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105話 ~3章~ 黄金竜との攻防

 まったくもって俺たちに掛けられた負債の呪いは強情である。


 黄金竜アンカラドと会う前にも相当な額を返済した。

 それこそ、屋敷が建てられるほどには金を稼いだと思う。


 竜の吐く黄金の息吹を受け止めながら、今日だけで得た金額を考えた。

 屋敷で換算して、もう五軒が建つくらいの価値はあった気がする。


 これでもまだ借金を返し切れないのか……。


 イスタリオスに繋がり、黄金竜に会えなければ生涯をかけても返済が不可能だったのではないか? 

 そんな気がしてくるほどの莫大なカネだ。


「ヴィゴくん、どうです? 変化はありませんか?」


 カトレアが緑生(りょくせい)魔術で生み出した大木のウロの中に身をひそめながら、俺に声をかけた。よく見るとウロの中にはクロエも居る。


 安全な場所から植物のツタとクロエの銀髪でそこら中の金品をかき集めているらしい。


「変わらないな。いまだに触った瞬間お金が消えていく……正直ゾッとするよ。この竜に会えてなかったら一生借金生活だったかも……」


「そうですね……ですが、気を付けましょう。仮にも名付きの竜です。そろそろ何か仕掛けて来るかも知れません」


 黄金竜アンカラドは一定の距離を保ったまま動かない。


 アッシュを除く六王連合の面々に息吹による攻撃は意味がないが、俺たち以外には非常に有効だった。

 

 騎士たちが放つ矢を全て上塗りするような財宝の弾幕。


 ぱっと見ただけで、もはや戦える状態にない味方は大勢居る。

 重装備で盾を構えた騎王国の精鋭でなければ、もっと甚大な被害が出ていただろう。


 アラゴルスタンも仲間のために防御の構えを取らざるを得ない。

 彼一人の剣が叩き落とす(つぶて)の数は多い。


 騎士長が盾となり相手の攻撃を捌かなければ、後ろの数百人はとっくに死んでいたはずだ。


 じりじりと削られていくような状況だ。


 戦況を変える必要がある。

 動くなら、やはり俺か。


 負債の呪いが効いており、かつ足が速い。


 一度、竜に接近して気を引く。

 そしてアッシュとアラゴルスタンが攻撃に参加できる状況を作る。


 あの二人なら一度の接触でもかなりの打撃を与えられるはずだ。


 ……竜がまた息を吸いこんだ。

 この攻撃が済んだら仕掛ける。


 そう決めて黄金の息吹を待ったが、いつもよりタメが長い。

 黄金竜のギラギラと光る胸が、吸入の量に従って大きく膨らんでいる。


 まさか、更に範囲を広げられるのか……?


「クロエ! カトレア! 防御に回せる分はあるか!? たぶんデカいのが来る!」


 叫び返すような応答があり、二人の銀と緑が壁のように全面へ展開される。


 読みは正しかった。


 今までの数倍はあるような輝かしい光、日の光に煌めく恐ろしい攻撃が視界いっぱいを埋め尽くす。


 竜の全面攻撃、そしてこちらが展開した壁が、偶然にも視野を狭めていた。


 大きな地響きが一つ鳴る。


 竜の気配がずっと近づいて来ているのだ。


 俺とアッシュが、ほぼ同時に警戒の指示を叫ぶ。


「来てるぞォ! 盾持ってる奴は構え直せッ!!」

「すぐに立て! 動けない奴を下げろ!!」


 壁と弾幕のせいで起きた、もうもうと煙り立つ土埃。

 地を滑る竜の地鳴りと振動が目前まで迫り、そして顔を出した。


 この巨体をして何という恐るべし速度。


 サイズだけで言うなら、貴族の持つような馬鹿でかい屋敷と大差ない。

 それに爪と牙と翼があるのだ。


 まさしく化け物と言う他ない。


 いつの間にか懐に潜り込んだアッシュが拳を赤く光らせ、正拳烈火(せいけんれっか)を見舞う。


 どういう筋力をしていたらそんな事が出来るのか、竜の巨体が一瞬だけ浮き上がるのだ。


 俺も至近距離まで接近する。

 試したいことがあった。


 俺の見立てが正しいのなら……。

 

 刀もナイフも持たず、俺は素手で竜の体に触れる。

 金貨や財宝が張り付いて出来た、金色の体表、それに触れる。


 思った通りだ。

 竜の鱗と一体化した金銀財宝が一瞬にして消失する。


「アッシュ! 俺が触ったところを狙え!」


 顔をこちらに向けたアッシュが竜の灰色の鱗が露出した部分を見てニヤリと笑う。


「いいねぇ! マジでその呪い、この竜に相性良すぎだぜ!」


 アッシュの蹴りがアンカラドの体へ突き刺さる。

 さっきは黄金の鎧の上からでも巨体が浮くほどの衝撃だった。


 それが今なら直に響かせられる。

 蹴られた竜は明確によろめいていた。


 意図を理解したアラゴルスタンとエレンイェルが俺たちの居る懐まで潜り込み、剣を閃かせた。


 刃の中ほどまで深々と差し込み駆けずり回って乱れ切りだ。


 特にアラゴルスタンの放つ剣は尋常ではない。


 この一呼吸の間でいくらほど斬りつけたか。

 血飛沫(ちしぶき)をまき散らせ百を超す剣の軌跡を刻み付けていた。


 よし、この辺りで一旦は距離を取るべきだ。


 攻防は絶えず切り替わる。


 名付きの竜がこの程度で沈むとは思っていない。

 決して今のが軽傷とは言わないが、竜の体の大きさを覚えば臓腑(ぞうふ)に致命傷を与えるほどではない。


 俺、アッシュ、アラゴルスタンの認識は揃っていた。


 三方向に散って竜の体の下から離脱したが……。


「エレン! そろそろ離れろ!」


 目の端で捉えた少女はまだ剣を手に、竜の懐に居続けていたのだ。


 攻め時と引き際、容易には察せられない、この微妙な感覚。


 危機を感地する能力にも違いがある。

 それを、エレンにまで気を回せていなかった。


「ヴィゴさん! お構いなく、アタシなら平気です!」


 ダメだ、見えていない。


 いまエレンが上方に切り払った一撃、その後で竜は体を反らしたが、エレンの攻撃でのけ反ったわけではない。


 引き絞る弓の弦から手を離したような、反り返った竜の体が、巨体全体で持って大地を叩く。


 エレンは遅れながら対応を見せていた。

 どうにか下敷きになることだけは避けていた。


 だが、付近に及ぶ振動の被害からは逃れられない。


 反動によって空中に浮かされたエレンは、逃げ場のない宙で、風を巻き込んで唸る竜の尻尾が彼女を打った。


 俺は思わず奥歯を噛んだ。

 致命傷だ。今の一撃で死んだと言われても不思議はない。


 山の木々をいくつもなぎ倒し、エレンは後方に吹き飛んでいく。


「ヴィゴ! 気にするな。あの子なら平気だ」


 アラゴルスタン? 何を言って……。

 ……いや、集中力を欠いてはならない。


 今みたような光景は、俺たちが一歩を踏み外せば起こり得る自分の未来だ。


 いかに俺やアッシュであっても、あのレベルの攻撃をもろに喰らえばタダでは済まされない。


 熱くなりかけた血を冷まし、着々と次の攻撃に備えなければいけないのだ。


 竜は何度目か、黄金の息吹を繰り出し、そして今度は同時に跳躍してきた。


 黄金が煌めく中で器用に体を丸め、巨大な玉のようになりながら空中を落ちて来る。

 

 何をやらかすつもりか。


 玉の着地予想地点から距離を取り、六王連合の仲間を一旦、招集する。


「集まれ! 次に俺が竜の懐に飛び込んだら総攻撃を仕掛ける。フーディ、そろそろ魔炎砲は使えるか?」


「いけるよ! だいぶ休めた!」


「了解。アッシュ、さっきと同じ要領でやる。次は黄金の鎧を剥いだところに正拳烈火が欲しい。いけるか?」


「おうよ! 聖炎烈光(せいえんれっこう)でもいいぜ!?」


「やめろ、巻き込まれて俺が死ぬ」


 竜の着地を予想して立てた作戦が、途端に崩された。


 玉のような形となった竜から鋭く何かが伸びてくる。


 巨大な鞭のような尻尾だ、それが正確無比に俺たちへ向けて振るわれる。


 咄嗟に両隣のティントアとカトレアを突き飛ばす、配置が良かった。

 アッシュの方はクロエとフーディをカバーできている。


 頭のすぐ上を掠めた竜の尾は、死を意識させられる風の轟音を残し、同じように地面を打った。


 俺は歯噛みした。

 同じだ。


 また、同じように。

 エレンの時と同じように、今度は俺たち六人が宙へ浮かされている。


 気付けば竜の怒り狂う顔が、獰猛な、縦に割れた虹彩(こうさい)が、俺たちを間近で捉えていたのだ。


 大口を開けて寒気のする鋭い牙を向けて来る。

 全員、各々が防御姿勢を取る。これは正念場だ。


 眼前に迫る色の濃い死の気配へ、真向から対峙する。

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