地平線【2】
巨大な魚に間抜けにも食べられてしまったルーシーは友達であり仲間のベルとジャスミンを探しに向かった。魚の体内というのは思ったよりも広くまるで洞窟のようだった。辺りは海水が膝の下まで浸水していて、サンサに救出され休んでいた場所は浸水の届かない瓦礫の上で、そこからだいぶ歩いた。あちこちに瓦礫や船の残骸があって、その隙間を飲み込まれた魚が泳いでいた。そのうちの一匹を素手でピーターは捕まえるなりルーシー達に向かって「これは俺のもんだからな」と言い放った。別に横取りするつもりもないし、魚ならこの怪物が捕らえてきてくれる。大きな口から魚を大量に摂取したところで自分達がそれを捕らえれば、なんとかいけそうだ。ただ、そんなことよりこの体内から漂う悪臭には耐え難いものがあった。これではいくら食料がなんとかなっても、そもそも食欲が湧かない。やはりいち早く体内から出る方法を探さなければ。それはピーター達も同様で彼らの仲間がランタンを持って探し回っていた。そして、そんな彼らに注意すべき点が全員が肩に掛けた銃を所持しているということだった。
サンサはルーシーの手を握った。ルーシーもその手を離さない。
「大丈夫」ルーシーはサンサにだけ聞こえる小声で言った。
相手はランタンも持っているように、辺りは暗く障害物も多い。狙って撃つも足場が悪いし命中率はそれなりに下がる。連中とは距離をとりつつ出来るだけ間に障害物がくるように歩き続けた。
それよりこの怪物みたいな魚……いったいどれだけ丸呑みしてきたんだろうか。もっと古い木造船やらがあったり、中には白骨化した人の頭蓋骨が見つかったりした。
「内側から攻撃して中にいる私達ごと吐き出してくれたりしないかな」
「どうだろ……そう上手くいくかな?」
「それなら連中は既に同じ手を試しているよ」と一緒についてきた年寄りが言った。
「火薬に火をつけ大爆発を引き起こしたが、直後点火した連中の仲間が天井から突然降ってきた黒い液体をかけられ、そいつは体が溶けて死んでいったよ」
「怖っ」
「え、大丈夫なの!?」
「経験から言って恐らく体内で何か危害を加えない限りは大丈夫そうだ。あの黒い液体は免疫機能に似て、害を与えるものをあれで倒しているのだろうな」
「恐ろしや……」
「そしたらルーシーの案は無理ってことね」
「そうなるな」
「ならさ、メガコウがもう一度口を開けた時に脱出するしかなくない?」
「それも無理だろうな。一気に海水が押し寄せ船でも飲み込めば、それらも一緒に流れてやってくる。とても危険で出来る事じゃない」
突然ルーシー達の近くでバシャバシャと音がし、ルーシー達は振り返ると海水を両手ですくっては口に運ぶ男女数人の姿があった。暗くて気づかなかったがそれは無理もなかった。彼らはランタンを持っていなかったからだ。全員がみすぼらしい服にボサボサの頭、腹を空かせたような目に骨のように痩せ細った手足が目立つ。あれが奴隷だと直ぐに判断できた。恐らく外見だけなく見た目に現れない体内でもきっと薬によってボロボロになっている筈だ。それでも自分で死を選ぶことも出来ず、空腹と苦痛に合いながらも生き続けていた。
ピーターの仲間達が「やめろ」と怒鳴った。奴隷達は直ぐに命令に従った。海水を飲んではいけないことぐらい誰でも知っていることでも、きっと我慢出来なかったのだろう。
すると、おんぼろ船の甲板の上から男の声でピーターが呼ばれた。
「おい、ピーター! いつまで待たせる。早く出る方法を見つけろ。このノロマが」
甲板の上にいたのは恰幅のよい男で、サラサラの金髪に手には日のついた葉巻を持っていた。
「あの男と目を合わせるな」と年寄りがそう言ったのでルーシーもサンサも従い、あの男を見ないようにした。
「あの船じゃどっちにしろ逃げられないでしょ?」とルーシーが言うと、サンサは「だから商人である奴隷をここで捨てるつもりなんでしょ。多分だけど」と言った。
「ムカつく。なんとかならないの?」
「ならんな」と年寄りははっきりと答えた。
「どうにもならん。こればかりはな。この世界にヒーローがいて金持ちや資本家を攻撃して皆に金や物を分配してくれるならいいが、そんな簡単にはいかない」
「私は革命には反対。また、戦争が起きるから」とサンサは言った。暴力による革命は正義の為と言いながらもそこにあるのは血なまぐささと火薬の臭い、そして土の上に転がるのはそれによって犠牲となった死体だ。
「勿論奴隷は反対だけど」
「そうだな。無論、目に見える奴隷だけじゃなく資本家の奴隷になるのも嫌だが、だからといって社会主義や共産主義が上手くいくかといえばそうでもない。かつて社会主義だった国が崩壊したように過度な集権による一党独裁は自由の制約に繋がったし、それによる犠牲もあった。 ……君達には少し難しかったかな」
「いえ、学校で学びましたから」
「そうか。ともあれワシはこれを一つの試練だと思うようにしている。それをどう乗り越えるかもまた人生なのだと。そう考えることくらいしか出来る事といったら他にあるまい。まぁ、こんなワシが言っても説得力は無いだろうが」
「ううん、全然」とルーシーは首を横に振って即答した。
この世界には嫌なこともムカつくこともあるけど、結局それを誰かがどうこうしてくれるわけではない。自分で行動しなきゃいけないんだ。
ルーシー達が行く先の遠い暗闇でランタンの明かりが左右に揺れた。何かの合図のようだ。
「何か見つけたみたい。とりあえず行ってみよう」とサンサは言い、ルーシー達はその合図のあった場所へ向かった。
そこに突然ルーシーが「そこらじゅう火事にしたら出てこれないかな」と恐ろしいことを言い出した。
「怒らせるだけだろうな」と年寄りは答えた。サンサはさっきまでの雰囲気が台無しになったと深いため息をついた。でも、ふと思った。ルーシーはこの陰気臭い雰囲気を吹き飛ばそうとあえて突然そう言ったのではないだろうか。サンサはルーシーを見た。
「いけないかなぁ……」
あ、ダメだ。本気だった。




