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4話 戦い、そして戦い

今日は8話まで投稿予定です。これは4話です。

「……殺しちゃった」


 石の小鬼を絞め殺したフーディの声が、擦れているのに、いやによく聞こえた。


 恐怖が遅れてやってきたのか、奪う体験に興奮が押さえられないのか、彼女は手指を細かく震わせ始め、それは腕に及び、肩、そして全身でもって震え出した。いつの間にか、短い呼吸が絶え間なく続いている。


 すぐさま動いたのは驚くことにティントアだった。


 そして更に驚いた。

 フーディを包み込むように抱きかかえてしまったのだ。


「……フーディ、もう、終わった。俺も同じだ。大丈夫だ。大丈夫」


 くったりと無抵抗のまま抱かれている。


 小さな頭はすっぽりと抱えられ、優しい声が「大丈夫」と、何度も何度もかけられた。


 いつの間にか鼻をすする音が聞こえてくる。

 フーディはティントアの背に手を回し、じっとしていた。


「ちょっと休憩すっか」


 この調子では移動もままならないためアッシュは提案したのだろうが、全員ともそれを待ち望んでいたように地面にへたり込んだ。


 石の小鬼という山を越え、六人は近くにあった損傷の少ない小屋で休んだ。ティントアの胸で泣いていたフーディもいつもの調子を取り戻し、そろそろ移動しようか、という話をする。


 主に俺とカトレアで大まかな動き方を決める。


「少しは戦いもしつつ探索すべきだと思う」


 アッシュの言う通りに命の取り合いをしてみて実感したが、俺たちには経験が必要だ。余裕の持てる範囲でなら戦うための意識を持ってもいいだろう。


「良いこと言うじゃんヴィゴ。少しじゃなくって全員ぶっ飛ばして進もうぜ」


「それは流石に頷けません。戦闘行為の疲労はさっきフーディちゃんが身を持って証明してくれました。もしあの後すぐに誰かと連戦していたら、次は誰がどうなっていたか分かりませんよ」


 カトレアの反対意見にアッシュはすぐに口を開いたが、彼女はそのまましゃべり続けた。


「それにここは広すぎます。そこそこ歩きましたが街の終わりがまるで見えません。


 どこの廃墟にも食べられそうな物は残ってませんし、どこかの人の居るところへ辿り着けなければ痩せて死ぬのみです。


 アッシュくんもそれは望むところではないでしょう? 街についてからいっぱい喧嘩してください。ね?」


 アッシュは何か言いたげだったが、結局のところ頷くことにした。現状あまりに見通しが立っていないことが分かったのだろう。


 俺もカトレアの意見に危機感のレベルを引き上げて再認識することにした。ほとんど賛成だが、一つだけ、もう一度だけ腕を試してみたいことを話題に上げる。


「カトレアに大賛成だが、俺はもう一度だけ戦うのもアリだと思う」

「なぜです?」


 らしくないですね、とカトレアが眉根を寄せて俺の顔を見てくる。


「俺たちはまだ自分の得意分野で敵と戦ったことがない。アッシュはまぁ素手でいいだろうけど、俺はナイフでもあればもっと楽に戦えると思う。


 カトレア、ティントア、クロエ、フーディなら、魔術の攻撃がどれだけ効くのか、一度くらい試しても損はないと思う。どうしても戦わないといけない時がきて、技の実践経験が無いのは怖い」


 カトレアは目を瞑って唸った。


「んー……確かに……。どうしましょう? どっちがいいんでしょうか。多数決でも取ります?」


「そだな。じゃあ俺の意見に賛成の人」


 挙手は俺を含めて五人。意外にも対案を出していたカトレアまで手を上げていた。


「私も自分の力を試したい気は、少しありますから」


 なるほど。

 完璧に安全策で一辺倒(いっぺんとう)というわけではないらしい。


 そして一人、何故か手を挙げていない赤髪の男がいる。


「ハイ! 俺は全員を倒して先に進む方に手を挙げるぜ。ちなみに俺は一人で十人分の効果がある。だから五対十で俺の――」


「却下で~す! はい皆さん、それでは出発しましょうか」


 あからさまにぶうたれるアッシュへ「アホ」とフーディが呟いた。


「なんだと、この泣き虫ちゃんが!」


「アホ! 赤猿アホ馬鹿アッシュ!」


 何度か見た小競り合いが始まった。

 フーディも元気を取り戻したようで一同が安堵する。


 俺たちは隊列を組んで進んでいく。

 先頭はアッシュ。二番手にクロエとカトレアが横並び、三番手はティントアとフーディが並んでいる。


 そして殿(しんがり)は俺だ。鼻の利くアッシュと気配を探れる俺を両端にするのは当然だが、間に挟まれる者は正直どんな並びでも良かったはずだ。ただ何となくこの並びになった。


 俺は腰のベルトを通す輪に抜身の剣を差していた。小鬼が使っていた石の剣だ。あの体躯で扱う剣なので人間が持てばナイフに近いサイズだ。


 石を削って作ったらしい刃は大した切れ味も出ないだろうが、素手と比べて振り回せる棒があるだけ遥かにマシだった。アッシュは何も拾っていかず、このまま素手でやっていくつもりらしい。


 隊を後ろから見ていて気付くことがあった。


 フーディのティントアに対する信頼の置き幅が大きく増していた。


 それもそのはずだ。あれだけあやして貰えば懐きたくもなる。

 今も何かと話しかけている。


「ティントアってさぁ、好きな食べ物ってなに?」


「……迷う。ひとつだけ?」


「みっつまでおっけー」


「迷う……。肉と魚と野菜、かな」


 いや広いな!

 後ろで聞いていて思わずツッコミそうになった。普通は料理名だろう。


「分かる。全部おいしい」


 まったくその通りだとフーディは頷く。


「私はねー、ごはんは何でも好き!」


「いっぱい食べて、はやく大きくなるといい……」


「まだ背、伸びるかなぁ……。背高いほうがいい?」


「どっちでも。フーディはフーディ」


 何とも中身のない会話だ。

 だが、無駄話だと注意するような気も起きない。

 

 一応は警戒しつつ移動中だが、話声が聞こえる範囲に気配は感じられなかった。


 常に身構えて心がすり減るよりずっといい。会話はそこで切れて、手持無沙汰になったのかフーディはティントアが着ている服の端で遊び始めた。無造作に体へ巻き付けただけのそれは、ところどころから布が垂れ下がりふらふらと揺れているのだ。


「くすぐったい……少し」


 ティントアが身をよじる様子にフーディが小さく笑う。

 まるで妹が姉にじゃれ……いや兄か。


 後ろから見ていると兄妹のやり取りに見えた。

 ちょっかいを出す妹と、相手をしてあげる兄。揃って金髪のため余計にそう見える。


「もうちょっとで着くね」


 目的地の建造物を見上げフーディが言った。


 今の俺たちは監視塔を目指して進んでいた。

 付近で目に付く一番背の高い建物だ。


 ここからでも分かるくらい傷んでおり、ところどころ外壁が剥げて斑になっているが、作りが頑丈なのか原型がほとんど欠けていない。塔に登って進路を決めるつもりだ。上から他の街が見えればいいが……。


「俺は、海が見えたら、いいと思う」


「そうなの?」


「うん。見てみたい。海、好きなんだ」


 お前の希望かい。

 ティントアが「いい」なんて言うから現状の打開につながるのかと期待した。


 さて、この壁が途切れたら塔の根元が拝めるか、そんなところで一同は歩みを止めた。先頭のアッシュが右手を挙げて止まるようジェスチャーしたからだ。クロエが不安そうな声で聞いた。


「敵?」


「ああ、五〇体くらいか。匂いが多いから誤差はありそうだ、六〇くらいかもな」


「……それはちょっと、戦いたくないなぁ」


「あの小鬼なら問題ねぇと思うけどな」


 カトレアが会話に参加する。


「駄目ですよ? いくらなんでも数が違いすぎます。アッシュくん、絶対に飛び出さないで下さいね。いま一人で突っ走ったら見捨てていきますからね」


「別に俺は一人でもいいんだけど……んで? どうすんだよ。迂回しようにも道がねえぞ。塔の周りは拓けてるっぽいし、ここ出たらすぐ見つかる。来た道を戻んのか?」


「どうしましょうか……けっこう歩きましたしね。あんまり時間を使いすぎると日も暮れて――」


 突然、俺の背中がひくついた。肌がわずかに泡立つ。これは……!


「敵だ! 俺たちの後ろから来てる!」


 大声は出さず、静かに叫んで情報を伝える。


「数は……分からない! たぶんこいつら走ってきてる。もうかなり近いぞ!」


「……やるしかねぇな。まずは後ろの奴らからやるか、確かに走って来られると人数が分かり辛いな。匂いがブレてはっきりしねぇ。まあ多めにみて二〇くらいか?」


 アッシュは既に肩を回して戦闘態勢の顔つきをしていた。

 いつの間にか俺のすぐ横まで来ていて、今にも走りだしそうだ。


「ダメだよ! アッシュ!」


 もはや駆け出す寸前だったところをクロエが飛びついて停止させる。羽交い絞めのような形で意地でも行かせないつもりだろうが……。


「あのなぁクロエ。これがどんだけ無意味か分かるだろ。お前の力で俺が止ま……わけ……」


 止まった。


「……おまえ、胸、わざと当ててる?」

 数秒、時間が止まった。


「えっ、あっ、これは、え? 当たってた?」


 赤面してすぐ手を離すところを見ると、本人に自覚はなかったらしい。


「あんだけ興味津々で人のチンコ見といて、そういうの気にすんなよ……」


 分からんでもない感じはする。

 ……いや、じゃなくて!


「後でやれ! とりあえずそこの屋根に登るぞ。傾斜があるから伏せてればやり過ごせるかも知れない」


 俺は急いで指示を出した。この場でとれる回避策はこれくらいしかない。


「しょうがねーな」と言いつつもアッシュは従ってくれた。


 戦う気を削いだのは偶然のハグだが、クロエの胸がいい仕事をしたわけだ。


 まずアッシュが一番に屋根に飛び移った。両ひざを屈め、一度の跳躍で簡単に体を持っていく。


 俺は壁を二回蹴って到達。クロエは銀髪を屋根の突起に結び付けて巻き上げられるように登っていった。カトレアは家屋の脇に生えていた木の成長を促進させ、それに乗って屋根まで登る。フーディは転がっていた岩を浮かせそれに乗り、残る一人は……。


「ティントア? お前、なにして……あ、そーか」


 そういえば扱える死体がそばにない。

 まずい、もうそれほど時間は残されていない。


「そういうのはさっさと言えよ、このシャイボーイめ、ほら行くぞ」


 登ったそばからすぐ地面に飛び降りたアッシュはティントアを抱えて……お姫様抱っこして屋根に登ろうとしているらしい。


 確かにその姿勢が一番安全だろうが、横抱きのティントアはどこかのお姫様にしか見えず少し可笑しかった。


「ティントアくん……ちょっと似合いすぎますね、その感じ」


 カトレアも笑いをこらえながら言っていた。


 屈伸して、アッシュはもう一度跳ぶ。人一人を抱えてもまだ余裕がありそうだ。たぶん俺にこれほどの筋力はないだろう。差というものに少し胸がちくりとする。アッシュとティントアの着地を見届け――。


 木の折れる音が大きく響いた。


 アッシュの足がズボっと屋根に突き刺さっている。


「は? あ、やべ、これ屋根っ――」


 老朽化した屋根の耐久が二人分の着地に負けて抜けたのだ。


 何本もの木材がへし折れながら二人が沈み込んでいく。とっさの判断でティントアを投げよこそうとしたアッシュだが間に合わなかった。二人して落ちていく。


「痛っ……痛ぇ! イダダダ! やばいぞ! これ止まんねえ!」


 ガラガラ、ぐしゃぐしゃ……。大きな物音と叫び声は隠しようもない。


 辺りの様子は一変した。


 後ろからやってきていた者たちが足を止めた気配がある。


 前方の大群のうち、いくらかの人数がこちらに向かってくるのも分かった。

 戦闘はもはや避けられない。


「無事か!?」


 屋根に空いた穴から見下ろすと二人が床に寝ているのが見えた。


「……おう。たぶんデカイ怪我はしてねぇ。上裸のせいでちょい擦り剥いたくらいだ」


「ティントアは!?」


 俺の横に来てフーディも穴を覗き込む。


「……だいじょうぶ。アッシュが、盾になった」


 よくやった! と、フーディがアッシュを褒めたのは新鮮だった。流石にティントアを守り切った結果には文句の一つもないのだろう。


「それよりヴィゴ。周り見てるか? ここ風が通らなくて鼻が利かねえ。もう気付かれてるよな?」


「だと思う。敵はまだ見えないけど、でも前方の五〇人は何人かこっちに来てる感じだ。それで後ろの奴ら、今は止まってる。音に気付かれたみたいだ」


「了解。俺は前の五〇人の方をやる。後ろはお前らで何とかしろ」


 一方的に話を打ち切ってアッシュは床から跳ね起き、すぐさま走り出した。


 どうするのかと思ったら家屋の壁を体当たりでぶち破って出てきたのだ。いくら屋根が抜けるほどボロくなったとはいえ、本当に無茶なやつだ。


「死んでなかったらまた会おうぜ!」


 駆け出したまま振り向かず、手だけをこちらに振って、それでもう見えないところまで行ってしまった。裸の背中にはあちこちから出血があった。それでも向かっていくのだ。あいつに恐怖心はないのか。


 残された五人は迎え撃つため屋根から降りて小道に並ぶ。迎え撃った方がいいのか、ここで待つ方がいいのか分からない。それともアッシュを追ったほうがいいのだろうか。何が良い選択か分からない。


 右手には石の剣、少し膝を曲げていつでも動けるようにはしている。だが体とは裏腹に心はまだ、いま降りてきた屋根に忘れたかのように連動しない。もう隠れられる時間はとっくに過ぎているというのに。

 

 各々が出来る準備をして敵を待った。


 石を浮かすフーディ。


 下生えの低木に手を当てているカトレア。


 銀の髪を幾本も伸ばして震わせるクロエ。


 ティントアだけ今出来る準備はない。


 そして、来た。

 数には誤差があった。


 どう見ても二〇体以上は居る。

 先頭の数体が俺たちを見つめ何か喚き立てた。


 一人頭で五体以上はやらないといけなそうだ。やれるのか? 


 いや、やらなければ、俺たちが殺られるだけだ。


 俺はせめてもと気炎を吐いた。


「やるぞ! あの馬鹿は一人で五〇体を相手してるんだ! 俺たちが怖がる道理は一つもない!」


 みんなを鼓舞すれば息の揃った「応!」という返事があり、戦いの火蓋は切られたのだった。


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