凶器の頭 【3】
毒を煎じたお茶を出されたように開口一番罵倒から始まった。ヤンキー口調で、それでいて滑舌良くて、汚い言葉ならよう舌が回る。マシンガンのように含んだ毒を返そうとしたルーシーを寸前でサンサが止めた。
「逃げるよ!」とサンサはルーシーを引っ張って、それを追いかけ始めるリーゼント族。この両者の逃走劇が幕を切って落とされたわけだが、何故追いかけられているのか釈然としないジャスミンは「あいつらなんなの!?」と叫んだ。
「多分人攫い」とベルは答えた。
相手は小勢とはいえ、リーゼント族は水陸のクマノミに乗っていた。全長2.5メートルに足四本のついた魚。体には白いラインの模様が2つ入っており、オレンジの体の背に鞍を取り付け、そこに人が乗って手綱で操作していた。基本的には馬と要領は似ている。海でも陸でも移動が素早く、人間の足では簡単に追いつかれる。ただし、狭い通路に入ってしまえばクマノミに乗ったままでは追えない。そして、直ぐ近くには建物が沢山ある。ルーシー達は建物のある通りへと逃げるが、そこに狙っていたかのように他のリーゼント族が待ち構えていた。
「挟み打ちにされた!」
ベルは直ぐに次の手を考えた。目の前には鉄パイプを持ったリーゼント族。後方にはクマノミに乗った仲間が直ぐそこまで迫ってきている。
「大人しく捕まるなら痛い目にあわずに済むぜ? さぁ、観念してこっちに来るんだ」
ベルは渋面をつくった。
そこに、さっきのリーゼントがクマノミに跨って私達の前に現れた。
「お前達は本当に馬鹿だよな。ただあのまま学校にいれば卒業すれば大人になれたというのに、お前達は何故そんなにも苦しそうに藻掻き回ってるんだ? そんなに急がなくたって大人になれただろう。お前達のしてる事は単なる遠回りだ。結果、お前達は俺達に捕まって今より惨めな人生を送るんだ。お前達は本当に大馬鹿者だよ。お前達は教育だけじゃなく人生までも放擲したんだ。学校に真面目に通ってる奴らと一緒にいれば、まともでいられただろうに。俺はお前達に同情しないぜ」
すると、ルーシーが「聞き捨てならない」と言ってそいつの前に出た。サンサは「ちょっと」と言って止めようしたが、それをベルが遮った。
「ルーシーの好きなようにやらせよう」
「でも……」
ベルは空を見上げた。その意図を読み取ったサンサは頷いた。
「学校に行くのがそんなに正しいことなの? 私には全然分からない。必要な人だけ行けばいいじゃん。私にはやりたいことが他にある。好きな事はあの学校にいたら出来ない。それに、先生達はそもそも私達一人一人を見てるわけじゃない。生徒という固まりでしか見ていない。そこに成績という優劣をつくり、出来ない子には冷たく、できる子には優しくして差をつけるんだ。出来ない子は不良品、その子は将来もきっと貧しいままだって決めつけて口にはしなくても心の中ではそう思っている。あんな学校にいたらあの教師みたいな大人になっちゃうよ! 私はそれが嫌だから学校をやめたけど、別に今も後悔してない。あなたはどうなの?」
「……」
実のところ、リーゼントも学校へは通ってなどいなかった。世の中の不満をぶつけるように荒れてた頃、そこで見つけた自分が生き方が今だった。
「私もあなたも結局普通の人に比べたらまともじゃなかっただけ。それで私達の価値観が決められるわけじゃない。自分の価値は自分で決めるし、私の人生をとやかく言われる筋合いはない。あなたもでしょ?」
「あぁ、そうだ。だが、お前この状況を分かって言ってるのか?」
「それはこっちの台詞」
ルーシーの目がキリッとした。単なる虚仮威し……というわけではなさそうだ。だとしたらなんだ? ふと、リーゼント男は空を見上げた。そこに天使達が飛んでいた。いや、正確にはあちこちにあった像だ。魔法が発動し、生き物のように動き翼を使って飛び回っている。
リーゼント男は舌打ちした。
天使は騒動の発端を対処しようとリーゼント族に襲いかかってきた。数人は逃げ出し、数人は鉄パイプを振り回したが、簡単に避けられ振り回した腕を捕まえると、腕を掴んだまま空へと持ち上げた。数人の男達の悲鳴があがる。クマノミに乗っていたリーゼント族はクマノミを走らせ逃走を始めた。天使の像をクマノミの突進で一つは破壊し天使を粉々に砕いたが、空からもう一方の天使が操縦するリーゼントを捕まえると、そこから引き剥がし天使は男と悲鳴を一緒に空高く飛んだ。
操縦者を失った二体のクマノミはその場で止まり困り果てた。それを見たベルは「あれなら海を渡れる」と皆に提案した。
「でも、私達クマノミの操縦方法知らないよ?」とサンサは言った。
「馬なら私はある」
「私は無理だよ」とジャスミンは言って、サンサも「私もよ」と答えた。
「なら、ルーシーとサンサ、私とジャスミンで行こう」
「決まり! 私、あれにする」と言ってルーシーは狙いを定めたクマノミに向かって走り出した。
「ルーシー、操縦出来るの?」
「なんとかなるでしょ」
「えっ!?」
ルーシーはクマノミに乗り込み、その後ろにサンサが乗った。もう一匹のクマノミにベルとジャスミンも乗り、ベルは手綱を握った。
人が乗ったと分かるとクマノミの目が変わり黒い瞳を大きくした。
ベルはクマノミを蹴ると、それを合図に走り出し海へと飛び込んだ。クマノミは海に浮かびながら泳ぎだし、ルーシーも見真似でクマノミを走らせ海に飛び込んだ。大きな水飛沫で二人はびしょ濡れになり、ルーシーは大笑いした。その後ろでサンサは「もう……」とうんざりしていた。
船は手に入らなかったが、移動手段を手に入れたルーシー達はそのまま都会から離れ海の上を移動した。