黒の三要素を持つカトレアだからこそ即興で作れたらしい。

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― 新着の感想 ―
人類のハイエンド3人まとめて相手できる、死者蘇生の源とは。冥府の王か何かか。金銭とか必要あるんかな。 騎王国、騎士なのか騎馬なのかで大分印象が異なる。新天地は楽しみ。
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