77話 ~3章~ コソコソ髪の毛うねうねチーム
昨日は宿でゴロゴロした俺たちだが今日からは張り切ってお金を稼ごう!
ということで六人全員で冒険者ギルドに向かっている。
ギルドへ向かう道順もすっかり頭に入っている。
ふと、この教国エドナの都市にも随分と慣れたなぁ……という気がしたのだが、過ごした時間が濃かっただけで実際の所そんなに日が経っているわけではない。一か月どころかまだ二週間も滞在していないのだ。
ギルドへの道を知らないのにウキウキで先頭を歩くアッシュに右だ左だと案内しながら歩く。
あ、そうだった思い出した。
「アッシュ、これ」
とある小さな物をアッシュに投げ渡す。
傷一つない銀色が放物線を描いてキラキラと光った。
アッシュはこちらを見もせず難なくキャッチする。
その技に俺以外の皆が「お~!」と反応する。
いや俺だって出来るけどね!
「おん? なんだよコレ……あ、指輪じゃん! 俺らの証!」
アッシュの荷物はほとんど無かった。思い切り値切って買った灰銀の籠手と着替えが少しくらいの物だ。六王連合の証である銀の指輪だけ返しそびれていたのだ。
サンキュー、と言いながらアッシュが右手の中指に嵌める。
気にした事なかったがその位置なんだな。
「アッシュ、お前、それ利き手だろ? 戦闘で手を使う時に気にならないのか?」
「いや~? 俺ァあんま気にしたことねぇな。ムカつくやつに中指立てる時によ、指輪も見えたらカッコイイだろ? それで中指にしてる」
そんな反骨精神で中指にしているとは思わなかった。
「逆にヴィゴ、オマエなんで薬指なわけ? しかも左って、結婚指輪じゃねえかよ」
「利き腕の方に指輪していると刀を握る時に少し気になってさ。左の薬指が最も干渉しない気がする」
あ~なるほどね、とアッシュが納得している。
ちなみにカトレアは右手の小指、フーディは右手の人差し指、ティントアは右手の親指と見事にバラバラにだった。そしてクロエは……。
「いやぁ……まぁ? わたしも左手の薬指だねぇ、偶然ね? そうそう、左の薬指が最も干渉しない気がする? みたいな意味でね」
クロエ、こいつ……俺との疑似的な何かを想像して楽しんでやがるのでは? と思ったが言い出すのが怖いので「そ、そうなんだ」とだけ返した。いや、まあ別に嫌ではないのだが……ある意味で健気だなとは思う。
そんなこんなで冒険者ギルドの建物に着いた。
「あ? この逆さの船が冒険者の建物なんか? ……漁師ギルドかと思ったわ」
ああ、言われてみると確かにそうだな。
いわく、船で海に繰り出すのは冒険の象徴だ、ということで逆さ船が建物になっているらしい。商人連国ゴルドルピーの冒険者ギルドも逆さ船の建物だったそうで、気になったのでカトレアが理由を尋ねたそうだ。
中に入って依頼掲示板で良い物がないか見ていると知った顔がやって来た。
「ヴィゴの親分! 姉さん方! お久しぶりでございやす!!」
後ろ手にビシリと背筋を正す黒光りムキムキ子分ことイライジャだ。今日も元気に上裸である。
どうやらディエゴ率いる神聖エドナ=ベルム教の戦いを見ていたそうで興奮しきりだった。
「ギルドで皆さんの話を聞かねぇ日はないですぜ!
Bランクへの昇格おめでとうございやす!
あっちゅう間に抜かされちまいました!」
おお、耳が早いな。
イライジャ達から口々にお祝いの言葉を貰い、アッシュの事も軽く紹介する。
アッシュの性格してから子分とかそういうの好きだろうなぁと思っていたら案の定だった。少し話して馬が合うと分かったのか、すぐにイライジャと肩を組んで仲良さげにやっている。
ムキムキのアッシュとムキムキのイライジャが肩組んでワイワイして皆でガヤガヤだった。
子分たちの流してくれる噂話の甲斐もあってかギルド所属の冒険者からは概ね好印象な俺たちなのだが、出る杭は打ってやろう、という一派もやはり居る。
絡んできたのは四人組の男たちだった。
揃いの立派な鎧、刃を抜かずとも分かる拵えの優れた剣、顔付きからしてそれなりに場数を踏んできた空気を持つ奴らだった。
「お前らか、六王連合って奴らは。噂もそこまで尾ひれがつくと大変だろう?」
初対面のご挨拶にしては穏やかじゃない。
まあ、イライジャ達もこんな感じだったのでどこでもそうなのだろうな。
気の利く子分が小声で簡単に紹介してくれる。
俺たちと同じBランクの上級パーティで、【黄金海の騎士隊】と言うらしい。
「……コイツらは四人とも、元々は騎王国シャトロマで騎士やってたんです。
なんで騎士を辞めて冒険者やってたのかは知らないっスが、腕っぷしは相当なモンですぜ」
騎王国シャトロマか。
前にも名前は聞いたな。
「噂じゃ一つか二つくらいしか依頼を受けたことがないんだろう?
ぽっと出の新米がそれで上級冒険者の仲間入りとは……よっぽど口が上手いんだろうな。
もしくはツテか? ぜひ俺たちにもコツを教えてくれよ」
アッシュの復帰で助かることの一つと言えばコレだ。
荒事の世界で生きる者からやっかみを受けた時の対処。
「何だよお前ら、元気そうだなァ? えぇオイ?
ちょっとあっちの広いところで話そうぜ? なあ?」
うわぁ嬉しそう。
あの世じゃこういうイベントも無かっただろうし、久々の事で見るからにウキウキしている。
「やり過ぎるなよ、アッシュ」
「分かってんよ。立ち位置を教えてやるだけだ」
黄金海の騎士隊の四人を連れてアッシュが行ってしまう。
「一応、見ておきます」とカトレアも後を追う。
これでもし万が一ヒートアップしても大丈夫だな。
アッシュ側の心配は微塵もしていない。
確かに黄金海の騎士隊はそこそこ強い。だが、四人揃って相手にしたとてディエゴより弱い、というのが俺の見立てだ。よーいドンの正面戦闘なら俺より強い黒鉄の王が遅れを取る理由はない。
アッシュと黄金海の騎士隊のちょっとした諍いを横目で見ながらクロエが言った。
「ねーヴィゴ、あれの達成報酬もらいに行こうよ。まばら森の洞窟のサリさん退治の報酬」
サリさん退治の報酬とは可愛い言い方である。
依頼を受注せずに達成した今回のような場合、不正がないか審査が発生するので数日後に報酬が支払われる。確かにそろそろ貰えそうだな。
受付台のギルド職員に話をして少し待つ。
すでにギルド側で諸々の処理が終わっていたようだ。
依頼達成を祝福する声と共にすぐに報酬が支払われる。
革袋の中には金貨が十五枚入っていた。大金だ。
事前に聞いていた話だと依頼を受注せずに達成した場合、ギルド側の仲介手数料を多めに取られるそうだ。つまり本来はもう二、三枚は金貨が多かったのかも知れない。
クロエと一緒に革袋の中を覗き込む。
金色の輝きを目にして思わず硬貨へ触れたくなったが、それはダメだ。……銀行にいくらか預ける必要がある。
騒がしかった方を見ると大方のケリはついたようで黄金海の騎士隊がペコペコしながら逃げるように去っていくのが見えた。
アッシュに声をかけて金貨の入った革袋を渡す。
「アッシュ、これ頼む」
「おう! ……すげえな。かなりの金額じゃねえか。二枚くらい俺が持ってりゃいいか?」
「ま、そうだな。とりあえず金貨二枚あったら宿もメシもそう困らないだろうし」
「よし、んじゃ手ぇ出せ!」
言われた通り手の平を差し出す。
アッシュは抜き取った金貨二枚を自分の財布に入れ、残りを俺の手の上にバラまいた。
硬貨がパタパタと手に当たる感触がした瞬間、音もなく消える。
……返済されたな。
いつの間にか手にある銀貨は五枚。
けっこう残った方だ。
アッシュを除く皆で銀貨一枚ずつということだな。
うーん、寂しい。
なんせ金貨を十五枚も稼いで残るのが銀貨五枚だ。
突発的な出費に備え、負債の呪いの対象外であるアッシュにいくらか預けている。
通称アッシュ銀行だ。
「金貨二枚! まいどありぃぃッ!!」
「言っておくがお前の金じゃないからな? 皆の金だからな?」
「キリキリ働いてバリバリ返してくれよな!?」
「お前がイチバン身を粉にして働け、文字通りの命の恩だ」
「おうよ! お前らのおかげで今日も生きてる!
毎日元気で飯が美味いぜ! 任せとけ!」
アッシュは本気なのかふざけているのか分からんが、まあ何となくやる気はありそうだ。この辺の恩義をないがしろにする奴ではないので心配はしていないが……ともかくさっさと返済しないとなぁ。
しかし返済額すら分からないのは厄介だ。
金額が分かれば色々と予定も組みやすいし、モチベーションも保ちやすいのだが……。
「さっそくですが、これ受けてみませんか?」
居ないと思っていたらカトレアはティントアとフーディを連れて依頼の掲示板を確認していたらしい。数枚の依頼表をこちらに見せてくる。どれもこれも討伐の依頼だな。
「えーと……森の魔獣冠熊の討伐、洞窟に巣食う小鬼の大群の討伐、湖の主の討伐、それから……暴走してしまった魔動人形が畑の収穫を命がけで阻止してくるので止めて欲しい……か」
達成報酬の金額はどれも似たような物だな。
個人的には暴走してしまった魔動人形がちょっと面白そうで気になる。
「それぞれA~Bランクの上級依頼です。ギルド職員の方に訊ねてみましたが、サリさんくらい強い相手でも無さそうなので、昨日ヴィゴくんが言った通り2チームに分かれて受注しても良さそうです。全員でやる必要もないかと」
いいね。
同じ時間の使い方でも報酬が増える。
カトレアの判断でいけると言うなら異論もない。
「とりあえず、俺とアッシュは分かれた方がいいよな? そうそうイレギュラーもないだろうけど、バランスは整えといた方がいいし」
「そうですね。突発的な戦闘になった時に前衛が居ないと困っちゃいそうですし」
ということで俺、アッシュは別チーム、後は別に誰がどちらでも問題ないのでジャンケンで決定する。
チーム1:アッシュ、ティントア、フーディ。
チーム2:俺、クロエ、カトレア。
こういう組み合わせになった。
アッシュが声高に宣言する。
「俺たちのチーム名は!【聖なる闇の炎】にするぜ!」
凄く矛盾した炎だ。
聖なる炎なの? 闇の炎なの? どっちなの?
何故だかフーディとティントアには好評だった。
二人揃って「カッコいい」だそうだ。そうなの?
続けてアッシュがビシリ! とチーム2を指さして言う。
「お前らは……【コソコソ髪の毛うねうねチーム】だ!」
いやダサすぎる!
もうちょっと他にあるだろ!
「かわいいチーム名ですね~」ってカトレアは意外にも気に入っていた。
「お前がこっちのチーム名を決めるなよ、まあ別に何でもいいっちゃいいんだが……」
「ほーん? んじゃお前はどんなんにすんだよ?」
「んー……あー……まぁ、【影と銀の花】……で」
アッシュが一瞬だけ呆気に取られ、少し悔しそうに言う。
「コイツ……さてはずっと密かに考えてやがったな? まったく、はしゃぎやがってよお!」
お前が言うな。
「かっ……かげとぎんのはな……」
笑うなカトレア。何だか恥ずかしくなってくるだろ。
「花ってわたしの事だよね? ね? ヴィゴ?」
いやクロエは銀だろ!
わたしも花に例えられたいんですけどって意味で言ってきてるんだろうが、その妙な負けん気はしまっておけ。
「どうも、花の乙女ことカトレアです」
やめろカトレア、ややこしくなるんだから。
結局【影と花々】になった。
クロエの要素が無くなってしまったではないか。
まあ本人が良いならいいんだけどさ。
そもそもパーティ名【六王連合】と違って内々のチーム名でこんな盛り上がっている場合じゃないだろ。
そんなこんなで2チームに分かれて依頼を受けるのであった。




