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49話 〜2章〜 穴ぐらで蠢く者たち

「ヴィゴ? それ何してんの?」


 洞窟に入る準備のためブーツに細工をしているとフーディが興味津々で聞いてきた。


「靴底に布を貼ってるんだよ。洞窟内は音が響きやすいから足音を立てない工夫ってわけだ」


「へ~! あたしもやりたーい!」

 ……なんで? まあいいけれど。


 フーディに(のり)を渡して一緒に貼っていく。


 おいおいフーディお前それ何を貼ってんだ。さっきその辺で拾った花びらや葉っぱをペタペタやっている。ワーオ、カラフルだねぇ。別にフーディが斥候をするわけではないので楽しんでくれているならそれでいい。


「ちょっとティントアの靴にも貼ってくるね!」

 ハイいってらっしゃい。もしかしたら俺が洞窟から帰ってくる頃には皆の靴底がワサワサになっているかも知れない。


「ねえヴィゴ、ひとりで様子みてくるんだよね?」

 少し不安げな顔をしてクロエが近寄ってきた。


「ああ、全員で行くより俺だけの方がいいよ」


「ほんとにぃ? でもヴィゴがもし見つかっちゃったら一人だし危なくない?」


「見つからないよ。隠密行動中の俺を見つけられる奴がいるなら会ってみたいね」


「強気ヴィゴいい……良い意味でゾクっとくる……じゃなくて、もしもがあっても一人だったらこっちも分わかんないじゃん? そりゃヴィゴがそういうの凄いのは知ってるけどさあ……」


 前半は無視として、そんなに不安なのか。


 まあ逆の立場で考えたとして、俺も魔術側の仲間が何をどこまでやれるのか把握しているわけじゃないのでクロエのような心配をしたかも知れないな。だったら。


「ハイ注目!」


 パン! と俺は柏手をひとつ打って皆の注目を集める。全員の視線が集まったところで足元に落ちていた石ころを拾い上げ、上にポーンと放った。


 一体全体なにが急に始まったのか? と空中の石を反射的に皆は見ている。これは視線誘導だ。石が地面に落ちる頃には、俺は全員の視界から外れている。


 ちょっとした地面の窪地に伏せ、俺が一瞬で消えてしまったことに皆が気付く。そして数秒後、空に投げていた二投目の石が皆の背後にドン、と落ちた。


 これもまた反射で一斉に振り返るのだ。


 背後で物音がした場合はまず距離を取るのが望ましい。敵襲も事故もそっちの方が被害が少ない。あらかじめ相手の気配を感じ取っている場合なら話は違ってくるところだが。


「……とまあこんな感じで、人の目から逃れたり視線を誘導したりする方法はいっぱいある。だから大丈夫だよ、クロエ」


 お~、とカトレアが手をパチパチしてくれたので曲芸団の挨拶みたいに大げさなお辞儀をしてみせた。


「やっぱりヴィゴくんの身のこなしは素晴らしいですね。クロエもそんなに心配しなくたって大丈夫ですよ。もし仮に見つかるようなことがあっても、私たちが居るよりヴィゴくん一人の方がとっとと逃げられて安全だと思いますよ?」


 そう、その通りだ。


「ヴィゴくんのミスはあまり考えていないんですが、何か良い伝達手段はないかな? と考えていたんです。クロエの髪でどうにか出来ませんか?」


「どういうこと?」クロエが大きな目を丸くしてカトレアに聞く。


「洞窟街道はかなり長い道です。ヴィゴくんが往復する時間が勿体ないなと思いまして、クロエの髪がどこまで伸ばせるか分かりませんが、ヴィゴくんの体に巻き付けておけば、合図を貰って私たちも安全なところまで進むことが出来ないでしょうか?」


 おお、それは名案だ。はやく隠密行動したくて何も考えていなかった。


「なるほどね! それなら確かに安心、髪一本ならかなり長く伸ばせるよ」


 クロエもクロエで凄いな。洞窟の長さ的に半日くらいは歩くかも知れないが、長さが足りないとかそういう心配はないらしい。


「じゃあ巻き付けるね」


 その一言で俺はクロエの髪に包まれた。全身を。


「クオエ! むぁいつけうのぅをあっぽんでうぇいい!」

 クロエ! 巻き付けるのは一本でいい! と言いたかったが全身くまなくグルグル巻きにされて上手く喋れなかった。


「わたしの髪は触覚を備えているのでヴィゴの体の隅々が手に取るように分かります。頭の先からアレの先までね」


「どんな感じですか? ヴィゴくんのソレは」


 おいカトレア、お前が悪ノリし始めたら誰がこれを止めるんだ。


 俺は数分の間、クロエの髪に蹂躙された後で解放されたのだった。


 ――

 ――――


「はい、じゃあ行ってきます」


「いってらっしゃ~い」

 と皆の見送りを経てようやく洞窟街道に入った。


 入口の開口部からして広いと思っていたが中もそのままずっと広い。見える限りは馬車二台がすれ違うこともできるくらいの道が続いているようだ。


 夜目が効く俺には関係ないので松明(たいまつ)などの灯りを持たずやってきたのだが、不思議と中はほのかり明るかった。昼間の外ほどではないが足元はなんとか分かる。どうも土壁そのものが薄っすらと光っているようなのだ。


 土の匂いが立ち込めているが、手つかずの洞穴でないことはすぐ分かった。壁と天井に打ち付けられた鉄の板、等間隔で柱が建てられており、洞窟が落盤しないように補強されている。


 道の端には人の往来がある時に露店でもやっていたのか椅子や机が寄せられているところもあった。

 時期によっては出店が並ぶ活気にあふれた地下道なのかも知れない。


 風の通りもいいので大人数が松明を手にたむろしていても問題ないだろう。


 総括、さすが街道と呼ばれるだけのことはある洞窟である。


 ざっと洞窟街道の特徴を見終わったので走り出す。

 バタバタとうるさい音を立てるようなヘボではない。


 念のため靴の裏には静音性を高めるため布も貼っておいたのだ。

 元からほとんど足音を立てない俺の走行術なら今はほとんど無音と言ってもいい。


 しばらく走り続けてみたが今のところ気配はないので、小指にくるりと巻かれたクロエの髪を三度引く。


 ついて来い、の合図である。

 他には、止まれ、戻れ、急いで来い、急いで戻れ……等々。


 何となく過去に似たようなことをやっていた気がする。俺が隠の王(なばりのおう)だった時代に潜入工作をしていた事もあるだろう。クロエは合図の種類が多すぎて覚えきれないので紙に書いてまとめていた。来いの合図で戻られでもしたら大変なので懸命な判断である。


 もうしばらく進むと壁や天井に無数の穴が空き始めた。


 外から見た虫食い山脈の山肌にいくつも穴があった通りだ。幸い本筋の街道は道幅も大きく舗装されているので迷ったりはしない。これだけ脇道に穴が空いていれば隠れるのに苦労せず都合も良い。


 脇道の穴を少し覗いてみたがどれもこれも相当に深く、簡単に行き止まりとはなっていないようだった。本当に変わった洞窟だ。大ミミズが食い進んで生まれたという考察も頷ける。


 はてさて噂の魔術師集団は本当に居るのだろうか、そう思い始めていた頃に気配を察知してピタリと足と止める。後ろから来ているクロエたちに向けて止まれの合図も出す。


 居る。この先に人が居る。


 ネズミやモグラではなく、確実に人間の気配があった。


 身を低くして伺えばローブ姿の男がこちらに体を向け、街道の中央に一人ポツンと座っている。中々に異様な光景だ。魔術師かどうかまでは分からないが、噂通り本当に魔術師風の男が居るのだから無関係の通りすがりではないだろう。


 横合いの穴に入って椅子に座る男を迂回し、また街道に戻る。これで道の真ん中に座る男の背中側に位置取ることが出来た。真後ろまで近づいて声をかける。


 自分で首を絞めて特殊な声を作り「おーい」と呼ぶのだ。


 椅子に座る男はやや時間を空けてゆっくりと振り向いた。俺はそれに合わせて動く。常に後頭部へ回るようにしていれば見つかることはない。


 男に聞こえた俺の声は、遠くから誰かに呼ばれたように聞こえたことだろう。


 気のせいかな? いや、たぶん誰かに呼ばれた気がしたんだけどな、という具合の声だ。もし男が見張り役としてここに居るのなら、他の仲間に呼ばれたと思って移動を始めるかも知れない。


 何かの用があって一人ここに座っているわけでは無いなら、何かしらの動きがあるはずだ。


 男は頭を何度か掻いた後、椅子から立ち上がり一番近い穴に向かって歩き出した。


「……呼ばれた……よな?」


 独り言の呟きからして、やはり男は一人では無さそうだ。


 もしも当てのない誰かに呼ばれた時は自然と警戒した態度が出る。いまの台詞から拾えた感情は、仲間の誰かに呼ばれた気がしたんだけど……という落ち着きがあった。


 少し距離を取って尾行を開始する。


 右、左、右、左……と街道には出ずうねうねとした小道のような穴をいくつも通っていく。


 これはよく覚えておかないと後で道に迷うな、と思ったが今はクロエの髪が帰路の道しるべになるから問題なしか。


 もうしばらく何度か曲がった後で男が止まった。道に勾配がついておりここからでは少し見えにくいがどうやらビンゴだ。耳を澄ませば誰かと話しているのが聞こえてきた。


 「呼んだか?」「いいや」「なんだ気のせいか」


 おおよそんなやり取りが交わされたのは分かった。


 尾行していた男が回れ右して戻ってくるので天井に張り付いてやり過ごし、会話相手の顔を拝みに行く。


 またローブを着た魔術師風の男だ。これで二人目。噂も真実味を帯びてきたな。


 一人目の男と同じやり方で案内してもらおうかと考えていたが、奥まで来て大きな気配があることに気が付けた。一人や二人ではない、十人以上の人の気配がある。


 ここまで来れば噂も本当なのだろう。一応、目で確かめて見たが全員が揃いのローブを着ている。濃い紫色で、背中に太陽と月と六芒星(ろくぼうせい)が組み合わさったシンボルマークが描かれている。


 このマークに魔術的な意味があるのなら、ティントアかカトレアなら何か知っているかもしれないな。合流したら聞いてみよう。

 

 魔術師風の十人が居る場所はちょっとした小部屋のような広さのある場所だった。

 椅子と机、酒と軽食がテーブルの上にあり、待機部屋といった雰囲気もある。


 一番初めの男が見張りで、この十人と中継地点にいた者とで交代制の見張りをしている、そう考えるとかなりしっくりくる。


 さらに奥へ進めばもっと大勢の人の気配があった。今の俺が感知できる人数だけでも百人以上は居る。まさかこれだけの人間が洞窟にひしめき合っているとは思わなかった。小部屋と小部屋が穴で繋がっている様はまるでアリの巣のようだ。


 いったい何をしているのやら……。


 かなり奥までやってきたが、ローブの集団は初めの十数人だけで、後で確認できた者たちは誰もかれも山賊のような恰好をしている。転がった酒瓶、散乱した寝袋、料理の跡、いくつもある水瓶といい、相当な人数がここで生活しているようだ。


 金目の物でもあれば頂いていこうと思ってワクワクしていたのだが、こんなところで生活している酔狂な奴らにそういった甲斐性があるわけもなし、状態のいいナイフを数本だけ貰っていく。


 後はやたらと本があったのでそれも一冊だけ持っていくことにした。おそらくだが全て同じ本だ。どれも真っ黒の装丁でサイズ感も同じ。パラパラとページをめくった感触では安い紙を使っているのが分かった。内容はまあ後でいいだろう。潜入活動中に何かへ注視するのは良くない。


 それではこの辺で調査も引き上げるか。

 俺一人で来ているならもう少し調べてみたいくらい気になる奴らだが皆を待たせているのだ。


 大方の配置も分かったので謎の集団を回避して進むのはそう難しいことじゃない。

 俺はクロエの銀の髪を辿って元の場所まで戻っていく。


 来い、の合図を送って合流だ。

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