女王
ルーシーは別世界に来ていた。そこでまず先に見たのは百日紅の花であった。綺麗な花だが、さるすべりのすべりという言葉で勝手に不吉に想像する人達がいるが、花にしてみれば迷惑な話しだろう。ルーシーのいた学校にも百日紅を植えない習慣というか決まりというか、そういった謎ルールがあった。そんなことで進学に向けた受験が滑るわけでもあるまい。
思えば、別世界に来たというのに百日紅や草や木とか、どれも他の世界にあるような植物ばかりで、皆違った植物が見れると思ったけど案外そうでもなかったなと今更ながらに気がついた。土も水も同じだ。だが、それを言うなら人もそうだろう。どの世界にも当たり前に人がいて、鼻と目と口と手足が二本ずつある。
世界は元々一つだった。そこから派生していったなら、似た光景になるのも説明がつく? のかもしれない。
だからなのか、文化も経済も政治も社会も全く未知ということはない。例えば、王政なのか民主主義なのか社会主義なのか、それ以外なのかといった区別が出来るし、法律やルールがあるのは同じだ。未知と無知は同じではない。私は単にまだこの世界を知らないだけで、しかしこれまでの経験から推測が出来るとしたら全くの未知とはならないだろう。
百日紅から目を逸らすとそばに道がある。道一つで経済力を想像することも出来る。アスファルトなのか石畳なのか、それとも凸凹の荒れた道なのか、道っぽい道なのかとか。ルーシーのいる周辺は緑豊かで田舎の辺鄙な場所かもしれない。その辺鄙な田舎でも舗装された道であればそれなりに経済力のある国だと想像出来る。しかし、ルーシーが見たその道はアスファルトでも石畳でもレンガでもなければ土でもなかった。動く歩道オートウォークだった。
想像よりこの世界は遥かにテクノロジーが進んでいるのかもしれない。
ルーシーは少し迷ったあとにそのオートウォークの上に乗っかった。速度は速すぎず遅すぎず。今の場所から東へ遠くの景色を眺めるとそこには連山が見えた。だが、その途中に建物らしきものは見えない。今度は西の方へ振り向く。あるのは鬱蒼とした森だった。ルーシーはその森を見て不思議と見られている気がした。森の中に住人が佇んで此方を観察しているみたいに。どうしてそう感じたのかは自分でも分からなかった。とにかく、ルーシーは森から視線を外して前方を見た。もしかすると、人ではない生き物かもしれないし、気にし過ぎなのかもしれない。
ルーシーは暫くそのオートウォークに乗っていると、向こうから逆方向に進むオートウォークに乗っている人が見えてきた。それは徐々に明らかになり男性で大人であることが分かった。男は一人だ。ジーンズに半袖姿で肌はルーシーと同じ色。その男は向こうからやって来るルーシーを見て狼狽え後ろを振り返ったり奇妙な行動を見せた。
二人の距離が近づくと男は「女がいる……」とルーシーを凝視しながら、二人はすれ違った。ルーシーは向こう側へ飛び乗り、男を追った。男はルーシーが追いかけるのを見て走り出した。ルーシーは「ちょっと待ってよ」と走り出す。
そして、オートウォークの上を二人が暫く走り続け、ルーシーは遂に男の服をつかまえた。だが、その服は簡単に破れ裂けてしまい、男はそのままオートウォークの上に正面から転げた。
「なんで逃げるのさ」
「だって……君は女だろ」
「は?」
ルーシーは呆れて苦笑した。
「女だから逃げたって……どんな理由よ」
「なんでもするから逃してくれ」
「何もしないよ」
だが、男は黙ったまま破れた服を持ち上げた。
「それは不可抗力。ごめんって」
「……本当に女?」
そんなことを聞かれたのは人生で初めてだった。
「男に見える?」
「いや……でも、俺の知っている女性じゃなかったから」
「それってどういう意味?」
男はルーシーの質問の意味が分からなかった。何故そんな質問をするのか?
「ねぇ、聞こえてた?」
「え? あ、あぁ……どういう意味かって質問だろ?」
ルーシーは頷く。
「そりゃ、君が俺に謝ったから」
「はい?」
「え?」
「いや、意味が分からないんだけど。1から説明して。あなたの知る女性について」
変な質問だと思った。女性がどんなか女から聞かれたからだ。男はとりあえずその子の言う通りに1から説明しだした。
男が説明したのは以下の通りだ。
女性が初の大統領になってから女性有利の女主権国家へ変えられたところから始まる。それまでは女性の社会進出の期待の中で初の女性が大統領選へ立候補し、大きな注目を浴び、女性が行う政策に期待が寄せられていた。初当選を果たしたその女大統領は最初は不平等の是正に取り組んであたが、徐々に女性に有利な制度を立ち上げ出す。最初は出産した女性に会社はその女性を出世させるよう義務付ける制度、従った会社には国からお金が送られるようにし、逆に背けば減税対象から外したり増税したり罰則を与えるようにした。出生率が上がり、それなりの支持はあったが、男性からは不平等だと不評だった。女性と男性に乖離が生まれたのはその頃だ。男性の言い分としては会社から離れ長期間休んでいる間に男はその分の仕事をしているのにそんな自分達より早く出世出来るのは不当だと言う内容だが、それで女性が社会で活躍する機会が奪われ男性社会、女性は出産を諦めなければ出世出来ない社会に対抗する画期的な制度だと主張した。だが、多く働いている者が出世や評価されないのもどうかという声は少なからず女性側からも出ていた。
しかし、まだ大統領の考えは是非はともかくとして理解の範囲だ。そう言えてしまうのはその後に行われた多々の改革にあった。
次に大統領が目につけたのは養育費不払い問題だった。離婚後に親権を持った片親の中でも母子家庭を中心に男性側の養育費の不払いが発覚し、それを改善させる為に国が肩代わりでその家庭に支援する一方で、その分の費用を男性側から徴収するものだ。問題はそのやり方だった。子どもの為にとあれこれ習い事をさせても、上限はなく、全ては男性に請求がいくからだ。男性は口座から強制に引き落とされるし、財産差し押さえもされ家や家具、全てが徴収され一斉に路頭に迷ったからだ。更に請求は続き、強制労働も当たり前だった。また、これを悪用する女性が現れ結婚して直ぐに離婚後、贅沢をする女性が続出した。上限を設けるべきだ、常識を考えろと議会は反発したが、大統領令により強制的に施行された。勿論、一人の王様をつくらないよう民主主義は存在し、議会がある。国の憲法でも最初にくるのが議会で、次に大統領、司法と法律が続く。大統領令は強制力があるが、それを無効に出来るのは議会と司法にあった。しかし、既に司法は大統領によって自分に従う裁判官に変えられており、議会が無効にしても裁判で争い大統領が勝利すれば再び大統領令の効力が復活する。こうして、男達は女性を怪物のような脅威なる存在として見る目が変わり、次第に男女間の亀裂は更に深まった。
女性大統領の誕生から二年、議会は過半数以上が女性議員になり、それを期に大統領は新たな大統領令を発令する。それは取り戻し獲得した女性の権利を男に再び奪われないようにする為に男性の公民権を無期限の停止とするものだった。
それは男にとって悪夢の始まりだった。
同時に男にとって当たり前にあったものが女性にはなかった時代があり、皮肉にもそれを思い知るきっかけになった瞬間でもあった。
「この世界の女、こわっ!」
流石の自分でも驚きを通り越した。まさか、この世界ではこんなことになっていたとは。
「その大統領は大統領の任期まで変えて、もう20年続いている」
「独裁とやってることが変わらないな」
「そうさ。皆、あの大統領を女王と呼んでるよ。実際、司法も法律も女王の支配にあるんだからね。しかも、裁判官は女だ。男が裁判にかけられでもしたら求刑通りの判決がほぼ確定で出る。裁判なんてもう名ばかりさ」
それは女を見て逃げる気持ちも分からなくない…… 。
「言っとくけど、私はそんなんじゃないからね。女王と一緒にしないで」
「ああ、分かったよ。すまなかった」
「しかし、凄い女王だね。話しがうまくいき過ぎ」
「あぁ、それは同感だ。中には魔女だっていう噂もあるくらいだ」
「魔女?」
「あぁ。その大統領は森深くの塔みたいな場所に普段は住んでたからそういう噂が立ったんじゃないのか?」
「塔? それ、詳しく教えて」




