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ラン・ルーシー  作者: アズ
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選択

 雨が急に降り出した。スタンフィールドは空を見上げた。灰色の分厚い雲は無く、青空が広がっていてまるで天気雨のようだったが、厳密にはそれは空ではなく頭上に浮かぶ巨大な海だった。その海の中で魚のかたちをした白い雲達がルーシーが生み出した海に沈み死んでいくと、かたちが崩れ徐々に海に溶け込むように消滅していった。

 スタンフィールドは頭上から視線を落としルーシーを見た。ルーシーの目元は前髪で隠れ彼女が今どんな目をしているのかスタンフィールドには分からなかった。

「成る程。その大量の水をそのまま地面に叩き落とせば、どこかにいる私もろとも沈め私を消滅させることが出来るだろう。だが、それは無関係な人やそこにいる君の友人まで巻き込むことになる。君に果たしてその選択が出来るか? 世界を滅ぼそうとする私を倒す為に無関係な人間を犠牲にする選択を」

 サンサは「ルーシー」と叫んだ。ベルもサンサの横で「それは駄目だ」言う。シーラはむしろルーシーの選択を信じて黙って彼女を見続けていた。

 ルーシーは顔をあげ、濡れた前髪から僅かに濡らした目元が見えた。

「ルーシー……」ジャスミンにはルーシーが選択をまだ迷っているように見えた。

 実際、ルーシーは迷っていた。この選択次第でこのスタンフィールドを逃すようなことがあれば、奴は他の世界を次々と滅ぼして大きな犠牲を生み出すだろう。だけど、それを阻止する為に無関係の人を犠牲に出来るのか? そこには年寄りも子どもも友達も含まれる。

「駄目だ……」

 ルーシーにその選択はとれなかった。

 それを見たスタンフィールドは笑みをこぼした。

「せっかくのチャンスをお前は逃した。このチャンスはもう二度と訪れることはない」

 ルーシーはハッとして人差し指を突き出し水鉄砲を発射したが、当たる手前でスタンフィールドは突然雲散霧消のようにルーシー達の前からいなくなった。




 それから数日、雨が降り続いた。絶望的な世界の沈黙を消すように雨音が地面や窓を叩きつけた。変わらないその空はもうそこにはなかった。




◇◆◇◆◇




「ルーシーは?」とベルが戻ってきたサンサにそう尋ねた。サンサは首を横に振った。

「部屋にこもったまま」

「そうか……」

 スタンフィールドがいなくなってから数日、ルーシー達は学生寮を寮母の許可のもと使用していた。そのルーシーはというと、それからずっと部屋にこもり部屋を出て来ない日が続いていた。サンサ達もルーシーを無理に部屋から出してスタンフィールドを追おうとは言えなかった。スタンフィールドをどうにかできるとしたらルーシーだけだ。その負担を彼女だけが背負うことになる。本当なら、それでも世界の為に今すぐルーシーを部屋から無理矢理でも出すべきだ。だが、明らかに格上だったであろう男が死に、スタンフィールドや組織との戦いが命がけであることをより思い知った以上、友人として背中を押してやれないでいた。こうなると残されたサンサ達はルーシーの選択を信じるしかなかった。

「ご飯は?」とジャスミンが尋ねるとサンサは「ドアの前に毎回置いてあるけど、手をつけた様子はないの」と答えた。

「それじゃ心配だね」

 腹を空かせば勝手に食べるだろうという思惑は外れた。

 すると、ジャスミンの隣のテーブル席についていたシーラが喋りだす。

「でも、変じゃない? ルーシーがそこまで追い詰めることかな。確かに私達を助けてくれた男は死んだけど、私達は結局その男のことを知らないでしょ。それに、あんなチートみたいなスタンフィールド逃したのは残念だけど、私が同じ立場なら仕方なかったと思う」

「それじゃルーシーはなんで部屋にこもってるんだ?」とベルは首を傾げた。

 そして、沈黙が流れる。

「そういえばさ」とサンサは思い出した疑問を皆に投げかける。

「あの男が最後に託したルーンてそもそも何のルーンだったの?」

「そういえば何だろう」とジャスミンが言い、皆でそれを考えた。そもそも、男がどんなルーンを持っていたのか全てを知っているわけではない。その時、ベルの中で記憶にある僅かに知っていたルーンが頭に過ぎった。

「まさか!」

 ベルは急に立ち上がり、急いで階段を駆け上がる。サンサ達は驚いてとりあえずベルの後を追いかけた。

 ベルは勢いのままルーシーがこもっている部屋の前までいくと、ノックもせずベルはその扉を開けようとした。だが、ドアは直ぐ何かに当たった。鍵はかかっていなかったが、奥に何かがドアを塞いでいた。ベルはドアを何度かタックルした。そこに皆も加わり息を合わせドアを押すと、ドアを塞いでいた机と椅子が動きドアは開いた。

 少し開いた窓から隙間風が入ってカーテンが靡いていた。その部屋にはいる筈のルーシーの姿がなかった。

「どういうこと!? まさか、窓から飛び降りて」とサンサが言いだしたが、ベルはそうではないと知っていた。

「いや……飛び降りるなら窓は人が通れるように開けられたままになっている筈だ。ここは密室だったんだ。その部屋からルーシーはルーンを使ってこの部屋から脱出したんだ」

「まさか、あの男がルーシーに託したルーンって!?」

「私達が世界を一瞬で移動出来たあのルーンだろうな」

 鍵をかけなかったのは寮母がマスターキーを持っているからだろう。

「あいつ、私達に相談もせず勝手に一人で行きやがって」

「なら、追いかけよう」サンサはそう言った。

「どうやって?」とシーラは訊いたが、私達に出来る方法なんて一つしかなかった。

「世界を跨ぐの。私達が旅でしてきたように。それとも、馬鹿ルーシーを一人で行かせたままにする? 私は断然追いかける。無謀だとしてもルーシーを一人にしたままに出来ない」

 するとベルも「行くよ」と言った。

「私も」とシーラは答える。

 三人は最後に残ったジャスミンを見た。

「旅はまだ途中だもんね。私もいいかな?」

 意外そうにベルは「怖くはないのか?」とジャスミンに訊いた。

「ちょっとね。でも、皆と一緒にいてドラゴンに追いかけられたり、捕まったり、魔法使いみたいなルーン使いが現れたり、色々あってなんか今はもうどんと来い! って感じ」

「ドラゴンよりヤバいエリミネーターが出ても?」

「うっ……やっぱりやめようかな……」

 その時、階段から二人分の足音が聞こえてきた。

 皆が部屋を出ると、階段から寮母とロウボサムがやって来た。

「行くのか?」とロウボサムは皆に訊いた。

「はい」とサンサが返事をすると、ロウボサムは「なら君達の旅に私も同行しても構わないか?」と尋ねた。意外な提案にサンサは「あなたも?」と聞き返した。

「あぁ。ずっと叶わなかった旅だ。勿論、世界の運命や君の友達のことが関わっているのは承知している。単なる旅でないことは覚悟の上だ」

「なんでルーシーのこと知っているんですか?」とジャスミンは訊いた。すると、寮母は「ホホホ」と笑い出した。

「あら、壁も床も薄いこの寮であなた達の会話は下からも聞こえてましたよ」

「あはは……成る程」

「私は寮があるので一緒には行けませんが、あなた達の旅が上手くいくことを祈っています」

「止めたりしないのか?」とベルは訊いた。

「止めて欲しいですか?」

「えっ」

「冗談ですよホホホ……ですが、正直なところ危険へ向かおうとしているあなた達を止めたい気持ちが全くないわけではありません。しかし、あなた達は学校を抜け出した不良に止まらず、しっかり成長した姿を私に見せました。本当なら世界の危機なんて私達大人に任せなさいと言いたいところですが、この問題を対処出来るのはあなた達だけです。あのスタンフィールド正体、世界の危機を知った時、大人は無責任で無力だと痛感しました。でも、今は未来を背負う子ども達を信用したいと思います。大人が出来ない事をあなた達なら成し遂げられる。大人達を代表として無責任な大人達に代わって謝罪します。そして、お願いします。どうか、この世界を、他の世界も救って下さい。身勝手なお願いを許してくれますか?」

「許すも許さないも、それが私達の義務でしょ?」

 そう言うと、皆は歩みだし階段を下りだした。その背中を寮母は見届けながらその背中に向かって「いってらっしゃい」と言葉をかけた。それはルーンより効く呪文のような魔法。まるで、その言葉があることで帰ってこれそうな、そんな不思議な力がその言葉には込められていた。

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