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65話 ~2章~ 死の淵を超えた者の値段

 ラルフの案内で奥に通され、教皇の待つ小部屋へ入る。


 間近で見るエドナ教の最高指導者は、特に俺達に気を張るでもなく自然な顔でこちらを見てきていた。


 これだけの派閥の長ともなれば並の者とは顔つきが違う。

 まだそう歳をとっていないだろうに、眉間に刻まれた皺の深さは日々の激務を思い起こさせる。


「ラルフを助けてくれたようだね、礼を言おう。

 主教八家は国内の政治においてバランスの一つを担っている。

 軽々に傾いて良い存在ではない」


 何度も頭を下げたであろうラルフが深々と頭を下げている。

 宴会の一波乱について説明してしまったのだろうが、こちらに不利益が無ければそれでいい。


 部屋の中には七人が詰めていた。


 手前の側に俺たちが三人。奥側に四人。


 ラルフ、マーキル教皇、マーキル教皇によく似た男。それから一人だけ席を立っている目付きの鋭い男だ。


 ラルフの紹介とは言え護衛もなしに俺達が教皇に会えるのだな、と意外に思ったものだが、この目付きの鋭い男が控えているのなら納得だ。


 この男は強い。一般的に強いと言えるラルフが束になっても敵わないぐらいには遥かに強い。


 こちらも含め順々に自己紹介をしていく。


 ペリゴール家の長男であるラルフ。


 エドナ=ミリア教の現教皇マーキル。


 その隣に掛けていたのは何と、エドナ=ファドラ教の教皇だった。

 マーキル教皇の双子の弟で、名はヘルメル・エイドナ・サリ・エドナ。


 エドナ=ファドラ教と言ったらエドナ=ミリア教の敵ではないか。


 いや、解釈の違いで分裂したのだろうが、かつては争った仲なのだと聞いている。

 その頭目が実の弟、それも双子の弟とは……なんと業の深い話だろうか。


 俺もクロエもカトレアも驚きを隠せずに居たらマーキル教皇に笑いながら言われる。

 

「エドナ=ミリア教とエドナ=ファドラ教の間は色々とあるのだが、

 私たちに確執はないのさ。ややこしい話を持ち出したりもしないから安心したまえ」


 運命の悪戯にでもあったのだろうか。

 正直に言って理由を聞きたかったがグッと飲み込む。


 どう考えたって裏話だらけだ。

 無暗に突っ込むわけにはいかない。


 最後に目付きの鋭い男が(うやうや)しく頭を下げた。


 彼の名はディエゴ・ダニア・ウィスル。


 エドナ=ミリア教の審問会長官、戦闘信徒の一番偉い人というわけだ。

 通りで雰囲気が違い過ぎるわけだな。


「マーキル、ヘルメル。私はこの人達に仕事をお任せしたく存じます」


 おや、藪から棒だな。

 それにディエゴ長官は随分と教皇たちに気安いのだな。


「……仕事とは例の調査をか? ……ディエゴ、君から見たこの者たち、そんなにも手練れなのか?」


 マーキル教皇が居ずまいを正して質問した。


「ええ。三人ともに尋常ならざる強者であります。

 ヴィゴさんなら先のラルフとの一騎打ち、一刀の元に切り捨てることも出来たでしょう。

 クロエさん、カトレアさんは魔術を扱うようですね。体に纏う魔力が非常に滑らかだ。

 この若さでその境地にあるとは、老練の魔女が姿を変えてここに座っていると言われる方が頷ける程です」


 それを見極めることが出来るのなら、ディエゴは体術も魔術もかなり使えるのだろう。いや、祓魔師(ふつまし)だから信仰秘術の使い手か。


 マーキル教皇がフム、と少し考え始める。


 俺たちの能力を称えてくれることは構わないが、この小さな会合の元は何なのか間違えてもらっては困る。


 カトレアが咳払いを一つしてラルフを見れば仕切り直してくれた。


「横やりを失礼致します」と頭に置き、本題を出す。


「まずはヴィゴたちの用向きをお聞き頂けないでしょうか?」


「ああ、そうだったな。ゴルドルピー王家からの書状があるのだったか」


 マーキル教皇は気分を害することもなく俺から書状を受け取り中を読む。

 ……何だか、いけそうだな。


 特に気難しい人というわけでもない。

 これなら蘇生を引き受けてくれるかも知れない。


 だが、読み終えたマーキルから返ってきた返事は色よい物ではなかった。


「死者の蘇生か。不可能ではないが、非常に難しい条件が課されることになる」


「……その条件とは?」


「保存状態の良い死者の体。蘇らせる者の魂の強度。そして金銭だ」


 体と魂は問題ない、ティントアのお墨付きだ。

 しかし金とはな。この生臭坊主が。


「金額はいくらですか?」


「あればあるだけ、だな」と、嫌な笑い方をしてマーキル教皇は言った。


 足元を見やがってこのタヌキ野郎。


「具体的にいくらなのか示してくれませんか?」


「それは出来ない。有り金すべてを差し出されたとしてもだ。はたして足るかどうか――」


 俺の怒気を含む目がマーキルを黙らせた。


 持ち上げてから突き落とされたような気分になったせいだろうか。


 殺意にも近しい視線を向けていたのだ。


 つべこべ言ってないでアッシュを蘇生させりゃいいんだよ。


 肌を差すほどに痛い沈黙が下りる。

 鼻の頭に汗をかき始めたマーキルを見かね、ディエゴ長官が落ち着いて話し出した。


「……マーキル。遊び過ぎましたね。

 いま貴方が知った通り、睨むだけで人を黙らせるような御仁です。

 意地の悪いことをしないでちゃんと話した方がいいですよ?」

 

 マーキル教皇が手で汗を拭う。

 そして、フゥと息を吐く。


「……失礼。

 ディエゴをして強者と言わしめる君がどれほどのものか気になったのだ。

 幼稚な好奇心だった……君が私を射竦(いすく)めた……その瞳の闇は、

 夜を塗り固めたようにどこまでも黒いな……。

 きっと埒が明かないと知れば、私を拷問してでも蘇生しろと迫るのだろう。

 君はそれが出来るだろうし、必要に迫られれば実行するだけの胆力もある。

 ……ああ、まったく久方ぶりにこのような――」


「マーキル、興奮したのは分かりましたから本題に戻って下さい」


 ディエゴがまた窘めた。


 立場に明確な違いがあるだろうに何とも不思議な関係性だ。気を取り直したマーキルが話を始める。


「ヴィゴ、君の反応からして、死体と魂は問題ないと見たが大丈夫かね?」


「ええ、金のところを聞かせて下さい」


「分かった。死体と魂を無問題と言い張る理由、

 その方法を是非とも聞かせてもらいたいが……また後にしよう。

 蘇生に金銭が必要なのは信用が必要だからだ」


 信用、か。

︎︎ 金は信用を数値化したものだ、と言うのは聞いたことがあるが……。


「エドナ教の教皇は代々に渡って死者蘇生の秘術が使える。

 大掛かりな儀式を用いて生き返らせるのだが、莫大な量の”目に見える信用”を引き換えに蘇生をさせるのだ」


 マーキルは言葉を続けた。


「連綿と受け継がれた術だ。

 かつては金銭の代わりに食糧が引き換えられたこともある。

 そして、引き換えられる”信用”に決まった数はなかった。

 蘇生が完了した後に、大商人の金庫の中がまるまる消え失せた事もあったと伝え聞いている。

 富める者であればそれだけ多く、貧しい者でも身に余るほどの信用を必ず負担する。

 だから具体的な金額を提示することは出来ないのだ。

 私の懐に入るわけでもなく、幻のように消えていくのでな」


 なるほど合点が行く。

︎︎ カトレアが感想と質問を口にした。


「まるで契約の魔術ですね。それも世界規模に制約をかける程の現象と強制力。

 神代(しんだい)からある魔法の領域と言っていいくらい……。

 術の成功率はいかがですか?︎︎ 

 必要なだけの信用が足りない場合どうなるかもご教授下さい」


「術は必ず成功する。そして足らない分の対価は強制的に取り立てられる。

 例えば、一銭も持たない者に頼まれて蘇生したとしよう。

 その場合、今後その者が金を得れば、知らずうちに手元から消えていくのだ」


 強制的な返済。

︎︎ カトレアは魔術ではなく魔法と言った。


︎︎ ただ強力なだけの魔術とは一線を画す代物だとよく分かる。


︎︎ だが意思は変わらない。


「その条件で構いませんので、仲間のアッシュを蘇生してくれませんか?」


「ああ……君たちならそう言うだろうと思った。

 分かった、受けよう。準備に数日かかるが構わんかね?︎︎

 なるべく急ぐと約束しよう。その代わりに仕事を受けてもらいたい」


 ディエゴが先程に言いかけた話か。

︎︎ それでアッシュが早く生き返るなら大体のことは引き受けると思う。


 仕事とは、神聖エドナ=ベルム教の本拠地と目的についてだった。

 きな臭い話だな。


 誕生して数年で急速に信者を獲得し、エドナ=ミリア教にもエドナ=ファドラ教にも騒ぎを起こさず、そして本拠地すら不明な謎多きエドナの第三派、神聖エドナ=ベルム教だ。


「よろしいですか? マーキル、ヘルメル。

 ヴィゴさん達に仕事を頼むなら内情を明かす必要がありますが、構いませんか?」


 エドナ=ミリア教とエドナ=ファドラ教。

 その両方の教皇に確認を得た後で審問会長官のディエゴが語る。


 エドナ教がミリアとファドラに分かれたのは仕組まれた出来事だと告げた。


 元のエドナ教だけでは拾いきれない人間の受け皿、それが後に出来たエドナ=ファドラだそうだ。


「エドナ教の地盤は二千年の時を経て完全に固まったと言っていいでしょう。

 力を持つ聖職貴族の顔ぶれは変わらず、主教八家の面々を中枢に据えた今、

 それほど大きな波が起きることはないでしょう。

 ……大貴族以下の中小貴族を熱心な信者とするため、二十年前にエドナ=ファドラ教を作り上げたのです」


 なんて大掛かりな話だ。


 エドナ教全体を更に押し上げるための二十年構想か。


 意図的に対立を生み、発展をさせる。


 それを管理するだけの自信と計画があり、そして今の世にエドナ=ファドラはしっかりと根付いている。


 当初の争いは収まり、教国に上手く共存しているのが証拠だ。


 カトレアが驚嘆の声を漏らした。


「恐るべき手腕……人の手で、それだけの人を操ることが出来るなんて……」


「この話はごく限られた者しか知りません。

 エドナ=ミリア教とエドナ=ファドラ教の中枢に居る者だけが知っています。

 あなた方なら無用に言いふらしたりはしないと思っておりますが、くれぐれも内密に」


「ええ、もちろんです。

 私共としましても、三大教派と事を構える気はございません」


「エドナ=ミリア教とエドナ=ファドラ教は当然、私たちの管理するところなのですが、

 エドナ=ベルムは別です。神聖エドナ=ベルム教……。

 頭に神聖などとつけて、まるで自分たちが本物かと言うようなやり口も忌々しい」


 ディエゴが苦い顔で続ける。


 表面上は何もないように見えるエドナ=ベルムだが、水面下ではエドナ=ミリアとエドナ=ファドラに攻撃を仕掛けてきており、人死にすら起きている。


 ミリアとファドラ双方の力を持つ貴族が立て続けに被害に遭い、ベルムに宗旨替えしたと思われる派閥もあるとのことだ。


「教国で私たちの目を搔い潜り、第三のエドナ教を作り出すことが出来るものなど限られます。

 主教八家のどこかが裏で糸を引いているとしか思えない……」


 教国で暗躍している神聖エドナ=ベルムの指導者を探し出して欲しい。


 俺達三人は思わず顔を見合わせる。

 ここまで厄介な頼まれ事とは思ってもみなかった。

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