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ラン・ルーシー  作者: アズ
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五人の天使【2】

 ルーシー達は木造の平屋に住んでいた。牢屋でもなければ野宿でもなく空き家だった場所を何故かここの人達は私達に貸し出してくれたのか、その理由は分からない。それを尋ねようにも言葉が通じなかった。言葉には法則があって単語、文法、数字、文字、色々あるだろうがその一部部ですら違っていた。例えば数字だ。指の数え方すら違うときた。何故シンプルに指を一本ずつ立てて数えないのだろうか。それすら違うときたらむしろ何が共通する点なのかと思った。コミュニケーションに壁が出来ると人間関係にも壁が出来てしまう。そう感じるルーシーはジェスチャーや絵でなんとか表現方法を工夫していく。だが、ルーシーはなんといっても美術の才能がなかった。隣でクスクス笑っていたジャスミンも上手いとは言えなかった。二人の才能の無さに呆れたシーラは代わりに彼女が絵を描く。それはサンサやベルも驚く程の上手さだった。シーラには絵の才能があったのだ。相手にもその絵の意味を理解してくれたようで、シーラには筆記具とスケッチブックを渡されるようになった。

 家の方はというと、長年空き家だったのか窓には畳のある部屋では畳が黄ばんでいたが、ベルがそれを触れて確かめた時、これは本物だと言った。サンサがどういう意味か尋ねるとベルは安物だと中身は発泡スチロールで専用の機械で作られてあって、これはそれとは違うと言った。なんでも畳一枚だけで相当の値がするらしい。三部屋に浴室とトイレが別々な上に庭がある、掃除をして綺麗にすればかなりの物件だとベルは言った。物の価値が分かるベルが言うのだからそうなのだろう。ということで私達は家の掃除から始めた。靴下を脱いで裸足になり、廊下の雑巾掛けを始めるルーシー、風呂掃除をするベル、リビングや台所の掃除はサンサとシーラが、ジャスミンは寝室の掃除をした。

 それまで蓄積された汚れが丸一日かけ暮れ頃にようやく綺麗になると、なんだか自分達の心まで晴れた気分になれた。

 食事は大人達が玄関の戸を叩き鍋を持って現れ、私達は引き戸の玄関を開けてそれを受け取った。煮込まれた具材はいい感じに染み込んでおり、どれも柔らかくなるまで煮込まれてあった。

 この世界の人々は言葉は通じないものの基本優しい人達だった。

 私達も何か恩返しが出来ないか、そんなことを食後の夜に話し合い、それから布団へと入った。

 布団に入って暫くした時、カサカサと嫌な音が聞こえルーシーは目を覚ました。その直後、ジャスミンが悲鳴をあげた。明かりをつけると、私達の寝ていた寝室にゴキブリが何匹かいたのだ。ジャスミンはそのゴキブリを見つけ悲鳴を上げていた。だが、掃除をした時にはゴキブリ一匹死体すら見かけたりはしなかった。それが突然数匹も一つの部屋に現れた出したので、ルーシーは直ぐに異変に気づけた。

 窓の外でクスクスと笑う子ども達の声が聞こえてきたのだ。ルーシーは寝室の窓に近づき窓を開けると、外に私達と同じくらいの男子達四人がクスクスと笑っていた。男子達はルーシーに驚き慌てて走って逃げ出した。

「こらー!!」

 ルーシーは逃げる男子達に向かって怒鳴りながら裸足のまま窓から外に出て追いかけたが、逃げ足の速さにルーシーは全く追いつけず完全に見失った。

 仕方なくルーシーは手ぶらで戻ってくると、それを見たサンサが驚いた。

「ルーシーの足でも追いつけないなんて意外」

「ゴキブリは?」

「ベルが全部捕まえて外へやったよ。でも、ジャスミンはもう眠れないみたい」

 ジャスミンは明かりをつけたままリビングで椅子の上で小さく体育座りしていた。足を床におろすのすら嫌そうだった。

「それより何でこんな悪戯されなきゃいけないわけ?」

 ベルは「私達が余所者だからだろう」と答えたが、ルーシーにはどうでもよかった。

「私は寝る」

「ルーシー」

 眠気に負けてルーシーは布団に戻った。




◇◆◇◆◇




 朝。私達は朝現れた大人達に昨夜の悪戯をシーラの絵を使って通じた。簡単な四コマだったが、大人達には通じたようで最後は頭を下げていた。これでとりあえずなんとかなるだろう。これ以上気にしても仕方ないが、リビングで座っていたジャスミンは暫く引きずりそうだった。そんな彼女の目にはクマが出来ていた。その向かいの椅子に座っているサンサはというと、早起きしたようでそこからずっとこの世界の人々の言語を解読出来ないかと苦難苦闘していた。

「どう?」というルーシーの質問にサンサは背を伸ばしながら唸った。

「簡単じゃないよ。当分はシーラの四コマ漫画に頼るしかないね」

「そのまま漫画化出来るんじゃないかな」

「漫画化してどうするの?」

「お金にする」

「成る程」

 確かにお金は必要だ。だが、言葉が話せない以上仕事には就けない。いつまでこの状況が続くかも分からない以上、この世界のお金は必要になってくる筈。絵で稼ぐというのは案外悪くないかもしれない。

「シーラはどう思う?」

 ルーシーはシーラの意見を聞いた。

「え、私は構わないよ。自分の絵がお金になるならちょっと嬉しいかも」

 だが、果たして空から降ってきた怪しい私達が描くような絵を買いたいという人は現れるだろうか。それが一番の不安だった。それに、私達は外に出るだけで注目の的だ。いくら夜間以外の外出が出来るとはいえ、それは衆人環視の上でのことだった。これでは誰も私達に近づいてはこない。

 衣食住が暫く困らないだけとりあえずマシと考えるべきか。

 ただ、ここに来て良かった点もあった。風呂だ。極楽な温泉があの家の浴室で味わえるのだ。それだけは幸せものだった。




 昼頃になると、交番勤務の警官がやって来た。引き戸を開けると、その後ろに昨夜見たあのガキ達がいた。五分刈りに半袖短パン、それから藁草履を履いていた。どうやら彼らの仕業であることが大人達にバレたようで一人は鼻汁をすすり目を真っ赤にしていることからもこっぴどく叱られたようだった。ガキ達が頭を下げ、綺麗に刈られた頭の脳天をこちらに見せたので、私達もそれ以上怒っていないことを伝えた。

 まるで田舎だとルーシーは思った。いや、実際は田舎であるがここに住む人々同士の距離感というものが近いように感じたからだ。そして余所者を嫌うところまで似ていた。私達を警戒しているのは、私達を単に恐れているからではないだろう。その気になれば私達を捕らえることも、殺すことも出来た筈だからだ。

 ルーシーは学校の生物で、今の私達の前には他のホモ属がいて、しかし、その違うホモ属と共存することはなく殺してしまった結果その他のホモ属は絶滅し、人類は今のかたちである一つのホモ属になった。何故、人は古くから争いを続けるのか。それは最早本能ではないのか。それが教師の意見だった。

 それはつまり人は生まれた時から悪だったのか?

 その答えは授業を受けても得られなかった。

 でも、人は集団をつくり、違う集団と付き合うことはまずない。

 同じ空の下でも、同じ人でも、人は一つにはなれない。

 それは仕方のないことなのかもしれない。それをどうこう出来るとしたらそれはきっと神ぐらいだろう。でも、神に頼りたくもないし、あるかないかも分からないものにすがりたくはない。

 都合のいい大人にだけはならないようにしたい。




◇◆◇◆◇




 暮れ頃、外では小雨が降り始めた。雨といってもそれは冷たくなく温水だった。この世界の雨ですら私達の知る冷たい雨ではなかった。

 小雨は徐々に強まり雨となると、外で小さな子ども達が裸になって外を走り回っていた。それを家の窓からルーシーは覗いていた。

「この世界のエリミネーターなんだけど」

「バカでかい蜘蛛だったな。ドラゴンを踏み潰したけど、あれで死んだと思うか?」とベルが言ったので、サンサは「どうだろう」と腕を組み考え出した。

「エリミネーターは神の化身という話しでしょ? 不死身だったらあんなんで死なないんじゃないかな」

「となると、またあのドラゴンが現れるかもしれないんだな」

「分からないけど。ルーシーはどう思う?」

「死んでないと思う」

「それより気になることがある。色々あって後回しになったけど、スタンフィールド、あの男はいったい何者なんだ」

「それは思ったし、顔に文字の入れ墨が入ってた男もスタンフィールドを知っていた」

「まるで何か企みが裏で動いていて、それを顔の入れ墨が阻止しようとしているみたいな感じだったけど」とサンサは言った。

 ジャスミンは「それってどういうこと?」と訊くと、シーラは「もしかしたら私達はとんでもないものを目撃したかもしれないってことになるかな」と答えた。

「だったら私達はそのとんでもないことにまず関わらないことね」とサンサは言ったが、そこでベルは「どうだろうね」と言った。

「シーラの世界はそのスタンフィールドのせいで滅茶苦茶にされた。本当にスタンフィールドをこのまま無視していいと思う?」

「私達に何が出来るって言うの? そうでしょルーシー」

「分からない」

「分からないって」

「まだ、私達は知らないことの方が多い。でも、あの入れ墨の男の忠告は本当だと思う。私達も警戒はしといた方がいいかも」

「それってこの世界にスタンフィールドが現れるかもってこと!?」

 シーラの目が大きくなった。

「私はその男を知らないけど、ほっとけないよ」

「とりあえず、もう暫く様子を見よう」とルーシーは提案した。これには皆も賛同した。

 私達はまだこの世界に来たばかりでまだ慣れていないし、そもそも言葉も通じない。拘束とまではいかなくても監視されている状態では変な動きもとれない。今はそうするしかなかった。

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