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124話 ~4章~ ブドウの街ドルウィニョン

 お昼前に目的地へと到着した。


 ブドウの名産地、ドルウィニョンの街だ。


 堅牢なる石壁が街をグルリと囲んでいる。都市の見た目として、特になにか目立つようなところはなかった。鳥瞰(ちょうかん)すれば楕円に近い、ごく普通の形をしているのだと思う。


 規模感からみて都会と言ってもいいくらいの街だな。


 向かい風がふわりと吹いて顔を撫でれば、鼻のいいアッシュがドルウィニョン最大の特徴を感じ取って言った。


「さすがブドウの街だな。すげーいい匂いするぜ。いまめっちゃ爽やかな気分になったわ」


 フーディが真似して鼻をクンクンさせているが、まあ無理だろう。

 まだ街の門すらくぐっていないのだ。


 頑張ってブドウの香りを嗅ごうとしているフーディが可愛かったので、ついつい頭を撫でていると、俺を見上げて聞いてきた。


「ヴィゴもさ、アッシュみたいに分かるの?」


「……? いや、俺はアッシュみたいに鼻がいいわけじゃないからな」


「あぁそっか。ヴィゴは気配を感じるんだっけ? じゃあブドウの気配は感じる?」 


 爽やかなブドウの息遣いを壁の向こうからひしひしと……感じたりはしない。

 でも、その発想は可愛くて好きだ。


 両手でわしゃわしゃとフーディの髪を撫で回しながら答える。


「ブドウの気配はちょっと分かんないな。俺が分かるのは生き物だけだよ」


 そう、特に人の気配を察知するのが得意だ。


 狼やイノシシ、そういった獣に気付くことも出来るが、とにかく俺の能力は人間に特化したところがある。


「生き物……ブドウも生き物だよ? 草も木も生きてるし、ブドウも生きてるよ? ね? ブドウも生き物だよね!?」


 あー……そう言われると生き物か。

 フーディ、なんだか小癪(こしゃく)になったな。


 そういう所もちょっとした成長を感じられて愛らしい。

 愛らしいので、俺はフーディを抱っこで持ち上げてくすぐってあげることにした。


「なあっ! なんでっ、ちょ! ヴィゴなんでぇっ!」


「日々成長するフーディが可愛くて、つい意地悪したくなる」


「ヴィゴくんって、たまにフーディちゃんのこと好きすぎて倒錯しますよね」


 カトレアの何気ない感想にハッとさせられる。

 フーディには真っ直ぐと成長して欲しいものだ。


 俺の腕の中で笑い疲れ、くったりした小さな子を見てそう思うのだった。


 フーディをティントアに返すと、クロエが不満げな声を口にする。


「それ、わたしにもやって欲しいんですけど」


 うーん、絵面がなぁ。


 フーディくらいなら子供との戯れに見えるだろうが、クロエはなぁ。

 真っ昼間っから往来で喘がれて白い目で見られるのもちょっとなぁ……。


「分かってる。ヴィゴ、わたしも分かってるから。声出さないから、それならいいでしょ? 過剰に反応しないから、だからほら、はやくして」


 クロエが自分の口に手を当て、覚悟を決めた顔で待っている。

 まぁ、そこまで言うなら、くすぐってあげるか。


 俺は指先でクロエの白い首筋に触れる。


 ビクッと体は跳ねて、声こそ上げていないが荒い息遣いが漏れている。

 いや、これ逆にダメじゃないか。


 クロエはまだ諦めなかった。

 自分の脇腹を指さして『さぁ来い』とジェスチャーしているのだ。


 じゃあ、もう一回だけ。

 指定されたポイントをこちょこちょっとしてあげる。


 クロエは声にならない叫びを口の中で押し殺し、少しだけ痙攣してその場にしゃがみ込むのであった。


「あの、ヴィゴくん。ストップです。ここ門の真ん前ですし、メチャクチャ見られてます。たぶんいま破廉恥な集団に思われてます。もう止めましょう。続きは宿でしてください」

 

 カトレアが赤面しながら注意してくる。


 はい。俺もこれ以上やる気はないです。

 ここまで弱いとは、流石に思わなかったんです。


 クロエを立たせようとして腕を掴むと、何かスイッチが入ったのかそれだけで軽く悶えているのだった。一人でキマりすぎだろ。こっそり媚薬でも飲んできたのか……。


 ともかく門をくぐって街に入った。


 エドナ=ミリア教のマーキル教皇が持たせてくれた聖白槍(せいはくそう)の証を門兵に見せればフリーパスだ。


 本当にこれは便利だな。

 身分を問われた時もこれを見せれば大体は解決してくれるだろう。


 門を抜ければ市場が広がっている。

 さて、どこに宿を取ろうか。


 この街は門から入った大通りが街の中央まで続き、円形の大市場と繋がっているらしい。


『大市場の宿なら外れが無いよ』と、門兵さんが言っていたので助言をそのまま聞いて宿を決めた。

 

 決め手はクロエとカトレアの希望を聞いて、浴場付きの宿になった。

 けっこう値が張る良いお宿だったのだが、さしたる出費でもない。


 黄金竜アンカラドの腹の中から持ち帰った金貨は十枚や二十枚で効かないのだ。


 部屋に荷物を置いた後、クロエとカトレアがフーディを連れてさっそく浴場に向かった。


 待つのも何なので、俺も今の内にひとっ風呂浴びておこう。


「アッシュとティントアも風呂いくか?」


「ま、そだな。そんなに腹も減ってねーし、今のうちに神気を高めておくか」


 アッシュの場合は綺麗にする、とかではなくて神気を高める行いなのかな。


「お風呂から上がったら、皆でブドウ農園を見に行く……のかな?」


 ティントアが言うような流れだと思う。

 どうせそこでカトレアが飲み始めるだろうし、食事も済ませられるような場所だといいんだけどな。


 そう言えば大衆浴場というのは初めてか。

 チラホラと他の客がいるが、妙に視線を覚える。


 俺とアッシュ……ではなく、圧倒的にティントアを見るのだ。


 あぁそうか。

 男湯に女が居る! とびっくりしているわけだ。


 なぜ金髪の美人が男風呂に!? 


 そんな顔をした後で下に目をやり、ティントアのチントアを見て納得する。

 そしてもう一度ティントアの顔を見て『世の中って不思議だなぁ』という神妙な顔を作るのであった。


 しょぅちゅう顔を見ている俺ですら、湯を浴びて髪を湿らせたティントアは美しいと思う。

 体を洗うため、髪を後ろでまとめ上げているのだが、うなじがまた色っぽいのだ。


 アッシュも似たような事を思ったらしい。


「ティントアと風呂入るたびに思うぜ。神様が間違ってチンコつけちまったんだろうな、ってな」


 そうだよな。

 胸も付け忘れちゃったんだろうな。


 ティントアがお上品に口元を隠して笑っている。

 湯舟のせいで胸から下が見えないので、本当に女にしか見えない。


「でも俺、チンコついてて良かった。チンコが無かったら、アッシュとヴィゴと、こういう話しながら風呂はいれないし」


 あんまりチンコチンコ言うなよ。

 特にティントアが言うと絵と音声の差が凄いのだ。


 風呂から上がり、宿で売られている冷やしたブドウ果汁を呷る。

 『あぁ~……』と、三人揃って思わず声が出るほど美味かった。


 さすがブドウの街。

 今のジュースは黒石葡萄なのだろうか? 果汁が濃くて、それでいて爽やかで非常に美味だった。


 部屋に戻ってベッドでゴロゴロしていると三人が帰ってくる。

 俺たちと違ってしっかり石鹸を使っているのだろう、ふわっとした良い香りに包まれたいた。


 うちの女性陣はどこに出しても恥ずかしくない美人揃いだが、いつもの何割増しかで素敵に見える。


 俺は湯の火照りが覚めるまで窓辺で風に当たっていた。

 

 クロエが隣に座ってきてブドウジュースの事を聞いてくる。


 アッシュは街道で拾ったドングリを磨いているし、ティントアとフーディは二人で柔軟体操をしている。各々が自由に過ごしていた。


 カトレアが「ちょっと出てきますね~」と言って、部屋の外に行ったのだが特に誰も気に留めない。


 まあそりゃそうだ。ジュースのおかわりでも買いにいったのかも知れない。


 そろそろ髪が乾いてきた、と思って部屋の中へ向いて『あれ?』と思った。


 カトレア……まだ帰ってきてないのか。


「……なあ、クロエ。カトレアってどこ行ったんだっけ?」


「さあ? なんだろね。ジュース買いに行ったのかなって思ってたけど、そういや遅いね」


「ほっとけよ。フーディじゃねーんだからよ」


 アッシュの台詞に「それどういう意味?」とフーディが抗議する。

 仲良し喧嘩は後にしてくれ。


 ティントアと目が合ったが、首を横に振られる。


「……もしかしてカトレアのやつ。一人で行ったんじゃないか? ブドウ農園……」


 いや、そんなまさか……。


 全員が一旦は『ハハハ』と笑って過ごしたのだが、よくよく考えてそれしか無いよな、と思い直す。


 あの酒乱(カトレア)である。

 ブドウの名産地、そこの醸造所なら喜び勇んで向かうだろう。


「追いかけるか……。酔っぱらったカトレアって、とんでもない事しでかしそうなんだよな」


 というわけで俺たちも農園へ向かうことになったのだった。

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