78話 〜3章〜 失礼な女が救いに行く
︎︎ 俺、クロエ、カトレアは暴走する魔動人形を討伐するため西の町へ向かっていた。
アッシュ、ティントア、フーディは森の魔獣と呼ばれる冠熊を討伐する依頼で東へ。
移動は馬、それもなんと死霊術の馬だ。先日の戦の時にティントアは死んだ馬を確保していたそうで、俺たちが居ない間に人数分の六頭を揃えていてくれたのだ。
死霊術さまさまだな。
死んだ馬なら餌代もかからず疲れも知らない。
︎︎ ただ、やはり死んでいるので生きている馬とは様子が違う。
なので黒い革布を全身に満遍なく巻いて人の目に晒されても大丈夫なようにしてある。
……物々しくて逆に目立つが仕方ない。さっき門の前で六頭の馬が揃った時の黒々とした威圧感はちょっとしたものだった。きっとそのうち黒騎馬隊とか死神騎兵とか噂が立つんだろうな。
「馬で行くのもいいね!︎︎ この子すごく賢いよ」
クロエが馬の首を撫でながら言う。
︎︎ 馬の方も気持ち良さそうにブルルと鳴いた。
「脚色もいいです。ティントアくんの術のおかげでしょうか?︎︎ 騎乗者のことを常に気にしていますね」
︎︎ カトレアもなかなか乗りこなしている。
右に左に曲がらせ、草薮を障害物に見立てて跳ばせてみたり、上手いものだ。
「二人とも問題なさそうだし、そろそろ行こうか」
クロエとカトレアに馬術の心得があったように、アッシュとティントアも馬を操る事は苦も無くこなしていた。俺たち元々が王だったそうなので、教養として身に付けていたとしてもおかしくない。
だが、フーディだけは違うのだ。馬の乗り方を知らず、違いは何だろうか?
すぐに思いつく差としては年齢の違い。俺たちはパッと見て似たような年頃だ。俺もクロエもカトレアも、成人する少し前くらいの少年少女と言われるのが一番ピンとくる。
対してフーディだけは明らかに幼いのだ。外見の体付きもそうだし、内面もそうだ。未熟さから来る背伸びした行動を見ていると若年っぽさが際立つ。
どうしてフーディだけ違うのだろうか。
六人全員が同時に蘇生されたダフネス公国跡地の、あの大掛かりな術は何だったのだろうか。まあ今のところは分からない事が多すぎるため考えても仕方がないのだが……暇なときにカトレアにでも話してみるか。
俺は頭の片隅にふとした疑問を置き、馬の脚を少し早め、風を感じることに集中する。
前を行くクロエとカトレアに追いつくと二人は依頼内容について話しているらしかった。
「ねーカトレア、魔動人形ってなんだっけ?」
あぁ、そう言えば俺も何となくの理解しかなかったな。
「その名の通り、魔力で動く人形ですよ。見た目は様々ですが、大抵は人型です。石や土で出来た巨人タイプが多くて、魔石を核にして作ります」
「へー……魔術だよね? 魔動人形は嫌われてないんだね……」
「ええ、一般人からすれば魔道具の認識ですからね。
確かに魔力で動いていますが、魔道具店で売り出されているものを買って、
人形の核である魔石を装着すれば命令に従って動きます。
仕組みをしらなくても使えますので、野良仕事の手伝いや守衛の代わりを務めたり、
すでに日常に馴染んでいる存在を魔術とは思わないんでしょうね」
「なるほど。
それで仕組みは知らないけど暴走しちゃったから困ってんだね……。
巨人ってことは、戦えない人はちょっと対応できなさそうだし。
魔動人形……んー……昔の記憶かな?
うっすらだけどなんとなーく覚えてる感じ」
うん。クロエと同じような感想だ。
何となく知っていて、たぶん見たことあると思う……という感じ。
俺も会話に参加する。
「一般化された技術ではあるけど、たしか高額だったよな?
行先のブリーム町みたいな大きな穀倉地帯でもないと、
なかなか導入されていない……とかイライジャが言ってた気がする」
「ええ、ブリーム町は教国エドナの都市に食料を送り届ける重要な町です。
農業系のギルドやある程度の規模がある所にしか配備できないでしょうね」
そして、それが暴走してしまったというわけだ。
「魔動人形の精度にもよりますが、
数年に一度はこういった暴走があるそうで、
今回の私たちが受けたように上級依頼として出てくるみたいです。
魔動人形なら農耕機並のパワーがありますし、
飲まず食わず、休みもせず働くので、
暴走してしまうと普通の人にはどうすることも出来ないでしょうね」
教国エドナの食糧事情を支える要地なので、それなりの数の衛兵はいるだろうが、そうは言っても暴走する巨大な魔動人形に突っ込んでも怪我するだけだ。金はかかるが仕事として依頼するしか無かったのだろうな。
クロエがちょっと申し訳なさそうに言う。
「あのさ、畑仕事の人たちには悪いんだけどさぁ。
……暴走した魔動人形が畑の収穫を命がけで阻止してくる……って、
ちょっと想像すると笑っちゃわない?」
同感だ。
「わかる分かる。
俺も何となくその光景が面白そうでこの依頼受けようと思ったもん」
こういう時に釘を刺すのがカトレアだ。
「ダメですよ~? ヴィゴくんもクロエも、
現地で笑ったりしないと思いますが、
依頼者の方々はお困りなんですからね?
良い仕事をすれば報酬を弾んでくれるかも知れませんし、
しっかり真面目にいきましょう」
まあ真剣に困っている人たちを笑ったりするつもりは無いさ。
でもな……。
「俺の予想だとカトレアが一番笑うと思うんだよなぁ。
こういうちょっとシュール系のやつ?
何かたまーにツボに入ってしばらく動けないくらい笑う時あるだろ? そのタイプな気がする」
「あ! それ分かるかも。
カトレアって一回ウケちゃうと引きずるっていうかさ、
じわじわずーっとクスクスしてるもんね。
……ちょっと想像してみてよカトレア。
農作業してるオジサンがさ、そろそろ収穫するか~って畑にいって、
麦に手を伸ばしたら魔動人形が命がけで阻止してくるんでしょ? イメージしてみて」
カトレアは言われた通りに想像力を働かせているようで、目までつぶって想像している。
しばらくして「……ッ!……フッ……!」と明らかに笑いをこらえるような声を出したのだった。
「……ッ……だっ……うん。だいじょぶ、そうですね」
嘘つけ。
もう危なそうじゃないか。
「ダメそうじゃんカトレア! ダメだよ?
自分で言ったんだからね? 笑うの失礼なんだよ?」
「や……やめて下さいクロエ!
あんまり笑っちゃダメって言われると、なっ何か余計に……ッ……!」
「ダメだぞカトレア!? 魔動人形が命がけで麦を守る姿なんて想像しちゃダメだ!」
「ちょ……」と声を発した後、どうも笑いが決壊したようで肩を震わせるカトレア。
だーめだこりゃ。
ブリーム町の人たちすみません。
これから失礼な女があなた達を救いに行きます。
その後も散々、俺とクロエにいじられ、カトレアは「も、もうやめて下さい……お腹いたい……」と目尻にちょっと涙を浮かべて馬に揺られるのであった。
カトレアにだけ覆面させておこうかなぁ、そんなことをぼんやり考える俺だった。




