106話 ~3章~ 宝のありか
上下から剣山が迫る。
黄金竜アンカラドが開けた大口は、歯の一本一本が大振りな短剣とそう変わらない。
全霊を持って防御へ次ぎ込まなければ、即座の死を迎えることは明白だった。
一瞬のうちで指示を出す間も無かったが、俺たちの連携は冴え渡っていた。
アッシュが翼を広げ、俺たちを包み込む。
クロエとカトレアが壁となった大翼を補強する。
銀髪と植物による二重の結界だ。
俺、サリ、ティントアは突っ張り棒のように手足を突き出して竜の顎が閉じないように耐える。
……止まった。
どうにか嚙み殺されずに踏み止まっている。
「アッシュ! 翼は平気か!? いつまで持つ!?」
「クソほど痛ぇけど気にすんな!! いつまででも持たせてやらァ!!」
アッシュが崩れればそこで終わる。
クロエとカトレアの技では竜の歯に対抗できるだけの”面”が作り出せない。
「死ぬ気で踏ん張れよ! お前が死んだら全員が死ぬからな!?」
「分かってるわヴォケェ!! つーか手ぇ空いてる奴いねぇのか!? このままずっとは無理あんぜ!? 俺は正直1ミリも動けねぇ!!」
クロエとカトレアは無理だ。
俺たちの声に反応を返す暇もないほど集中している。
俺とサリが抜けても力の均衡が崩れて負けてしまうだろう。
なら、ティントアか?
いや、おそらくだがティントアの踏ん張る力を入れて尚、ギリギリのところで耐えている。
腕と足にかかる負荷の高さからはそんな予感を覚える。
「あの! ヴィゴ! ごめんっ、あたし何もしてないよ!」
え?
「ごめん! でもほら、あのさ! 背が届かないんだよ!」
翼の繭の中でフーディだけポツンと余っていた。
俺、サリ、ティントアが歯を食いしばる横で一人だけ背が低いので支える役目すら出来ないのだ。
それでも頑張ってピョンピョンしながら何かを頑張ろうとしている。
思わず和みそうになって気を引き締め直す。
「フーディの手が空いてる……アッシュ、翼に隙間をつくれるか? 少しだけ穴を開けられたら、そこからなら、口の中にフーディの魔炎砲を直接ブッ放せるんじゃないか!?」
「1ミリも動かせねーって言ったろ! ゆるんだ瞬間に終わるかも知んねーぞ!」
「アッシュの翼ごと撃っちゃう? 翼に風穴あけてもいいなら撃てるよ!」
「アホかクソガキ! 鬼かテメェは! どんな発想しとんだ! 保護者よんでこい!」
「フーディ、だいじょうぶ。アッシュならきっと、大丈夫だよ、頑丈だから」
放任主義の保護者ティントアがそう言った。
「お前が背中押してんじゃねーよ! なんでイチバン体張ってる俺が更にシバかれなきゃなんねーんだよ!」
でも他に方法なさそうなんだよな~……。
一切の余裕はないのだが、そんな調子で耐えていたら唐突な浮遊感を覚えた。
足元にあるアッシュの翼、その向こうから感じていた歯の圧力が消失した。
何が起きた?
力負けで押されたわけでは無かった。
それよりも、相手側が急に諦めたような、そういう抜け方だった。
謎の解放の後、高い湿度と闇に包まれて気付く。
飲まれた。
今、俺たちは竜の口の中に落ちている。
「ヤッベェ!! 食われた!! とりあえず全員俺の体掴んどけ!!」
大きすぎる体の中、生き物に食われたとは思えないような空間を落ちていく。
俺は闇の中を見通せる目があるからすぐに分かった。
何だ……ここは?
「……フーディ、灯りをくれ……アッシュ、全員が落ちないように、しっかり捕まえといてくれ」
炎術の灯火が空中に撒かれ、空間の全容が皆の目にも入る。
俺が先んじて息を飲んだように、全員が驚嘆の声を漏らしていた。
黄金竜アンカラドがいかに巨体を誇ると言ってもだ。
これはいくら何でもあり得ない。
ここはどこだ?
広すぎる謎の空間。
眼下には小島がいくつか浮かび、その周りは湖のように水が満ちている。
気が付けばいつの間にか空があった。
壁に絵を描いたような偽物の空ではない。
遠くには薄雲があり、天高くには日が昇り、西の空には渡り鳥が群れを成している。
「なにこれ……皆であの世に直行したのかな?」
クロエが縁起でもないことを口にしたがアッシュが否定した。
「いいや、俺の行ってきたあの世はもっと綺麗だったぜ」
「……何なんでしょうか、ここ……幻覚でしょうか?」
「とりあえず魔炎砲、撃ってみる?」
「ダメ、フーディ」
さすがに冗談だろうが、一応ティントアが手で制している。
「とりあえず降りるぞ。この人数だとずっと飛んでられねぇ。翼が消える前に着地しとかねーと」
あまりに得体の知れない事態にもう少し様子を見ておきたかったが、時間がないのでは仕方がない。
高度が下がって島の様子がはっきり見えて来た。
キラキラと何か光っている。
「うわ……ここもお宝だらけだ」
湖のような場所に浮かぶ小島には数えきれない量の金銀財宝が山と積まれていた。
やはりここは竜の体内なのか?
黄金の息吹に使われる無数の宝はここからやって来ているのかも知れない。
「よっしゃー! 変な場所ですけどとりあえずお金を回収しておきましょう!!」
えー……カトレア。
さっきの金策の指示もそうだったが、意外とがめついところあるなぁ。
まあ、こんな訳の分からない場所では仕方ないか。
やれる事をやって行こう。
お宝に向かって邁進する一同。
眩い黄金の山を五人が体全体で掘り進む。
これだけ莫大な量の金品があれば流石に払いきれるよな……?
もしこれでダメならどうすれば良いだろうか。
俺がそんなことを考えていた時だった。
今まで触れれば消えていた宝の山が急に体を押し返してきた。
まさか、ついに?
恐る恐る、足元の金貨を一枚、拾い上げた。
拾える! 手でさわれる!
思わず両手ですくい上げて空中にバラまいた。
空を舞う金の雨が、落ちて来てまた頭にコツンと当たる。
「呪いが解けた! 終わったぞ! 返済完了だぁぁああっ!!」
俺が叫ぶと同時に、アッシュ以外の全員が歓喜に打ち震えていた。
もう貧乏生活とはおさらばだ!
「今日からお菓子解禁だ! お菓子だけで満腹になるまで食べてやる!!」
金貨の海をザパーンと泳ぎながらフーディがニコニコしている。
「祝杯です! 今日は浴びるほど飲みますよ! 久しぶりに!」
嘘をつくなカトレア。
つい最近、潰れるほど飲み明かしていただろう。
「え~なに買おっかな! たまには宝石つきの指輪とか買っちゃおうかなー!」
黄金の山からクロエが転がり落ちてそんなことを叫んだ。
「くらえヴィゴ、黄金爆弾」
ティントアが両手でかき集めた金貨の山を俺に向かって投げつけてくる。
最高だ。金に触れるって、もう最高!
「……つーかよォ、これどうやって帰りゃいんだよ?」
アッシュのそんな一言で現実に引き戻されるのだった。