ラン・ルーシー【3】
突然だが、私はベルだ。お嬢様と呼ばれたりもするが、確かに私の家は他からみたら金持ちだ。しかし、それは私が稼いだものではないし、私のものではない。私が何か特別かというとそうではない。
最近、悩みがある。というのは私をストーカーする三人についてだ。ルーシー、サンサ、そして最近一緒にいるようになったジャスミン。この三人が自分と関わるようになるなんて思いもしなかった。あの三人が次に何を企んでいるのか……いや、主犯格はルーシーか。ともあれ、私は迷惑している。 ……迷惑? いや、実際被害は無いのだが、これから起きるそんな予感がするのだ。別に未来が見えるとかでは無いが、この予感だけは当たりたくはない。どうしたものか。
こうなった変化は少し前からになる。
◇◆◇◆◇
閑静な山里にある学校へ飛ばされずに済んだジャスミンはいつの間にか私達の友達となっていた。そのジャスミンも私達の旅の計画に興味津々だった。
かつて、回向して世界をまわった一人の男が世界を全て見てきたものを詩や本にしたが、それは本当であるか誰も分からない。ジャスミンはその詩人でもある男が書く本を読んでいて、まだ知らない世界に興味を持ったのがそもそもの始まりで、私達の出会いは運命的とかなんとか、ロマンチックに語っていた。
ジャスミンを含めれば三人。ロジャーは喧嘩をしてからまだ誘っていない。誘うべきかはまだ悩んでいる。
ただ、それよりも私達の旅立ちには欠かせない問題が山積しており、その峠をどう越えるべきかという点だ。例えば移動手段の足はどうする。 金の工面は? 学生だからと忘れていた訳ではないが、私達は無一文。裸一貫で成し遂げられる旅ではないのは馬鹿でも分かる。だからこそ、旅を成功させた詩人がどのように成し遂げたのかが気になる。私は友達になったばかりのジャスミンとサンサでまずは金の工面について話し合った。その重要な会議で三人が一致した答えは、働いて稼ぐ、だった。私達は金持ちの生まれではない。とはいえ、1から貯金していたら、貯まった頃には私達は老人になっている。借金をして、旅に出るのが一番だ。旅をしながら珍しい骨董品を集めて売りながら移動して旅の費用に当てる。贅沢は出来ない旅になるだろうが、文句は無かった。もう一つの方法は金持ちを捕まえ旅へ道連れにする。金持ちのもの好きならどうだろうか? そこでサンサは一人の名前をあげる。やはり避けては通れないか。サンサはロジャーの名前を出した。ロジャーは確かに金持ちの息子だ。もし、世界を旅して珍しい品を集め持ち帰れば、その父もロジャーを見直すだろうし、どちらも損のある話しではない、と都合よく想像した。
「やっぱり無理そう?」とサンサは私に訊いた。
「そんなに単純じゃないでしょ。大事な跡取り息子を無謀で危険な旅に同行を許すとは思えない」
「そっか……」
「それよりこの学校で金持ちのお嬢様とかいないわけ?」
「うーん……大抵お嬢様は私学に行くからこの学校には来ないと思うんだよね」
すると、ジャスミンは小さく挙手をした。
「私、一人知ってるよ」
「え? 誰?」
「同じクラスのベルだよ」
「ゴリラじゃん!」
私が猿であるならあの女は間違いなくゴリラだ。それは私より筋肉があって、実際体育では学年トップの成績にいる。体育教師はそれを見てスポーツ選手を目指すべきだとか口説いていたが、肝心の当人にその気は無かった。ただ、動くことが好きな女は毎日のようにトレーニングし、あくる日も、雨であろうと、雪であろうと、怠けたことなどない女だ。
「まさか、ゴリラがお嬢様だったとは」
「いくら本人の前でなくてもゴリラは失礼だよ」と苦笑しながらサンサは言った。確かに、人を見た目で揶揄するのは悪人のすることだ。ルーシーは素直にサンサの注意を受け入れる。
しかし、ベルがお嬢様だったとして私達と共に来るだろうか? ベルは勉強会に一度も参加しなかった数少ない一員であり、親しいわけでもなかった。むしろ、流石はお嬢様と呼ぶべきか、勉強会無しでも、先輩からの問題の傾向という情報無くとも、成績は上位だった。そりゃ、勉強会には参加しないだろう。いや、そもそも確か勉強会してた間もベルはトレーニングしていたような…… 。
「ベルにとりあえず話し掛けてみる?」とサンサは提案したが、問題はどうやって? だ。やぁ、ベル。私達と一緒に世界を旅しに行かないか? 君の家の金で、とでも言うのか。間違いなく嫌われる。まぁ、いきなり旅の話しをしなくても、まずは仲良くなって友達になるところから始めればいい。ただ、心が痛む。まるで金目当てに近づいてきたみたいで。いや、実際間違いではないんだけど。
私達は教室にいるベラを探した。ベルは私よりショートヘアーで身長は学年で一番高い。そんなベルはというと席に座って大人しく読書をしていた。私はベルに近づき声を掛けた。
「やぁ、ベル。元気?」
読んでいた本を下げて私達を見ると、それから暫く沈吟しだした。
「?」
「えーと……どちら様で?」
「おい、同じクラスのルーシーだよ」
「へぇ……」全く興味無い返事にルーシーは驚きよりショックの方が大きかった。
「まさかあんな目立っていたルーシーすら覚えられていないなんて……」
サンサはルーシーに同情し背中を擦ってあげた。
これは駄目だ。一旦ベルの前から撤退し、作戦を練り始める。
ジャスミンは提案でベルの好きなことやものから近づいたらどうかと出し、二人はそれに賛同した。
というわけで翌日の朝。サンサが眠る私とジャスミンを叩き起こし、二人は睡魔と戦いながら着替え、ベルが普段からトレーニングする時間、その場所へ向かった。私達はそこでベルに会う。そして、私達は偶然を装いながらそれとなく「やぁ」と挨拶した。ベルは昨日の今日で不気味に感じながらもストレッチから始めると、ランニングが始まった。見様見真似で私達もベラと同じことをするが、ランニングの途中からジャスミンがダウンし道端に倒れ込んで地面に伏せ、「ジャスミン!」と私は叫び、私とサンサがジャスミンを救助しに向かうと、ベルの背中姿はもう見えなくなっていて、三人は突き放されてしまった。ジャスミンは途切れ途切れに言葉を発し、最後の言葉だけ私とサンサはしっかりと聞き取ることが出来た。
「無理」
ということで運動は諦めることにした。私は三人の中では一番に出来ても、確かにベラの過酷なトレーニングに毎日ついていくのはごめんだった。
それじゃ運動以外で! ということになり、私達はまずベラを知る為に彼女を観察し研究することにした。
◇◆◇◆◇
突然だが、二度目のベルだ。二度あることは三度ある。3度目はそろそろ慣れてもらいたいが、私の知る限りの三人の行動は以上の通りだ。勿論、私の推測が含まれるが、大きな違いはあるまい。なにせ、あの三人なのだから。
三人はこの後、私を観察し近づこうとする。因みに旅の目的だったというのを知ったのはこの後だが、先に結論を言うと私は旅に興味はない。外の世界を知りたくないの? とルーシーが聞いてくるのだが、無い! と私は断言する。想像して欲しい、この世界を知るために君は宇宙へ旅をしたいか? 私は違う。だが、彼女達は宇宙へ行きたい。相思相愛とはいかない理由がそれだ。例えばこれからは宇宙の時代だ! と言われても、全く興味が湧かないのと同じだ。そこには温度差がある。しかし、それは仕方のないことだ。そうと知れば、大抵は諦めるだろう。私もそう思っていた。
◇◆◇◆◇
そろそろ来るだろうと予感はしていたが、意外にも早くにあちらから声が掛かった。そして、ルーシーは正直に私に打ち明けた。私はそこできっぱりとお断りした。三人の様子はというとルーシーだけ絶句し、あとの二人は、まぁそうだよね、といった反応だった。
とにかく私は断ったし、これで肩の上に乗っかっていた三人の霊は消えただろう。肩が軽くなった気持ちで明日をむかえることが出来る。
だが、その認識は甘かった。それで諦めるようなルーシーではなかった。あの三人の反応の違いで気づくべきだった。ともあれ、何が起きたかというと、私の読んでいた本に二つ折りされた手紙がいつの間にか挟まれており、そこには果たし状と書かれてあった。
明日の朝、近くの空き地で待つ。名前にはルーシーと書かれてあった。
私は悩んだ。果たし状なんて無視すればいい。普通はそうする。受ける道理なんてないのだから。しかし、相手はルーシーだ。諦めさせるにはむしろその果たし状を受けて勝利することだ。挑戦はあちらなのだから、勝負の方法はこちらで決められる。だとしたら、得意の競走で勝つのはどうか。彼女も他の子より足は速い。なら、私も本気を出せる。たまにはこういう勝負も悪くない。
勝機はこちらにある。
気づけば私は笑みをこぼしていた。
◇◆◇◆◇
約束通り、私は果たし状を持って空き地へと向かった。そこには既にルーシーが仁王立ちで待ち構えていた。
「来たか」
「本当に来た!」とサンサは驚いた。
「この果たし状、受けた! ただし、勝負の方法はこちらが決めさせてもらう」
「当然」
フッ……勝った。既に見えた勝利。だが、全力は出す。少しは楽しませてくれよ。
「勝負は競走だ」
「コースは?」
「そうだな……ここからスタートで街の図書館までならどうだ?」
「いや、街中を爆走したら迷惑だろう。公園の噴水前はどう?」
「土手を走るコースか……いいだろう。あとは決戦日だが……今日でどうか?」
「今日?」
「お互い暇でしょ?」
「分かった。審判はサンサがするけど、それで構わない?」
「構わない」
こうして、二人の対決が始まった。
スタートラインに二人が並ぶと、ルーシーは肩を鳴らした。それを横目で見たベルは勝負が始まろうという直前で、胸の奥がざわつき始めた。
何故だ? 私の速さならルーシーも知っている筈……それとも今まで本気を見せてこなかったのか? ……いや、そんな事はない。なら、何故私に勝つ気でいられるのか? ドーピング? いや、それで私に勝てる筈はない。ドーピングごときで私は負けない。
「用意……」サンサは手をあげた。
ベラはその言葉で頭を切り替え、勝負に集中した。
「どん!」手を振り下ろしたと同時に二人が空き地から走り出した。
私は負けない。私なら勝てる。
最初から全力で走り出したベル。対してルーシーは最初から差をつけられ順位は2位。
よし、これならいける。
空き地から出て、住宅街を過ぎて、見えてくる角を曲がり土手を走る。そこへ後ろにピタッと張り付くようにルーシーは私の後ろについた。
向かい風を受けながらもベルの速度は変わらない。むしろ、心地よいぐら……突風が二人を襲い、思わずベルは速度を落とした。息が……息が苦しい。冷たい風が耳と肺を刺す。障害物が周りにない分、これはキツい…… 。まさか、これを知っていて私にこのコースを誘ったのか? だが、この風を受けるのはなにも私だけではない。
階段が見えてきて、その下を降りて直進すれば、もうすぐ公園だ。その時、後ろにいたルーシーが私を追い抜いた。
何故!? いや! ルーシーはずっと私の後ろに張り付くように走っていた。そうか……ルーシーは私の体格を利用して向かい風を避けていた。私がまんまと利用された…… 。
面白い。
階段を降りればもうその手は使えない。追い越されたが、直進の道でまだ追い抜ける。
むしろ、ここからが私達の限界をこえた勝負!
階段を降りきった私は馬より強く地面を蹴り、地面が一気に抉れた。
両手を振り、心臓を酷使して、これまで鍛えた全体力をこの勝負にぶつける。
ルーシーの背中が見え、直ぐに私は彼女の横についた。
まさか、同じクラスでこうも全力の勝負が出来るなんて!! あぁ、最高に楽しい!!
二人の目の前には噴水が見える。
二人は最後の力を振り絞った。
おりゃああああああ!!
おりゃああああああ!!
ゴールと同時に噴水はタイミング良く、水を空高く放った。
「負けた……」
私は初めて同い年の子に真剣勝負で負けた。でも、悔いはなかった。
「ハァ……ハァ……負けるかと思った……」
「やるじゃん」
「あんたもね」
「それよりさ、勝負の前に言わなかったけど何の勝負?」
「え?」
「勝った時の約束しなかったでしょ」
「あ!」
「……天然?」
「ううっ……せっかく勝ったのに」
「それで、私に何を望んでたわけ?」
「友達になって欲しい」
「金づる?」
「違う! 旅の金は違う方法でなんとかする。だから、あなたからお金は取らない」
「ふーん……いいけど」
「よっしゃ!!」
「だけど友達になる為に勝負する?」
「楽しかったでしょ?」
「え?」
「私は楽しかった。もうさ、勝ったらどうでもよくなっちゃった」
私は空を見上げた。
「私も楽しかった」
◇◆◇◆◇
私はベル。今回はなんというか、まさかの結末だった。想像すらしなかったが、私とルーシーは友達になった。単なるおかしい子だと思っていたけど、かなりおかしい子だった。
でも、次は私が勝つ。




