地平線【4】
「それで、この後どうするの?」とサンサは訊くと、ジャスミンは「えーと……」と早速答えに詰まった。振り返ればマストのない船。脱出の時、マストはその衝撃で落として今は海の底。つまり、この大海原のど真ん中で現在地も分からないどの領海にも含まれない海域で私達は完全に身動きが取れない状態というわけだ。まさに、一難去ってまた一難。
「船にはどれくらいの食料がある?」とベルは元部下だった男に尋ねた。
「いや……ほとんどないよ。この人数じゃ一日分もない」
「つまり、最悪な状況ってことだな」
その時、ルーシーが「皆静かに」と言い出した。
ルーシーが耳を澄ませていたので、皆も耳を澄ませた。
「……何も聞こえないけど?」とサンサは言ったがルーシーは「聞こえる」と言った。
突然、空が明るくなり緑色のカーテンが現れた。
「オーロラだ」と年寄りが言った。
「オーロラって……確か本に書かれてあったよな」とベルが言った。
ルーシーはその時、確信していた。私達は知らずに気づけばかなり西に向かっていたのを。その地平線から緑色の光がぶわっと現れ出す。
奴隷達がざわつきだし、乗組員の男達もあれを見てゾッと顔を青ざめた。緑の太陽と表現されたこの現象は船乗りの間では不吉の前触れと言い伝えられていた。
詩人は世界を渡る境界線手前でこのオーロラを見ていた。
太陽が沈む地平線から別の光が登り始め、橋が掛けられる。その橋を船で渡りその向こうへ到達する。
帆のない船はどんどん流されていき、ゴーという凄まじい音が前方から聞こえてきた。ルーシーが聞こえると言ったのはこれのことか?
「ねぇ……これってまさか」サンサはルーシーの手を握りだした。
「そう、この先は滝」
「いやあああああ!!? 嘘でしょ? 本当に?」
だが、海はその先落下している。緑色の光はまだ見える。
それは光の橋だ。船は自然と導かれ舵は勝手に動き、流れに従い橋へ進む。
ギシギシと船の軋む音が響き、ジャスミンは「大丈夫だよね、この船……」と言った。
「大丈夫じゃない、大丈夫じゃない」とサンサはパニック状態。
ベルはというと腕を組んで直立し「本で読んだ通りだ。覚悟はしていたさ……」と言った。
ルーシーはというと笑みをこぼしている。
念願だった別の世界にこれから私達は歴史的な一歩を踏み出そうとしている!
船は光の橋に乗り上げ、急勾配の坂を下り始めた。
「うわあああああああ!!」
船は物凄いスピードをあげ落下し続けた。船のあちこちでバキ、バキと嫌な音が連続して続く。空中では木片が宙を舞っていた。
「このままじゃこの船バラバラになっちゃうよ」とサンサは突風の音に負けないぐらいの大声をあげた。
ルーシーはというとこの状況をむしろ楽しんで笑っていた。サンサは頭にきてルーシーの後頭部を平手打ちした。
「私達死んじゃうよ!」
「大丈夫だって。本だとこの船と同じくらいの大型船で無事だったんだから」
「というかよくこれでクマノミに乗って行こうとしたよなうちら」とベルは言った。
ジャスミンはというとベルにしがみついていた。
「それより下側、なんか見えるよ」とルーシーは言った。
「え?」
ルーシーの言う通り、落下する先は赤い色をした海だった。気づけば辺りは明るくなり、船は雲を横切った。空は青い。別に黄昏というわけではないのに、海ははっきりと不気味な私達の知らない色をしていた。
まだ、ルーシー達は光の橋を船で進んでいた。そこに突風とは違う何かが私達の直ぐ近くを遮った。それは赤き巨体でコウモリのような翼を広げ、二足の後ろ足に細長い尻尾、頭には二本の短い鬼のような角がある。本に描かれたあのイラストとそっくりな生き物が私達の近くを飛んでいた。
本ではこう呼んでいた。
赤きドラゴン。
黄色いトカゲのような鋭い眼光がこちらを睨んでいる。
「エリミネーターだ」年寄りがそう言った。
「エリミネーター?」とサンサは訊くと、ベルは「私達は招かれざる客ということだろ」と年寄りの代わりに答えた。
「ねぇ……なんでもいいけど、私達を狙おうとしてない?」
「間違いない」とベルは答えた。
「ついでに、この船にはあれを倒せる武器もない」
ドラゴンは大きな口を開け牙をこちらに向けると、その口で私達を襲いかかった。
「全員食われたくなかったら海へ飛び込め!」
ベルに言われた通り全員が急いで真下の海へと空から飛び込んだ。
まだ、かなり高い場所からだったが、食われて確実に死ぬより生存確率の高い方法を選ぶしかなかった。
あとは、私達の運次第。幸運が続けば…… 。
全員が赤い海に落ち、水飛沫をあげた。それは全身に打ちつけるような衝撃だった。ルーシー達は意識を失いそうになり、そのまま沈んでいく。海は赤と暗闇の二層になっており、ルーシー達はその暗闇までいった。
一方、海面から上空では真っ二つにされ砕かれた船が光の橋から落下しだしていた。
◇◆◇◆◇
長く深い眠りだったと思う。目覚めた時、全身がまるで石のように直ぐに起き上がれなかった。そこに、小顔で鼻が高い一人の少女が現れた。自分と同い年くらいの子だ。褐色の肌を持ち、白い巻き毛の彼女は綺麗で美しいブルーの瞳をしていた。足元はサンダル、足首にミサンガをして、その上は柄の明るいコットンラップスカートを履いて、耳には赤色のピアスがとても似合っていた。
「まだ、暫く寝ていていいわよ」
「ここは……」
「私の家よ」
ルーシーは無理してでも起き上がった。
「少し頭痛がする」
「ちょっと待って」
そう言って少女は近くのテーブルの上で草や小さな木の実をすり鉢の中に入れると、それをすり潰し始めた。
「あなた空から落ちてきたのよ。覚えてる? 引き上げた時は全身が冷えきってたしチアノーゼが起きてたから結構かなり危ない状態だったの。でも、医者が言うには脳のダメージも障害が残る程じゃないって言ってたからきっと大丈夫よ」
「そうだ、私以外の人達は?」
「確か何人かは引き上げられたから助かった人もいたと思うけど」
「その中に私ぐらいの子いなかった?」
「いたかもね。知らないわ。知り合い?」
「大事な友達。仲間なんだ」
「そう。だとしたら今頃当局に連行されてるかも」
「当局?」
「そう。空から落ちてきたあなた達をきっと調べようとする筈よ。あなた達、この国の人じゃないでしょ? 見たら分かるわ。あなたもそのまま外に出れば当局に捕まって拷問行きよ」
「拷問!?」
「当局が手荒いのはここじゃ常識。でも、助けに行きたいなら協力してあげる」
「本当に!?」
「まずは顔を隠さなきゃね。まずはこれを飲んで」
少女はすり鉢に白湯を入れ、すり鉢ごとルーシーに渡した。
「少しは良くなる」
ルーシーはその言葉を信じ受け取ると、口につけ飲み干した。
「少し辛い」
「辛いのは効いてる証拠よ」
少女は笑顔でそう言った。
良薬は口に苦しと似たものか? この国では辛いのが良いのか。
すると少女はスカーフを持ってきた。
「これで顔が隠せる。あとはサングラスでも掛けてその瞳を隠さないとね」
「ありがとう。こんな見ず知らずの私を助けてくれて」
「いいのよ。困った人がいたら助ける、それがこの家のルールだから」
「自己紹介がまだだったね。私、ルーシーって言うの」
「私はシーラよ」




