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51話 〜2章〜 湯けむり大サービス

「高いねー!」


 フーディが遠方に見える教国エドナを見て興奮気味に叫んだ。


 虫食い山の洞窟街道を抜けてすぐ目に入った教国の姿、暗がりから這い出た俺たちにそれが眩しく映ったのは言うまでもない。新しい街というのはいつだってワクワクするものだ。はやく門をくぐって見て回りたい気持ちを押さえ、今は一休み中だ。


 洞窟街道にいる間は気を張って進み続ける必要があった。まあ、かなりお喋りをしていたような気もするが、そうは言っても黙々と歩いた時間の方がどうしたって長かった。いつもならどこかで休憩を挟みながら歩くところだ。


 ここらで腹に何か入れて残りの道をもうひと踏ん張りしようじゃないか。もう既に教国は見えているのだがいかんせんまだ距離がある。テンション上がってわーっと駆け出しても続かないくらいには離れているのだ。


「あの一番高い建物って何なのかな?」


 早く出発したくてうずうずしているフーディは指さして言った。


 この距離から教国を指さされてもどの建物を言っているのか普通なら分からないところだが、一番高い建物なら誰でも分かる。そのくらい抜きんでて馬鹿でかい塔があるのだ。


「あれはエドナ=ミリア教のリスルッタ大聖堂、というらしいですよ」


 流石はカトレア。さすレア。


 馬車で一緒だったアウール司祭から聞いたそうで、天を突く白い槍、白槍(はくそう)、等と呼ぶ人もいるそうだ。言われてみれば穂先が三又槍(さんさそう)に似ている。

 

 教国の中心にあるリスルッタ大聖堂から同心円状に街が広がっている構造らしい。中に行けば行くほど裕福で外輪は貧しく貧民街もいくつかある。


 入口の大門から入って真っ直ぐにリスルッタ大聖堂を目指した場合、宿屋、市場、市民の住居、冒険者・鍛冶師・商人などの各ギルド員が立ち寄る建物、いくつかの小さな教会、そして貴族の屋敷が立ち並ぶようになり、天に伸びた白き槍が悠々と待ち構えているのが目抜き通りの光景らしい。


 新しい武器、防具、教国エドナでしか食べられない物。冒険者ギルドに顔を出すのも面白いかも知れない。それからやっぱりアッシュの事だ。フーディじゃなくても気持ちは忙しない。俺も含めみんな手早く食事を終わらせ「よし、それじゃ行こうか」と言うと元気な返事が返ってくるのだった。


 急いだ甲斐もあり夕方前には入口の大門に着くことが出来た。


 都市の中心部にそこそこ近い宿に泊まることを決め、荷物を置いて身軽になる。お値段もそれなりにするものだったがその代わり部屋もしっかりしている。それに、この宿からならエドナ=ミリア教の大聖堂まで近い。


「はやくアッシュ持っていこうよ!」


 いざリスルッタ大聖堂へ! とやる気満々のフーディだったが教国の首都ともなれば都市だけでかなりの大きさだ。ほとんど日が傾きかけているし大聖堂に着く前には時間的にギリギリだろう。日が落ちた後も大聖堂が門戸を開いている可能性は低い。


 念のため宿の店主に聞くと、やはり大聖堂は夕方くらいには閉まるらしい。日が落ちた後にお祈りをしに行く人も居ないだろうし当然か。


「そっか、じゃあ明日か~」


 残念そうな顔をする子にティントアが楽しい話題を振る。


「着いたばかりだし、今日は、ゆっくりしよう。美味しいもの食べて、夜になったら、口寄せでアッシュに教えてあげようよ。教国に着いたよって」


「賛成! じゃあご飯食べいこ! 皆なに食べたい?」

 大聖堂! から、ご飯ご飯! に早変わりする様子が少し面白い。


「やっぱりお肉でしょうか。でもその前にさっぱりしたくないですか?」


「わたしカトレアに賛成、水浴びしてからの方がご飯も美味しいんじゃない? ね、フーディ?」


 それもそうだな、という顔だが、でもやっぱりお腹すいたんだよなぁという塩梅の顔をしているフーディがティントアに聞いた。


「ティントアは? どっち先が良い?」


「別にどっちでもいい、かな。あっ、そうだ、水浴びでもいいけど、お風呂屋さんもあったよ」


「「お風呂屋さん!?」」


 息ぴったりクロエとカトレアが揃って叫ぶ。


「お風呂屋さんにしましょう! いいですよね!? ヴィゴくん!?」


「そうだよヴィゴ! お風呂なんて滅多に入れないじゃん! 絶対お風呂だよ! 体洗ってあげよっか!? 洗ってあげるよ!」


 後半の人だけちょっと(よこしま)なんだよなぁ。


 二人がそこまで風呂に行きたいなら仕方ないか。フーディもティントアも熱量に負けて頷くのであった。


 ティントアが見つけた風呂屋は宿屋からすぐ近くにあった。


 通りを超えて五軒先のところで湯気がもうもうと上がっているのが見える。なるほど、ティントアはこの湯気を目にしたから風呂屋に気付いたのだろう。近づくにつれて石鹸の香りがしてきたので鼻のいいアッシュならもっと早く気付いたかも知れないな。


 風呂屋は公衆浴場ではない個人か仲間内の数人で使うようなタイプの物だった。屋外にあり、大きな湯桶を借り、使う分の湯を買う。石鹸なども別売り、他人から裸を見られないように幕が張ってありその囲いの中で湯浴みするらしい。 


「男二人、女三人で」


 番頭台に行って店の人に金を払うと案の定驚かれた。


「男一人、女四人じゃなくてかい?」


 これぞティントアあるある。ティントアは男なんですよ~と説明したがその後も訝しい顔で俺たちの事をじっと見ていた。特にクロエとカトレアの方をだ。


 何だろうか。別に痴情のもつれはないから心配しないで欲しい。


 俺たちに割り当てられた幕の前で店の人を待ち、湯を大桶に入れてもらっていざ入浴。

 ひとつ、入浴に際して心配な事があった。一応は気を付けておこう。


 大桶に張ってもらった湯を手桶ですくって頭からかぶる。ちょうどいい湯温だ。湯を何杯か浴びると自分の体がいかに匂っていたか分かる。こまめに拭いたりしているが、今日はかなり歩き通しだったから仕方ない。


 番頭台で買った石鹸を泡立てて全身を泡まみれにしていく。

 お、かなり泡立ちいいな。さすが値が張っただけはある。


 くまなく洗い終えた。

 ちょうどティントアも同じようなタイミングだったようで二人して湯桶に体を鎮める。


 「ぁ~……」とか「くぁ~……」みたいな声が思わず漏れた。


 まるで疲れが湯に溶けていくようだ。

 明日も一日の終わりに来てもいいかも知れない。


 ふと目の前の美人と目が合い、しみじみと思ったことを口にした。


「ティントアって本当に男だったんだな」


 珍しく声を上げてティントアが笑った。笑う時の彼は必ず手で少し顔を隠す。ただの癖なんだと思うがそういう仕草も女っぽいところだ。また笑顔が綺麗なんだよな。顔だけ見ているとどこかのご令嬢と風呂に入っているような気がしてくる程だ。


「今さら、なに言ってるんだよ。女の方が良かった?」


「いや、女ばかりに囲まれて旅するのは気疲れしそうだ。ティントアが居て良かったよ」


「それは、どうも」


 ああ、気分が良い。滞在中は本当に毎日ここに風呂入りに来ようかな。


 俺は大桶の淵に頭を乗せて空を見上げた。夕暮れに赤らむ空も心なしかいつもより美しく見える。酒を持ち込んでいいならここで一杯やるのもアリだ。明日ティントアを誘ってみるか。


 ふと、視線を感じた。


「どうした? そんなに見てきて。クロエでもあるまいし」


「やっぱりヴィゴの体って凄い。限界まで鍛えられてるって感じだ」


「俺のよりアッシュの方がたぶん凄いぞ。もっと完璧に戦闘向きっていうか」


「ああ……。蘇生されて、すぐの時だっけ? みんな裸だった。あの時は、あんまり周りみる余裕、なかったな」


「後は、樽乗り豚(たるのりぶた)亭のとこで皆で水浴びさせてもらった時か、でもそれは俺もほとんど覚えてないな。皆ほとんどぶっ倒れる寸前で隣のやつの事なんて気にする余裕もなかった」


「あのクロエが、あんなに無反応なの、あれっきりだろうね」


 違いない。そう言って二人して示し合わせたように笑った。


「呼んだ?」


 ひょこっと幕の間からクロエが顔を出してきた。


 さも自然に「どう? やってる?」と酒場を覗くくらい普通に顔を出した。

 だが目が血走っている。


 意外と遅かったな。いつ覗きに来るのかと思っていたところだ。


 手早く体を洗っておいて良かった。

 大桶の湯に浸かっていればクロエには俺たちの顔くらいしか見えていないはずだ。


「……呼んでないぞ。お帰り下さいませ。ここは男風呂だもんで」


「見てもいい?」


 凄い直接的に言ってきた! 逆に驚くわ。よくよく見るとコイツ、目がバキバキにキマってやがる。


「……いや、あの、ダメだろ。……おーい! カトレア~! その覗き魔の人、連れてって~!」


 なんで男側の方が被害者的な対応を迫られているんだろうか。

 普通は俺らがわいわい言いながら覗きに行くものだ。


「うグッ……はっ……離してカトレア……引っ張んないで……!」


 幕の間から顔を出しているクロエが後ろに向かって叫んでいる。向こう側に居るカトレアがクロエを連れ戻そうとしているのだろう。


「まったく何やってるんですかクロエ、程々にしておかないとヴィゴくんに嫌われますよ?」


「ちょっとくらい嫌われてもいい! そのくらいの価値がある! そうだ交換条件と行こう! ヴィゴもティントアもこっちおいでよ。カトレアの体すっごいから! 太ももの内側にあるホクロとかもうめっちゃエロいから!」


 やめろクロエ。風呂上がりにカトレアを見たら太ももの内側にホクロあるんだって思っちゃうだろ。


 バチン、とビンタらしき音が響いてクロエが悶える。


「いいですよフーディちゃん! さあもう一発いきましょうか!」


「ちょっと待って! ちょっと待って!! 思ったより本気のやつだったんだけど!」


「今度は左にいくよー!」


 パァンッ! さっきよりいい音だ。

 そしてクロエがべそをかきながら向こうの幕の中へ引きずり込まれるのだった。


「……背中に、張り手かな?」ティントアが音の由来を想像する。


「たぶん尻だろうな。今度は左って言ってたし、先に右のお尻をブッ叩かれたんじゃないかな」


「ああ、なるほど」


 向こう側が静かになったのでゆっくりと浸かり直す。少し湯が冷めてきたかな、足し湯を買うか迷っていると風呂に入る前に心配していた事が起きそうだったので腰に適当な布を巻いて幕の外に出た。


 気配を感じた通りだ。人数は男が三人、若いの二人と少し年のいった奴が一人。


 覗き犯だ。


 ここに向かう前にクロエとカトレアが「お風呂! お風呂!」とはしゃいで目立っていたのだが、その時に風呂屋に行くと当たりをつけて待っていたのだろう。


 ……今にして思えば店主が異様に二人をじっと見ていたのはこれを心配していたのだ。こんな簡単な目隠ししかない防犯性の低さでは、女性客が外風呂を利用することは滅多にないはずだ。


「どうも出歯亀さん。ここは今うちの連れが使ってる。覗くつもりならそれなりに覚悟してくれ」


 突如として現れた俺にひどく動揺した三人だったが、俺が丸腰の一人と見るやいなやホッとした顔をした後で睨んでくる。


「おいおいニーチャン、こっちは三人だぜ? ほら、こんな物まで持ってるしよお」


 先頭にいた中年の男がナイフを抜いて見せつけてくる。


 ああ嫌だ。

 せっかく風呂に入ってスッキリしたっていうのに、こんな小汚い奴らぶん殴らないといけないのか。


「……言っても聞かないだろうけど、一応は忠告しとく。その幕の方へ一歩でも近づいたらアンタの顎を蹴り上げる。しばらく硬いもんは食えなくなるくらいにね。それでもいいならお好きにどうぞ」


 俺と中年の睨み合いが続く。後ろの二人も武器を取り出してやる気のようだ。仕方ない、さっさと片付けるか、そう思って相手にずかずか歩いていく時だった。


 ふいに幕からカトレアが顔だけを出した。


「ヴィゴくん? 大きな独り言かと思いましたが……おや、こちらさんは?」


「えっヴィゴ居るの!?」とクロエまで顔を出した。

 

「覗き犯のお三方だ」


「あー……なるほどそれで……お願いしてもいいです?」


「元からそのつもりだよ」


 宣言通りに蹴り上げて顎を砕いてやった。一撃でぶっ倒れビクビクと痙攣している。


「アンタら二人もこうなりたくなかったら、この気絶したおっさん連れてさっさと帰ってくれ。あ、迷惑料だけ貰っておこうかな。ここの店主に追加の湯を注文してこい。おい……返事は?」


 覗き魔たちは「ハイ」と気落ちした様子で中年男を抱えて去っていくのだった。


 一件落着、風呂に浸かり直そう。自分のところに戻ろうとして視界の中に赤い雫が映ったのでギョッとした。見ればクロエが鼻血を垂らしているのだ。


「おいおいクロエ、鼻血でてるぞ。大丈夫か……? ちょっとのぼせたんじゃないのか?」


 指摘されたクロエは妙に幸せそうな顔をして微笑んだ後、どこか満足げに顔を引っ込めた。珍しい、きっと俺が自分の幕に帰るまでジッと見てくるもんだとばかり思っていた。


「……ヴィゴくんらしからぬ大サービスでしたね」


 サービス? 念のため自分の腰に目をやったがしっかり布が巻かれておりズリ下がったりもしていない。ポロリは無かったはず……いや、違う。中年男にかました蹴りの時だ。


 くそ、ぬかった。顎を蹴るなんて言ってしまったものだから思い切り足を開いて……確かにクロエにとっては大サービスだ。というか絶対にカトレアにも見えてしまったはずだ。


「カトレア……見た?」


「あの……えーとですね……その、はい。あ、でもあの……よかったですよ、あっいや違いますね、あのそのダメだって意味ではなくてですね、その表現がですね。……あ、嘘です。そのやっぱ見てないってことで……はい、そんな感じで……」


 カトレアは珍しく赤面しながらごにょごにょ言ってそのまま顔を引っ込めてしまった。


 何だろうか。何も減っていないのに凄く損をした気分だ。


 うん……。まあいいさ。気を取り直して湯を楽しむさ。


 戻ってすっかりぬるくなってしまった湯と、一向に足し湯が来ないのて店主に聞いたら追加注文など来ていないと言われる。あの覗き魔共、そのまま逃げやがったな。あとで探し出して落とし前をつけさせてやる。


 まったく、カトレアの太ももにあるホクロでも見せてもらわないと割に合わないような気分だ。


 そんなこんなで俺たちは体の汚れを落として綺麗さっぱり、俺だけ心に妙なしこりを残すのであった。

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