26話 骸骨と術者
ガシャリ、動く骸骨を殴り飛ばしてバラバラにする。
骸骨たちは石の小鬼よりかは強かった。
手足を砕くくらいでは構うことなく攻撃を続けてくる点が鬼よりも強い。
回避行動や防御にそれほど差はないが、痛みを感じずに戦闘を続行することが厄介だった。
しかし手数が増えただけのこと。
一体を仕留めれば要領は分かる。
太もも付近の太い骨から破壊すれば、後は残った腕で這いずることしかできないのだ。
完全に停止させるにはもう二、三の攻撃が必要だが、まずは手早く無力化させるために足を破壊して回った。
「これって、やっぱ人の骨なんだよね……?」
フーディが恐る恐る聞いてくる。
「だろうな」
どう見ても人の骨だ。
人以外であれば戦闘に慣れてきたフーディだったが、元が人となればまた話が違うようだ。
付近の石や瓦礫を浮かして迎撃態勢をとってはいるが、進んで攻撃はしたくないらしい。
俺も良い気分ではない。
骨を蹴り砕く時にバキリと言う音が耳につく。
ともかく自分の感じるところには目を瞑ろう。
嫌悪は後でしても遅くない。
骸骨は俺たちにとって脅威のない相手だが、雑兵のように数だけはいる。
もう二〇は倒したかと思うが、まだそれなりの数がいる。
面倒だがそれぞれ叩いていくか……と思っていたらティントアが鋭く声を出した。
「どこかに術者がいる!」
「ティントアと同じ死霊術師ってことか?」
「そう。いま場所を探って……」
「おい、アイツじゃねえか!?」
アッシュの視線の先を追えば物見やぐらの上に、黒いローブを着た男が見えた。
鋭利な眼差しで高いところから俯瞰するその男からは確かに怪しい気配を覚える。
やぐらの上なら袋のネズミだ。
下から登ろうとやぐらに駆ければ、地面を蹴りつける音がした。アッシュが既に飛び上がっている。相変わらずとんでもないバネをしている。
誤算だったのは、やぐらに居る男に、その高さは障害ではないことだった。
アッシュとすれ違いざまに降りているのだ、空中ですれ違う二人。
ローブの男は下から飛んできたアッシュに一瞬面食らっていたようだが、着地と同時に走り出す。
行く先は骸骨のところだった。なにか投げつけるような動きで手を振れば、骸骨が途端にその動きを止めた。
「え?」とティントアが驚嘆の声を漏らす。
男は黒いローブを翻しながら手を振り続ける。
その一振りで骸骨が一体、二体と動きを止め……あっという間に事態を治めてしまったのだ。
「なんだ、敵じゃねーのか」アッシュの残念そうな声が上から降ってきた。
「……この人、支配権を奪ったのか、上から……無理やりに……」
ティントアが呟いて男を見る。
「難しいのか? その支配権を奪うのは」
「方法は、いくつかあるけど、今の、あの人がやったのは力押し。術の捌き方より、乱暴に奪い取ったって感じかな。それなりの魔力量がないと出来ない。たぶん、強いよ」
骸骨共を止めてみせたので弱くはないだろうと思ったが、ティントアの口から明確に強いと聞いてようやくそうなのかと思った。魔術師の強さについてはどうも測り方が分からない。
ティントアはまだ男の方をよく観察していたが、何か気付いたことがあるらしく、やぐらの上のアッシュを呼ぶ。降りてきたのを確認すると俺とアッシュに耳打ちでこう伝えた。
「……骸骨を操る術者を見つけた」
「……どこだよ」
「……俺の真後ろ、いま君らの背中の側に、森があるだろ?」
見えるが、遠いな。
町を出て街道を超えた先、それから草原を突っ切った先にあるのが森だ。
「君らの速さなら追えると思う。ある程度近づけば、アッシュの鼻か、ヴィゴの気配で分かるでしょ?
魔術師は普通、そこまで足は速くない。……いや、でも、危ないかな?」
「なんだそりゃ、追えってことかと思ったぜ。そんなん聞いたら捕まえたくなるだろが」
うーむ、俺は半々だな。
気にはなるが、森に行くまで開けすぎていて丸見えだ。
迎撃の体勢をとられることだってあり得る。
だが、糸を引いた奴を捕まえてみたいというのは分かる。
「行くぞヴィゴ、引きずり出してやろうぜ」
まあ行くか。アッシュ一人を先行させて万が一があっても怖いしな。
せーのも無しに駆け出すアッシュ。一拍だけ遅れて俺も追従する。
「ちょっ、えっ、なに!?」
クロエとフーディが慌てているので俺はティントアを指差すだけで応えた。
カトレアは俺たちのコソコソ話から何か当たりをつけたのか手だけ振っている。
駆けて、走って、跳んで、離れていた森がみるみるうちにに近づいてくる。
風を切り裂くかのように俺たちは走った。
「確かに居やがるな!」
アッシュが鼻をスンと鳴らして言った。
俺はまだ感じ取れていない。おそらく迎い風が匂いを運んできたのだろう。
「このまま真っすぐだ。森にいる奴の匂いはよく目立つぜ! そこだけ浮いてんだよ、なあヴィゴ!」
なあ、と言われても俺は鼻で追っているわけじゃないから分から――あぁ、居る。
複数の気配を感じ取れた。どうするか、二手に分かれて挟むか、いや止めておこう。こいつらが弱いという保証もない。バラけたせいで対処が出来なくなったら怖い。
森に入る。
木々を蹴りつけ、草藪を飛び越し、ほとんど平地を走るのと変わらない速度で距離を縮めた。
ようやくあちらさんにも動きがあった。何となく慌てているような感じがするが……。
「あいつらビビってんな。そんな匂いするぜ。たぶん大した奴らじゃねぇ」
心底がっかり、といった様子だ。俺としちゃ簡単そうで嬉しい。
もうあと少しで姿も拝めそうなほどの距離になり、唐突に何か一人が飛び出してきた。
囮か、足止め役か、いやちょっと待て……。
近付くにつれ、そいつの妙な風体が分かってきた。
これは……死体だ。
人の死体。生前はよく肥えた男だったのだろう。
シャツに収まり切らないほどの下っ腹、それからやはり死体なのであちこちが欠損している。
これは、囮でいいのか?
対処としては構わずに追い続けたいところだが――
俺が何かを言う間もなくアッシュはそれを蹴散らしていくつもりらしい。
ちょうどアッシュの進む方向に現れたというのもあるだろう。
アッシュが走りながらも歩幅を整え、跳び蹴りでもしようと思った時だった。
すでにパンパンだった死体の腹が更に膨れ上がったのだ。
なんだ……何か分からないが異様な気配がある。
死体はゴボゴボと声ではない音を出しながら急激に膨らみ続け、異変に気付いたアッシュは蹴るのを止め咄嗟に横へ飛ぶ。
間髪入れずに肉の風船が弾け飛んだ。
死体の爆弾だ。
体の中に詰まっていたあらゆるものが飛散する。
血や内臓はもちろん、骨や歯も含まれる。
俺は木を盾にして防いだが、アッシュは大丈夫なのか?
腐った血の匂いが辺りに充満し、背筋がぞくぞくするような嫌な予感に襲われる。




