110話 ~3章~ 奥が深いぜナイフの世界
「今日は豪遊しちゃうぜ」
三百階段を下り切り、城下町に着いたフーディが豪気にそう言い放つ。
有言実行だった。
階段下の広場にあったお菓子店で”桃のハチミツ漬け”なる高級甘味をさっそく大人買いすることで今日がスタートしたのだった。
「はい、ヴィゴとクロエの分だよ」
小瓶一つで相当な値段のする食べ物だったのだが、フーディはこれを三つも買い、うち二つを俺たちの分だと言って分けてくれたのだ。俺は嬉しくて嬉しくて涙がホロロといった感じだった。
そんでまたこれが美味いのだ。
美味すぎて美味すぎてクロエなんて銀髪が逆立つし、俺もビックリして思わず気配を絶つほどだった。
「これ絶対ティントアにも買って帰ろっと!」
ええ子やなぁホンマ。
フーディのふわふわした金髪をひと撫でし、口の端につきっぱなしのハチミツを拭ってあげる。
「さて、武器か装飾品か、どっち先に行く?」
クロエとフーディが顔を見合わせる。
お互いに『どうぞどうぞ』の感じだったが、クロエが他の候補も提案した。
「魔道具店っていう手もあるよ?」
なるほど。
クロエもフーディも戦士が扱う武器よりはそっちの方が使い出があることだろう。
特にクロエは、ティントアいわく”魔道具師”と呼んでもいい……とか何とか言ってたくらいだしな。
「魔道具もいいね! でも、今日のあたしは武器が欲しいんだ~。魔道具みた後で武器屋も行きたい!」
ブヒブヒ……。
じゃなくてブキブキ行ってる姿にクロエが不思議な顔をして聞く。
「そういえば何で武器なの? もしかしてヴィゴに剣ならうとか? わたしも習いたい! ずるい!」
なんて加速度的すぎる思考の飛躍!
「違うよ。ヴィゴがさ、さっき手入れしてたんだけど、何か楽しそうだったから欲しくなった! でも剣を習うのも面白そうかも? ヴィゴ剣おしえてくれる?」
「そりゃいいけど、俺の教えられるのって、真っ当な剣術じゃないぞ? その辺の衛兵よりかは使えるけど……アッシュの方がいいかもよ? 最近エレンから習ってたくらいだしな」
アッシュの名前を出したらフーディが露骨に嫌そうな顔をする。
「アッシュに教えてもらうのは嫌だな~。なーんか絶対ムカつくと思うし、あとスパルタっぽい気がしてそれもイヤ!」
確かにアッシュが教える時は厳しそうな気がする。
まあ、クロエとフーディもちょっと剣をさわってみたい、いわば体験教室的な気分だろうし俺が教えた方がいいか。
「分かった。じゃあ、空いた時間に教えたげるよ」
「やった~!」
「手取り足取りそれからねっとりお願いします!!」
クロエが丁寧に頭を下げる。
声が無かったら礼儀正しい弟子なんだけどなぁ。
とりあえず魔道具店から先に行こう、という話になって店を探した。
騎王国という大都市にあっても魔術的な道具屋は一店舗しかなかった。
道行く人に訊ねれば大通り沿いに目立つのですぐ分かると教えてくれる。
店の名は【アルカナ大釜店】と言うらしい。
大きな平屋の店構えで屋根に見たこともないような大釜が乗っかっていた。
これは確かに目立つし見落とさないな。
店に入ればさすがは魔道具店。
俺からすると見たこともない物も多い。
棚一面に並ぶ瓶詰のカラフルな薬。
魔石がどっさりカゴに盛られて売られている。
カトレアなら用途が分かるかもしれない薬草の数々。
本棚から溢れて床に積まれた魔術書。
教国エドナのブリーム町で見た魔動人形らしき物も部屋の隅に置かれている。
俺たちの他に客は一人もおらず、これ幸いとゆっくり店内を見ているとカウンターの店主が話しかけてきた。
「おや、もしかして六王連合の人かな?」
おお、名乗らずともこちらを知っているなんて俺たちも有名になった物だな、と思っていたら王宮魔術師ロックウェル家の人だった。イルデガルダの妹だそうだ。
姉と違って表情筋はなくしておらず愛想よくニコニコと話しかけてくる。
「ゆっくりしてってね。商品で分からない物があれば何でも聞いてくれていいよ~」
一般人と比べて魔術師というのは非常に少ない。
王宮魔術師=城下町で魔道具店を営む一族、という構図は他の大都市でもよくある光景だそうだ。
色々な道具を見て回ったのだが、結局は冷やかしだけで店を後にする。
「クロエもフーディも何も買わなくて良かったのか?」
クロエいわく、自分の銀髪より便利そうな物はない、とのこと。
フーディいわく、魔眼瞳術の体系を得た自分には不要、とのこと。
何だよお前ら……カッコイイな……。
俺なんて、光る眼玉のオモチャを買うか迷っていたのに……。
なんか恥ずかしくて言いにくいじゃないか。
武器屋も同じく大通り沿いにあった。
魔道具店に居る俺がソワソワしていたのと逆で今度は二人がソワソワしている。
「まあ適当に見て回ってみたら?」と言って自由行動を促したのだが、二人して俺の側から離れないのだ。
「なんか、場違いな気がしちゃう」クロエがそう言いながら俺の体を盾にしている。
「でっかい剣とか見たいんだけど、あたしが見てるの変じゃない?」フーディも意外とそういうの気にするんだな。
今の二人の服装は旅装ですらない白シャツ姿なので、女の子二人が武器屋に何の用だろう? と見てくる人がいるのも事実だ。別に気にしなければいいのにな。
仕方ない。
「二人とも何が見たいんだ? ついてくよ」
そう聞けば二人して揃った事を言う。
「「オススメは?」」
オススメねぇ。
剣は正直オススメしない。
二人が熱心に習うのなら別だが、剣一本を常に携行するのは意外と邪魔なのだ。
それよりはやっぱりナイフがおすすめだ。
荷物にならないし、取り回しもしやすいし、丈夫な物なら穴も掘れるし、野営の時には食材を切るのにも便利だ。とにかく使うタイミングが多い。
そして何より背後を取って背中をグッサリ刺すのに最適!
一番最後のは冗談だが「じゃあそれで!」と言うのでナイフの棚に向かう。
「ほぁ~……ナイフって言っても、形も大きさも色々あるんだねぇ」
フーディがきょろきょろしながらナイフの森を見渡している。
「ナイフ好きのヴィゴからするとさ、どういうのが良いナイフになるの?」
クロエのナイスな質問に答える。
「用途によって変わるけども、共通して言えるのは……握った時にしっくり来るか、ナイフの重心がどこにあるか、後は……フルタングナイフかどうか? かな」
フルタング? と不明な単語だったようで説明する。
フルタングナイフとは、ナイフの刃が柄の部分まで一体化しているナイフのことだ。
柄の中に刃が入らず、別々になっているナイフに比べて耐久性も強度も高い。
折りたためるナイフはポケットにしまえるほど小さくて携行性能が抜群だが、旅の多い俺たちには丈夫なナイフの方が合っているだろう。
「なるほど、さすがヴィゴ! ナイフマスター! 握りは分かるんだけどさ、ナイフの重心って何が大事なの?」
フーディが一番近くの棚にあったナイフを持ち、重心とは? とハテナを浮かべていた。
彼女の小さな手からナイフを受け取り、空中で縦横に軽く振った後で説明した。
「このナイフだと、何もしてない時、重心の位置はナイフ全体の中央くらいにある。ちょうど握った時の人差し指に重さがある感じだな。でも、このナイフは振ってみると重心が一気に先端に掛かる。先の方が重くなるバランスだと振り回しやすい……っていう感じで、握った時と使った時の重心をチェックしとくわけだ」
お~、と。
ささやかな拍手まで頂くのであった。
「フーディもクロエも、色々と触ってしっくりくるやつを探してみると良い。単純にデザインに惹かれて買ってもいいし、見た目が好きって理由で買うのも全然アリだと思う」
俺は実用性だけで選ぶが、二人にまでそれを強要するつもりはない。
こういうのは好きの気持ちが先行しても良いと思うのだ。
あれがいい、いやコレもいい。
それ可愛い。でもこっちの方がしっくりくる。
二人してワイワイ相談して納得するナイフを購入する。
ちなみに買ったナイフの値段は二本とも真っ当な剣が買えるほど高額な代物だった。
店主に値段を言われて『え?』と目を点にしていたが、結局はお買い上げだった。
気に入った物を手にするのが一番である。なんせ今の俺たちには金がある!
武器屋を後にし、じゃあ次は装飾品のお店かな?
そう思っていたら二人は買ったばかりのナイフを握りしめて落ち着かなさそうにしている。
新しい物を使いたくて仕方ないのだろうな。
「ちょっと街の外に出るか? ナイフ、使ってみたいんだろ?」
ということで急遽、野外行動が開始されるのだった。
焚火用の木を切ってみたり、投げナイフとして使ってみたり、穴を掘ってみたり、軽い戦闘訓練ということで俺とナイフ戦をしてみたり、もちろん俺は素手だ。そして一発もかすらせたりしない。
そんなこんなで宝石付きの指輪のことはすっかり忘れていたのだった。