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27話 ロジェ・フォード・エル・ロンド

「いってぇ! 汚ぇなクソが! あと臭ぇし!」


 俺は木の影から顔を出してアッシュの状態を確認する。腕に細かい骨が何本か突き刺さっていた。ほとんど灰銀の籠手で叩き落したんだろうが、それでも少し傷を負ったか。


 この軽傷なら安く済んだ方だと思う。むしろ、あの近距離で攻撃を受けてよく防いだものだ。

 周囲に飛び散った骨や肉を見るに、有効範囲はかなり広い。


「ヴィゴ! まだ追えるか!? 血の匂いが濃すぎて鼻が利かねえ!」

「無理だ。撒かれた。」


 嘘だ。


 アッシュが一撃もらった時点でこちらの読みは不足している。


 まだあれより強力な隠し玉があるかも知れない。

 正面切ってやり合えれば勝てる気もするが、ここは嘘をついておいた方がいい。


 露骨にイラついて舌打ちをかました後、手近な木を殴って八つ当たりするアッシュ。

 まさか一杯食わされるとはな。


「……アッシュ、戻るぞ」


「俺はこのまま追う」


 まずいな。

 相当アタマにきている。


「でも、もう追えないだろ。匂いも気配も辿れない」


「関係ねぇんだよ! ムカついたやつはブッと飛ばす! 舐めたことしてくれた代償は耳揃えて払わせんだよ!」


「行くぞ」も「来い」も言わずにアッシュは走り出す。


 ああもう……くそ、この直情馬鹿は!

 

 カトレアも連れてくれば良かった。

 一人で行かせるわけにもいかないのでついていく。


 そっちじゃないんだアッシュ。もう少し右、あぁ、また方向がズレた。


 わざと違う方へ誘導しようかとも思ったが、その必要もないか。


 もうしばらく探し回った後、アッシュはその辺の木をバキバキにへし折りながら「帰るぞボケェ!」と叫んだ。


 すまんな。お前が怒るのはよく分かっているが、敵がまだ未知数だ。これも愛と知れ。


 森から出て町へ戻ると、骸骨を一所に集めて供養している最中だった。


 たしかあの黒いローブを着た男が骸骨たちの支配権を奪ったのだったか、たぶんそのまま集めて自壊させるような命令をしたのだろう。すでに人の形をしていない骨の残骸がせっせと穴に埋められていく。


 町に住む人たちと、俺たちの仲間も手を合わせて祈りを捧げていた。


 骸骨たちに襲われたとはいえ、元は人間だった者たちだ。

 ……気持ちがいい話じゃない。


「こんな骸骨どもを弔ってなんになる」


 群衆の中の一人が言った。


 大きな声ではなかったが、それでも静寂の中にはよく響いた。


 たしなめる声もあれば同調する声もあったが、一団の前で残骸に手を合わせる男が……例の黒いローブの男が口を開けば、皆が押し黙った。


「死は等しい。この骨のむくろにも哀れがある」


 どこか詩を読むような、朗々とした声で聴かせる。


「彼らがまだ肉の体を持つ頃、彼らには友が居て、家族が居たのだろう。人を愛した者もいたかも知れない。もしくは、愛された者もいたはずだ。そして皆と同じように悲しみも覚えたんだと、私は思うよ」


 周りは黒いローブの男の話に聞き入る。

 よほど人徳がある様子だ。


「骨の体になってまで、誰かにいいように操られ、そして憎まれる。事を考えれば当然ではあるが、彼らもきっと本望ではない。弔うだけのことはしてやりたい」


 不満を漏らした男は黙ったようだが、それでもどこかやり切れなさそうだった。


 どうにも根が深そうだな。

 昨日、今日の話ではないのか、この骸骨の襲来は。


 簡素な供養が終わり、人がぱらぱらとはけていく。


 俺たちも輪から外れ、さてどうしたものか。


 フーディは見るからに気を塞いでいるようだ。元は人だったものが今を生きる人に危害を加え、退けはしたものの後味の悪さは残る。


 クロエも浮かない表情だ。


 アッシュにだけは良く作用したようで、頭に上った血を下げてくれた。


 カトレアが小声で相談してくる。


「事情を聞いてみますか?」


「どうだろうな。ついさっきここに来た俺たちが首を突っ込んでいいのか判断がつかない」


「……ですね。クロエとフーディちゃんにも良い影響がないですし、町の外れで休憩したら発ちましょうか」


 わざわざ暗い雰囲気の町で食事を摂るよりはいい。


 どうせすぐ王都だ。街の賑やかさがすぐにかき消してくれる。


 カトレアに返事をしようとして男がこちらに向かってくるのが分かる。

 さっきの黒いローブの男だ。


「君たちは旅の者か?」


 黒いローブについていたフードを外し、顔を見せた。細面のよく整った顔立ちだが、美男というには目の険が強かった。青白い顔白で目の下にクマもある。苦労していそうな雰囲気だ。


「私は、ロジェ・フォード・エル・ロンドと言う者だが」


 ロジェ。その名と苗字には聞き覚えがあった。


 ジェシカから聞いた商人連国の伯爵だ。

 よもやそんな大物にばったり出くわすとは思わなかった。

 見たところ(ろく)に御付きの者もいなさそうだ。


 これが噂に聞いた再屋(ふたたや)を開業した人物か。

 確かに、なんとなく優秀そうだ。


 ついじろじろと見てしまったので眉をひそめられた。


「どこかで会ったかな? すまないが、最近は人と会うことも増えてね。どうにも私の頭では覚えきれないんだよ。……もしかしてご依頼者の方だっただろうか、いや……それは流石に忘れない、と思うんだが……」


 ロジェは厳しい目つきには似つかわしくない心配そうな声を出す。


「いえ、お噂をかねがね伺っておりました。お初にお目にかかります。ロンド伯爵閣下」


 カトレアが淀みなく挨拶をするとロジェは少し目を丸くする。


 旅の者にしか見えない俺たちの中に、ひとり毛色が違うような育ちの良さを覚えたのだろう。


 伯爵、閣下という言葉を聞いてアッシュ以外の皆がお辞儀する。


 正しい作法は分からないが、まあこの人なら無礼打ちということもないだろう。


 アッシュに無理やりにでも頭を下げさせようかと思ったが、たぶん逆効果なのでやめておいた。


 ロジェは俺たち六人を見回し、一人のところで目を止めた。フーディを見ているらしい。そして急にぱっと笑顔になった。


「君は、お名前はなんて言うのかな?」


「フーディ、です」


「ほう、変わった名だが、かわいい名前だね。お菓子は好きかい?」


「え? うん。あ、ハイ」


「今はハチミツの飴しかないけれど、良かったら食べるかい?」


 フーディは困ったようにこちらを見てくる。


 飴をくれるのは嬉しいんだろうが、貰っていいのかという疑問だろう。ロジェはフーディの落ち込んでいる姿を気にしてくれたんだろう。助け舟は俺が出した。


「フーディ、せっかくのご厚意だ。頂いて大丈夫だよ」


「それでは」と、ロジェは懐から小瓶を取り出した。

 ガラス製だろうか。


 その中に琥珀色の飴が一つ一つ包み紙にくるまれている。


 一目で分かる上等品だ。

 飴の一粒をフーディの手の平に乗せて、それからロジェは小さな頭を撫でた。

 お菓子をもらった顔は言うまでもなく明るい。


 礼を言おうとしたら手で制される。


「いいんだよ。したいからしたことだ。子は宝。ただの一人も曇らせたくはない」


 立派だな。

 お貴族様というのはもっといけ好かない連中かと思っていた。


 まあ彼は一代で成り上がったそうなので、ロジェを見ただけで貴族について決めつけることは出来ないか。


「それよりも、礼を言いたいのはこちらだ。君たちの勇敢なる助力に本当は頭を下げたいところだが、私も身分だけは貴族でね、簡単に頭を下げると私以外の色々なところに影響が出るんだ。口だけの返礼を許して欲しい」


「そうお気を使って下さらずとも結構です。既にこちらは頂き物も、この子の口の中に入っておりますし」


 見ればいつの間にか、フーディは口の中で飴を転がしていた。


 え、まだ食べちゃダメなの? という顔をしているが大丈夫、大丈夫だ。


 ロジェがその様子を見て微笑む。

 それからこの町で起こっている事について話してくれた。


「ここ一年、商人連国の周辺では子供が骸骨に連れ去られる事件が立て続けに起きている。……骸骨が来るのは決まって深夜だったのだが、最近では今日のような昼間にも襲撃が起き始めているのだよ」


 心を痛めている様子でロジェは視線を下に落とし、話し続けた。


「君たちも知ってくれているようだが、私は再屋(ふたたや)という事業をやっている。おかげで今回の騒動についても多少の知見がある。王都周辺の骸骨襲来と子供の誘拐事件について調査を依頼されているんだ。……力及ばず今のところ防衛に力を割くことしか出来ていないがね」


 自分の力が足りないことを悔やむように、ロジェはぎゅっと拳を握った。


 なるほどね。


 それで、ロジェ伯爵はどうしてその話を俺たちに? 

 と聞き返すのが筋だろうが。あまりそれはしたくないな。


 助力が欲しいのだろうが、この事件には組織立ったきな臭さがある。


 冒険者ギルドに参加し、パーティ結成に向けて派手な逸話は欲しいところだが、いますぐ関わると決めるのは早計だ。


 こういう時、カトレアは本当に頼りになる。


「それは痛ましい事件ですね。事が早く解決できよう願っております。私たちも旅の途中ではありますが、何か聞きましたら伯爵の元へご連絡差し上げますことお約束致します。……大変失礼ではありますが、私たちはそろそろ――」


「あぁ、そうだな。引き留めてすまなかった。君たちの旅の幸運を祈るよ」


 ロジェは特に肩透かしを食ったふうでもなく、いたって冷静に言っていた。


 一介の旅人の手を借りるというのも、貴族社会では何かと引っ掛かる要因なのかも知れない。


 ロジェと別れ、俺たちは街の外れで持参した携帯食を食べることにした。


 うん、美味くも不味くもないな。

 フーディは何でも美味そうに食べる。飴のおかげで元気になったようだ。


 クロエの方もも大丈夫そうだ。アッシュが落ち着かなさそうにぶらぶらとしている。食事はさっさと済ませて暇そうだ。そう言えばさっきはやけに静かだった。ないとは思うが、念のため聞いてみる。


「大丈夫か?」


「俺が? 何が?」


「平気かと思ってな」


「……骨野郎がどうなろうが知ったこっちゃねえよ」


「だろうな。クロエとフーディの前では言うなよ?」


「言うかよ。だけどな、強い奴が奪っただけの話だ、俺は、俺を奪われてもそいつらには怒らねえ。俺の弱さには怒るだろうけどな」


 無用だったな。

 冒涜的なほど力強く、アッシュはどこまでも不遜を貫くのだろう。


「んなことより、さっさと城下町いこうぜ。携帯食は味気ねぇ。うじうじしてる奴が居るなら皆で美味い飯食えばいいんだよ。ヴィクトールってやつも早く見てみたいしな」


 早く王都へ着いて、宿屋を決めて、みんなでテーブルを囲んで、喋って食べて……。


 そういうことがあれば心配もなくなるはずだ。


 全員が食べ切ったのを見て、俺は少し明るい声で「行こうか」と言った。

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