63話 ~2章~ 今日はヴィゴくんと図書館デートです。いぇ~い!
俺とカトレアは昨日の約束通り二人で図書館に来ていた。
朝、宿を出て、皆との去り際にカトレアがクロエに向かって言う。
「今日はヴィゴくんと図書館デートです。いぇ~い!」
朝っぱらからバタバタとしたひと悶着があって少し疲れた。
まったく俺の仕事を増やすんじゃない。
さておき、とりあえず情報収集だ。
ぱっと読んだ物や司書に聞いた内容を二人で統合していく。
四季麗人会。
教国で年に一度開かれる大きな夜会である。歴史は古く何と三百年以上とのこと。
主教八家が持ち回りで場所から料理から用意して執り行い、開会には四季の恵みを感謝した祝詞があげられる。
この会に呼ばれる貴族こそ教国の真なる貴族である、という参加すること自体が名誉になる超上流階級の集まりなのだそうだ。
「……無理言って招待してもらいましたが随分と格式のある会だったんですね。四季麗人会」
「……思いつきで入れてもらうにしてはちょっと規模が大き過ぎるな……」
おそらくだがカトレアと同じことを考えている気がする。
「……フーディちゃん、置いていきます?」
ちょうどそれを言おうとしていたところだが少し意地悪をしてみよう。
「……カトレア、それは酷いだろう……」
「なっ!? ヴィゴくんだって同じこと考えてたでしょう!」
「そんなまさか、夢にも思わないさ。だって俺たち仲間じゃないか」
「何を棒読みでいけしゃあしゃあと……くっ……先に言わせれば良かったです。私としたことが……」
そんな不覚! みたいに言わんでもいいだろう。どれだけ悔やむんだ。
「……実際のところフーディちゃんを連れていくと食事に夢中で作法も何もままらないでしょうね」
「だろうな。調べた限りじゃ国中の美酒美食が勢揃いらしいし、悪い子じゃないんだが浮かれてフラフラして何か引き起こしそうな気は、かなりする」
「ティントアくんが居ればお留守番も苦じゃないとは思いますが……フーディちゃんがっかりしませんかね?」
「おや、真っ先に置いていこうとしていた割にはお優しい台詞だな」
「もぅ、意地悪ですよヴィゴくん!」
「すまんすまん。まあ、四季麗人会の詳細は知らないだろうから、食事も出ないし楽しくない式典みたいな物だよって教えればティントアと居る方が良いって言ってくれるだろう」
「そうですね。ティントアくんとも口裏を合わせて貰って、それでいきましょう」
浮上した小さな問題の片付け方を決めた後、各自が適当に読みたい物を読んだ。
俺は自分が扱う便利道具に関する物を調べたりしていたが、カトレアは教国やエドナ教の歴史を調べていたようだ。紙にまとめた物を見せてくれる。
三大宗教であるエドナ教、ハイリ教、ラナボール教。
その一つであるエドナ教。
エドナ教はハイリ教にルーツを持ち、約二千年前に二つに分かれた。
聖母サリザから生まれた当時のエドナはハイリ教の信者だったのだが、エドナはハイリの聖典を元に新たな教えと活動を始め、ハイリ教から分かれたとされている。
どちらも神に近付くことで救いを得る。
それがエドナ教とハイリ教の終着点なのだが、そこに至る過程に違いがある。片方は罪を許すことが道筋だと説明しており、もう片方は規律と伝統を守ることが道筋だと考えているのだ。
そしてハイリ教から分かれたエドナ教は更に枝を分ける。
・エドナ=ミリア教
伝統派。ハイリ教と分かれた後に生まれた従来のエドナ教と言える。
・エドナ=ファドラ教
革新派。約二十年前にできたばかり。ミリアはエドナの母サリザも含めて信仰しているが、ファドラはエドナだけが神であり、聖母サリザもただの人だと解釈している。ミリアから分かれた時は衝突が絶えなかったが、現在は落ち着いている。
・神聖エドナ=ベルム教
つい最近に現れたまだ謎の多い第三派。さすがにこれは本に書かれていなかった。
・エドナ=ミリアの教団内序列について
教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭。
これに加えて審問官(祓魔師 ※戦闘信徒とも呼ばれる)
審問官は特殊で序列外ではあるが司教~枢機卿くらいの権限があるようだ。
・聖地について
聖地にして本拠地であるリスルッタ大聖堂。
そのランドマークである天を突く白い槍、これはエドナ神がこの地を聖地と定めた時、信者が約束の地を見失わないように地面に突き刺した槍であるそうだ。どこまで本当か分からないが実際あれを建築する技術が今の人間にあるのか? と言われると少し納得する。
・エドナ教徒は成人すると洗礼名を授かる。
エドナの高弟子であった聖人たち、高僧六聖から名を頂くのだ。
例えば、ラルフ・ドゥ・ルート・ペリゴールで言えばルートが聖人の名前である。
・以下、高僧六聖
ラール、ダニア、サリ、ルート、ナール、パイル。
ちなみにマーキル教皇は、マーキル・エイドナ・パイル・エドナがフルネームだと本に書いてあった。
「エドナ教の基礎知識なんだろうが、これだけでもけっこうな情報量だな」
「そうですね。宗教とは信じる者だけに限らず、教養として身近にある物でもありますし、ちょっとした価値観の違いだけで余計な摩擦を与えないためにも、なるべく頭に入れておきたいところですね」
四季麗人会のこともある。
重要な場面で無知や無作法を晒して己の首は絞めたくないものだな。
その後も基本はエドナ教について調べながら一日を過ごすのだった。
こもり切りで読み書きしていると肩が凝る。
閉館時間も間近に俺たちはようやく書庫を出た。
日が沈んですぐの中、カトレアと歩く。
「良い頃合いに外へ出ましたね。薄明の空が美しい」
カトレアに習って俺も西を見やる。
沈んだばかりの太陽は日中に見せることのない美しい赤を空に振りまいていた。
淡い色の空は、丹念に仕上げたような金色に輝き、天高くあった頃の光よりも柔らかい。
「実のところ、ヴィゴくんはクロエをどう思っているんですか?」
そっと手を繋いでくるのに驚かされる。
「どう、と言われてもな」
「憎からず思っているのでしょう?」
「それはまぁ、仲間だしな」
「ヴィゴくん? 真面目に」
……仕方ないな。
「今すぐどうこうとは考えちゃいない。別にクロエのことは嫌いじゃない。美人だし体もエロイし言う事無いよ。でも今はダメだ」
「アッシュくんの蘇生が先決と?」
「いいや、アッシュの事が済んでも、俺が誰かとそうなるのは、ずっと、もっと先だと思ってる」
カトレアは静かに俺の続く言葉を待った。
「俺がどこかの田舎村に生まれて、隣にクロエが居たのなら……すぐ一緒になってたかもな。でも、そうじゃない。別になにかを目指したいわけじゃないが……そう、だな。上手く言えないけど、今はまだ勿体ないと思うんだ」
「……その感覚は、よく分かります」
「きっと何かデカいことをやれる気がする。別に、俺から何か提案することは少ないと思うが……ああ、そうか。皆ともっと一緒に居たいんだろうな」
ポツリと出た言葉で腑に落ちた。
クロエと一緒になったっていいさ。
何も嫌がっちゃいない。
でも、まだ全員で遊んでいたいのだ。
当人が居ないところで俺がクロエに告白したようになってしまった。
これはバランス取らなければならないだろう。
「それに俺は、クロエだけじゃなくて、カトレアとも仲良くしたいと思ってるよ」
カトレアが反射的に息を飲んだ後、何とも複雑で表現しにくい顔をする。
「……浮気性なセリフですね。クロエならともかく、そんなことで私がコロリといくとお思いですか?」
「仲良くしてくれと言っただけさ。カトレアは俺と仲良くしてくれないの?」
「そうは言ってませんが……ん、なんだか卑怯ですよヴィゴくん」
「隠密の影は卑怯と相場が決まってるからな」
ムッと、カトレアにしては珍しい顔で睨まれる。
たまには俺がやり返したっていいだろう。
ちょうど宿に着いて部屋の窓を見上げればクロエと目が合う。
あちらも既に帰宅済みだったか。
ふいに悪寒が走った。
何だろうか。
心当たりは……あぁ、そうだ。手を繋いだままだった。
「甘いですねぇヴィゴくん。大甘ですよ。このまま腕も組んじゃいますか?」
カトレアの甘い吐息が顔にかかる距離、視界のほとんどが彼女で埋め尽くされる中、クロエが猛然と走って来るのが目の端に映っているのだった。




