108話 ~3章~ 国宝奪還の栄誉
ふと気が付けば宙を舞っていた。
自由落下の浮遊感がやって来て慌てて受け身を取ろうする。
すると様々な感触が背中を押し返し、また空中に舞い戻るのだ。
なんだ何だ! いったい何が起きている?
首を捻って振り返れば大量の騎士が大喜びして俺たちを胴上げしているのだった。
なんじゃこりゃ!
「白面鏡が戻った!」
「国宝奪還の英雄!」
「竜を退けた英傑の誕生だ!」
歓喜の声がワッショイわっしょい言いながら俺たちを何度も担ぎ上げるのだった。
一通りの騒ぎが終わってアラゴルスタンが説明してくれたが、何でも俺たちは白面鏡と共に竜の口から吐き出されたのだそうだ。
『グエー! こりゃ敵わんわい!』と三下みたいな台詞を残し、黄金竜アンカラドは逃走したらしい。
多分、ラーダガースが竜と話をつけたのだろうな。
今も勝鬨をあげている騎士たちを横目に、俺はエレンイェルの姿を探していた。
どこだ?
竜の尻尾をくらって派手に吹き飛んでいたのだ。
もしかすると既に命はないかも知れない。
もしそんなことになったら、フーディはきっと悲しむだろう。
俺だって嫌だ。
せっかくあんなに仲良くなれたのに……。
誰しも浮かれ調子の中、俺だけが忙しくなく辺りを見回す。
「誰かお探しですか?」
「ああ、エレンを探している」
「えっ、アタシですか?」
横合いから声を掛けられ、ふと時間が止まった。
思わず目頭が熱くなる。
「お前だエレン! お前だよ!! 何だよ、生きてたのか!!」
思わずギュッと抱きしめていた。
なんでこんな元気そうにピンピンしているんだ!?
「うわぁ~! ヴィゴさん! ちょっ! あったかぁい……じゃなくてクロエさんが見てますよ?」
うわヤベっ。
後で何を要求されるか分からない。
早々に離れて問いただす。
「エレン! あの攻撃で無事だったのか……俺は、正直いうと死んだと思ってた」
「死んでましたよ?」
はぁ?
じゃあ何で生きてるわけ……?
「あのですね……内緒ですよぉ?」
エレンが背伸びして俺の耳にコソコソと話しかけた。
見るなクロエ。これはそういうのじゃない!
「アタシにかけられた魔術は、不死の魔術なんです。えーと、まあ厳密に言うと、死んだ瞬間に魔力と生命力が補充されてすぐに生き返るので、ソッコー生き返る魔術、ですね」
何だその反則級の魔術は……。
「元々、アタシも皆みたいに魔術を使えてたんです。月の光を扱う術なんですけど……お父さんに旅をしたいって言ったら、アタシの魔術の才能を全て不死魔術に変換するならいいよ~って話になって、それで……こうなったわけですね!」
まさかなぁ……という気がしてエレンに聞いてみた。
「もしかして、エレンのお父さんってさ、精霊王エレンミアだったりする?」
「えっ! そうですよ! 何で知ってるんですか!?」
いや、ただ歴史年表に書いてあった凄いエルフの名前を口にしただけなんだが……。
おいおい、世界は案外せまいんだなぁ……。
ま、何はともあれエレンが無事で良かった。
そうか。
アラゴルスタンがエレンの身を案じる事もなく戦闘を継続したのはこれを知っていたからか。
どんな強力な攻撃を喰らって死のうとも、復活の魔術があるなら心配無用である。
「ちなみにあと何回くらい生き返れるの?」と聞いてみた。
「えへへ、内緒ですよぉ? あと二百回くらいは生き返れます!」とのこと。
精霊王すげー!
ちょっとスケールが違い過ぎて驚き方もよく分からないくらいだった。
さて、それでは騎王国へ戻ろうか。
勇ましい笑い声と勝利を称える歌と共に、賑やかな騎士団が凱旋する。
情報は既に先遣隊の手によって伝えられていたのだろう。
国全体が祝賀ムードで俺たちをお出迎えだ。
アッシュもノリノリで翼をはためかせ宙を舞っている。
「俺は黒鉄の王アッシュ! 六王連合の一人にして戦と勝利を司る神! あとそれから空の王者! そんでもって聖なる炎の使い手!」
「でも火力勝負であたしに負ける雑魚!」
「うるせーぞ小娘! 焼き殺したろかァッ!?」
「え? その弱火で? どうやって? じっくりコトコトやるの? ちょっとちょっと~そんな野菜スープじゃないんだからさぁ!」
あ、やべ。
怒りのあまり空中で気絶した。
急に落っこちたアッシュは騎士がキャッチしてくれた。
何故か分からないが、またそのまま胴上げされている。
「いや~ようやく色々と終わりましたね! 借金も返済! 万々歳です。ヴィゴくん、これからどうします?」
カトレアも上機嫌でニコニコしている。
皆のポケットいっぱい、パンパンに詰まったお金があれば何をやるにしても大きなスタートを切れるはずだ。
大きな買い物も出来る。
何か事業をやるのも手だな。
装備一式の新調はもちろん、家だって簡単に買えるだろう。
国宝を奪還した俺たちなら誰よりも温かく受け入れてくれるはずだ。
しばらく根を張って生活するのも手かも知れない……かな?
今後の様々な展望が無数に沸き立つ泡のように浮かんで忙しない。
「カトレアは何するんだ?」
俺に聞いて来るくらいだからカトレアも何か明るい未来を想像しているはずだ。
「そうですね。色々とありますが、そろそろ私も自分の緑生魔術を強化したいな、と思ってたんですよ」
おお、それは良い。
戦力強化はあればあるだけ良い物だ。
「最近フーディちゃんの成長が目覚ましいじゃないですか? 何だか触発されちゃいまして」
いいねえ。
魔術組の皆で切磋琢磨して欲しいものである。
「ティントアは?」
順番にそれぞれのやりたい事を聞いてみたくなり次の人に振ってみた。
聞かれたティントアは複雑そうな顔で髪をかき上げながら言う。
「……状態の良い、持ち運びに優れた死体」
ああ、そりゃ難しい。
金で解決する……と言っても余計に怪しくなるし噂が立ちそうだ。
「サリみたいに強力な霊が居たら、いいんだけど、なかなか難しい」
「そうだよなぁ……まあ、また一緒に考えよう」
「うん。ヴィゴ、ありがとう」
フーディはどうせ『ハチミツの飴!』だからパスしてクロエに聞く。
「わたしはね、ヴィゴが買ってくれる宝石つきの指輪! ね? そうだよね?」
「あぁ、そうそう。そうだった。ちゃんと覚えてるよ」
「てか、わたしもヴィゴに買うよ。お揃いにしよ!」
まったくこの子ったら何て健気なんでしょうか。
お揃いの指輪くらいお安いご用である。
「ねーヴィゴ、あたしにも聞いてよ! なにするのー? って!」
ハイハイ。聞きますとも。
聞いてくれと言われたら喜んで聞きますとも。
「フーディはなにするの?」
「あたしは祝杯をあげます! お酒をガバガバ飲みますよ~! オーホッホッホ!」
カトレアの真似だ。
オーホッホッホ! なんて言ったことないが、声真似はけっこう似ていた。
あぁ、やっぱフーディの中でもカトレアって酒狂いなんだな。
「ちょっとフーディちゃん? なんです今の!」
珍しい。
思わぬ攻撃だったのかカトレアが恥ずかしそうにしている。
それから皆してカトレアがやらないカトレアの笑い方の物真似で盛り上がった。
しばらく”オーホッホッホ!”が流行りそうである。
登城、謁見。
アラソルディン陛下から直々にお褒め頂き、お待ちかねの盛大な宴が開かれる。
もはや言うまでもないほどカトレアは酒を飲み、フーディは飯を喰らい、ティントアはガハハハと笑い、クロエはベタベタとひっついて来る。
アッシュは知らない間にふんどし姿で踊っているし。
俺も相当に酔っていたのか、気が付けば上裸だった。
エレンが体温を求めて背中に抱き着いてくればクロエが怒り、悪ノリしたカトレアがやってくる。
何故か突然ティントアが、肉の固まりを俺の口に突っ込み、フーディがソレを見て盛大に吹き出していた。
アッシュとアラゴルスタンが素っ裸で相撲を取り始め、騎士団一同の応援に負けないよう、俺たちも声を枯らして応援する。
他にも色々とあった気がするのだが、記憶があるのはここまでだった。
狂騒とも呼べるほどに楽しい大宴会だったのは確かだ。