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52話 〜2章〜 不調のカトレアと好調のクロエ

 教国(きょうこく)エドナに着き一夜を明かして今日を迎えた。


 昨日は皆で風呂に行ったあと宿でどんちゃん騒ぎをして飲み過ぎたので少し頭が重い。


「下から見上げると……また更に迫力あるな……」

 

 エドナ=ミリア教の聖地、リスルッタ大聖堂を仰ぎ見て、俺は思わずそう漏らした。ティントア、クロエ、フーディが同意して似たような感想を返してくれるがカトレアだけ無言だ。顔が死んでいる。典型的な二日酔いなのだろう。だから飲み過ぎるなと言ったのに。


「平気かカトレア? あんなに飲むからだぞ」


「……そんなに飲んでました? わたし……?」


 覚えていないのか。俺に飲め飲めとしつこく迫ったあと何を思ったか後半は人の酒を奪いとって飲んでいたほどだ。そのまま風呂に入ると言い出して外に行こうとするので止めるのが大変だった。


「昨日のことはどこまで覚えてる? 多分だけど記憶ないだろ」


「えーと。ですね……たしかヴィゴくんが飲ませてきて……それで……」


「俺が?」


「はい、たしかにヴィゴくんが……このエールはホップが効いてて美味いよって、勧めてきて……」


「あー……そりゃ一回くらいは酒も注いだだろうけど、俺がそんなに無理に飲ませると思うか?」


 カトレアは「確かに」と呟き、痛む頭を抑えながら弱弱しそうに「ご迷惑をおかけしたようで」と謝った。常日頃から折り目正しいせいか酒が入ると反動でタガが外れるのかも知れないな。


 目をショボショボさせてふにゃふにゃしているのでその辺で休んでいてもいいと言ってあげたのだが。


「いいえ、ただの不摂生で私だけ休むわけには……それに、ここで踏ん張らないと今後お酒を飲むときに白い目で見られちゃいそうですし」


 次も気持ちよく飲むために今日を頑張るとは見上げた飲兵衛である。


 それでは気にせず中に入るか。


 天を突く白き槍と評される建築物は人の作った代物というより、本当に空から降って地に刺さったような印象を受けた。


 真っ直ぐと空に伸びた一直線の白い塔、まずそれが出来上がり、その後で槍の周りにトンガリ屋根で背の高い鐘楼やアーチ構造の装飾が寄り添ったのだろう。


 リスルッタは基本的に白基調の建物だが、雨風に晒された年月の違いか中心の槍部分だけ色が違っているのだ。至る所の壁と天井に神話か聖書の内容らしきレリーフが掘られている。緻密な仕上げで見ごたえがあるが、教養がないので見て楽しむくらいしか出来ない。


 さすがのカトレアも知識外なのかいつものガイドさんっぷりは無い。もしかすると二日酔いでしんどいので大人しくしているだけかも知れないが。


 朝一番にリスルッタを訪ねたのだが、こんな早い時間からでも大勢の礼拝者や見物客で賑わっていた。三大宗教の本拠ともなればこの人の多さが常なのか、信者たちのお祈りの時間も朝からだろうしな。


 建物がどれもこれも大きくて立派なのでどこに受付があるか分からずキョロキョロしていると祭服をきた人が「お困りですか?」と聞いてくれた。


 流石は司祭様だ。いや、司教か? もしかすると助祭かも、さすがに枢機卿とかの偉いさんってことは無いだろうが、祭服で判断できるほど詳しくはない。こんな見るからに信者じゃない俺たちにも親切にしてくれるとはありがたい限りだ。


「教皇の人ってどこにいるの? あ、どこに居るんですか!?」

 

 おいおいフーディ、元気がいいのは大変よろしいし丁寧に言い直したのも偉いが「教皇でしたらここにおりまっせ!」と、簡単に会える人じゃないんだぞ。


 子供の言う事なので深く考えず「マーキル様でしたらこの時間は奥の院だと思いますが」とにこやかに答えてくれたが、それ以降の「何かご用でしょうか?」と俺たちを見て続く言葉は、フーディに向けられる笑顔より少し硬い。


 そりゃそうだ。なんせ教皇様だ。

 旅人が城にやってきて王に会いたいと言って簡単に面会できるわけがない。


 紹介状でも無けりゃね。

 教国に入る時も門兵に見せたが、その時は通行料も無しに通してくれた。 


 さあ、とくと見よ。これぞ商人連国ゴルドルピーが王家の御印だ。


 バーン! と見せつけたりはしないが普通に紹介状を出すと驚いた顔をしていた。王家直々の書状なんてそう見られるものではない。判断がつかないのでこちらへ、と近くの建物に案内されしばらく待たされた。


 するとさっきの人より位の高そうな人が現れてこう言う。


「申し訳ありませんが、本日、お会いすることは出来ません」


 あれ、話と違うな。ゴルドルピー王家から頂いた紹介状があれば、どれだけ待たされたとしてもその日のうちに会えると聞いていたのに。


「書状を渡すだけでいいと聞いていたのですが、何か不備がありましたか?」


「いえ、お預かりした物は確かにゴルドルピー王家の正式な書簡でございます。そちらは問題ないのですが……」


「……ですが?」


「なにぶんお忙しい方なのです。何日かお時間頂くかと……」


「どくれくらいですか?」


「……十日、いや二十日……すみません。必ずこの日には、ということを申し上げられる状態ではないのです」


「ご病気ですか? それともご多忙で? なにか問題でも抱えているんでしょうか?」


「申し訳ございません。王家の使いの方を軽んじるわけではないのですが、我々の内情をお知らせすることは控えさせて頂ければ……」


 埒が明かないな。この人の申し訳なさそうな顔から意地悪で言っているわけじゃないのは分かるが、せめて理由だけでも聞けないものだろうか。


「どうする、カトレア?」

「あたまイタイです」

 聞いてないやダメだこりゃ。


 どうしたもんかね、いつもならカトレアが何かしら上手くやってくれそうな気がするが、酒浸りの頭では何も思いつかないのか、後頭部を押させてうめくばかりだ。


「重ねて申しますが、エドナ=ミリアとしても無礼を働きたいわけではなく、今日のことは必ずマーキル教皇にお伝え致します。……大変お手数ですがまた日を改めて頂ければと存じます。申し訳ございません」


 アッシュが居たら「いいから教皇だせよテメェよぉ」と絡んでいただろうな。

 その方が結果として話が早い場合もあるだろうが、さすがに初日からそんな勢いで行くわけにもいかない。


 仕方ない。今日のところは引き上げるか、カトレアの酒が抜けたらどうするか皆と考えよう。

 ということで俺たちは何の成果もなく宿に戻るのだった。

 とりあえずカトレアに水を飲ませてベッドに放り込む。はやいとこ回復してくれ。


 急に暇になってしまったな。


 ティントアとフーディは二人で街に出て買い食いしてくるそうだ。食べるのはほとんどフーディなのでティントアはお守り役だろうが、晩飯までには帰るとのこと。


 俺はどうするかね、宿に居ても暇だし、カトレアも別に看病が必要なほどではない。しばらく寝たら勝手に起き出すだろう。


「俺らも街に出ようか」とクロエを誘うと嬉しそうにいそいそと支度をし始める。

 うんうん、そういう素直な反応でいてくれるなら別に俺だって邪見にはしない。


 クロエはわざわざ服を着替え髪も梳かす気合の入れようだった。


 黒色のワンピース。光沢のある生地で、たしか銀貨七枚をはたいて買ったおしゃれ着だったかな。


 胸元がざっくり開いているがその隙間に肌が透ける程度のレースが張られている。見えるのだがはっきり見ることはできないバランス感が何とも絶妙だ。肩もむきだしで裾の丈は膝下、いつもの旅装束であるチュニックと比べれば肌面積が多くて目のやり場に困った。


 クロエは俺の視線に感づいたのか、少し恥ずかしそうにさっと手で谷間を隠す姿が新鮮だった。まったく調子が狂う。いや、いつもの調子でいられるよりはマシ……ではなくて正直かなりグッときているのだが、そんな事はおくびにも出さず、手を引いて街に繰り出すのだった。


「……今日のヴィゴ、優しい」


 うおーい! 何だそのしっとりした言い方は!


 少し顔を伏せたままいじらしい上目遣いで俺を見て、目があったかと思えば慌ててそらす純情可憐な乙女コンボを喰らわせてくる。


「そうか? 別にいつも通りだろ」


 嘘である。

 いつもと違う可愛い服、何だか妙に大人しい態度、思い切り動揺している。


「どこ行こうか。クロエは行きたいところある?」


「んー……考え中、適当に歩いてもいい?」


「もちろん」


 そわそわした気持ちでぶらぶら歩いた。

 幸い、会話が始まると俺もいくらか落ち着いてくる。


 街の風景、露店で売っている物、走り回る子供、目に映った何てことのない物をただ話した。別にいつも通りだ。特別に素敵な話なんてしない、けれども凄く楽しい。


 胸の奥にじわじわとした温かさが広がっていく。昨日までずっと旅続きだったからか、大した荷物も持たず何をするでもない自由な時間は解放感に満ちてキラキラしていた。


 ふと甘い匂いに誘われ、クロエが食べたそうにしていたので露店でイチジクの砂糖煮と瓶に入った蜂蜜水を買っていく。椅子とテーブルがあるのでここで食べていく人も居るのだろうが、今日の俺たちは見晴らしの良いところまで行って食べることに決める。


 食事のために場所まで探すとは何て贅沢な時間の使い方だろうか。だが、今はそれが許されるほど余裕があるし、そしてわざわざ口にせずともゆっくりとした時間の使い方をお互いが望んでいる。

 

 こじんまりした家が並ぶだらだらとした坂を上がり、少し開けた場所に出た。

 小高い丘の上に景色を見るためか椅子もある。場所はここに決まりだな。


 教国エドナの街並みを見下ろせる良い場所だ。

 城壁と、その向こうに広がる草原や森、俺たちが抜けてきた虫食い山脈も見える。


「わたしたち、どの辺から来たんだっけ?」


 連なる峰は満遍なく穴が開いており、確かにどこからやってきたか分かりにくい。


「入ってくる時の門があれだから、だいたいあの辺かな?」


「ここから見るとあの山を抜けてきたって、何だか不思議な感じだよね。そんなに歩いてきてたんだってちょっとびっくり。振り返ってみて初めて知る、自分たちの軌跡……みたいな?」


 確かに、人が一日で行ける場所は限られる。

 何日もかけて遠くまで来ることが出来るわけだが、それは実際に歩いて体験した者でないと実感を伴った言葉にはならない。


 イチジクの砂糖煮を食べ、蜂蜜水を飲み、俺は朝のリスルッタ大聖堂のことを話した。


「アッシュの蘇生、どうなんのかな。はやいとこ教皇に会わせてほしいもんだけど」


「ヴィゴが忍び込んで教皇を探しちゃうのはどう?」


 これぞ名案! と閃いた顔で言うクロエは可愛いが、それは難しい。


「んー……見つからずに教皇を探すのは出来るだろうけど、問題は探し出した後だな、不法侵入した後で仲間を生き返らせて下さいって、ちょっと頼みづらいよな~と」


「あ~確かに、印象良くないね。もし機嫌そこねるとダメなタイプの人だったら終わりか」


「そうそう。不法侵入にあたらない大聖堂の外で偶然を装って……とかも考えたけど、まあ不自然だろうな。あの手の偉い人の移動は常にドアからドアだろうし、そもそも大聖堂から滅多に出てこないかも」

 

「潜入作戦は難しいか……。でもま、ティントアが言ってたけど時間はけっこう余裕あるみたいだよね? アッシュは魂が強いらしいし、ティントアも凄腕の死霊術師だから防腐処理とか完璧だろうし!」


「そだな。帰ったら皆でちょっと考えてみて、仮にいい案が浮かばなくても時間に追われてるわけじゃないから焦る必要はない、気楽なもんだ」


「うん、じゃあ気が済むまでゆっくりしよ」


 クロエは言い終え、横並びで座っていた距離をもっと詰めて来る。しまいには頭をコトンと俺の胸にもたれさせるのだった。ちょっと待てめちゃくちゃ良い匂いがする。昨日の石鹸の香りだろうか、もう勘弁してくれ。普通に話せてたのにまた落ち着かなくなってきた。


 ちなみに俺はどれだけ狼狽えようが呼吸や脈拍を一定に保つ技術を習得している。まさかここでその技を使うとは思っていなかったがな。


 結局、今日は夕方までこの場所で過ごすことになった。

 取り留めもないことをいつまでも話し、気が付けば夕暮れ、楽しい時間はあっという間だ。


 時間は何をして過ごすかで味わう長さががらりと変わる。

 街道をひた歩く一日と、クロエと過ごした一日、それが同じ長さで流れているなんてとても信じられなかった。


 街を赤く染める夕日、それを見つめるクロエ。

 少し風が出てきて、髪を抑える彼女の姿は朝日より眩しい。


「今日の夕日は凄く真っ赤だね。空がきれい」

「ああ、本当に綺麗だ」


 良い一日だった。


「そろそろ宿に戻ろう」

 俺が長椅子から腰をあげると、少し遅れて立ち上がったクロエがおもむろに抱きついてくる。


「ねえ、ヴィゴ。今日一緒にお風呂入ろうよ!」


 ……危ねぇ~! 

 わたし今日は帰りたくないの、だったら思わずそっと肩を抱いていたかも知れないところだ。


 コイツ……最後の最後で本性を現しやがった。どうしたんださっきまでの神秘的な空気は? 

 魔法が解けたのか? なんかの時間切れでもやってきたのか? 


「いやダメだろ。ほら、帰るぞ。撤収、撤収!」


「チッ……なーんか今日はいける気したんだけどなぁ~。やっぱダメか~、くっそ~!」


 くっそ~じゃねえよ!

 やっぱりクロエはクロエだなあ。


「じゃ、おんぶして!」と言うので「ハイハイ」と言っていつも通り背負う。

 そのままゆっくり帰路に就くのだった。


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