秋の訪れ
空から雨粒が緑から変色しだした葉に落ち、水滴が葉から流れ落ちる。塗装した道の端にある排水溝から水は流れ落ち、水は更に排水溝を通ってどこかへ流れ続けた。雨のせいか外はやけに冷えていて肌寒い。空を見上げればみたされていた太陽は暗雲の灰色にすっかり覆われ、秋が訪れたのだと気づく。黒縁の眼鏡に白髪の老人はカフェの窓際でゆっくりと流れる音楽を耳にしながら雨が降る外を眺めた。窓についた雨粒が重力に従って流れ落ちる、その動きを注意深く観察しながら、また目線を逸し遠くを見る。水は流動で常に自然に従って流れている。私達人間はその自然の流れの中に生きているのだ。少し賢いものはそこから未来を予測しようとするが、自然という気まぐれに人は一生付き合わなければならないし、予測できるものではない。自然に従い自然に生きる。そう、流れる水のように。だが、果たして私はそのような生き方をこれまでしてきただろうか? 私の元に水のルーンを持った少女が現れた。出会いは突然で、人との出会いは何かに衝突したかのような衝撃が起こる。その出会いによってどう人生が流れるかが変わってしまう。そういう意味では、人は自然とは違う世界で生きているのかもしれない。
ルーシーは驚いた。何故なら連れて来られた世界というのがルーシー達の生まれ育った世界だったからだ。まさか、こういうかたちで戻ってくるとは思いもしなかった。そして、なんと学校近くの喫茶店にロウボサムは常連客としてよく現れているというのだ! そこの喫茶店は前にバイトしていたパン屋のパンを使っていて、配達にも向かったことがある店だった。ということは、この世界にあの塔とエリミネーターがいるかもしれないということだ。当然、ルーシー達は騒いだが、男は冷静にエリミネーターも塔もあるだろうと言った。だとしたらこの世界にあのスタンフィールドが現れたのもそういう意味だったということだ。だが、だとしたら何故あいつは学校に現れたのだろうか? 謎は深まるばかりだった。
◇◆◇◆◇
そんな久しぶりに帰って来た世界は既に秋になっていた。山では紅葉が見え、街中でも木々の葉が緑でなくなっていた。来る途中の木が一本だけまだ緑色をしていて、そこだけまだ夏が置かれているような感じがし、その木の近くの茂みの辺りに蛙が一匹いて、そいつがこちらをじっと凝視していた。ルーシーは蛙が苦手だった。小さい頃、蛙がいただけで泣いたことに大人達は笑ってからかって腹が立ったのをよく覚えている。そんなからかった大人達の中に母もいたので、復讐に母の寝るベッドに蛙を入れたら激昂してげんこつを食らった。なんだ、自分も蛙が苦手なんじゃん。理不尽な。そんなことを思っていた私はどうかしていた。今振り返れば、げんこつを食らうのは当然なことだった。
雨が降り出したのはその蛙を見た後のことだった。ルーシー達は急いで駆けて明かりのついている喫茶店に入った。だが、それは単なる雨宿りなんかではなかった。元々、男はここに用があると言ったのだ。そのロウボサムはよくこの店に現れるのだと。そして、そのロウボサムは本当にこの店にいた。
ルーシーとロウボサムの目が合った。
「どうも」とルーシーは挨拶をとりあえずした。
「やぁ」と相手もなんとなく返した。それから男はそれぞれを紹介し、その間に皆が注文した飲み物が席に届いた。
ロウボサムは「ここのパンも最高に美味しいよ」と親切心で言ったが、ルーシーは素っ気なく「知ってる」と答えた。
「そのパン屋でバイトしてたから」
「あぁ、そうだったのか」
「でも、一番は朝早くの焼き立てのパンで作ったサンドイッチ」
男が食べていたのはバターをたっぷりつけたトーストで違うものだった。
「へぇー、それじゃ次はそのサンドイッチにするかな」
すると、男は咳払いをした。
「話しを戻してもいいか?」
「あぁ、すまない。確か私が見た塔を探しているんだったか?」
「そうだ。分かるのは魔の三角海域内ということだけだ」
「あれ以来、見つかっていないし見たという話しもなかった。それに私が見たという話しすら誰も信じてはもらえなかった。あなた以外は」
「エリミネーターはどうだ? 巨大な怪物を見たとか」
「それはなかったし、そんな噂も聞いたことがないな。そもそも魔の三角海域に近づこうなんて者はまずいないだろう。突然の天候の変化もそうだが、あの海域にはもう一つ問題がある。あの海域に現れだすというメガコウだ」
「え、メガコウ?」とルーシーは思わず声をあげた。
「それって……」サンサ、ベル、ジャスミンは互いに顔を見合わせた。
「私達一度そのメガコウに食われたことがあるんです。なんとか脱出できたけれど」とサンサは事情を知らない皆に説明した。
「あのメガコウにか……それはそれはよく生き延びられたものだ」
「つまり、あれが現れるのは魔の三角海域だったってこと?」とルーシーは訊いた。
「そうだ。しかし、魔の三角海域を知らないのなら仕方ないだろう。あの海域は海を知る者が避けて通れる」
「ルーシーはその海域で何も見なかったのか?」男は尋ねた。
「全然。嵐じゃなかったけど夜だったし暗かったから」
「そうか……」
「そもそもあのメガコウがエリミネーターでしょ」
「いや、あれはエリミネーターではない」
「どうみても怪物じゃん」
「どう見えようがエリミネーターではない」
「あっそ」
「とにかくその海域に行ってみるしかないな」
「マジで言ってるの?」
「マジで言っている」
またあの怪物と出くわすかもしれないと考えると素直にうんとは言えない。だが、あの時とは違って戦えるだけのルーンがこちらにはあった。
「そういえばうちがいた学校って今どうなってるんだろ? あのスタンフィールドが来たことがあるから少し気になるんだよねぇ……」
「なら、先にそちらを確認しよう」と男は言った。だが、一度勝手に抜け出した身であるので、そう簡単に学校に顔を見せにはいけなかった。というわけでルーシー達は夜中に寮に侵入することになった。




