82話 ~3章~ いつか会うかも知れないと思って生きたい
「それじゃケイティルさん。俺らはそろそろ発ちます。
しばらくは六竜館という宿に居ますので、
また何か仕事がありましたらギルドの方にお願いします」
「この度は本当に助かりました。
報酬も少し色をつけさせて頂きましたので、
また何かあれば力を貸して下さい。旅の無事を祈っております!」
一宿一飯の恩に預かり、ケイティルと町の人たちに見送られながら農場を後にする。
良い場所だったな。
人もメシも温かかった。
また仕事があるなら喜んでやって来よう。
残念ながら見送りの輪の中にルメールは居なかった。
まあ仕方がないか。
昨日一晩のやりとりだけで心根を入れ替えさせるなんて、そんな大それたこと俺には出来ない。
何か少しでもきっかけを得てくれたらいいのだけどな。
そう思っていたら、後ろから馬の足音が聞こえてきた。
振り向けばやって来たのはルメールだった。
よほど急いでやって来たのだろう。肩で息をしている。
俺の顔を見て、何を言うか迷った末、短く言葉を出した。
「……もう、行くのかよ?」
「ああ。仕事も終わったし、仲間が待ってる」
「そう、か」
ルメールの顔には物足りなさがあった。
わざわざ馬で駆けてきてまでやって来たのだ。
俺を一目見ただけで気が済んだような顔はしていない。
言葉を待つ。
「俺は……俺が、どうしたいのかよく分からねえ。
昨日は……ヴィゴに言われた事をずっと考えてたんだが、答えは出なかった」
自分が本当はどうしたいのか?
それを知るのはとても難しい事だ。
「あのさ……また会えるか? すぐじゃなくたって良い。
この農場でもいいし、どこかの酒場でもいいし……そう、だな。
……何て言うか、またヴィゴに、
いつかどこかで会うかも知れないって、そう思って居たいんだ」
あぁ、良かった。
俺の言葉はルメールの中に何かしらを残していけたらしい。
「……分かった。じゃあルメール。
ここか、また違うどこかで、必ず会おう」
ルメールの顔が晴れる。
大きな可能性を見たような瞳の輝きが俺にも伝わってきた。
「じゃあ、またな」
去り際、そう声を駆け馬を走らせた。
俺は振り返らない。ルメールは俺たちをじっと見ているようだった。
黄金の畑がどこまでも続く道を、一本の線が引かれたようなこの道を走り去る俺たちを、姿が見えなくなるまで、目で追い続けるのだろう。
「少し良い顔をしていましたね。ルメールさん」
カトレアも晴れやかな顔で話しかけてくる。
「そうだな。ルメールがこれからどうなるか分からないけど、上手くいってくれたら良いよな」
「……なんかヴィゴ、あのまま付いてくるか? とか言い出しそうでヒヤヒヤしたよ」
クロエが珍しくジトっとした目で俺を見てくる。
「……まぁ面白そうだけどな、
でも跡取り息子を勝手に連れ出してケイティルさんに恨まれたくはないよ。
それに、俺らの中にルメールを放り込んでも可哀想だ。
基本的に見栄っ張りだろうし、
旅ともなれば俺たちに出来て彼に出来ない事は多すぎる。
実力差を知って萎縮させちゃいそうだ」
「そっか。それならいいんだけど。
わたしは今の皆で居たいよ。六人で……あ、サリもいるから七人か」
「そういや、外から入ってくる人が苦手なクロエにしては、
サリのことは簡単に受け入れてたよな?」
「あ~、そだね。でもサリは別じゃない?
仲間だけど、半分くらいティントアの使い魔みたいな感じだし?
あと、なーんか話が合うんだよね。フェチ的な空気感が合うというか」
たしかにサリは特例か。
六人と違っていつも姿を現しているわけではない。
雑用からお使いからフーディの世話までこなす鎧を着たメイドさんのようになっている。
「ヴィゴくん的には、仲間を増やすことはどう考えてますか?」
本格的に七人になると六王連合の名前に違和感が出て来るが、それはまあ置いておくとして。
「アリだと思う。うちのパーティって前衛が少なすぎるしな」
「そっかな? ヴィゴとアッシュとサリ、三人も居るよ?」
はて? という顔でクロエが言った。
「いや、俺は元々、面と向かって切った張ったやるタイプじゃないよ。
シンプルな一対一で敵を殺すのは慣れてるけど壁役が得意とは言えない。
サリの方もティントアが狙われると意外と脆いし、
守るために受けざるを得ないタイミングが必ず出て来る」
伝わっただろうか?
後衛寄りの人たちから見るとイマイチ俺やアッシュの違いが分かってなさそうな気がするからな。
「理想を言うなら、防御の上手い奴。
アッシュはどう見ても攻めるのが好きだから、
攻守に分けて前衛を二枚。中衛にクロエと俺。
クロエの髪ならカバー範囲も広いし対応速度も速い。
俺も手裏剣が使えるし、前衛の動きを見ながら不意打ちがしやすい。
そんで後衛の魔術師組が三人……っていうのがバランスいいかな」
「なるほどね~」とクロエも納得してくれたようだ。
「ま、実力のある人が居たとしても俺たちと性格が合うか分からないし、
無理に新しい仲間は考えてないよ。
俺らみたいなのが集まったパーティもそうそうないだろうし、
正直、今のこのメンツは揃い過ぎてるくらい贅沢な手札だ。
ちょっと工夫すれば大抵の無理は通せる」
理想を言い出せばキリが無い。
足るを知り、創意工夫こそが活路を見出すのだ。
「でもさ、フーディみたいな可愛い系の男の子だったらアリじゃない?」
何を急に仰ってるんでしょうかね。
この銀髪の色ボケ姉さんは。
カトレアもやれやれと肩を竦めている。
「ほら、タイプ的にさ、ティントアはキレイ系でしょ?
アッシュはカッコイイ系だし、ヴィゴはセクシー系じゃん?」
俺ってセクシー系だったの!?
「パーティに一人くらい可愛い系が欲しいじゃん? ねえ、カトレア」
「あーソウデスね~」
「ほら、カトレアも言ってるよ」
カトレアすごい棒読みだったけどな。
「……クロエの満足度向上のために新たな仲間を募るのはちょっとご勘弁願いたいです」
「居た方がいいと思うけどなぁ~、バランス的にさぁ~」と、納得いってない様子だった。
いったい何のバランスなんだそれは……。
新たな仲間か。
カトレアならどんな事を言うか気になって水を向ける。
「私ですか? そうですねぇ……。
ヴィゴくんが言う通り理想に終わりはないですし。
直近でサリも加入しましたからね。特に思いつきませんが……。
強いて言うなら方針決めの話し相手がもう一人欲しいですかね」
確かに今は俺とカトレアがその辺の事を話している。
三人寄れば文殊の知恵になるらしいし、新しい角度の考え方があれば幅も広がるだろうな。
「ですがまぁ、ヴィゴくんと私で話し合って進めればそんなに下手を打つ気もしません。
……相談相手が居て良かったですよ。いつもありがとうございます、ヴィゴくん」
にっこりして礼を言われた。
この流れで日頃の感謝を言われるとは思わず、少し不意打ちだったな。
「問題児が多いからなぁ。
俺一人だったらどうなってたか……カトレアにはいつも感謝してるよ」
「え……ちょ……何で急に二人でイチャイチャしてるの?
……うちのパーティはそういうの厳禁だから! 風紀が乱れるよ!」
風紀の破壊神がそれを言うかね。
「いいんですかクロエ?
それだと今後はヴィゴくんとの接触が無くなりますよ?」
「そ、それはスキンシップだから!
コミュニケーションだよ、良きリレーションを計り、
結果にコミットするためにもマストだからね?」
どこで覚えてきたんだソレ。
「あ、話は変わるんですけど、
サリってティントアくんからどのくらい離れて平気なんでしょうか?」
「あー……確かにお使いとかで割かし一人で出歩いてるよな。
もしかして、あのまま逃げられたりするのかな?」
「それは無理ですよ。ティントアくんの課した縛りは非常に強力です。
それにサリの気質もあって、無理強いされてるわけじゃないですから。
もし、かなりサリが離れた距離を移動出来るなら連絡手段に使えないかなーと……え?
あれ……サリですよね?」
農場から出て見晴らしの良い平原を馬で行っているのだが、街道の先に見慣れた馬と鎧が見える。
サリだ。
うわぁ……黒い馬に赤っかな鎧。
こうして見ると物騒極まりない出で立ちだな。
黒騎馬の赤い死神と噂になりそうだ。
「皆様~! 良かった!
行き違いにならないか心配だったのですが、会えましたね!」
見た目の厳めしさに反するコミカルな動きで手を振っている。
兜を脱いで顔を見せれば、かなり飛ばしてきたのか息が上がっている。
「サリ、そっちで何かあったのか?」
「いえ、特に問題ございません! 森の魔獣、冠熊ですが、
アッシュ様お一人で十分に対処可能です。ただ、事前に聞いていた依頼内容より数が多く、
少し森の奥まで入るのでもう半日ほど掛かるとのことです! 念のためヴィゴ様たちに心配をかけないよう伝令に参りました!」
明朗快活な報告を受けて「ご苦労様」と返す。
するとサリは少し物足りなさそうな顔をして言う。
「もっと吐き捨てるようにお願いします!」
……俺は少しだけ間をタメ、気だるげな雰囲気でため息混じりに言葉を放つ。
「あー……はいはい、ごくろーさん」
「……うっ……はい! ありがとうございます!」
お気に召したようだ。
「皆様はお困りごと等ありませんか?
こちらは目途もついておりますので、
手が要るようでしたら残るようティントア様から仰せつかっております」
「いや、昨日の時点で依頼も達成済み。これから教国に戻るところだ」
「承知致しました。
他に何も無ければティントア様の元へ帰還いたしますが、構いませんか?」
「え、もう帰るのか? 俺らと一緒にゆっくり戻ってもいいんじゃ……」
「いえいえ、馬車馬のごとくコキ使われるというのも乙な物ですよ?」
悪いがそんな物に趣を感じられる性は持ち合わせていない。
「それに、行きは地道なものですが、戻りは一瞬なのです。私は霊体ですからね」
では、とサリが敬礼を一つして灰になり消えた。
言葉通りティントアの元へ帰ったのだろう。
「……サリは便利ですねぇ。
ティントアくんからの一方向とは言え、戻りを気にせず伝令が出来るのは使い道がありそうです」
ともかくアッシュたちも順調そうで良かった。
俺たちは一足先に六竜館へ戻って休ませてもらおう。




