66話 ~2章~ 招かれてリスルッタ大聖堂
四季麗人会の長い夜が終わり、日が昇る。
俺たちは再びリスルッタ大聖堂に足を向けていた。
今回は訪ねるのではなく招かれたのだ。
ディエゴから「本格的な調査は明日からお願いします」と言われたためだ。
まあ、あちらとしても頼む立場なので夜中から動けとも言えないだろう。頼みと言えばアッシュ蘇生もあるので双方が頼み事を任せ合うことになるのか。
神聖エドナ=ベルム教の企みを暴くことがアッシュ蘇生の条件ではないが、出来ることなら仕事を終え、スッキリとした状態で再会を果たしたいものだ。
エドナ=ミリア教とエドナ=ファドラ教、双方の教皇に顔を売れる機会などそうそうない。達成すれば蘇生の後で報酬も出すと言ってくれているし、提示された金額もかなりの物だった。蘇生後は返済が完了するまで本当の意味で金が消えていくので正直かなり助かる。
「アッシュ! 生き返るんだよね!?」
フーディは昨日からこの調子だ。
「もしさぁ! 教皇の人がすっごい頑張ってくれたらさ! 明日にはアッシュが生き返るのかな?」
「んー……気持ちは分かるが……大きな儀式って言ってたらかなぁ。三日くらいはかかるらしいぞ」
「三日かあ、三日ね。じゃあ三日後にはアッシュが――」
「ごめんなフーディ。四日後かも知れない。俺もはっきり答えてやりたいんだけどさ……」
「あ、そうだよね。うー……なんかソワソワしちゃってさ~!」
おーよしよし、とフーディの頭を撫で回す。
俺だってそわそわしているのだ。
三日か四日か、それくらいでアッシュに会えるのだ。
正直に言って待ちきれない。
その気持ちを発散するように勢いよくフーディの頭をくしゃくしゃにする。
やり過ぎたと思ったが「わきゃー!」とか言って喜んでいたので大丈夫そうだ。
「ヴィゴ! わたしも! わたしも!」
ここにもソワソワして待ちきれない子が居たか。
クロエにも同じようにわしゃわしゃしてやると「あぁん」と不要に喘ぐのですぐに止めた。
視線を感じたので念のためカトレアもやるか聞いたが「絶対にしないで下さい。髪が乱れます」と肩口まで伸びた綺麗な茶色の髪をさらりとひと撫でして冷静に言われた。少し寂しい。
「じゃあ、ティントアは?」
ティントアは何と言うだろうか。どちらも想像できる。だが返答は「やってあげる」だった。俺にやるんかい。……あー、なんだろう。不思議な気分だ。撫でられるのも悪くないな。
いつも通りの調子で歩けばすぐに大聖堂に着いた。
今日も白槍は天を貫くほど空に伸びている。
さて受付に、と思っていたら迎えはディエゴ本人だった。
いいのだろうか? お偉いさんなので忙しいだろうに。
ディエゴは何歳くらいだろうか。
経験豊富な様は見ていて分かるが、審問会長官という要職につく年齢にしては若いと思う。
見た目は二十の半ばか後半くらいかな。
アッシュほどは鮮やかではないくすんだ色の赤毛を後ろで一纏めに括っており、黒の詰襟という出で立ちだ。詰襟姿の者は何度か見かけたのでおそらく祓魔師に与えられる制服なのだろう。
「お待ちしておりました。こちらです」
きびきびした動きだ。口調も物腰も丁寧だが、その足の運びには洗練された武術の匂いがある。
通された部屋でフーディとティントアの紹介を軽くした後、この都市の地図を見せられた。
中心のリスルッタ大聖堂から見て、東の一か所に赤い丸印が入っている。
「この丸印のあるところが神聖エドナ=ベルム教のアジトと目されている場所です」
なんと、もうそんな段階まで調査が進んでいるのか。
「ミリアとファドラの情報網から宗旨替えをしたと思われる貴族派閥を洗い出し、何日もかけて末端のベルム信者を尾行し、ようやく漕ぎつけました。
ベルムは鼻の利く連中です。
どうやらいくつかのアジトを転々として過ごしているようなのです。
……ここも数あるアジトの一つでしかない。いつ場所を移されるか分かりません」
なるほど。
聞けば聞くほど用意周到で抜け目のなさそうな集団だな。
「ここに忍び込んでくればいいでしょうか?」
俺がそう言うとディエゴは僅かに目を見開く。
「……ヴィゴさんは隠遁術が使えるのですか?」
「いえ、誰が……という訳でもないですが」
ディエゴは強い。
どこまでかは分からないが戦うことになれば楽な相手ではないだろう。
まあ敵対することはないだろうが、強者に手の内を隠そうとするのは俺の癖だ。
「フフ、からかわないで下さいよヴィゴさん。フーディさんの目が喋っていますから」
見れば確かに目が合った。
俺がしらばくれた時にフーディが自然と俺を見てしまったのだろう。
「んっ! ごめんヴィゴ! すっごい見ちゃってた!」
今さら目をそらしても遅いのだが可愛いから許そう。
「それにですねヴィゴさん。隠遁術の使い手が誰か?
という話になれば消去法から言ってヴィゴさんでしょう。
他の四名は全員が魔術師ですよね? あなただけ体の扱い方が違いますから」
おいおい、本当に出来る人だな。
自然と警戒度を上げてしまいそうだ。
「気を悪くしないで下さい。
手練れに情報を与えたくないのは俺の癖みたいなものでして」
「いえ、こちらこそ暴くような真似を、失礼しました。
秘匿することは処世術でもありますから、その気持ちはよく分かります」
「それで、俺は潜入工作でもしてくればいいですか?」
「それもいいですが、もっと乱暴でも構いませんよ。
この丸印が入ったところは使われていない貴族の屋敷なのですが、
屋敷を丸ごと焼いてくれても構いませんし、白昼堂々と襲撃をかけてくれても構いません」
驚いた。そこまで派手にやっていいのか。
カトレアが言葉を引き継ぐ。
「大丈夫ですか?
証拠を押さえるような事が必要なのかと思っていましたが、
それと……仮にディエゴ長官の言葉通りに行動をした場合、私たちが罪に問われませんか?」
「ええ、万事抜かりなく、あの辺りは治安が悪く人も少ない。
人払いもさせますし、もし仮に数人の目撃者が出たとしても、
エドナ教の力で揉み消します。
証拠の方も屋敷を壊滅させてくれた後でこちらが回収致しますよ」
「……ふとした疑問なのですが、ディエゴ長官がご自身で赴かれないのでしょうか?
あなたを止められる程の使い手が、神聖エドナ=ベルム教に居る、ということでしょうか?」
「私としてもそうしたいのは山々なのですが、表立って行動できないのです。
……まだ私の予測に過ぎませんが、
ここエドナ=ミリア教にもエドナ=ベルム教の間者が潜りこんでいるでしょう。
他にも様々なしがらみがあり、私が直接手を下すことが出来ません。
我らが抱える審問官の祓魔師たちは精鋭だと自負しておりますが、
エドナ教として刺客を差し向けること自体が難しい情勢下にあるのです」
それで身軽な俺達を使う案に至ったわけか。
ディエゴであれば単身で乗り込んでも解決してしまいそうだが、その一瞬の勝利という結果が様々なところに問題を起こすのだろう。
組織が巨大なせいでままならない事もあるのだな。
作戦会議のためカトレアがこの部屋の使用を願い出る。
ついさっきも間者という話が出てきたので、この部屋には俺達とディエゴの他に誰もおらず、大聖堂の敷地内でもかなり奥まったところに位置している。この部屋に案内したこと自体が対策だったのだ。
「何か御用があれば北西の小聖堂へおりますのでお尋ねください。
後で信頼できる者も寄越しますので良ければ使ってやって下さい」
ディエゴはそう言い残し部屋を去る。
一応、俺が気配を察知できなくなる距離まで離れたことを確認し、それから皆の沈黙を解いた。
クロエが意外そうな声で聞いてくる。
「ディエゴさんのこと凄く警戒してるよね? いい人っぽいのに」
「あれくらい強い人だとつい用心し過ぎちゃうんだよな。
自分でも不必要だと分かってるんだけど」
強い、という言葉にはティントアも共感していたようだ。
「魔術的にもかなり手練れだね。あぁ信仰秘術か。
まあ、それはいいとして、
ヴィゴが警戒する感覚って大事だろうし、気を抜かないのは良い、と思う」
「それで、作戦はどうします?」カトレアが俺を見ながら言う。
作戦ねぇ……。
さてさて、それではちょっと考えてみようか。




