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103話 ~3章~ 馬ノ神山にて

 馬ノ神山(まのがみやま)

 

 それが俺たちの行先だった。


「うちの騎馬隊を支える丈夫で足の速い馬たちは、この馬ノ神山(まのがみやま)に生息していた馬たちなんですよ」


 列の先頭を走るエレンイェルが俺たちに向かって説明してくれる。


「今はもう繁殖させていますので、そんなに馬ノ神山(まのがみやま)に向かうこともないんですが、平原じゃなくて山を好む馬なんて不思議ですよね~」


 確かに珍しい。

 起伏のある場所で育つからこそ、優秀な馬になるのだろうか。


 そう聞いてみたが、馬ノ神山(まのがみやま)から馬を調達していたのはエレンが騎士になるずっと前の話なのでよくは知らないそうだ。


 アラゴルスタンも会話に参加する。


「一応、正騎士になった時は、この山に入って自分が乗る馬を捕まえてくる……という習わしがあるんだ。僕の馬もエレンのも、この山に住んでいた馬なんだよ」


 なるほど。

 土地柄の文化というやつだな。


 俺たちがとてつもなく暇なら山の謎を解き明かしてみたい物だが、今日は生憎、竜に用がある。


 馬ノ神山(まのがみやま)の地形は話に聞いていた通り、かなり開けた地形をしていた。

 ほとんど丘と言っていいほどだ。


 馬で駆けられるくらいのゆるい登山道が続き、中腹の伐採地は野外演習で使われる大きな広場のようになっている。


 この広場の奥、そこに竜が居ると聞いている。


 ふと、アラゴルスタンが鋭い声を出した。


「目印の三本杉だ。全体止まれ!」


 手を真横に大きく広げた後で隊列はゆっくりと歩を止める。


 殿下が振り返り、群衆の中からイルデガルダの名を呼べば騎士の固まりの中からローブの女性がひょっこりと顔を出した。


「状況は? 変わりないか?」


「はい、変わっておりませんよ」


 イルデガルダはいつもの無表情で声だけ明るくそう返した。


 なにか目の魔術を使用しているのだろう。竜の姿を捕捉するためか、右目に手を当てたままの奇妙なポーズでアラゴルスタンと話している。


「ここから見える姿では、竜は相変わらず寝ているようですね。半日前からネコみたいに丸まってますよ」


「……よし、想定通り隊を運べたな。ここなら矢も剣も届く」


「見張りはどうしましょうか? 竜に飛ばれた時は面倒ですし、もう少し取り囲みます?」


「いや、十分だ。竜が気付く可能性もある。魔術師の数が減るのは我が国の大きな損失だ」


「で、殿下……身に余るお言葉です」


 イルデガルダは感動しているのだろうが、顔はシラーっとしているのでギャグみたいだな。


 突撃前の最終確認としてアラゴルスタンが隊列を調整している時だった。


 何の前触れもなく大音が響く。


「殿下! 竜が――」


 イルデガルダの声は風によって掻き消された。


 思わず目を覆いたくなるほどの突風がこの場を吹き抜けていく。


「イルデガルダ! どうした!?」


「……竜が、眠りから覚めたようです。我々の居る場所に向けて、翼で持って風を吹かせたのだと……思います」


「……フン。そうか、とっくに気付いていたという事か……いいだろう。全軍、進め! 竜の顔を拝みに行くぞ!」


 アラゴルスタンと共に丘を登り切り、ついに竜とまみえた。


 中腹の広場、その奥に居るのはまごうこと無き黄金竜アンカラド。


 陽光を浴びて光る黄金の体。

 

 噂に聞いたその姿は生きる宝とでも表現しようか。


 頭の天辺から尻尾の先まで、鱗の上にはびっしりと金貨や財宝が張り付いている。

 下地にあたる竜の灰色の鱗などほとんど見えないほどだ。


『来たか、騎士共』


 竜の声が頭に響く。

 不思議な声だ。


 頭の中からふいに湧き出たような、耳の真横で話しかけられたような、距離を無視して直接的に伝わってくる声だった。


『アラソルディンがおらんようだな。星伐八士(せいばつはっし)も揃えずに私を討つ気かね?』


 星伐八士(せいばつはっし)

 騎王が持つ異名の一つだろうか。


 アラゴルスタンが剣を抜き放ち応える。


「抜かせ、たかが竜一匹だ。父上のお手を煩わせる必要もない」


 アラゴルスタンが士気を鼓舞する。


「剣を抜け! 我が同胞! 

 竜殺しの伝説は今ここに成される!

 我らは騎王国が騎士! 

 この身、この技、我らの剣に切れぬ者なし!

 常勝不敗の強者(つわもの)共よ!

 強きこそ我が騎士の証明! ならばこそ今日(こんにち)

 いま再び! 大陸に轟くシャトロマの剣を振るってみせよ!」


 何百、何千の剣が鞘を走り、天を突きあげる。


 山が震えると勘違いするほどの(ごう)の重なり、木々に止まっていた鳥たちが気炎に驚き慌てて飛び立っていく。


「全軍突撃ッ!!」


 振り下ろされた剣先が合図だった。


 一番槍は俺たち、四元(しげん)の王、フーディに任されている。


「ティントア! カトレア! 始めるよ!!」


 馬からずり落ちないようサリに抑えられているのだけは少し恰好が悪いが、それでもここから先のフーディはとんでもない事をやらかす筈だ。


 いつも呪文の詠唱を無しに放つ魔炎砲(まえんほう)だが、今回は違う。


 二人の手を借りて威力の底上げを行い、一発目を放つ算段だ。


万能(ばんのう)加詠唱(かえいしょう)、揃え!!」


 フーディが一旦だけ区切り、ティントアとカトレアに目配せし続ける。


「一つ、引き絞る弓の(つる)

 二つ、大上段(だいじょうだん)轟雷剣(ごうらいけん)

 三つ、拍車(はくしゃ)を待つ駿馬(しゅんめ)

 四つ、回生(かいせい)の姫の(まぶた)

 五つ、戦端(せんたん)の一番槍

 後列五式(こうれつごしき)破棄(はき)を持って以上の滞留(たいりゅう)をここへ!

 ()王命(おうめい)四元(しげん)後塵(こうじん)(はい)せ!」


 フーディを挟むように配置された二人から目に見えるほど濃くなった魔力が渡されている。


 輝く赤色が、炎術使いの少女に渡り……。


「いま解き放たん。森羅(しんら)を焦がせ! 

 無垢魔炎術(むくまえんじゅつ)魔炎砲(まえんほう)!!」


 豪炎が猛る。


 いつもは両手で簡単に抱えられる魔炎砲が、何倍も大きくなっている。


 フーディが空にかざした手の上で小さな太陽のように熱を放っている。


 これ、どうなるんだろうか。

 もしかしてこの一発だけで竜を倒してしまうんじゃないだろうか。


 一瞬だけ山火事のことを考えたが、そう言えばフーディの扱う炎術は彼女の任意で火を消せるのだったと思い出した。


 特大の火球が黄金竜アンカラドに投げつけられ、炸裂する。


 見事に命中だ。


 竜がどうなったか見ようとしても火の勢いと爆発が凄まじくて確認の手段が一切ない。


「もう一発いくぞぉぉおお!!! ティントア! カトレア! もっと魔力ちょうだい! クロエは前の時みたいに髪の毛で魔力幅(まりょくはば)を揃えといて!」


 まだ行くのか!?


 フーディがノリノリで指示している。


 いや、これ。

 本当にフーディの魔炎砲だけで勝つんじゃなかろうか?

 そんな気がして来たのだった。



~~~ 魔術用語集 ~~~


万能(ばんのう)加詠唱(かえいしょう)


 術の効力を高める詠唱において、だいたいどんな魔術にも万能的に効果を高められる詠唱。


 本来は一人分の詠唱でよくやれても1.5倍が関の山なのだが、ティントアとカトレアが加わることで7~8倍くらい威力が増大している。


 ちなみに今回、フーディが使った詠唱は弓張(ゆみはり)(うた)と呼ばれている。


 一小節目の”引き絞る弓の(つる)”から名付けられており、


 その後に続く物事の全てが、解放される直前の力を指しているそうだ。


 その時々の現象を術の威力に転換して効果の底上げを行っているのだと(なんのこっちゃ!)


 もう一つちなみに、”後列五式(こうれつごしき)破棄(はき)を持って”

 と、フーディが詠唱していたが。この弓張(ゆみはり)(うた)は十小節まである詠唱なのだそうだ。


 なぜ途中で詠唱破棄したのかと言うと、フーディいわく「ど忘れしちゃった」テヘへ、とのことらしい。相変わらず可愛い……じゃなくて完全詠唱だとどのくらいの威力になったのか気になる。


 さて、これとは別に、

 少し気になってカトレアに聞いてみた事がある。


「この詠唱を覚えたら俺も黒弾逆巻(こくだんさかまき)とか強力になるの?」

「無理ですよ、だってヴィゴくん轟雷剣(ごうらいけん)とか知らないでしょう?」


 そんな感じで鼻で笑われたのだった。


 いや? 別に悔しくなんかない。

 ちょっと気になって聞いただけだし!

 そんなんゴウライケン? とか知らないし!

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