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2話 服を探して穴から這い出て

今日は8話まで投稿予定です。これは2話です。

 瓦礫(がれき)の山を掘り返す。

 どうにか着られそうな物は探し出したが他に大した成果もなかった。


 僅かばかりの成果である服でさえも、あの崩落を経て見つかった代物だ。


 大半はティントアが盾として使った死体から剥ぐことになったので、服の生地は破れ、血がたっぷり滲んでいて着られたものではない。


 俺は辛うじて状態の良い黒いシャツとズボンを探し出して身に着ける。


 状態が良いと言っても、着古された上に血の染みが酷いところは破り捨てた代物だ。シャツは左肩が剥き出し、ズボンに至っては両方の膝小僧が丸見えの有様だ。


 俺以外も似たようなものだった。


 銀髪の少女クロエと茶髪の少女カトレアは魔術師のローブを剥ぎ取って着たが、やはり所々が破れ、あちこちから肌色が見えている。


 金髪の少女フーディは体格が小柄で着丈が合わないことと血の汚れもあり、ローブの裾と袖をバッサリ切って太ももと肩があらわになっている。まるで不格好な寝巻きのようだ。


 金髪の少女みたいな少年ティントアは着るに足るローブがもう無かった。なのでカーテンにでも使っていたらしい布地を見つけ、適当に体に巻き付けている。


 最後に赤髪の少年アッシュだが、彼の服だけ見つからなかった。未だに素っ裸で瓦礫の中をウロウロ、そしてブラブラさせている。


「なあ、俺の着られそうなの残ってねーか?」


 ガシガシと赤い髪の頭を掻きながら苛立ち混じりに全員へ呼びかける。こちらとしてもさっきから探しているが、探せど探せどろくなモノは見つからない。


「見つからないなら仕方ないよね。アッシュは裸でいくしかないよね」


「ないよね、じゃねーんだよ! クロエ、お前の服よこせ!」


「嫌だよ。やらしーこと言わないでっ」


 どの口が言うのだろうか、二人のやり取りを聴きながら瓦礫に手を突っ込んでいると手先に当たりを覚えた。引っ張りだしてみると思った通りだ。


「アッシュ、あったぞ」


 俺が丸めて投げ渡したそれは、古ぼけた灰色のズボンだ。

 案の定、ひどい状態で元の色が何だったのか分からないくらいだが。


「おー! ヴィゴ。助かるぜ!」


 アッシュは嬉々として足を通す。この際着られるものがあっただけ有難いと思ったのだろう。


「上に着るもんは……もういいか。探すのも疲れたぜ」


「そ、そうだよ。もう充分だよ」


「お前は黙ってろ」


 これ以上着込まれることを恐れてか、クロエが奇妙な庇い方をしている。


 さて、ひとまずは全員ボロ布でも着るものは着た。服と同時になにか使えそうものはないか探すことになっていたが、目ぼしいものは見つからない。


「じゃあ、とっとと出ようぜ。こんな穴ぐらじゃ息が詰まってしょうがねぇよ」


 アッシュが見上げる先には抜け落ちた天井から空の青が広がっている。常人ならとても登れる高さではない。


「アタシが一番にここを出る! 一番乗りだ!」


 見た目にぴったりの子供っぽさを発揮してフーディが我先に飛び出した。


 魔術が何かで足場になる瓦礫を浮かし、その上に乗って空を飛んでいるのだ。


「馬鹿め小娘! この世の一番は全て俺のもんなんだよ!」


 アッシュが張り合って猛然とフーディを追う。


 俺ははふとそれぞれの脱出方法が気になって様子を見る。


 クロエは銀髪を伸ばして引っ掛けられるところを掴み、自分の体を持ち上げている。

 人間の重さを支え切れるとは随分と強靭な髪だ。


 カトレアは瓦礫の隙間からにょきにょきと樹木を生やし、枝の一本に掴まって上を目指している。


 ティントアがどうするのかと見ていたら、死霊術によって死体を操作し、大道芸人のように人間ハシゴを作り、それを登って上がったのだった。


 場所によってはほとんど垂直に近いこの場所を上がれる登攀力(とうはんりょく)があるのなら、これより先に訪れる障害もそう心配しなくていいだろう。


 俺が素の身体能力で登りきると先に着いていたアッシュとフーディがまた口喧嘩をしていた。


「絶対! 俺の方が先に着いた!」


「なんでそんな言い切れるわけ!? ほとんど同時だったし、てかちょっとだけアタシのほうがたぶん早かったから!」


「いいや俺の方が早い! つーかお前そんなんに乗って空飛んで恥ずかしくねーんか!?」


「はあ〜? アタシの力なんですけど!? だったらアンタも空飛べばいいじゃん!」


「魔術みたいなしょっぱいモンおれが使うわけねーだろ! おいヴィゴ! どっちが早かったか教えてやれ!」


 いや、なんで俺に聞くんだよ。

 どっちが先に着いたのかなんて見てないぞ。


「いや、見てないな。二人で一等賞を分け合えば?」


「アホか、お前それはないわ、恥を知れヴィゴ」


「今のはアタシもどうかと思う!」


 何でだよ!


  こんなどうでもいい一番にこだわってる奴らに言われたくないわ!

 と、思ったが余計に荒れそうなので心に閉まっておく。


 クロエ、ティントア、カトレアの順で下から登ってくる様を見て、フーディが嬉しそうに茶化した。


「あー! カトレアがビリの人〜!」

「あちゃ〜、私がビリですか。これは困ったな〜」


 子供の遊びに付き合ってあげるカトレアはなんて大人なんだろうか。気にした素振りもなくにこにこと笑顔でフーディと話している。


 地下から抜け出した空の下は開放感に満ちていた。


 気候は今の服装でも問題ない暖かさがある。

 暑いというほどでも無い過ごしやすさは春か秋のどちらかだとは思う。


「今の季節すら分からないってのは......いよいよ恐ろしいな」


 俺の現状分析からなる独り言をカトレアが拾う。


「......そうですね。わたしも、魔術の知識はあるのに今の季節が何なのかさえ知りません。私たちは、何なのでしょうか……」


 満足な答えを返せず、低く唸る。

 カトレアとしても疑問を口にしただけだろうが、不安は増すばかりだ。


「とりあえず探検しようぜ!」


 お気楽な調子でアッシュがそう言った。

 探検というと言葉が軽すぎる気もするが、この付近がどんな場所なのか見て回ることは不可欠だ。


 穴から這い上がったここは、古びて捨てられた廃墟の都市のようだった。それなりの年月が経っているであろう風化の跡。立ち並ぶレンガの家々は崩れ、原型を留めていないものも多い。


「さーてと、これから俺の大冒険が始まるわけだが――」


 アッシュがわざと言葉を切った。俺も少し感じていた。


「なんか嫌な臭いがするよなァ?」


 同じような感覚があるらしい。

 俺の場合は気配を感じた。


 いったい何が待ち受けているのだろうか。出来ることならトラブルは避けて通りたい。


 アッシュが俺を見て言う。

「敵だと思うか?」


 俺は少し考えてから答えた。

「なにを持って敵とするか、とか。敵ってなんだよ、とか。色々と言いたいことはあるが……」


「ばーか、ヴィゴ。お前のその表情見てりゃ分かるぜ。なんか敵っぽいなって思ってんだろ?」


 自然、皆の視線が俺に集まった。


「ほんとに敵なの? 敵ってなんなのって感じなんだけど……」

 フーディが不機嫌そうな口調で言ったが、どこか不安な様子も感じているようだ。


「わたしは全然分かんないんだけど、近くに何かいるの?」


「私も何も感じませんね」


 クロエとカトレアが似たようなことを言っている。


 ティントアは短く「分からない」とだけ答えた。


 俺とアッシュには他の四人にない感覚の鋭さがあるらしい。

 知覚できたのはいいが、さて、どうするか。


「俺ちょっと行ってきていい?」

「行ってどうするつもりだよ?」


 アッシュの言葉に俺は思わず低い声を出していた。

 これまでに感じた彼の性格なら軽率な行動も十分あり得ると思えたからだ。


「どうって、そりゃあ戦うよ」


 不敵に言い放つ様は自信に満ちていた。


「なあアッシュ、敵と決まったわけじゃないだろ。仮に敵だったとしてだ。数は? 人なのか? 獣かも知れないし、何なら武装した山賊かも知れないんだ。こちらから姿を晒す必要はない」


「なーにを言ってんだお前、何となく分かるだろ? なんかこうビリビリ来ねぇんだよ、感覚がさぁ。たぶん強い奴らじゃないと思うぜ。俺の見立てじゃ俺一人でも勝てると見たね」


「危険を侵す必要はないって言ってんだよ。お前ひとりならいいが、俺らを巻き込むなよ」


「じゃあ、止めてみろよ。五人がかりでもいいぜ?」


 こいつ本気で言っているのか。

 アッシュと睨み合う。


 さっきまでのふざけた顔が、今は違う。

 口は真一文字(まいちもんじ)に結ばれ、瞳の奥で火花が散るような迫力があった。


「ヴィゴくん、アッシュくん。二人ともやめて下さい。小さな子が怖がっていますよ?」


 話す言葉こそ丁寧だが、カトレアの声色は冷たく、厳しさの滲む声で仲裁してくる。


 アッシュが横目でカトレアを睨むが、彼の迫力に一歩も引かないのは意外だった。それから、いつの間にか目じりに涙を貯めていたフーディは強がりからカトレアの背を叩く。


「怖くない! アホ! カトレアはアホ!」


「悪ぃけどさ、それぐらいで和んだりは――」


「どうしても行きますか? アッシュくん」


「曲げる気はねぇ。これは無謀じゃねーよ。敵っていうのも本気で思ってる。勝てる相手ってのも大マジでそう思ってる。どうしても止めたいなら俺の手足の骨でもブチ折ってくれよ?」


「……分かりました。少しだけ時間を下さい。ヴィゴくんと相談します」


 なんで俺……と思ったがクロエもフーディもアッシュの雰囲気に飲まれている。


 ティントアはさっきから無言だ。

 無関心と言うほどでもないが、意見を求めても返ってくるかは疑問だった。


 俺とカトレアの二人でどう対応するか話し合う。カトレアみたいな人間が居てよかった。一人でアッシュの相手をしていたら引っ張られて熱くなっていたところだ。


 二人の意見をまとめる。

 非情かも知れないが、アッシュには斥候(せっこう)(おとり)を兼任してもらう、と伝えた。


「つまり?」


「敵と思われる者たちの明確な位置はアッシュくんが一人で窺ってきてください。そしてもし戦闘になった際は一人で戦って下さい。相手が強大で死ぬかも知れないと思っても、助けに期待しないで下さい」


「いいぜ。それでいいけど、それって俺が一人で行動するのと変わんないんじゃねーの?」


「確かにそうですね、ですが、アッシュくんが言う通り本当にただの雑魚だった場合は私たちも加勢するかも知れません。それに、アッシュくんは強そうですし、ここでお別れも寂しいと思ったので、安全と今後の関係の折衷案(せっちゅうあん)ですね」


「俺の邪魔しないなら何でもいいぜ、そんじゃ、とっとと行こうか」


 はっきり囮にする、と言ったわけだが、アッシュはちらりとも嫌な顔をせずに頷いた。


 こちらの提案も内容だけ見れば大概なことを言っているが、経緯があれば当然か。有事の際にアッシュの身体能力が役に立つことは明確だが、こうも血の気が多いと扱いに困る。


 前を行くアッシュは俺の心中など気にもせず、すいすいと進んでいく。敵の居る方向へ進んでいるのだ。確かに俺が感じとれる気配も少しずつ大きくなっていくのが分かった。


「なあ、カトレア。正味な話さ、俺だけで勝てると思うか?」


「アッシュくんだけでですか? 本当に敵かどうかも、まだ疑っているんですが」


「いーから、答えろよ」


「ん~……勝てると思います。自分で言うのも何ですが、自分の強さについて、私もいくらか自負があります。おそらく私たちは誰一人として弱くはない」


「だろ? つーか、それでなんで反対なわけ?」


「あまりにも不足しています。情報がね。


 ……はたして私たちは勘違いではなく本当に強いのでしょうか? 敵とは何なのでしょうか? ……普通はひとまず村か街を目指すべきでしょう。


 目指す場所だって、どれほど移動すれば着けるのかも分かりません。


 瓦礫の山からは食料のひとつも拾えませんでしたし、こんな戦闘に発展するかもしれない行動を選択するのは不安要素が大きすぎますよ」


「お前って色々考えてんだな……。何とかなるだろ。たぶん俺ら、そんな簡単に死なないと思うぜ?」


「はぁ……そう願います」


 アッシュとカトレアの会話が終わってから数分歩く。


 敵らしき者たちがいる場所の間近までやってきていた。

 

 周りの景色から見て、ここの路地を抜ければ広場に出るはずだ。

 アッシュを除き、俺たちは緊張の面持ちだった。


 首を軽く鳴らしてからアッシュは言った。


「一応、確認はしてくる。何でもない無抵抗な奴は殴りたくないしな。ま、敵だろうけど。お前らその建物の中から見てろよ。ちょうど二階からならよく見えるだろ?」


 そんじゃ、と散歩に出かけるような気軽さでアッシュは輪から外れて路地を抜けていった。


 俺達はすぐに家の裏戸から入って二階へ上る。確かにここからなら広場が一望できる。二階の壁はところどころ崩れているが、五人が身を隠しつつ様子を窺うのに窮屈はしなかった。


 広場に……居た。


 岩と石と、レンガの山、崩れた建物があるだけの広場。


 その中央に枯れた噴水があった。囲うようにして六体が居る。


 「(いし)小鬼(こおに)


 誰かがそう呟いた。


 あぁ、そうだ。確かそんな名前だ。

 久しぶりに見たような気がする。


 確かごく一般的な存在だ。

 石で作った剣や斧を使い、ある程度の数で群れる生態のはずだ。


 体躯は子供ほど。背の低いフーディよりまだ小さいくらいだ。


「どーも、コンチハ……って通じねえよな? そういう手合いじゃなかったのは何となく覚えてるわ」


 無造作に歩いてきたアッシュが挨拶をした。そこでようやく小鬼たちは気付いたらしい。人の声というよりは動物じみた声が響く。しわがれた鳥の声のような小鬼たちの叫び。


 無遠慮に距離を詰めてくるアッシュに、小鬼は石の剣を手にして猛然と駆け寄ってきた。


「戦うってことだな? そんじゃ、やろうか!」


 アッシュが拳を固く握りしめる。それが開戦の合図だった。


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