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21話 カトレアと二人

 夕飯と寝床を求め、樽乗り豚(たるのりぶた)亭に向かう。


 アッシュが一番乗りに扉を開けて入ったらフレヤが対応に来てくれた。


「アッシュ! みんな! もう来てくれたんだ。嬉しいよ~!」


「おうおうおう! 今日は客だぜ! ゴチソーを用意せい」


「ハイハイ。お客様は神様ですブー」


「分かってんじゃん。飯だけじゃなくて泊まるから、部屋の方も頼むわ」


 俺の横にいるクロエの顔を窺うと器用に片方の眉だけ吊り上げて顔を引きつらせていた。


「なぜ皆ではなくアッシュを先に呼んだのかしらこの人」と呟いていた。


 口調が変わるの怖っ。どうどう、となだめてやる。


 俺たちが騒がしくするのを聞きつけて奥からマチルダが顔を出した。


「なんだ、もう来たのかい。ま、金があるならゆっくりしていきな」とだけ言ってすぐ引っ込む。食事も宿泊も問題ないらしい。


 食事の方は大満足だった。特に風船豚のステーキは絶品だ。フレヤもジェシカも一緒になって大きな丸テーブルを囲い、何だか宴会のようだった。


 フーディが既に満腹のお腹を押さえながらそれでも肉を頬張る。


 葡萄酒を飲んでいたカトレアは酒に弱かったのか目がトロンとして薄く笑っていた。


 アッシュとフレヤが喋るのを見て食事どころではないクロエと、それをなだめる俺。


 ティントアが珍しく声を出して笑っている。


 ジェシカがカトレアの飲みすぎを止めようとしていざこざが始まった。

 もうめちゃくちゃだ。めちゃくちゃ楽しかった。


 ――翌朝、眠りから覚めると目の前に女の顔があって驚いた。


 長い金髪が顔にかかって、顔半分を隠す様はどこか神秘的だ。片方だけ見える閉じられた瞼は、長い睫毛がよく目立つ。


 なにか一夜の間違いを起こしたのかと焦ったがよくよく見ればこれはティントアだ。


 体を起こして辺りを見回すと、酷い有様だった。夕食という名の宴会のあとで、部屋に移って二次会が始まったのまでは覚えている。皆で葡萄酒を飲みながら色んなことを話したはずだが……。


 俺も少し飲み過ぎたようで、あまり覚えていなかった。


 起床したのは俺が一番か。フレヤとジェシカは部屋にいない。階下から物音がするので、すでに仕込みの仕事をしているらしい。さすが働いている人達はきちんとしているものだな。


 良く寝た感じがする。まだ昼にはなっていないだろうが、起きるには少し遅い時間だと思う。


 横にいるティントアを起こして、次に近かったカトレアを起こす。昨日の感じだと酒にはだらしないようだが、寝ている姿勢はピシッとしている。


 クロエとフーディ。二人で抱き合うように、いや、フーディが上になって一方的にしがみついているような感じだ。クロエが少し苦しそう。


 上になっている子を抱きかかえて起こしてあげる。重さが消えたのに気付いてクロエも目を覚ました。アッシュは良く似合う大の字で寝ていた。


 一応は全員が体を起こしたので、そのうちちゃんと起きるだろう。俺は洗面所が込むのが嫌で先に下へ降りた。フーディがそのまま眠りそうだったので抱きかかえたまま連れていく。


「ほら、顔洗って、歯も磨くぞ」


 眠たそうな返事のあとでゆっくり支度を始めだすフーディ。


 階段のきしむ音がして後の四人も下りてきた。銘々が身だしなみを整えたら朝食だ。食べながらこの後のことについて話す。


「今日はどうしよっか?」クロエがコップの中のスープをかき混ぜながら言った。

「俺は、街探検するぜ」俺もアッシュと一緒に街を見て回ろうかな。


 街の散策は野山を歩くのとは別の冒険心が沸いてくる。


「ティントアは?」とフーディが聞く。


「魔術の道具が、見たい。店があればいいけど」


「じゃーあたしも探す」今日も金髪コンビは二人で回ってくるようだ。


 カトレアが何も話していないことに気付く。これからどうする系の話はたいていカトレアが何か案を出すのが常だったというのに。


 見れば目を細めてこめかみを押さえていた。


「二日酔いか?」


「あぁ……いえ、はい。……少し、そこまで酷くないですので、大丈夫ですよヴィゴくん。私は調べ物をします」


 カトレアが少し声を落として続ける


「……根本的な情報がまだまだ足りません。私たちは、蘇生されたみたいですが、かつて王だったことを知られれば何かまずい事があるかもしれませんし、基礎的な知識は身に付けておくべきでしょうね」


 やっぱり俺もカトレアの方について行こう。

 手が増えればそれだけ有益な情報を得られるかも知れない。


「じゃあ、俺はカトレアについて行く。一応、本調子でもなさそうだしな」


「心配性ですね。でも、ありがとうございます」


 昨日のように二人一組の流れがあったのか、クロエはアッシュと一緒に街を散策することとなった。


 六人が三つに分かれ、別れる。

 夕食までに樽乗り豚へ帰ることを決めてそれぞれが散っていった。


「それでは私たちも歩きましょうか」


 既に行先が決まっているのか、カトレアは迷わず小道へ入っていった。聞けば昨日の時点で回るべき場所を見つけておいたそうだ。都市運営の図書館、教会の図書館、それから個人が営む本屋が二店舗あるらしい。


「手際がいいな。助かるよ」


「いえ、服屋を捜し歩いていたら見つけただけですから」


 なるほどね。


 洋服屋と言えば今日もあのドレスワンピースだ。せっかくのお洒落着に汗がつかないよう体を洗ってから着る、という手間を経てまで着ているのだ。カトレアの足元で揺れる大きな水玉の裾を見ていると少し笑われた。


「スカートの裾が気になりますか? 足首まで隠れていたら見ても楽しくないでしょう?」


「見えてればいいってものじゃないさ。長いスカートが揺れるのは綺麗なことだと思う」


 カトレアは感心した顔で俺の顔を覗く。


「ヴィゴくん、けっこうお洒落っぽいですね。調べ物が終わったらなにか買いに行きませんか? 人の物を見立てるのって、私けっこう好きでして」


 確かに俺も良い意味での一張羅くらいは持っておきたい。


 銀貨七枚とは言わなくてもそれなりの、袖を通すのが楽しみなくらいの服は欲しいところだ。


「そうだな。じゃ終わったらカトレアに選んで貰おうかな」


 カトレアは薄く微笑んで承知した。


 二人並んで、こうして話しながら歩いてみてしみじみと思ったが、カトレアと居ると楽だな。会話のテンポが心地良い。


 クロエやアッシュやフーディと話しているとついつい落ち着かせる側を押し付けられる。


 まともにしっとりと会話するのが久々な気がして少し驚きがあった。


 ついさっきまで半分寝たままのフーディを抱え、嫉妬するクロエを落ち着かせ、アッシュはエネルギーが有り余っているので楽しいのだが楽ではない。その点、カトレアは良い。


 六人の中でも確実に大人に寄っている。落ち着きがあると言えばティントアもそうだが、二人で居ればどんな話が始まるだろうか。想像が出来なくて気になった。


 細い道を出て大きな通りに出る。ひとしきり吹かれた風に髪を押さえるカトレアを、道行く何人かが見とれていた。特に若い衆の目には多少の熱がこもっているようだった。


「ヴィゴくんといると楽でいいですね。昨日はクロエと二人で、色んな人に声をかけてもらえましたよ」


 もらえましたとはまた皮肉な物言いだ。

 声をかけられないよりは自分が証明されているようでいいことなのかも知れない。


「あしらう時はどうしてた?」


「いたって普通の断り文句ですよ。それで大抵は諦めてくれますが、情熱的な方も中にはいましたね」


 そういう手合いにはどう対処したのだろうか。アッシュなら胸倉つかんで引きずり回すのだろうが、流石に二人はそれをしないだろう。


「せっかくいい服を着てますから、わざわざ手を上げるのも、気分が台無しじゃないですか? その辺に生えている草で足を縛って対処しました」


 スマートで良かった。


「それから、クロエにも困りましたよ。あの子は本当に面食いですね。少し顔がいいと反応してしまうみたいで、つい相手に気を持たせてしまうようです。ヴィゴくんとアッシュくんに告げ口すると言えばハッとして目が覚めるようですが」


 さらりと告げ口をしていて笑ってしまう。


「内緒ですよ」と人差し指を口元にやるのは悪戯な雰囲気で珍しかった。


 もうしばらく歩くと図書館に着いた。


 都市が運営する図書館だ。建物は石造りの三階建て、敷地面積もかなり広くなかなか立派だ。


 蔵書のジャンルにも寄るだろうが期待できる。入館料を払って、いざ本の海へ漕ぎ出す。


 紙とインクの古めかしい匂いで満ちていた。どこか懐かしいような感覚に包まれる。


 隣のカトレアが深呼吸して呟く「本の香りですね。落ち着きます」

 同感だ。


 それでは何から探そうか。


 この国の成り立ち、周辺の地図、狩猟の仕方。手強い獣・魔物がまとめられた本なんかもあった。


 俺たちは椅子とテーブルのある場所で本を開き読み始める。カトレアは地図と地形、気候や風土について書かれたものを何冊か、俺は国の歴史書を引っ張ってきた。


 さて、役立つ情報を仕入れていかないとな、と俺は意気込んだ。

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