70話 ~2章~ 蘇生の儀式とコンビプレイ
アッシュを蘇生する祭壇の小部屋。
石造りの小部屋はエドナ教の最奥にある霊脈の根本とは思えぬほど質素だった。飾り気はなく、中央に黒石の祭壇があるのみ。祭壇の上には運び込まれたアッシュの体があり、魔術文字がびっしり刻まれた布で覆われている。
「ああ、君らか。ここまで登るのは大変だったろう?」
マーキル教皇がラフな格好で脇目も振らず床に字を書いていた。
真っ白なシャツが安くない物なのは見て分かったが、四季麗人会で見た立派な祭服の時とは随分と印象が違った。
マーキル教皇はこちらを見もせず俺の様子に気付く。
「この白槍の塔に入ることが出来るものはごく限られる。ここなら立場を置いて楽な格好が出来るのでね。……本当はあの教皇の祭服も着たくない、重たくて仕方がないのだ。幾多の神秘が掛けられているから易々と洗うことも出来なくて何だかカビ臭いし……何とかならんか? ディエゴよ」
「祭服の術が壊れることを思えばマーキルが我慢する他ないでしょう。現代の信仰秘術では再現が難しいほどに難解ですしね」
代々受け継がれてきた一品なのだろう。
うちの魔術師の誰かなら調べられたりするのだろうか?
もし術に不具合でも起きたら怖いので俺から言い出すことはないが。
「マーキル教皇、見学してもいいですか?」
「ああ、好きにしたまえ。だが、部屋の半分からこちら側、線が引かれているだろう? それより先は立ち入らないでくれ。準備が台無しになる」
俺はティントアに耳打ちしてフーディの服の端を握ってもらう。ずっこけて境目の線を踏んだりしたら大変だ。フーディは掴まれたのを見て何を思ったのかティントアの服の端を握り返した。わけ分かっていないが何となく真似してみたんだろうな。何だか微笑ましい。
「急かすようで悪いですが、あとどのくらいで準備が完了するんですか?」
「ほとんど終わっている。今は魔術式に破綻が無いか確認中だよ」
なんと! という事は今日のうちにもアッシュが!?
そう思っていたら耳の後ろでカトレアが説明してくれる。
「これだけ膨大な魔術式ですからね、確認だけでもかなりの時間を使います。大規模な儀式は記述と同じくらい確認作業が大事ですから」
なるほど。
カトレアの話にティントアとフーディが当然のように頷く。
それを見てクロエも「あー、そうそう、そうなんだよねぇ~これが大変なのよ」と言った。
見栄を張るな似非魔術師め。
ティントアがざっと部屋を見渡してから言った。
「手伝えそうな事、ないね。魔術式くらいなら……と思ったけど、様式が違い過ぎる」
フーディも同じことを思っていたようだ。
「魔術式もそうだけど、やり方も手順も、何もかもが特殊すぎるね。蘇生術に関わっているあまねく物々が特注品で出来てるって感じ」
フーディの口から”あまねく”なんて聞きたくなかった。
いつまでも口の周りを蜂蜜の飴でベタベタにしながら「今日なに食べる!?」って言ってて欲しい。
ちなみにクロエも肩を竦めながら「フッ、同感ね」と気取っていた。
だからお前はこっち側だろうに。
ティントアが天井、壁、床をくまなく見て回り、入るなと言われた線を間近で観察している。
おいおい、ティントアに限って大丈夫とは思うが見ているだけでヒヤヒヤする。俺なんて知らず内に何かをしてしまわないように壁からも離れて……。
「――あっ」
空白にポトリと落とされたような一言だった。
ティントアが体のバランスを崩したのが分かった。
まずい。
そのままでは線の向こうに……。
すぐさま駆け寄ってティントアの体を引き戻す必要がある。その思考へ至るよりも前に俺の体は動き出していたが、背の重みを忘れていた。ダメだ、コレは……。
一拍だけの遅れ。カトレアを振り下ろす僅かなだけの遅れ。
だが、いまこの短い時間の中に置ける初動の遅れ、それは、すなわち――
ティントアの体が不自然な位置で停止した。
間に合ったのだ。
ディエゴが手を差し伸べティントアの腕を掴んでいる。
「いやはや……間に合ってよかった。お気をつけ下さいませティントアさん」
「す、すみません……台無しにするところでした」
全員が安堵のため息をつく。俺も胸の空気を吐きつくす勢いだ。
カトレアだけ何が起きたか分からず地面でモゾモゾしているのだった。
――
――――
ヒヤっとする事もあったが何とか無事に塔を降りた。
登りと比べて下りは早い。
体の負担を考えると下りの方が筋力を使うので疲れるのだが、気分的な問題というのは大きいものだ。
「愛すべき大地! 視点が低い! 太陽は高い! 今日はなんて清々しいのでしょうか! ヴィゴくんありがとうございました!」
地表についた瞬間にカトレアは元気になった。
良かった良かった。どういたしましてだ。
さて、景色を楽しみアッシュの蘇生準備も確認できた。
今日は仕事もないので自由行動でいいだろう。
「ご飯!」
「図書館!」
「お風呂!」
という感じでそれぞれやりたい事を言う中でティントアだけ「洞窟」と妙な発言をした。
「洞窟って、まばら森の洞窟のことか?」
「そう、ちょっと調べたいこと、あってさ。行って来ようと思う」
ほう。じゃあ俺もティントアに着いていくか。調べものとはなんぞや、皆もそう気になって結局全員で森の洞窟に行くことになったのだった。
大門を抜け、街道に沿って少し歩けばすぐに森は見えてくる。
途中でフーディが魔炎砲で焼き焦がした岩の前を通り過ぎ、森へ入り、洞窟の前へやって来るとようやくティントアは調べ物について語ってくれた。
「サリを召喚したのは誰だと思う?」
そりゃあ魔術師……という意味ではないだろうな。
ティントアが言うのは特定の誰なのか? という意味だ。
「俺は、ディエゴさん、だと思う」
ティントアは確信を持っているようだった。
「サリのような英霊を呼ぶのは簡単なことじゃない。俺も、ヴィゴから霊灰を貰ってないと流石に無理。縛りと結びは、ディエゴさんより俺の方が上手いだろうけど……ただ召喚するなら、条件を揃え易いのはディエゴさんだと思う。エドナ教として保有する聖遺物、象徴的な事が起きた時間、所縁のある場所、そういうの、いっぱい集めたら、最高位の祓魔師のディエゴさんなら、英霊の幻影を呼ぶことも出来る、かも知れない」
ティントアが洞窟の中へ足を踏み入れながら霊灰の小瓶を指で弾いた。
「起きろ、サリ」
瓶が震え、煙幕のように灰が巻き上がると赤色鎧のサリが姿を現した。
今日は初めから兜を外している。その方が顔が見えて良いな。
「ご用でしょうか。ティントア様」
「ああ、これを食え」
ティントアが得体の知れない血まみれの棒のような物を取り出した。
なんだそれ……歪な人の指のように見える。
「承知致しました」
サリは抵抗も一切なくそれを一口で飲み込む。
絶対服従の上にマゾなので受け入れる力が凄い。
飲み込んだすぐ後でサリは苦悶の表情を浮かべている。やっぱり食べて良いような代物じゃないよな。苦しそうだがどこか嬉しそうなサリなので、まぁぎりぎりセーフかな?
「なあティントア、さっきのメチャクチャきもい指みたいなのって何?」
「俺の魔力で加工したディエゴさんの髪だよ」
あれ髪の毛だったのか……。
「俺がさ、白槍の最上階でよろけた時に取ってきた。調べ物でディエゴさんの髪、欲しかったから演技したんだ」
あぁ~! あれはティントアの芝居だったのか。
「肩に髪が一本ついてたからさ、それを貰った。普通に髪の毛を下さいって言うのも変だし、無理に抜こうとしても、たぶん避けられるだろうし」
確かに、俺も同じだろうな。
背後から髪を引き抜かれそうになったら寸前で気付いて避ける自信がある。
フーディが後ろから何も考えずに体当たりしてくるのは避けられないだろうが、息を殺して髪を引き抜く、という一連の動作は意識が尖り過ぎてむしろ気付きやすいのだ。
「サリに髪を食べさせると、え~……。まあ、色々なことを省くけど、サリを通した世界を見られる。それでディエゴさんがサリを召喚したか、確認する」
たぶん色々と省いたらしい中身の量は物凄いのだろうな。
俺に言っても何にもならないのだし仕方ない。
フーディとカトレアが後で詳しく教えて、と言っている。
それはもうとんでもなく端折っているに違いない。
「いくぞ、サリ」
「は……ハイッ! いつでも……いっ、いつでもどうぞ」
額に汗を浮かべながらサリは待っている。
期待と恐怖をない交ぜにした様子だった。
おもむろにティントアがサリの腹に抜き手をかます。
ズボッと手首まで刺さっているが大丈夫なのだろうか?
「……ティントア様、やはり物凄い異物感です……お早く……お願い致します……ッ!」
「うるさいな、急かすなよ」
「もっ! 申し訳ございません! ごゆっくりどうぞ!!」
こーのSMコンビめ。
あまりフーディに見せたくないので俺はそっと目を塞いだ。
「えっ、ヴィゴ? なに? なんのヤツこれ!?」
「いない、いない、ばぁ~だよ」
「えっ? ばぁ~の時も目隠しのままなんだけど?」
フーディと適当に遊んでいるとティントアのプレイも終わったようだった。
「うん。やっぱりディエゴさん、サリを召喚してたみたい。ほぼ自我のないサリの視点だから、ディエゴさんが召喚したことくらいしか分からなかったけど、この洞窟の中? かな。そういう景色も見えたよ」
ほう。そうだったのか。
となると何故こんなところにサリを召喚したのかが気になる。
「もうちょっと詳しく見てみたら、何か、分かるかも」
ティントアが虫か何かを見る目でサリを見ている。
へたり込む高僧六聖、断罪のサリは苦しそうでありながらもやはりどこか恍惚としているのだった。
「じゃあ、サリ。明日もまた、頑張ろうな」
「ハイ喜んで!」
うーんダメだ、こいつら。
フーディの耳を塞ぐ方法も考えないとならないな。
そんなこんなで明日辺りにディエゴに聞いてみよう、という事になったのだった。




