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34話 心につけ入り金をむしる

 本棚の影から飛び出したティントアが大声を出す。


「あれのどこを生き返らせたんだ! このペテン師野郎!」


 ティントアが激怒している。なんだ、何が起きているんだ。


「あれは死霊術だろう! 俺と同じ、死体を無理やり操って、魂にどれだけ傷をつけたか、ロジェ! お前なら分かるだろう! よくもジェシカを騙したな! あの子がどんな顔をして……どんな、どれだけ想ってこの時間を過ごしたと思ってる! このクズが!」


「お前は、昼間の……」


 怒りに震える声でティントアが続ける。


 穏やかな彼からは聞いたこともない激しい言葉が流れ続けた。


「大勢の人を騙したんだ! 大勢の人の、大事な人を、縛り付けて、魂の声は死霊術師にしか聞こえない! それを利用して……それをっ……」


 せき込んで言葉も継げないほど、動揺し、怒っていた。

 激しい感情で息も続かない。


 これがティントアの逆鱗か。


 人を生き返らせていたのではない。


 ただ死霊術で死体を動かして、心につけ入り金をむしっていた。


「……人の屋敷に無断で侵入したあげく、この物言いか。呆れたやつだ」


 まるで昼間に見たロジェではないようだった。

 腰の低かった彼は、もうどこにもない。


 冷たい言葉を遠慮なく浴びせてくる。


「百歩譲って、私の蘇生術が死霊術だったとしようか? それでどうなる? 依頼者が可哀想だろう? なんて言えばいいのかね? やあジェシカ、君の両親はいま魂を掴まれて泣き叫んでいるよ。そう言うのかい?」


 せせら笑う声が響く。ティントアはもう言葉もない。


 心の許容量を超えた感情のせいで茫然と息を吐いていた。


「需要と供給だよ。供給されるものに少し混じり気があるだけだ。口当たりの良い嘘で人が喜び、私は潤う。誰も損はしない。それより、もう一人いるもだろう。出てこい!」


 一人か……。


 やはり俺の方までは分かっていない。気配は消している。


 さっきから呼吸一つ乱していない。

 アッシュが俺に目で合図する。言われなくても出て行ったりしない。


「……なあティントア、どうすんだ? このクソ野郎、やれって言うならぶっ殺すけど」


「……殺せるものなら、俺だってそうしたい。でもダメだ。魔力の反応で囲まれてる。アッシュでもただじゃすまない」


「ご明察。かなり薄く仕込んでいるんだが、よく分かったな。さーて、どうしてくれようか。知ったからには殺したいところだが、仲間が居たな。あの小さな子しか覚えていないが……」


 ロジェは尚も喋り続ける。


「そうだな、では……いや、今日は帰っていい。沙汰は追って知らせるとしよう。吹聴すれば即座に殺す。まぁ、流れ者の冒険者と貴族の私、どちらが信じられるかは目に見えているがね」


 物々しい雰囲気が緩和していく。


 少なくともロジェの方はここで事を構える気はないように感じられる。


 この状況でアッシュが仕掛けないかが心配だったが、今は矛を収めてくれた。


 魔術の脅威は昼に身を持って知っているのだ。あれが冷静さに繋がったのだろう。


 二人が部屋から出て行く音を聞き、俺はまだ少し部屋に残っていた。いつでも出られたが、これは機会でもある。


 ロジェが奥の工房に引っ込んだ後、洗うように家探ししたが、魔術的な観点のない俺ではどれが確かな物か判断がつかず断念した。


 外にはすっかり闇が落ちている。

 夜の中を滑るように俺は宿屋へと帰った。


 自分たちの部屋へ入ると、ちゃんと二人とも帰ってきていた。


 ティントアとアッシュが(はや)ったことをしないでいてくれてほっとした。


 聞けば、誰かが後ろをつけて来ているのをアッシュが気付いたそうだ。


 見張りか、今も遠くから見られている可能性は高い。

 宿屋の位置を知られたということだ。


「お前……気付いたなら撒いてこいよ」


 俺も思わず強い声が出る。


「仕方ねえだろ。気付いたの宿屋の真ん前だぞ」


 ……宿を変えるか? いや六人では振り切れない。


 全員が俺くらいに動けなければ意味がない。


 それに相手は城下街に住む伯爵だ。人を使って調べる手立てくらいあるだろう。


 場所が割れたからといって無暗に襲撃もないだろうが……。

 気持ち悪さが残る。


「考え過ぎんなよ。仕掛けてくんならやり合うだけだろーが」


「そんなに単純な問題じゃないだろ、ただのごろつきが相手じゃないんだよ」


 連国随一の有名人、伯爵で、地位のある人間だ。

 こちらの落ち度は不法侵入だが、ロジェの口添えで公的処罰にいくら上乗せされるか分からない。


 今日のついさっき発足した冒険者ギルドの赤ちゃんパーティに信用なんて欠片もない。


 俺たちがいくら声を上げても、普通なら実績ある人間の言葉を信じるだろう。


「いっそ、商人連国を出たほうがいい」


「はあ? なんで俺らが逃げるんだよ!」


「秘密を洩らさないと約束すれば、ロジェにとっても悪い話じゃないからだよ。ちょっとは考えろ。目障りな奴らがわざわざ自分から出て行ってくれるんだ。俺たちだって睨まれたまま動くのはやり難くて仕方な――」


 突然、視界が縦に揺れた。

 アッシュが俺の胸倉を掴んでいる。


「ヴィゴ、あり得ねえこと言ってんじゃねーよ。クソ野郎は俺たちじゃねえ。アイツだろうが」


「……離せ」


「離さねえ。逃げる意味が分かんねえ。だったら今からでもアイツをぶん殴って――」


「それが出来たら苦労はないんだよ馬鹿が!」


 俺のシャツを掴む手を殴りつけて離させる。

 この馬鹿は本当に……。


「……なに、騒いでるんですか?」


 ふと横を見れば、カトレアが心配そうに覗いていた。周りに気付かないくらい俺も頭に血が上っていたのか。クロエもフーディも起き出してきた。なにやっているんだ俺は、もう嫌になる。


 寝起きにするには最悪の話を皆に聞かせた。俺たちが忍び込んだこと。そこで見たジェシカとロジェ、薄汚い本性、宿屋を知られたこと。これから、どう対応するのか……。


 まずは俺とティントアが頭を下げた。ロジェの真実が諸悪の根源だったとしても、今を招いてしまった軽率さがある。こんな時でもその馬鹿みたいに真っ赤な頭が下がらない事にまた腹が立って俺は――


「それじゃ、ロジェを殺しちゃいますか」


 ……カトレア?


「ヴィゴくんは気付かれず出て来られたんですよね? でしたらもう後ろからグサっとやってしまいましょう。ね?」


 俺は、何を言ったらいいのかと考えていると。


「嘘ですよ。まあ殺してもいい人だと思いますが、そういう手もある、という話です。まずは落ち着きましょう。いつものヴィゴくんはもっと穏やかで余裕がありますよ」


 自分がどれだけ熱くなっているかは人に言われなければ分からない。

 カトレアは突拍子もないことで俺を停止させてくれたわけだ。


 暗殺するのもひとつの手か、確かにその方法もある。

 気軽にとれる選択ではないが、忍び込んで後ろを取り、脅迫してもいい。


 落ち着くためにもとりあえず床に腰を下ろした。クロエが傍に来て、俺があぐらをかく膝に手を乗せた。じんわりとやってくる手の温度が昼間の時間を思い出させてくれる。


「対応についてですが、追って知らせる沙汰とやらを聞いてからでも遅くないと思います。というより、私たちから先んじて出せる提案はそう多くありません。無茶を言ってくるようなら敵対するもよし、暗殺、逃亡もきっと出来ると思います。今は慌てても気疲れするだけですよ」


 カトレアがすっと立ち上がる。

 なんだろうかと見ていれば水を一口飲んでベッドに飛び込んだ。


「寝まーす。すやすや!」


 わざわざ口ですやすや言う奴がいるか。

 ……あぁ、ようやく、顔のこわばりがとれた。


「念のため私の髪で結界を張っとくね。フーディ一匹とて通しはせんぞ!」


「なんであたし?」


「え? フーディ小さいし?」


「そんなに小さくなくない? ねえ? 小さい?」とかなんとか、いつもの雑談が戻ってきた。


 ……そうだな。

 俺も寝ようかな。


 日の落ちた今から出来ることなど限られる。しっかり考えるのは明日だ。


 明日は、長い一日になるかも知れない。


 寝入るまでそれぞれと言葉を交わしたが、アッシュとだけは、顔を合わせることが出来なかった。


 これも、明日だな。

 意識がゆっくりと、離れていった。


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