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5話 集団戦と一騎打ち

今日は8話まで投稿予定です。これは5話です。

 先手はフーディとクロエが取った。


 フーディは石や岩を魔力で持ち上げ飛ばしてぶつける。


 クロエは日光を受けた銀髪が煌めき、鞭のような素早い軌道を描いて何体かの鬼を切断していく。


 二人の波状攻撃だ。


 一拍置いて攻撃に参加したのはカトレア。低木の枝を異常成長・操作して地面を這わせ鬼たちの足を縛り付けた。


 足を止められた鬼はその体に容赦なく攻撃を浴びる。


 振るわれる髪の糸で首を落とされ、石のつぶてを体中に浴びて死んでいく。


 俺たちの攻撃の手はまだ増える。鬼は死ねば死ぬだけ不利が増していくのだ。数の利を無くすだけではない。死体の数だけ死霊術(しりょうじゅつ)の餌食になるからだ。


 首のない鬼、顔を潰された鬼が一度はバタリと倒れるも、すぐさま起き上がって仲間たちへ襲い掛かってくる。敵側だけの攻撃だけでなく、すぐそばで死んだ仲間が敵に代わるというのはどれほどの恐怖だろうか。


 俺は、思った。


 これは出番がないかも知れない、そう思った。


 魔術で討ち漏らした鬼を担当しようと思っていたのだが……。


「な、なんかアタシらって……」


「ね! 強いよね! わたしたちって!」


「ですね、これならすぐアッシュくんの加勢にも行けそうです」


「……ヴィゴは、暇そう」


 ティントアのぼそっとした呟きに女性陣がくるっと顔を向けてくる。


「え……いや、仕方ないよな?」


「仕方ないですよ。この細い道でヴィゴくんだけ前に出たら、たぶん巻き込みます。範囲攻撃が多いですから」


 良かった。非難されるかと思った。


 ティントアが吹き出して笑うのを見てようやく冗談だと分かった。


 意外とお茶目な奴だ。一方的な戦闘は揺るがず、俺たちの有利を変わらず押しつけ続けている。


 銀の糸のような髪が閃けば鮮血が散る。


 石と岩の弾が容赦なく鬼に降り注ぎそこかしこで悲鳴が上がる。


 逃げることさえ許されず足を木に捉えられ、操られているとはいえ最後を仲間の手によって迎えた者もいる。


 強い。圧倒的だ。そして俺はけっこう大真面目に暇を感じていた。


 最後の鬼が誰かの何かしらの攻撃を浴びて地に伏した。


 完勝だ。

 いや本当にやることがなかったな。俺ひとりだけ楽なのもそれはそれで居心地が悪かった。


「やーい、ヴィゴのサボり魔~」


 いたずら顔で指差してくるフーディの額をぺしっと叩いてやる。


 フーディを真似してクロエも同じことを言ってきたので平等に見舞ってやる、するとやたら嬉しそうに額を押さえる様が少し気持ち悪かった。


「さあ、遊んでないでアッシュくんのところに行きますよ!」


 おっとその通りだ。


 あいつのことなので死んではいないだろうが、万が一もある。今の俺たちなら十分に加勢が出来るだけの……まあ俺はまだ未知数だが、戦力くらいにはなるだろう。


 アッシュを追う。

 細い道を出て塔の根元が見える広場に出た。かなりの広さがある。


 ここは……鬼の拠点だ。


 廃屋からかき集められた椅子やソファ、机にテーブルがあちこちにある。火のついたかまど。干された草と、動物用の囲いまであった。


 アッシュは広場の中心で戦っていた。取り囲む鬼の数はいくつほどだろうか。既に倒れている鬼だけで三〇体はいる。


 それでも取り囲んでいる鬼は倒れた鬼の倍の数はいるだろう。敵の数を読み違えたのはここが拠点で家々の中から増援が来たからだと思う。


 アッシュは、やはり戦闘面において俺たちより一段高い次元にいるようだった。


 超至近距離で殴り合い続けている。


 拳速は目で捉えきれないほど早く、蹴り出した足に当たった者は嘘のように吹っ飛んだ。


 剣をかわし、槍をへし折り、殴って蹴って、掴んで投げて、彼が一歩を進めれば、その間に必ず一人は倒れ込む。


 全方位を敵に囲まれてそんな芸当が出来るのか、真後ろから飛んできた矢をかわし、射手を見ようとこちら向きに反転したのだろう。結果的に俺たちを見つけて笑ってみせた。


「よぉ、お前らちゃんと生きてんじゃねえか! 言ったろ!? 俺らは強い! ちなみに俺は――」


 アッシュが鬼の一体を掴んで振り回す。即席の武器は取り囲む鬼を十体は蹴散らした。


「俺は最強だぜ!!」


 もうどちらが鬼か分からない。


「行きましょう! アッシュくんには当てないよう端っこの鬼から倒しましょう」


 一人のアッシュにさえ歯が立たない鬼たちは遠距離からの魔術攻撃になす術なくやられていく。


「お前ら! こいつらは俺のだろうが! 欲張るのはよくねーぞ!」


 えー……誰もそんなことを思って戦っちゃいない。


「アッシュってほんとアホだよね……」


 俺も含めて全員が頷く。


「聞こえてんだよフーディ! 後で泣かすからな!」


 ふざけられるくらいには余裕を感じられる戦闘だった。


 俺たちを押しつぶせるような鬼の数は簡単に溶けて消え、血の匂いだけを跡に残した。


「横取りすんなって言ったろうが」


 アッシュはプンプン怒ってこちらに詰めよって来る。


「まあまあ、押さえて下さい。あれ以上アッシュくんがやっても同じことですよ。ここの鬼たちじゃアッシュくんには逆立ちしても敵いません。アッシュくんは一番強いんですから、私達にだって練習させてくれてもいいじゃないですか。ね?」


「……ほう」


 ほう……って、分かり易いなこいつ。


 カトレアの見え見えのお世辞に急に気を良くしたアッシュはそれ以上何も言わなかった。


 なるほどこういう扱い方があるのか。


「お前らもけっこう戦ったみたいだな。そういや後ろって何体くらい居たわけ?」


「三〇もいかないくらいですかね」


「ふーん、まあそんなもんか」


 情報共有というか、戦いの後の雑談が始まると俺の方にポンと手が置かれた。フーディだ。


「またサボったな~、ヴィゴ!」


 あ、そう言えばまた戦いそびれた。


 俺が戦える距離は後衛のやつらほど長くない。アッシュの元へ行く前に大部分が片付き、いつ飛び込もうかと身構えるうちに結局あっさりと終着してしまった。


「はあ? サボり!? おいヴィゴ! それは無いわお前、ひくわ」


「いや待て、サボってたわけじゃ――」


「そうなのアッシュ! わたしなんておでこ叩かれたよ」


「……クロエ、よく分かんねえけど、それはたぶんお前が悪ぃと思う」


 え、なんで!? とクロエがうろたえて皆が笑った。


 俺は、一人だけどうにも複雑だった。この冗談について腹を立てたりはしないが、なにかこう……疎外感を覚える。


 無理にでも戦闘に参加しておくべきだったろうか。


 微妙な引け目を感じてしまうのだ。とりあえず弁明を――。


「待て」


 ぴしゃり。

 アッシュの短い一言で場の空気が一変する。


 彼の視線の先を追えば理由が分かった。鬼が一匹、監視塔の入り口から出てきたのだ。ただの石の小鬼ではない。


 見た目からして違った。肌の所々が鉛色に変色し、背が高い。

 

上背のあるアッシュと並べても見劣りしなさそうだ。アッシュが鼻を鳴らす。


「へぇ、ちょっとは強そうじゃん」


 当然にアッシュが迎え撃とうとする。一瞬で脳みそが戦闘態勢へと切り替わるのか、俺たちと話している時とは目の光が根底から違うのだ。揺らめく炎を奥に宿すかのようだった。


「俺にやらせて欲しい」


 アッシュの一言で変わった空気が、俺の言葉でもってまた色を変えた。


 四人の驚きと、一人は怒り。短い付き合いだが、今のやる気の彼に「待った」をかけるのがどれほど怒らせることか、分からないわけではなかった。


「……おいおいおーい、ヴィゴ。ボケたか? すっこんでろ!」


 アッシュはこちらを見もしない。お前の常識ではそうなんだろう。


 事実、殴り合って誰よりも勝率が高いのはお前だよ。それは認める。ここで真っ向から言い争ってもアッシュは絶対に引かない奴だ。要は、カトレアの要領でやればいいわけだ。


「アッシュ、俺は別にサボってたわけじゃない。本当にタイミングがなかっただけだ。お前なら分かるだろ? 戦いたくても一度も戦えてないんだぞ? 俺だって自分を試したかったさ」


 ちらりとカトレアに視線を送る。

 いや違うクロエ、お前じゃない。ウィンクするな。


「確かにヴィゴくんは一度も戦えていませんね。運が悪かったんですよ。ちょっと可哀想じゃないですか? ね、アッシュくん」


 さすがにカトレアは察しがいい。


「……そう、なのか。んー……まあそれはちょっと、悲しい感じだな」


「そうそう、ヴィゴずっとサボっ――」


 ティントアがお子様の口を強引に閉じてくれて本当に助かった。


「しゃーねーなぁ。ちょっとあんまりにもカワイソーだし譲ってやるよ。お前死ぬなよ? 死んだらぶっ殺すぞ?」


 なんだその哲学みたいな激励(げきれい)は……。


 アッシュは拳を向けて来る。

 一瞬、何だろうかと呆気にとられたがすぐに気付いて俺も拳を差し出す。

 拳と拳をトン、と軽く打ち合わせる。


「ありがとうアッシュ。恩に着る」


「おう。着ぶくれするぐらい着ろ」


 さて、どうにか代わってもらえた。


 五人の視線を背中に受けながら、大将らしき鬼の元へ向かう


 向かい合ってみたら、鬼はなかなか強そうだった。


 雑魚の鬼と違ってしっかりと筋肉がついている。他の鬼と違って武器も大きい。廃材を集めて作ったようなハンマーを手にしている。


 もしあれが直撃したら痛いどころでは済まないだろう。腹の中から緊張がこみ上げてきた。


 アッシュならすぐにも走り出し、最速でこいつを倒すだろう。


 派手な一撃必殺は……無理だ。


 俺には俺の魅せ方があるさ。


 静かに、ゆっくりと間合いを詰める。


 自分に何が出来るのか、どんな力を振えるのか、腕前を披露する高揚感と、仲間に見守られる視線を背に受け、痺れるような緊張感を覚えながら相対したのだった。


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