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101話 ~3章~ 白昼夢の階段

 今日も今日とて訓練に励むアッシュ。

 俺たちはそれを部屋の露台から眺めていた。


 露台では朝食後のティーセットが用意され、サクサクした焼き菓子を頂きながら香り高い茶を楽しむ。


 嗜好品を食べたり飲んだりしながら眼下に広がる騎士たちの威勢の良い声を聴くなんて、まるで自分たちが貴族になったかのようだった。


「いいのかな? なんか毎日、至れり尽くせりで申し訳ない気もする」


 クロエが葉巻のような形をした長細いクッキーに手を伸ばす。

 気に入ったようで、さっきからそればかり食べている。


「いいんだよ! あたしたち触角(しょっかく)だからね!」


「フーディちゃん、虫の頭についてる触角(しょっかく)のこと思い浮かべてません?」


 虫の触角をつけたフーディの姿が脳裏に浮かぶ。

『あたしたち触角(しょっかく)だからね!』の台詞つきだ。


 食客(しょっかく)の意味をカトレアが教えてあげているが、字面だけ見ると”食べる客”とは、まさしくフーディだな。


「腕を見込まれての客人ですから、いいんじゃないですかね?」


 世話役とは名ばかりのエレンイェルが同じように席につきクッキーを一枚つまむ。


「皆の仕事は後に控えているわけですし、竜退治の時までゆっくり休んでもらうのが仕事ですよ! たぶん!」


 エレンの世話役の仕事は……? 

 という感じだが、側仕えの使用人のようになって欲しいわけではないので別に今のままで良い。


 むしろ厳めしい顔で甲冑フル装備の騎士が部屋の隅にずっと居たのでは落ち着かなくなる。


 ふと、階下でどよめきが起こった。

 見ればアラゴルスタンが木剣を持ってアッシュと対峙している。


 昨日から数え、これで三本目の勝負だ。


「ティントア、いまサリを呼べる?」


「呼べるよ。……出てこいサリ……え? なに言ってる? いいから早く出ろ」


「――ちょっ! ティントア様ぁ!!」


 相変わらずティントアはサリに容赦ないな。

 慌てふためく様子で赤い灰の中から出てきたサリだったが、なにか不都合があったのだろうか。


 赤面して固まっているサリだが見たところおかしな点はない。

 いつも着ている赤い甲冑ではなく、俺たちのような白いシャツ姿だが、それ以外は別に普通だ。


「あの……皆様、こんな格好で申し訳ございません。その……少し休んでおりましたもので……」


 ああ、鎧を着ていないことが失礼にあたる、みたいな話だったのか。


 ティントアがやれやれと肩を竦めてみせると、サリは喜色を滲ませながらもじもじしていた。

 う~ん、相変わらず複雑な人だな。

 

「あのぉ……ご用でしょうかヴィゴ様。すみませんこんなはしたない恰好で」


「いや、別にそんなことは……鎧なんていつも着てなくてもいいし、なあ?」


 皆に方を向いて同意を得ようとするとエレンだけ妙な顔をしていた。

 ああ、そうか。サリに会ったことなかったか。


「ティントアの使い魔みたいなものだよ」と、軽く説明しておく。


「用ってほどの物でもないけど、サリの感想を聞きたくて呼んだんだ」


 俺が視線を下に向けるとちょうどアッシュとアラゴルスタンが戦い始める時だった。


 驚異的な拳の速度と剣の速度、素手と木剣のやり取りだが、それでも当たれば即死しそうな勢いで攻防が繰り広げられている。


 ほとんど五分。

 俺の目算では薄皮一枚分だけアッシュが強い。


「アッシュ様も大概な強さですが、お相手の騎士様も相当なものですね」


「サリから見てどっちが強い?」


「……今の現状であればアッシュ様ですね。相手方も木剣ですしね」


「真剣なら?」


「騎士様の方がやや有利でしょうね。……アッシュ様も木剣を真剣に見立てて動いておりますが……あの騎士様は実際の剣の方が得意でしょうし、木剣と真剣では間合いも重さも、圧迫感すら変わってきます。故にアッシュ様が不利かと存じます」


 ふむ。

 俺と同じ所感だな。


 まあ、アッシュの場合、灰銀(はいぎん)籠手(こて)と天使の翼は未解禁だ。


 そこを足した上でどうなるのか? という話もあるし、逆を言えばアラゴルスタンにも隠し玉がないとは言い切れない。未だ未知数だ。


 心配なのは強さを求める両者が行き過ぎてしまわないか、という懸念。


 試合はあくまで試合である。

 どちらからともなく『死ぬまでやろうぜ』と言い出さないか、そこが心配なのだ。


 考えすぎだろうか。

 そうは言っても俺に二人の心は分からない。


 アッシュも命を無駄にする気はないだろうが、アイツが矜持(きょうじ)を賭ける場面を正確に掴むのは難しい。万事恙(ばんじつつが)なく無事に終わることを祈るのみだ。


「あっ! ……そうだ、忘れるとこだった。陛下が皆をお呼びでしたよ。アッシュさんの朝稽古が終わったら来るように~、とのことです」


 何の御用だろうか?

 また俺が辱められてカトレアが笑うところを見たいのだろうか。


 稽古が終わるのを待ち、アッシュに話をすると汗だくのまま王の元へ向かおうとしたので全員でシバいて強制的に水浴びさせる。


 たぶんアラソルディンは半裸のアッシュが汗まみれで現れても『構わん』と言いそうだが、周りの目という物もある。


 俺たちは国が迎えてくれた客だ。周りが礼を尽くし身の回りの世話までしてくれる。


 だからこそ「こちらも礼を欠いてはいけないのですよ? アッシュくん!」と言いながらカトレアが半裸のアッシュに石鹸をすり込んでいる。


「わーったよ! 自分で洗うから離れろお前ら! うっとうし――クロエッ! 髪で触ってくんじゃねえ! バレてねーと思うなよ!?」


「さ、サワッテナイヨー」とクロエが無実を主張したが誰も信じないのであった。


 小綺麗にして王の元へ向かう。

 

 これで謁見も三度目だが、今回も含め正装で向かったことが一度もないとは、騎王の懐の深さに驚くばかりだ。


 六王連合が集まり、騎王の前で最敬礼(さいけいれい)をしようとしたが「いらぬ、良いから座れ」と先をこされる。あらかじめ六つの椅子が用意されており、そこに座れということらしい。


 案内の終わったエレンイェルがこの場を去ろうとして頭を下げたが騎王が引き留めた。


「エレン、お前も聞きなさい」


「はい!」


 すぐ横でビシリと背筋を正す。

 俺たちの前ではいつもラフな感じの彼女だが、一番偉い人の前では流石にキビキビしているな。


「エレン? 何をしておる」

 

 騎王が不思議そうな顔をして自分の膝をポン、と打った。


「ええ~! 陛下ぁ、お客さんが……アタシもそんな子供じゃないので恥ずかしんですけど……」


「よいよい、構わんだろうそんなもの。この者たちとは親しくしておるのだろう?」


「まぁ、そりゃあハイ。みんな凄い楽しい人ばっかりですけども……」


「それならば構わぬではないか。ほれ、王命である。はよせい」


「そんな軽々しく王の命令しちゃダメですよ……」と言いながらトコトコ歩いて玉座の王の上に座った。


 なるほど。

 好々爺(こうこうや)の膝の上に居る孫娘の図だ。


 騎王に可愛がられていそうだな、とは思っていたがこれほどまでとは思わなかった。


「では、お前たちを呼んだ理由を話そう」


 そのまま話すのか……。

 いや、まあアンタの国なので好きにすれば良いが……。


 膝の上にエレンを乗せている以外は真面目な口ぶりだった。


「この中に、白昼夢(はくちゅうむ)の中で階段を登ったことがある者はおらんか?」


 白昼夢の階段……。

 いったい何の話だろうか。


「高みにある武芸者が戦闘中のふとした瞬間に、その階段を登る夢を見る事がある。

 それは武芸者の行きつく先、極致の領域を訪れているのだ。

 ……束の間の夢を見たのち、世界は一変する。

 音は消え、静けさの中、自分の鼓動だけが聞こえる。

 止まったかのような時間の中で自分だけが未来を見ているような、超然とした感覚を得る」


 騎王アラソルディンはそこで言葉を切り、俺とアッシュを見て言った。


「そこへ足を踏み込んだ事があるか否か、(わし)とお前たちの違いはそこにある」


 騎王との間にある実力差、その絶対的な壁の存在。


 アッシュは思わず身を乗り出していた。


「それは、どうすれば……その領域に行ける? 行けますか!?」


 ひどい言葉遣いだが善処しようとはしているみたいだ。

 

「分からん」


 放り投げるような台詞だったが、騎王自身にも不明瞭なのだろう、本当に心の底から分からない。そして分かりたい、といった感情が見えた。


「……息子のアラゴルスタンも、白昼夢の階段を見たことはない、と言っておる。年の頃を考えれば、当時の儂よりも彼奴(あやつ)の方が剣の腕は上だ……だと言うのに、武の極致には未だ至れておらぬ」


 アラソルディンは膝の上にいるエレンの頭をひと撫でして続けた。


「この騎王国で極致の領域へ踏み入った者は儂だけだ。その世界を体験した者は、知り合いの中に僅かばかりおるが……儂を含め、どうも参考になりそうな話は出来そうもない。体験者の感覚はてんでバラバラなのだ」


 階段を登る白昼夢。

 武芸者の行く果て、極致の領域……。


 そんな世界があるとは、にわかには信じ難い。

 だが、騎王をして偽りでからかうために俺たちを呼んだとは到底思えなかった。


 次代の育成のためにも、その世界へ踏み込む手掛かりが欲しかったのだろう。

 生憎だが俺たちの誰もその世界へ到達したことは無かった。


「アッシュよ。前の機会では、届くと思った時また会いに来ても良いかと儂に問うたな? お前がその世界を見た後は、必ず儂を訪ねて来い。勝負をしても構わんが……それの他にも、今は話せぬ”先”の話が出来るだろう」


 アッシュが真面目な顔をして何度も頷く。


「分かった! あ、分かりました!」


 俺たちが謁見の間を去る間際、アラソルディンが気を使ったのか、こんなことを話してくれた。


「ここまで話して言うのも何だが……あまり考え過ぎるなよ? 求めすぎても疲れるだけだ。アラゴルスタンもここ数年はそれで悩んでおる。アッシュ、お前との出会いを邂逅(かいこう)と言い放つ程に、まるで天啓(てんけい)のように話しておったわ……まあ、引き続きアレと遊んでやってくれ」


 王家は、ただの親子ではいられないのだろう。


 アラゴルスタン殿下の持つ剣の才能を持ってしても、摩訶不思議な極致の領域とやらには未だ踏み込めていないのだ。


 騎王国内でどんな話が回っているかは分からないが、町道場の師弟のように気安く運べる物事でないのは確かだ。


 そんな領域があるのなら……アッシュはともかく、俺に資格はあるのだろうか。

 武芸者と一括りにされた時、剣一本で身を立てるような気概や覚悟は俺にはない。


 出来る出来ないではなく、柄ではないのだ。


 騎王は俺とアッシュの目を見て話してくれた。

 だが、どうにも自分には、どこか遠い世界の話に聞こえてしまうのだった。

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