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81話 ~3章~ ヴィゴの覚悟

「息子が……ルメールが犯人だと思います」


 苦虫を噛み潰したような顔とは正にこの事か。

 ケイティルはそれくらい言いにくそうにしながら俺たちに話をしてくれた。


 魔動人形が一斉におかしくなった事で誰かのイラズラを想定したこと。


 夜の見回りをする衛兵がルメールらしき人影を見たとのこと。


 動機は、外の世界に憧れているルメールが自分の町に冒険者を呼びつけるためにやったのではないか? そう考えると辻褄があった。


 他にこんな事をしでかしそうな者に心当たりがない……と、ケイティルは大汗をかきながら語った。


「こんなお願いをするのも申し訳ないんですが……良かったら、ルメールと話してやってくれませんか?」


 この親父さんは本当にルメールの事を心配しているんだな。


「あんな馬鹿な奴でも、ワシの息子なのです。

 ルメールもあなた達の言葉なら真面目に聞いてくれるかも知れない。

 ……剣に生きてみたいというルメールの気持ちが本当なら、ワシはそれでも構いません。

 ですが、チャラチャラと浮ついた気持ちでやっていけるほど甘くない。それを知ってほしい……。

 畑の(くわ)も鋼の(つるぎ)も、

 真剣に打ち込むからこそ身になるのだと、

 どうかあの子に教えてやってくれませんでしょうか?」


 ううむ。

 いい親父さんだな。


 ケイティルの気持ちとしては農家を継いで欲しいだろうに。


 ルメールが一端の人間として何かを得られるのならそれを応援したい、そこまで想っているなんて本当によく出来た親御さんだ。


 カトレアとクロエと目を合わせ、頷く。


「分かりました。ルメールと話してみます。

 ……俺たちが話してどうなる保証はないですが、それでも構いませんか?」


「ええ、ええ! 勿論ですとも! 

 依頼のことから何から何まで……もう何とお礼を言ったらいいか……。

 ささ! せめて町の物でも召し上がってゆっくりしてくだされ」


 ほんっとに良い人だな!


 依頼で来て仕事をしただけだと言うのに、まあ確かに魔動人形を停止させた手際は良かっただろうが、こういう真っ当な人格者で稼業も成功しているような立場ある人とは今後も付き合いたいものだ。


 ケイティルが頭を下げて去っていき、愛想のいい町の人たちも集会所から出て行った。


 一晩で食べきれない量の酒と食事と振舞われ、いやはや少し申し訳ない程である。


「ケイティルさん……本当に良い人ですね!」


「ね! 優しいし気も使ってくれるし、真面目な働き者なんだろうなぁ」


 カトレアもクロエも俺と似たような感想だったらしい。


「教国エドナにしばらく居るなら、今後も付き合っていきたい人だよな」


 死霊術師のロジェや審問会長官のディエゴと違って、さすがに裏はないだろう。

 これでケイティルが何か企んでいたら人間不信になるところだ。


「さてと、ルメールに話すって言ってもなぁ。何をどう話す?」


「わたしはパス。顔が好みじゃない。興味が無さ過ぎてロクなこと話せないと思う」


 クロエの他人に対する冷たさというのは時折、吹雪のように強烈だ。


「ヴィゴくんでいいんじゃないですか? 

 自分を叩きのめした人の言葉ですから、耳にスッと入るかも知れませんよ?」


「どうかね? あれで更にヘソ曲げてなけりゃいいけど」


 クロエが急に立ち上がり「水浴びしてくる」と言った。

 唐突だな。


 だがまぁ、もうすっかり夜だし、寝る前のこの時間にスッキリしておきたい気持ちは分かる。


「ヴィゴ、覗いてもいいからね?」


 覗かねえよ、と言いかけて何となくからかいたくなった。


「ああ。後で行くから綺麗にして待っててくれ」


 クロエの目が一瞬で血走る。

 怖すぎる。取って食われそうだ。


「マッテルカラネ?」


 辛うじて聞き取れるような発音を残し、性獣(クロエ)は去った。


 今頃はお気に入りの石鹸で隅から隅まで洗っているのだろう。

 体を清潔に保つことは何とも素晴らしいことである。


「もぅ、ヴィゴくん。また意地悪なことを……」


「……なあ、カトレア。この服を貸すからさ、

 俺のフリしてクロエの様子を見に行ってみてよ」


「……えっ、それ面白そうですねぇ」


 カトレアがいそいそと貸した服を着て俺っぽくなるように髪まで整えだす。

 意地悪に関しちゃお前も大概だと思うぞ?


「クロエの反応が楽しみです……」と、言い残しコソコソと集会所の端にある洗い場に向かうのだった。


 同じ室内にあるので聞き耳を立てずとも様子が伝わってきた。


「ヴィゴ!? いらっしゃ――カトレア!? 

 貴様! なぜヴィゴの服を! 脱げ! そしてよこせ!」


「ちょっとクロエ!? わぁ~ちょっと待ってください!」


「ヴィゴめ、ぬかったな! 

 今日はこの服で色んなことをしてやる! 

 ウオらぁッ! 脱げっカトレア! ひん剝いてやる!!」


 ……確かにミスったな。

 俺の服を使って何をしでかすのが気が気でない。


 早いとこ回収しないといけないだろうが、それだと本当に覗くことになるし、目隠しでもして行こう物ならそれはそれで良いオモチャになってしまう。


 となると今こそ俺の隠遁術の技を……そう思っていたら来客だった。


 噂のルメールだ。

 あ~……俺の服……まあ仕方ないか。


「……親父に言われて来たんだけど……何か用かよ……?」


 やってきたルメールは昼間の事もあってか何ともバツが悪そうだった。


 話すったってもなぁ……。とりあえず黙っているわけにもいかないので座って貰ってから口を開く。


「ルメールは、本当に剣で生きていくつもりなのか?」


「悪いかよ? そらお前みたいに強くはねェだろうがよ」


「悪いとまでは言わない。

 ケイティルさんもルメールが本気で修行するなら邪魔するつもりはなさそうだったしな」


「……あの親父が? ……初めて聞いたぜ……」


「面と向かって話すと、上手く行かないことってのはあるよな」


 ルメールも心当たりは大いにあるようで、何とも言えない顔で頭を掻いた。


「まあ、なんて言うのかな。

 農民も戦士も、何にせよ覚悟を持ってやれるのか? 

 って、そういう事を言いたいみたいだったかな」


 覚悟、とルメールが口の中で呟く。


「俺も別に戦士ってわけじゃないけども、

 戦う事で身を立てて生きてるのは本当だ。

 その上で覚悟をしている事もある」


「……その覚悟ってのは?」


「殺す覚悟と、死ぬ覚悟だよ」


 俺が声を落として、真っ直ぐにルメールを見ると、彼がグッと息を飲んだ。


「俺は……まぁ一般的に見てもかなり強いほうだ。

 この町にいる衛兵が束になっても楽に倒せるくらいには強い。

 でもな、俺くらい……いや、俺より強いかも知れない奴が、

 相手や状況、不運まで重なれば死ぬ事もある……それで実際に仲間が死んだ」


 もちろんアッシュの事だ。

 もう生き返ったのだが、それを言うと締まらないので黙っておく。


「ルメールがこの先どうするのかは知らないけど、

 そういう世界の中で生きていくって言うなら、

 俺みたいな事も覚悟しないといけないわけだ。

 何も死ぬのは自分だけじゃない。旅先で出来た仲間かも知れないし、

 自分に護衛を頼んできた人を守れなくて、目の前で死なれるところを見るかも知れない。

 そんな仕事をしていると逆恨みで大事な人が殺されるかも知れないよな? 

 息子にとっちゃ口うるさいだけの親父さん、とかな」


 ルメールの心には響いただろうか?

 真面目な顔で黙っているが、心の中までは分からない。


「俺は、仲間が死ぬのはもうゴメンだ。

 そのためなら何でもする。汚い方法も使うし、

 俺の大事な人が助かるなら、どんな人でも殺す。

 何人でも殺す。殺し方に注文がつくようなら、

 考え付く限り惨たらしい殺し方もやってみせる」


 なるべく淡々と告げるように話した。


「これが俺の覚悟している事だ。

 正しいかどうかは分からないが、

 少なくとも……俺の中の絶対的な価値観だよ。

 たぶん人それぞれに覚悟している事があって、それはある意味、

 全部が正しいんだと思う。ルメールが思う覚悟とは何なのか、

 農業でも剣術でもいいから、そういうのを考えてみると……いいかも知れないな」


 うん。まぁこんなところかな。


 首根っこ捕まえて、ケイティルさんの跡を継げコノ野郎、とやっても意味はないだろうし、俺が言えるのはこれくらいの物だ。


 ルメールは神妙な顔をして何度も静かに頷いていた。


 明日から劇的に変わるような事はないにしても、何かのキッカケになってくれたら幸いだ。


 昼間のドラ息子ぶりは鳴りを潜め、ルメールが静かに集会所を後にした。


 終わってみればこれで良かったのだろうか? という気がしてくる。


 少し説教臭かったかも知れないな。


 カトレアに聞かれていたら覚悟の話の辺りはけっこうないじられ方をしそうだ。


 気配的にまだ洗い場でワチャワチャやっているようで心配はないだろうが……あ、服。


 そうだった忘れていた。

 俺の服……無事だと良いんだけどな……。


 着替えが一着ダメになったかも知れない、そんな事を考えながら葡萄酒を一口飲むのであった。

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