59話 ~2章~ ファンクラブ始まって以来の不届き者
クロエはごった返す男たちの中に居た。
机と椅子を組み合わせ一人だけ一段高いところに座っている。
まるで玉座に掛けているようだ。
周りからの扱いを見ても女王様……いやお姫様みたいにチヤホヤされているのだ。
どこから持ってきたのか大きな団扇で扇がれて気持ちのいい風を受け、グラスが空いたらすぐに注がれる酒を呷る。
まるで近衛兵のようにビット村落愚連隊が脇に侍り、姫をガッチリ守っている。
何をやっとんだお前は……。
背中のフーディをティントアに預け、群衆の輪の外からクロエの名を呼ぶ。
「なに呼び捨てにしてんだテメェ!」
「不敬だぞ!」
「さんをつけろよデコ助野郎!」
「ファンクラブ始まって以来の不届き者め!」
等々、散々なことを言われる。
いつの間にファンクラブが出来たんだ。
どうせ出来たのついさっきだろう。
人波をかきわけて女王の玉座の前へ躍り出ればクロエが涙目で慌てていた。
「ヴィゴ~! 助けて! なんかすごい事になっちゃったんだけど!」
ああ、クロエが扇動したわけではないのか。
確かに押しに弱いところがあるからな。
「なんでこんな事になったんだ……」
「分かんない……わたしが可愛すぎるせいだとは思うけども」
「ハイハイ」
クロエの顔を耳を寄せて進捗を聞く。
外野がうるさくて声が聞こえにくい。
「ピンポイントな事は聞けてないなぁ。
ちょっと気になるので、エドナ教の最近のごたごたとかは聞けたんだけど、
教皇が関わってるとかまでは分かんない感じ。
……てかさ、ヴィゴ。この状況どうにかならないかなぁ……。
皆よくしてくれるから解散させるのも何か悪い気がして……」
「ったく、妙なとこで人が良いな……」
何でも、はじめイライジャ達に相談していたのだが「そういうことなら片っ端から聞きましょう」ということになり、どんどん人が増えて現在の状態になってしまったのだそうだ。
イライジャ達も良かれと思って行動してくれたのだな。
ファンクラブ幹部のような雰囲気でクロエに仕える顔があまりにも凛々しい。
「別にわざわざ解散させなくても勝手に帰ればいいだろ」
「ほら、行くぞ」と手を引けばファンクラブ会員が黙って居なかった。
「貴様! 姫に手を触れるとは何事か! ファンクラブの第六条を声にして言ってみろ!」
六条の内容を知らねえよ。もう六条もあるのかよ。
イライジャが教えてくれる。
「第六条はクロエの姉さんに気安く触れてはならない、です」
ありがとうイライジャ、別に知りたかったわけではないが。
そうじゃなくてだな。
俺がクロエの仲間だという事を、あいつらに説明をだな……。
「貴様、ちょっと顔がいいからと身の程知らずにも程があるぞ。そんな暗殺者のような陰気な顔をした奴に姫をつれて行かせるわけにいくか、手を放せ!」
誰が陰気だこの野郎。暗殺するぞ。
芋にテキトーな穴開けたようなお前の顔に言われたくないわ。
イライジャが割って入って俺が誰だか説明しようとするが話がこじれて一向に進んでいない。
恋は盲目というが、クロエへのぞんざいな接し方が許せないのだろう。
俺の仲間をそこまで想ってくれるのは嬉しいことなのだが……。
「だったら腕相撲だァァッ!!」
イライジャの高らかな宣言と共に周囲の男たちが地鳴りのような声で叫ぶ。
「……おいおい、何でそうなる……」
「ハッ! びびってるのか色男?」
俺に絡んできていた男は既にテーブルに座り準備万端だった。
「ヴィゴの親分! この馬鹿ども黙らすには腕っぷしで物言わすのがイチバンですぜ!」
「腕相撲だ!」
「早くやれ!」
「びびってんじゃねえのか!?」
百人近くはいるだろうか? この人数が俺に向かって焚きつけてくるのだ。
クロエの手を引いて去ろうと思っていた時は何も思っていなかったが、さすがに色々とこみ上げる感情もある。
……子分の手前、逃げるわけにもいかないか。
テーブルに座り、肘をテーブルに思い切り叩き付けて腕を出す。叩きつけた衝撃で木製の大きなテーブルが少し浮いたくらいだった。それを見て周囲がざわつく。
「来い、馬鹿共が、何人でもまとめて相手してやる」
そう言ったら本当にまとめてやって来やがった。
俺の手は当然ひとつ、向こう側のはいったい何人分だろうか? 十人分くらいの手が団子になって腕相撲するハメになってしまったのだ。これ、勝てるのか……?
「始めィ!!」
掛け声と共に俺と十人の力比べが始まる。
腕相撲で覚える重さではなかった。俺の手の甲がテーブルに近付き、思わず体内で魔力を練り上げ本気を出す。
奥歯を噛んで本気も本気、テーブルを掴んで支えている左手にも力が入り、木がバキリと音を立てて指がめり込んでいる。
拮抗する戦いは僅かに、徐々にだが確実に俺の方に天秤が傾いている。
時間の問題だ、このまま押し切る。そう思っていたら増えた。……相手が、五人ほど追加されて手の団子が大きくなる。
不意な筋力の酷使に思わず息が漏れる。
いいだろう、何人でもまとめて相手すると言ったのだ。
五人の追加で一瞬だけ押されたが耐えられた。
耐えられたということはここから返せるということだ。
一度目があれば二度目もある。また更に追加されるタイミングで、俺は少しズルをした。
正直に言って二十人は無理だ。
いくら俺に魔力があって筋力を増強できると言っても二十人と押し比べをして勝てるとは思えなかった。
だから、目くらましを使う。
黒弾逆巻を一瞬だけ展開、本当にほんの一瞬だけだ、だが、目の前で黒い霧が広がれば誰だって驚いて力を緩める。
その隙に押し込み切って勝つ。
二十人も一人で相手をしているのだ、これくらいのことをしたって許して欲しいものだ。
俺と手の平を組んだ男たちの手の団子が、向こう側のテーブルに着いた。
……どうにか勝てたな。
イライジャ達が雄叫びを上げて祝福してくれる。それに合わせて周りも熱狂し叫ぶ。この騒動も狙いだ。一瞬目の前に黒い霧がよぎったから負けたなど、言い訳しにくくなるわけだ。
その後で俺はクロエの仲間なので第六条とやらは関係ないだとか、最近になって冒険者ギルドに所属したので仲良くしてくれ、等の当たり障りない自己紹介をして退散した。
何故だか勝利を祝って胴上げさせてくれと懇願されたが、もう勘弁してくれと断った。
いや全く冒険者の集まりは勢いで生きているものだから一度熱狂し過ぎたら大変なことになるな。
クロエが一人で抜け出せなかったのも今なら頷ける。
俺だって何のかんのと言いつつ勝負を受けて観衆を盛り上げるのに一役買ってしまったのだから同じようなものだ。
……それにしても、腕が痛い。
まばら森で亡霊と戦った時より明らかに消耗しているのだった。
コキコキと肩を鳴らして調子を確かめながら宿へ帰る。
まあ問題ないだろう。だがフーディを運ぶのはティントアに任せた。
冒険者ギルドで聞いたクロエの話を詳しく聞き直す。
エドナ教の最近のごたごたとやらが少し気になるところだ。
「エドナ教ってさ、エドナ=ミリア教とエドナ=ファドラ教の二つがあるって話だったじゃん?」
あぁ、カトレアがアウール司祭から聞いていた話だ。
クロエも聞いていたわけか。
伝統派のエドナ=ミリア教があり、後に改革派のエドナ=ファドラ教が出来た。
聖職貴族と商人の癒着によるエドナ=ミリアの富の独占を妬み、特権の恩恵を自身たちも受けられるよう新たにエドナ=ファドラを作り出した……そういう話をカトレアから聞いた事を思い出す。
「ここ最近になって神聖エドナ=ベルム教っていう第三勢力が現れたらしいよ」
宗教分裂か。
それはまた荒れそうな話だな。
差別や暴力、果ては暴動まで引き起こすような繊細な話だ。
信じる神の違いは教えの違いになり、考え方の違いに繋がる。
考え方が違う者同士が顔を合わせれば衝突する。
たしか革新派のエドナ=ファドラが本家のエドナ=ミリアから別れたのが二十年前だったか。
その時にどこまでの事が起きたかまで知らないが、何もない平和な話では無かったのだろう。
「その神聖エドナ=ベルム教っていうのがね、なんか変らしいよ」
なんか変とは?
「エドナ=ベルムは出来てからまだ二年も経ってないくらいらしいんだけど急速に信者を増やしてるんだってさ。しかも何の問題も起こさずに」
「ほぉ……分裂したら揉めるのが相場なのにな」
「そうだよね……エドナ=ベルムの信者数が今どのくらい居るのか詳しい数は分かんないし、
ミリアとファドラみたいに本拠地が教国にあるわけでもないらしくて、
どこにあるのかも分かんない。けど、やたらと信者は増えてるって」
聞けば聞くほど不思議な話だな。
「そうは言っても今のところベルムの信者がミリアとファドラの信者と喧嘩したとか、
無茶な勧誘したとか、そういうのも聞かないらしいから、
街ではチラホラ見かける認識だけどあんまり存在感がないとか何とか……って感じらしいよ」
「ふーむ、気になる話ではあるが、ごたごたという程でもない感じだな。
ひとまず第三勢力のベルムは特に問題起こしているわけじゃないんだよな?」
「うん。まーわたしもギルドで聞いただけだからねぇ……。
でもこの話してくれた人はミリアとファドラの両方から仕事を受けてて、
教団のお偉いさんとも仲良いいから、あんまり表に出ない話も知ってるって言ってたよ」
「裏話ね……まず、その話を持ってきた奴を信じていいのか? ってのはあるがそれは置いといて、一度詳しく聞いてみるのはアリだな」
カトレア以外は今のところほぼ空振りだ。クロエの見つけた裏話が出来るらしい冒険者くらいか。
その冒険者が本当に裏事情に通じているとしても俺たちの求める教皇へのホットラインを有しているとは限らない。
「うん、何も当てがなかった状況よりは前進したかな。クロエ偉い」
クロエが俺の目の前にズイっとお辞儀してそのまま静止する。
何をしているのかと思ったが、撫でて褒めろということらしい。
お~よしよし、と雑な手つきで撫でたがそれでも満足したらしい。
そのくらいはお安いご用である。
宿に着けばカトレアも戻ってきていることが分かった。
六竜館の看板の前まで来て自分たちの部屋の窓を見上げるとヘラヘラした顔で手を振る彼女の赤い顔が見えた。
「ティントア……当たったようだ」
「やっぱりね。今日のカトレアさ、なんだかルンルンしてる感じだったんだ。きっと酒場を巡るついでに飲んでくるだろうな、と思った」
よく見ているな。俺はまるで気にしていなかった。
さぁてカトレアの成果の程はどうだろうか。
まさか本当にはしご酒だけで帰ってきたわけではないと思いたい。
「ㇴぁ! 皆さんお帰りなさ~い!」
ㇴぁ?
めちゃくちゃ顔赤いな!
部屋でも飲み続けていたのか酒瓶が既に一つ空いている。
「ご機嫌だな、カトレア」
「そらあ~そうですよお、耳より情報ありですから! 祝杯ですねえ~これはねぇ~」
おっと。半ばダメだろうと思っていたら良い裏切りが待っていた。
呂律の回らないカトレアがこう言った。
「きょおこーうがししれえーんじんかあにくるれすっれ……えへへ! ……ZZZ」
ね、寝たー!!
酔っぱらい過ぎてなに言ってるか分かんないと思ったら急に寝た!!
「教皇が四季麗人会に来る、か」
ティントア凄い! 何で分かる? 魂にでも聞いてるのか!?
「カトレア、その四季麗人会ってのは、なんなの?」
ティントアがもう寝息を立て始めたカトレアに聞く。
「……むにゃ……むにゃ……」
「なるほど、貴族が主催する社交会のことか」
むにゃむにゃしか言ってなくね!?
「…………」
「分かった。起きたら、詳しく聞かせて欲しい。お疲れ様」
むにゃむにゃすら言ってないのに!?
ティントアの意外な翻訳能力を知ったのだった。
ひとまずカトレアが起きるまで待つしかないな。




