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102話 ~3章~ 竜の知らせ

 昼下がり、武器の手入れを終え、愛刀・薄葉灰影(うすばはいかげ)を鞘にしまった時だった。


 伝令役の騎士が部屋に転がり込み、エレンイェルに報告する。


「竜を捕捉したとのことです!」


 火急の報せを受けたエレンが、唇を真一文字(まいちもんじ)に引き結ぶ。


 俺の手によって編まれる途中だった三つ編が解け、勢いよく立ち上がった。


「アタシの預かる隊はどうする事になった?」


「デネソール様が受け持ちます! エレンイェル様は六王連合の皆様をお連れ下さいませ!」


「承知した。デネソール様に礼をしないといけないな……」


 今、部屋の中にアッシュとカトレアの姿はない。

 それぞれ訓練と図書室だ。


「ヴィゴさん! カトレアさんを連れて第一演習場まで来てください。アッシュさんはたぶん訓練中ですよね?」


「ああ、どこに顔出してるかまでは聞いてない」


「なるほど……伝令が飛び回っていると思うので集合に苦労はないと思いますが……カトレアさんを連れて来られる間に探しておきます!」


「分かった!」言うが早いか、俺は部屋を飛び立つ。


 竜が見つかった。


 斥候(せっこう)の騎士隊か、もしくは王宮魔術師たちの瞳術で捕捉できたのかも知れない。


 城内の様子は、さすが騎王国の栄えある騎士団だと感じた。


 これから強大な敵と事を構えるというのに、慌ただしさの中にも、決められた動きを守る整然さが伴っている。


 伝令、確認、要請……。


 城内のあちこちで必要な情報が何度もやり取りされ、何名を動かすのか、いつ揃うのか、型にはめていくような正確さで人の固まりがザッと一斉に移動していく。


 この角を曲がれば図書室だ、そういうところで角から顔を出すカトレアと鉢合わせた。


「あ、ヴィゴくん! これからすぐ発ちますか?」


「そうみたいだ! エレンはアッシュを探しに行っている。第一演習場で合流する!」

 

 カトレアが素早く頷き、俺について来る。


 手ぶらで出て行ったはずの彼女の手に不思議な物が握られてた。


 酒瓶だ。


 え……? まさか飲んでないよな?


「あのっ、カ……カトレア……あの、酒……」


「お酒? ああ、これですか?」


 そんな悪びれもせずに堂々と!?


「ちょっとヴィゴくん……誤解してませんか? ほらこれ、よく見て下さいよ!」


 グイ、と酒瓶を渡してくる。

 デカい葡萄酒だな。


「……高そうな酒だ……お金がないのにどうしてこんな……まさかカトレア……」


「……ヴィゴくん、何か失礼なこと考えてませんか? そうじゃなくて未開封でしょう? 一滴も飲んでませんからねっ! 騎士の方からの贈り物ですよ。私がお酒好きだと知って用意して下さったみたいです」


 俺の知らない間にそんな話が!?


「そ、それでぇ? どんな奴なの……そいつは?」


 俺の訝しむ目を見てカトレアが笑う。


「クロエの真似ですか? 別に何もありませんよ。私はあなたのカトレアですから」


 見透かすような顔でそんな事を言われた。


 別に本気で心配したわけじゃないが、その台詞はズルい。

 何かこう、反則的だ。

 

 俺は努めて真顔を作り「急ぐぞ」と言って速度を速めたが、悪戯な声が尚も追撃してくる。


「おや珍しい。ヴィゴくんも照れるんですね。少しスピードを緩めて頂かないと、あなたのカトレアはそんなに速く走れませんよ?」


 その”あなたのカトレア”ってやつ!


 この出撃前に何を言いだすのか、クロエに聞かれたら面倒この上ないが、カトレアは要領がいいので人に聞こえるところでは言わないのだろうな。


 からかわれたりしながら集合場所まで走るのであった。


 第一演習場には多くの騎士が詰めており上手く合流できるか心配だったが、それは一瞬で杞憂(きゆう)に終わった。


 いやぁ目立つ目立つ。

 赤髪のイカツイ天使が空に浮いているのだ。


 羽ばたいていないので、たぶんフーディが魔力で掴んで持ち上げているのだろう。


「おーい! ヴィゴ! カトレア! こっちだぞ~!!」


 大丈夫だよ。

 そんなデッカイ声出さなくても……。


 だいぶ遠くから見えてたよ。

 周りの声は様々だった。


「……あれが六王連合か」

「噂の食客は天使だったのか」

「髪の赤い天使がいるとは……」

「天使って何となく美人だと思ってた」


 どよめきが多いが前向きな意見も沢山あった。


「天使が味方なんて縁起がいい」

「きっと戦を司る勝利の神に違いない」


 うん。いいんじゃないか?

 アッシュの顔と姿はとにかく派手だ。


 騎士たちの威勢に繋がってくれるのは大いに期待出来る。


 アッシュのところへ合流すると俺の仲間の他、正騎士もズラリと揃っている。

 本格的な戦闘の時、正騎士たちは鎧の上からマントを羽織るのが習わしのようだ。


 鮮やかな青いマントを風に翻し、強者の空気を漂わせる彼らの何と頼もしいこと。


 その中の一人、筆頭の騎士アラゴルスタンが一歩前に出て力強い目を向けてくる。


「ヴィゴ。時は来たようだ。打合せの通り、一番槍を君たちに任せるが本当に構わないかい?」


「ええ、勿論です。うちのフーディはちょっと凄いですよ? 今まで見たことも無いような開戦の火花を御覧に入れてみせますよ」


「楽しみだ」と、アラゴルスタンが迫力のある笑みを見せた。


 事前に何度か話し合った結果、先陣を切るのは我ら六王連合という事になっている。


 幹部連中から外様(とざま)に任せて良いのか、という声も当然あったのだが、フーディの魔炎砲を見れば納得せざるを得なかった。実力主義かつ、殿下であるアラゴルスタンのお墨付きだ。


 この国の持つ上意下達(じょういかたつ)の素早さはに目を見張る物がある。


「では行こうか……エレン! 彼らの案内を頼む!」


 鎧を着こんだエレンはアラゴルスタンに素早く敬礼を返し、俺たちを先導する。


 騎王国の王城へと繋がる道は、実は二つある。

 一つは俺たちも通ったことがある三百階段だ。


 もう一つ、有事の際に馬で一直線に駆かけられるよう舗装された裏手の道がある。


 入国の際には全く気付くことが出来なかった。


 都市の高低差と街路樹を巧みに配置し、簡単には道が分からないような作りになっている。


 ティントアの手によって城門の前まで回されていた黒騎馬に乗り、六王連合とエレンイェルが先発する。すぐ後ろにアラゴルスタン、そして続々と騎馬隊が並んでいる。


 馬の蹄が鳴らす音、土煙、どこまでも続く甲冑と騎馬の列。


 その先頭に俺たちが立っている。


「いいねェ! やっぱり戦は一番前が最高だぜ!」


 アッシュが待ちきれない顔で後ろを見て叫ぶ。


 城から下りて見上げた裏道は壮観だった。

 

 近隣諸国最強の名を欲しいままにする騎王国が騎士団、その最前列を俺たちが預かっているのだ。


「フーディ! あっち着いたら派手にかましてやれよォ!? お前ちゃんと出来るんだろうな!?」


「あったり前じゃん! あたし一人で勝っちゃうから!」


 フーディも戦いの熱に当てられたのかテンションが高い。


 ティントア、クロエ、カトレア、全員共にやる気十分である。


「よおリーダー! なんかねぇのかよ? こういう時のカッコ付けはお前の役目だろうがよ!」


 アッシュがしたり顔で焚きつけてくる。


「今は俺の役目じゃないだろ。到着したらアラゴルスタンがやるんじゃないか?」


「馬ぁ鹿! 俺ら向けでいいんだよ! 今ここで何も無しは盛りさがるぜ? 何でもいいから景気の良いやつ言ってくれよ?」


 本当にこういうの好きだな。

 アッシュの顔を見て、それから全員の顔を見る。


 皆が期待を寄せているのが分かった。

 エレンまで何が始まるのかソワソワしている。


 ……仕方ないな。


 俺は六郎連合の証、指輪のはまった左手を突き上げて言い放つ。


「これより俺たちは竜を討つ! 

 相手は名付きの竜、黄金竜アンカラド! 

 相手にとって不足はない! 

 今日、六王連合の歴史に新たなページが刻まれるだろう! 

 竜殺しの英雄、その異名を取る! 

 騎王国と共に戦った勇者の名が各地を轟くだろう!」


 ひとつ息を切り、タメを作って、声を倍にして叫ぶ。


「今日、この日! 竜を打ち倒さんとする者は誰だ!?」


 アッシュが拳を振って雄たけびを上げる。


 応じるようにフーディが叫べば、ティントア、クロエ、カトレアが続く。


 エレンも、そしてアラゴルスタンも天に向かって吠えた。


 そうなれば後ろに続く騎士たちも静かになんてして居られない。


 城まで続く鬨の声がどこまでも響く。

 国中が震えるような大声量がこだましている。


 俺は、別に戦場に向かうのが特別に好きというわけではない。


 だが、この高揚感。

 血が熱くなるような感覚。


 ここにしかない物がある。


 それが嘘ではない事は、全身全霊が教えてくれたのだった。

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