128話 ~4章~ 地下街で夜遊びを
狼牙団と鷲爪団の抗争に巻き込まれ、最後に立っていたのは六王連合だった。
別に俺もアッシュも積極的に参加したわけではない。
というかほぼ見ていた。
たまに乱闘の輪から外れ、見境なく襲ってきたやつを何発か小突き、また輪の中に返す。
そんなことを何度かやっていたらいつの間にか俺たちが残っただけだ。
「素人の喧嘩だったけど、けっこー見応えあったな!」
「うん。気合入ってる感じだったな」
いつも喧嘩っ早いアッシュだが、何もゴロツキ相手に弱い者いじめをしたいわけではない。
特に今回はチーム同士でいざこざがあるようだし、横槍も無粋だと思ったのだろうな。
「全員ぶっ倒れちまったから聞く相手が居ねえな……だいぶ腹減ってきたし、とりあえずテキトーなメシ屋に入ろうぜ」
噂の肉は一旦、置いておく。
ふと、尋常ではなく美味そうな匂いを漂わせる店があったので思わず中を覗く。
嗅いだことのない香りだ。
「なんの匂いだこれ……メチャクチャうまそうな匂いしてんぞ!?」
「俺もはじめて嗅いだ……スパイスかな? 物凄く腹へってきた」
不愛想な店主が奥からヌッと出て、空いている席を指さすので指示された通りに座る。
「うちは、メニュー1個しかないけど、それでいいかい?」
「すげえ美味そうな匂いしてっけどさ、なんの料理やってんだ?」
「カレーだ。うちはそれ一本でやってる」
カレー?
初めて聞く料理名だ。
「じゃ、カレー二つで」
「あいよ」と店主は短く答えて奥に引っ込んだ。
カレーは出来合いの物だったのか、店主はすぐカレーとやら皿に盛り付けてやってきた。
このカレーとかいうやつの見た目がまた凄いのだ。
「なんじゃこりゃ! ぐちゃぐちゃのドロみたいじゃねえかよ! えっ? これ食えるんか!?」
うむ、俺も全く同じことを思った。
店主はうんともすんとも言わない。
文句があるなら食うな、とか。
いいから食ってみろ、さえも言わないのだ。
いやでもしかしだ、このカレーなる食べ物の……この香り!
近くでカレーの匂いを直で吸い込むと強烈に食欲が湧いてくる。
「ま、まあ食ってみっか? マジで半端なく美味そうな匂いすんだよな……」
アッシュに頷いて返し、せーので一口を運ぶ。
……旨すぎる。
なんだこの味は……。
旨味が凄い、コクが凄い、なんか妙にトロリとしている!
良く煮込んだシチューの何倍も濃厚でスパイシーな味が口の中を支配している。
「パンにつけて食ってみろ」
ポツリ、物静かな店主がそれだけ言った。
言われた通り、別皿にあったパンを手に取り、カレーに半分ほど浸してから食べてみる。
いや……これ、美味すぎるだろ!
俺もアッシュも夢中で食べた。
何口か食べて気付いたがスパイスの辛みが旨味を倍増させ、食べても食べても食欲が湧いてくるような心地になる。
「……うまかったわ。マジで半端なくうまかった……へいマスター、受け取ってくれ」
アッシュが銀貨を一枚、指で弾いて店主に渡す。
パシッと上手いことキャッチした店主がニヒルに笑うのだ。
……寡黙な料理人ってカッコイイな。
「……なあヴィゴ。このマスター勧誘しねぇか? このカレーとかいうやつ美味すぎるわ。六王国のシェフにしよう。コック長の爆誕だぜ」
……ありかも知れない。
そう思うほどに美味かった。
ただ知っている料理ではなくて、初めて食べた料理だ。
この店主は異国からやってきたのだろうか?
「ご店主さん。この料理、どこの物なんですか? こんな美味いもの初めて食いました」
「どこの料理かは知らねえな……
少し前に行き倒れの旅人を助けたんだが、そのお礼にこの料理を教えてもらったのさ。
シュヘィって名前のやつだった。変な服を着た妙な奴だが、親切で育ちの良いヤツだった」
知っているのはそれっきりのようで、店主はまたカレーを煮込む作業へ戻っていく。
シュヘイか。当然だが聞き覚えの無い名前だ。
蘇生されてまだ僅かばかりしか世界を知らない俺たちにとって、覚えのある名前など、歴史年表で見た偉人くらいだ。
「……うし、決めたぜヴィゴ。また明日ここにカレーを食いに来よう。今度は全員だ。全員がウメェ! って納得したらこのカレーマスターを勧誘する」
そんなに気に入ったか。まあ確かに美味かった。
六王国の発展のためにも美味い食事を用意できる人は必要だが、まあ、また皆で話せばいいか。
フーディがどんな顔をして食べるか気になるなぁ。
俺とアッシュはカレーを腹いっぱいになるまで食って店を後にした。
「なんか腹いっぱいになったら噂の肉とかどうでも良くなったわ……」
「確かにな……」
「つーか、あれが噂の肉なんじゃねえか?
肉じゃねーけど、あんだけ美味かったらもう噂の正体カレーでいいわ」
お前がそれでいいなら俺は一向にかまわんよ。
「よーし、じゃあ地下二層に降りてみるか~」
途中で酒屋に酔って大ビンで酒を買う。
銘柄はドルウィニョン産の葡萄酒だ。本当に地下は何でもあるな。
「高いだけあって良い酒だわ。ほら、ヴィゴもやれよ」
直でラッパ飲みした後、俺によこしてくる。
確かにいい酒だ。ドルウィニョンの街で飲んだ物より更に強いが、それでも飲みやすくてスイスイ入ってくる。
「そういやどっかに極上の娼館ってのもあんだろ? ちょっと行ってみるか!」
「おいおいアッシュ、おいおいおい、よし行くか!」
「そう来なくちゃな! ティントアも連れて来りゃよかったぜ。何気によぉ、アイツが一番バカなことしてると思わねえか?」
ドルウィニョンの街で見たティントアの姿が思い浮かぶ。
口いっぱいに黒石葡萄を詰め込んで噴水のように果汁をまき散らす、あの姿だ。
思い出し笑いでつい声が出てしまった。
「確かにティントアも連れてくれば良かったな。さすがにあの三人の前で娼館の話は出来ない」
「つーかヴィゴ。おまえ、ちゃんと性欲あったのか。なんでクロエの相手してやらねーんだよ」
ああ、それなぁ。
まさかアッシュから突っ込まれるとは思わなかった。
「別に俺だってクロエが嫌なわけじゃないさ。ただ、もし万が一、子供でも出来たらどうする?
この先、ある程度の段階に話が進んでどこかに定住するっていうなら、そういう話もあっていいだろうけどな」
「ふーん? 真面目だねぇ、お前は」
「それにな。俺はまだ六人で居たいんだよ。
例えば俺とクロエが結婚したとする。
それでもまぁ、別に皆とお別れしなくちゃいけないって事はないだろうが、
でも関係性が変わるだろ? まだ六王連合の形を崩したくないんだよ」
「リーダーなりに色々考えてるわけか、偉いねえリーダー! よし、飲め!」
「こんなペースで飲んだらすぐ酔うぞ?」
「なに言ってんだよ! 酒飲んでんだぜ? 酔ってナンボだろ」
アッシュと肩を組み、わいわいやりながら地下二層に降りた。
一層と違って少し辺りが暗いな。
ともされている灯りの数が少ない。
建物の数も一層と比べ、随分と減っている。
街の規模として四分の一くらいに縮小した感覚を受けるが……。
「なんつーか、ぎゅっと凝縮した感じだな。更にディープになった気がするぜ」
ああ、その表現がしっくり来るな。
一層には居なかったある程度の修羅場をくぐって居そうな冒険者や傭兵のような者もチラホラ居る。
そういう手合いの物が居る、ということは彼らの仕事に繋がるような物事がここにあるのかも知れない。
人目につかない場所だし、荒事や隠し事を斡旋するために地下二層でゴソゴソとやっている可能性もあるな。
「こんにちは、稼ぎの良さそうなお兄さんたち」
壁にもたれかかっていた男が通りすがりに声をかけてくる。
目深にかぶったローブで顔が見えず、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。
「地下の二層まで降りてくるなんて、今日は何をお探しかな?
珍味? 美酒? 喧嘩の相手? それとも美女とか?」
「へー、何だよ。案内してくれんのか?」
「ああ、オレが知ってる物なら何でも無料で紹介させてもらうよ」
仲介人ってところか。いかにも地下世界の人間だな。
店に客を連れていけば、この男にいくらか支払われるのだろう。
「じゃあよ、魔物がいるとこ知らねえか?」
「あ~……魔物か。お兄さんらも迷宮復活の噂を聞いてきた口かい?」
「その反応……って事は、やっぱ魔物はデマなのかよ?」
「いやぁ……何て言えばいいかな……。
地下世界でもまだ噂の段階でね、地下の二層より下に街はないんだけど、人の出入り自体はあるんだ。怪しい奴らが倉庫代わりに使ってたり、地上じゃ出来ないような実験してるイカれた奴とか居るからね」
ローブの男が話を続ける。
「その出入りしてる奴らの知り合いが魔物が何とか言ってた~……って、人伝に聞いた程度だね。だから詳しくはないんだ、悪いね。……それより女はどうだい? とんでもない娼館があるんだよ」
「おーそうだった! 娼館だったわ! んじゃそれ案内してくれ。
あと、情報掴んだら金も払うからよ。魔物のことも調べといてくんねーかな?」
そう言ってアッシュが銀貨を一枚握らせる。
「おおっと、こりゃ太っ腹だ。こんなの貰ったら張り切っちゃうなぁ。
OK、魔物の件は任せといてよ。娼館の方も期待しといて。
お兄さんたち見栄えいいから、女の子たちもサービスしてくれると思うよ?」
ささ、こちらへ、と。男の案内に従って二層から更に下へくだる。
一つ、二つ、そして地下の五層へ。
一層、二層と違って建物は一つもない。
迷路のような岩穴を何本も通り抜け、男は唐突に暗がりを指さす。
「後は真っ直ぐ行けば着くよ。帰りは店の人が送ってくれるから安心して。魔物の情報はまた明日にでも聞きにきてよ、それまでには何か話せると思うから。それじゃ、まいどあり」
さらりと言い終え、暗がりの中に姿を消す。
何とも、闇の住人って感じの人だな。
人間の仕事の多様性というのは面白い。
言われた通りに洞窟を歩く、転々と壁に松明がかかっているので誰かがここへ通ってこれを置いているのだろうが、本当にこんなところに娼館があるのか? という気分になる。
「なんつーか、凄ぇ世界だな。なんでここで娼館なんて開いてんだろうな?」
「実はボッタクリ店とか? 俺らみたいな旅人の身ぐるみ剥いで儲けてるとかな」
「それはそれでオモシレーな。
だとしたらさっきのフードもグルだろうし、一緒に締め上げてやろうぜ」
俺もアッシュもだいぶ酒が回ってきている。
しょうもない馬鹿話で大笑いしながら娼館を目指し暗い洞窟を歩いていくのだった。




