123話 ~4章~ 勇者の逸話
俺たちは朝に村を発ち、丘陵地帯を突っ切る動線で馬を走らせていた。
順調に行けば野宿を一度だけ挟み、明日にはブドウが有名な目的地へ着くはずだ。
騎王国領にあるブドウの名産地。
黒石葡萄と呼ばれる噂のブドウはドルウィニョンという街にあるらしい。
王都シャトロマほどではないにしても、都市と呼べるほどに栄えているそうだ。
ドルウィニョンは西が居住地、中央は市場、東は農園。
西の端から東の端まで、壁がぐるりと囲っているらしい。
「農地まで壁に囲われているなんて珍しいな」
いつの間に情報を仕入れてくれたのか、カトレアの説明を聞いて感想を返した。
「そうですよね。管理のためにも壁がある方がいいでしょうが、そうは言っても広大な農業地まで囲ってしまうのは、街の形としてあまり見ないと思います」
ちょっと変わった街だからこそ、名産のブドウが出来たのかも知れない。
普通に考えて、農家の人が防壁を欲しいと思っても、おいそれと農地を囲える訳がない。
金も手間も畑を耕すのとはわけが違う。
順番を考えれば、はじめに土地が壁で囲われており、その中でブドウ農園を始めた。
その後、農園が軌道に乗ったと考えるほうが自然だ。
クロエがからかうような調子でカトレアに聞いた。
「それで~? 醸造所の方はどうなの? ドルウィニョンの街にあるのかな~?」
「さ、さぁ~? どうなんでしょう? まぁ、その、行ってみたらいいじゃないですか? ねっ?」
あるんだろうなぁ。
「……有るか無いか分かんないなら、はやいとこ四天公国に行こうよ? 期待して無かったら残念じゃない? ねーヴィゴ!」
「ヴィゴくん! クロエが意地悪なんですけど!」
そのまま二人でやり合ってくれ。
見ているとけっこう面白い。
「えー! あたしはブドウ食べたいよ~。黒石葡萄! 寄ってこうよぉ~」
美味しい物があるところフーディ在り、だな。
「ほらフーディちゃんが食べたがってます! 寄りますよね!? ねっヴィゴくん!」
必死すぎる。
俺がフーディに甘いところまで利用してくるとは思わなかった。
別に寄らない理由もないし、エレンイェルを待つ時間を考えればちょうどいい。
俺も黒石葡萄ってやつ、食べてみたいしな。
という感じで改めて進路が決まったのだった。
――
――――
野盗にも獣にも遭わず、予定通りの調子で進む事ができた。
日没を迎えたので野営の準備をする。
今日の料理当番はクロエとフーディ。
騎王国の城下でナイフを買ってからというもの、二人とも何かにつけてナイフを使いたがるのだ。
食材を切ってごちゃごちゃっと鍋に放り込んだスープが今日の食事になる。
カトレアはいつも通り寝床を作っている。
ここ最近は魔力量もアップしたそうで、種を植え、高速で樹を生やし、草と樹木で簡易的な小屋を作ってくれている。
生やした樹からは細かい枝が伸びて来てしまうので補助として俺が枝打ちする。
そうすると寝泊まりする小屋の完成だ。
「今さらだけど、これもう野宿って言えないよな。街の外で暮らしている狩人なら、このくらいの小屋で生活してるだろうし」
「確かにそうですね。近くに小川でもあれば今日もお風呂に入れましたのに、そこは残念ですよね」
俺はカトレアやクロエと違って一日・二日くらい風呂に入れなくても平気だが、可能であればサッパリしたいよな。人間は一度経験してしまうと生活の質を落とすのが中々難しいものだ。
カトレアの作る草のベッドや樹の小屋。
クロエの張る結界のおかげで安心して眠れる。
川が近いならフーディが水を運び、アッシュが火を出して風呂を沸かす。
疲れ知らずの馬に乗り移動できるのはティントアのおかげだ。
誰か一人が欠けただけでも旅路の快適度がグッと下がってしまうことだろう。
俺? ……俺はいいんだよ。ほら、リーダーだから。
野菜のスープ、パンと干し肉を食べながら、そう言えばとアッシュが話題を出した。
「四天公国の迷宮ってよ、何百年前だかに踏破されてんだよな? 誰が攻略したんかな?」
出番ですね、とカトレアが得意気に知識を披露してくれる。
「星伐八士の一人、第五席、神鳴りのレバンです」
アッシュの目が一瞬だけギラリと光る。
「いまから約300年前ですね。第三紀の終盤、750年に迷宮:地底の柱が攻略されました。当時は神鳴りの異名ではなく、勇者レバンと呼ばれていたそうです」
カトレアの説明は四天公国の成り立ちにまで繋がっていく。
「迷宮が出来ると多くの人間が集まります。
冒険者、傭兵などの一攫千金を夢見る者たち。
その者たちが活動するための不可欠品を売る職種の人も集まります。
武器屋、鍛冶師、素材を売り買いする商人。
人の流れが出来ますので宿屋も乱立しますね」
第三紀の750年、そうして遂に踏破された迷宮。
迷宮の輪によって潤った街へ影が落ちるかに思われたが、ここで帝国が台頭してくる。
迷宮によって集った人間たちは、離れずにその場所へ留まった。
迷宮攻略のその後を見据え、下地を整えていた帝国の四天貴族が、公国として新たな形を与えたためだ。
そして今や教騎四商の四大国の一つに数えられている。
四天公国を治めた初代の公爵は相当な切れ者だったのだろう。
元は迷宮で集った人たちを繋ぎ止め、新たな国の一員として再活躍させる手腕はかなりの物だ。
アッシュとしてはその辺の経緯より強者の話題の方が気になるようだ。
「神鳴りのレバン……会ってみてぇな。どんなヤツなんだろ? 今もう三百歳超えなんだよな?」
「今は第四紀の258年、第三紀は789年までで……
750年に地底の柱が踏破されたので……レバンさんのお年は297歳ですね」
「ふーん。何か強い奴らって長生きだな」
確かに。
星伐八士を上から数えて五席までは、人の寿命で到達不可能な年数を生きている。
主席の魔王ガラドナルと次席の剣神オルクリンク、それから三席の精霊王エレンミアは星伐八士を結成した時から生きているらしいのだ。ということは千年以上は生きている。
エレンミアに至っては初代皇帝なので2000歳を超えている。
四席、百千元のイスタリオスは700歳超。
五席、神鳴りのレバンが297歳。
人智を超えるにはそれなりの時間が必要なのかも知れない。
そうなると、人間の寿命の範疇で七席に登り詰めた正騎士王アラソルディンは、やっぱりとんでもなく凄い人だ。
アッシュと同じく星伐八士のレバンのことは気になるが、俺としては四天公国の国家元首の方が気になった。
国を拓き、見事に興隆させた腕前、六王国アルエンのためにも是非ご教授賜りたいものだ。
もしかして、と思って神鳴りのレバンが四天公国の主を務めているのかな? と思ってカトレアに聞いてみたが違うと回答があった。
レバンが治める国は別にある。
その名も、共生国レバリン。
大陸を分断するほどに大きな山々、断崖連邦の入り口に作られた人族と魔族の共生する国らしい。
いつの日か、その地に行くことがあるのだろうか。
これから向かう先の場所、そこにある歴史。
歴史に名を聞く、その人たちの現在。
誰かから見た俺たちも同じだ。
六王連合としてもそうだし、六等の覇王に奥行きを覚えた人も居たことだろう。
兎にも角にも、自分たちの足跡を誇れるような生き方をしたいものだ。
野菜のスープをぐいっと飲み干して、俺はそんな事を考えるのだった。




