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50話 〜2章〜 割かしお喋り道中

「あ~ん、ヴィゴ~寂しかったよ~」


 合流直後にわざとらしい声でクロエがハグを求めてきたのでたまには応じてやろうと思って思い切り抱きしめてやった。


 感涙にむせび泣く……とまでは行かないがどんな反応をしているかと思って見てみたら顔を真っ赤にしている。まったくクロエは自分からグイグイやってくる癖に防御力が低いんだよなぁ。


「いつもあんなに積極的なのにこんなので顔真っ赤にしちゃってさぁ? クロエは本当に可愛いねぇ?」

 ついでにおちょくってやった。


「クロエ照れてるの!?」

 背の低いフーディが少し見上げてクロエの顔を覗こうとする。


「てっ……照れてるわけないじゃん。ヴィゴが嘘ついてるだけだからね。こんな暗いのにわたしの顔が赤くなってるの分かるわけないじゃん」


「いや、俺は暗いとこでも目が効くからね。皆も知ってるだろうけど」


「そっそれも嘘だから! 何ならヴィゴは夜とか全然みえてないから!」


 おいおい、俺どんだけ嘘ついてんだよ。というかそんな奴に洞窟の斥候させんなよ。


「クロエ、すこし、腕を借りるよ」

 ティントアが唐突にクロエの腕に触れる。何だろうかと思ったら追い打ちだった。


「脈が、物凄く早い。クロエは、照れているみたいだね」

 ティントアは天然なのか確信犯なのか分からないがタイミングだけは心得ているなと思う。


「クロエ照れてるの!?」


「お~よしよし、皆にいじめられて可哀想ですねぇクロエ。いい子いい子、泣かないで~」

 カトレアの声がもう本当に楽しそうで笑いそうになった。こういうところで茶化すの好きだもんな。


「もう野宿の時に髪の毛の結界張ってあげないから! みんな寝不足になれ!」


 それは普通に困る。

 でもそうなるとカトレアの草のベッドとかクロエ一人だけ使えないことになりそうだけどいいのかな。


 おふざけはこの辺で俺はクロエのから離れて状況を説明する。


 洞窟の奥はアリの巣のように広がり、少なくとも百人以上の人間が潜んでいること。大体の位置は分かったので俺が先導して迂回しながら進むことを伝えた。


「分かりました」

「おっけー!」

「分かった」

「フン!」


 一人だけむくれている奴がいる。

 フーディの次に子供っぽいのは間違いなくクロエだろうな。少し機嫌をとってやりながら歩くか。

 

 隊列はこうだ。

 俺の横にクロエ、その後ろにカトレア、ティントアとフーディが三列目、アッシュ袋が最後尾だ。


「このまましばらく街道を行くと壁にいくつも穴が空き始める箇所に出る。その少し先に見張りが立ってた。適当に穴を通ってやり過ごせるから楽に抜けられると思うよ」


 俺はクロエに喋りかけながらそっと手をつなぐ。さっきの今なので少し警戒された感もある反応だったが、考えた末にどうやら手は振りほどかないで居てくれるらしい。よしよし、これでそのうち回復するだろう。


 俺は後ろに振り返り、人差し指を唇の前に立てて「静かに」のポーズを取った。


「今はまだ喋ってていいけど、もうちょっと歩いたら声は出さないように。俺が右手を挙げたらそれが沈黙の合図だ」


 全員が了解を返してくれる。


「あの、ヴィゴくん。……俺が右手を~ってセリフを……もう一度言ってみてくれませんか?」


「……? 俺が右手を挙げたらそれが沈黙の合図だ」


「な、なんかそれ、凄くカッコ良くないですか? いっ意図してないとは思うんですが」

 妙に刺さってしまったのかカトレアは声を上げて笑い出すのをかろうじて我慢している。


「み、右手は……沈黙なんですよね? その……ちなみに左手は何なんですか?」


 俺は少し考えてからキザっぽい声を作って言ってみせた。


「知りたいかい? 右手は沈黙、なら左手は? そう、パーティの始まりだ」


 沈黙の反対は騒がしいはずなのでパーティだろうな。あんまり深い事考えずに返答したが、これがまた妙にカトレアのツボにハマったようで「ブホォ!」とカトレアらしからぬ音を立てていた。一応カトレアの名誉のために言い添えておくが屁をこいたわけではない。耐えきれずに笑ってしまい吹き出したのだ。


 沈黙の右手、狂乱の左手だ……等と訳の分からない呟きをしながらカトレアがお腹と口を押さえてうずくまる。一応、音に配慮し声を出して笑うのは我慢しているのだろう。肩をがくがく揺らしながら必死に波に耐えているのだった。


「なになに? カトレアなんで笑ってんの?」

 楽し気な空気を感じてフーディが寄ってくる。


「沈黙、狂乱、そして無知なる子供……」

 前方のやり取りが聞こえていたようでティントアがトドメを刺すのだった。


 しばらく時間が空いた後、はぁはぁ言いながらカトレアが気を取り直す。行軍の再開だ。


「……ふぅ、笑い過ぎました。お腹と頬っぺが痛いです」


 いつもならもっと追撃して呼吸困難くらいまで追い込んだかも知れないが今は音を出せない状態なので勘弁してあげよう。壁にぽつぽつと穴が開いている地点まで来たので、さっき言った通り右手を挙げる。


 沈黙の合図だ。


 「……ヴゅ……っ!」


 思い出してしまったのかカトレアが少しだけ吹き出していた。

 これまた随分と尾を引いてらっしゃることで。


 俺が先に偵察をしていた時と同じように、街道の真ん中には一人が見張りに立っていた。もっとも今回は肉眼で相手の姿を確認する距離までは近づかない。何かの拍子で咄嗟に振り向かれて見つかったら大変だ。


 足場が悪いのでフーディがズッコケるかもしれないし、洞窟内は埃っぽいのでティントアがくしゃみするかも知れない。カトレアが思い出し笑いをしてしまうかも知れないし、クロエが「寝不足になれ!」と叫ぶこともあるだろう。俺? 俺は大丈夫だ。


 気配だけを感じ取りながらかなり手前の小さな穴を使って大きく迂回する。これだけ距離があればこちらの音があちらさんに届くこともないだろう。皆も出来るだけ気を使って静かに移動してくれている。


「アッシュ運ぶのは平気か? 疲れたなら俺が担いでもいいけど」

 アッシュに魔力を割いているのでフーディの負担が一番大きいはずだ。


 音を立てないよう気を使ってこの薄暗い中を歩くのは疲れるだろう。洞窟のような閉塞感のある場所は外を歩くより息が詰まって消耗も早い。


 喋りかけるとフーディはハッとした顔をして口をパクパクさせていた。

 口から空気だけがハフハフと洩れている。


 何やってんだコイツ可愛いな。


「あぁ、今は喋っても良いよ。静かな声ならバレない距離だから」

 俺が指示してないからずっと喋っちゃいけないと思っていたようだ。


「ダイジョーブ……!」


 グッと親指を立てて返してくれる。頼もしい限りだ。

 そんなに余裕があるなら今後の荷物はフーディがずっと浮かせて運んでくれたら楽なのだが、それは少し頼り過ぎだろうか。


 声色を押さえて程々に雑談し、要所で俺が「静かに」と合図して迂回する。そんなことを繰り返しながら歩き続けるとこの洞窟にいる集団のちょっとした傾向が見えてきた。


 ひとつ、街道で見張りをしている者は必ずローブを着ている。


 ふたつ、見張り役の担当者の近くには交代要員らしきローブの者が居る。


 みっつ、奥の小部屋で見張りをしていない物はローブを着ていない。


 この洞窟街道はずっと一本道だ。枝分かれは無数にあるが、道幅の大きさと舗装の手入れがあるのでメインの通りから外れることはない。ここに謎の魔術師集団が居付く前は街道の大通りだけが往来に使われていたであろうことはすぐ予想できる。逆説的に、だから見張りは街道にしか立っていないのだと言える。


 たまたま俺が離れた距離から気配察知できるので会わずに済ませられているが、俺を抜いたメンバーや一般的な旅人がこの洞窟街道から誰にも見つからずにコッソリ抜けるのは無理だろうな。それくらい人が配置されているのだ。


「いったい何をしてるんだろうな、奴らは」


 横のクロエに聞いてみる。


「……ぁ、今は喋っていいんだね、うーん。何だろね? 人さらいとか?」


「人さらいねぇ……確かにそれくらいの事はやってそうな雰囲気あるよな」


「ヴィゴって奥まで見てきたんだよね、囚われてる人とか居なかったんだ?」


「ああ、居なかったよ。でも、たぶんもっと奥まったところに大勢いそうな感じだった。そこまで見てくるのも時間かかると思って合流しちゃったからな。……実は一番奥で違法な奴隷売買やってます、とかそのくらいのきな臭さはある奴らだよな」


「一人だけこっそり気絶させて尋問してみるとかどう? ヴィゴなら出来そうじゃない?」


「あー……それも考えなかったわけじゃないが、今は良いかな。不用意なことして恨まれることになっても面白くないし。まぁ俺は痕跡残すようなヘマはしないけどね」


「え~……ちょっとオラついてるヴィゴかっこいいんですけど!」


 文面だけ見るとちょっとバカにされている感があるのに、クロエに言われると普通に褒められているのが分かるのは不思議なもんだ。


「別にオラついては……ただの事実だよ。俺は、俺のやれる事がどこまで可能か知ってるからな。クロエが自分の髪をあんなに長く伸ばせること俺は知らなかったし、それと一緒」


「わたしにも他の皆にできないことあるかなぁ?」


「そりゃいっぱいあるだろ、てか伝達手段にクロエの髪が活きたばっかりだ。あれがなきゃ俺が入り口まで戻ってきて皆を連れて来なくちゃいけなかったわけだし、教国に着く時間が短縮できるのはクロエが居てくれたからだよ」


「もぅヴィゴ好きぃ~」


 甘ったるい声を出しながら腕を絡めてくるクロエは素直に可愛いと思う。

 機嫌も完璧に治ったようで何よりだ。


 背中にドムっと何か柔らかい衝撃が来て「わたしも褒めて下さい」とカトレアが言う。


「カトレアはいつも褒めてたと思うけどな」


「いいえ、お礼はよく言われていますが褒められてはいませんよ。カトレアは褒めて伸ばすタイプの子だと私は思うんですよね~」


「えー……よく気が付く。勉強熱心、冷静で的確。良き相談相手。高所恐怖症。いつもニコニコしていて可愛い。周りをよく見ている。意外に酒癖が悪い。知識が豊富で助けられる」


「なにか少し混じっていますが、まあいいでしょう」


 俺の軽いおふざけもご愛嬌と受け取ってくれたのか、カトレアは満足したようだった。


「あたしも褒めろ!」


 お次はフーディか、来ると思った。


「うまそうにメシ食ってて可愛い。小さくて可愛い。金髪がフワフワで可愛い。適度にアホで可愛い。ティントアと姉妹みたいで可愛い。さっきも口パクパクしながら必死に何か言おうとしてたの可愛かった」


 以上、正直かなり雑だったがこんなもんでいいだろう。

 本人も「まーあたし可愛いからなぁ~」と満足気だ。


 さてティントアは、と口を開きかけて不意打ちを喰らった。


「じゃあ、俺はヴィゴを褒めようかな。いつもリーダーありがとう。本当に、助かってる」


 ティントアお前! なんでこう絶妙な時にそういうピンポイントなこと言うかね。


 正直かなりグッと来た。


 泣いていないさ、雨が降って来ただけだ。


 そんなこんなで俺たちは雑談したり迂回したり沈黙したりして洞窟街道を無事に抜けたのだった。


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