地平線【1】
「迷える仔羊よ、どうされた?」
老人は都会にやってきたロジャーにそう問いかけた。
「僕の友人を探しています。僕と同い年の女の子で、他にも同い年の女の子三人と一緒にいると思います。見てませんか?」
「あぁ……恐らく思い当たるのは人攫いのリーゼント族に追われていたあの子らだろう」
「人攫い!?」
「心配せんでもよい。あの子らは上手く逃げおおせたよ」
ロジャーはホッとした。
「では、今どちらへ?」
「リーゼント族が乗っていたクマノミを奪って海へ。それからどうなったかまでは分からない」
「海……きっと本に書かれてある通り、彼方を目指すつもりなんだ」
「地平線の向こう側か」
「はい。僕の友達はルーシーと言って友達も世界を旅しようとしているんです。僕は止めたんですが、そしたら友達は僕に別れの言葉も残さず黙って行ってしまったんです」
「そうか……それで、君はその子を追いかけてどうするつもりだ?」
「どうする?」
ロジャーは思わず老人に聞き返した。
「そうだ。旅をやめさせ連れ戻したいのか? それとも自分もその友達と旅を共にするのか?」
「それは……」
止めて連れ戻そうとしても、ルーシーは断るかもしれない。その可能性は大いにあった。
「僕はルーシーと別れたくはない。でも、ルーシーに危険な目に合って欲しくない。ちゃんと家族のもとに戻って欲しい」
「なら、君がその子を守ってやればいい」
「え?」
「その子の旅が終わるまで君がそばにいてやれば問題あるまい」
どうしてこの人はそう言い切れるのだろう? だって旅は危険がつきものだ。
「連れ戻さなくていいんですか?」
「どうして?」
「危険じゃ」
「ハハハ……危険? この都会にいたって危険はある。人攫いや病……どこにいても危険はつきものだ。生きていればいずれ死はやってくる。ならば、後悔なく生きるだけだ。それが今生きる私達の最大限だろ?」
「……」
「警察がリーゼント族から押収したクマノミの居場所なら教えてやるぞ。どうする少年?」
「……教えて下さい!」
「分かった。ついてこい」
◇◆◇◆◇
「ルーシー……ルーシー」
サンサの呼ぶ声にルーシーは目を覚ました。
「うーん……サンサここは?」
「分からない。多分、怪物の腹の中だと思う」
「そうだ!」
ルーシー達はアンコウの巨大怪物メガコウに食われたんだった。
ルーシーがバッと起き上がると、サンサはランタンを持っていた。
「それどうしたの?」
「あの人に貸してもらったの」
サンサはそう言って顔を奥へ向けると、そこには巨大なおんぼろ船と、その手前で一人のスキンヘッドの男と年寄りが立っていた。男の方はズボンの裾は破けており、白いシャツは泥がこびりついていた。背は高く年齢は30代あたりだろうか。老人は髭も髪も長く顔がほとんど毛で埋もれていた。
「この人達は?」
「俺はピーターだ。ついでにランタンを貸してやったのはこの俺だ」
「私はルーシー。私達はクマノミで海を渡っていたところメガコウに飲み込まれたの」
「知ってる。さっきその女から聞いた」
「あなたは?」
「俺は商品を船で運んでいたところを突然メガコウに船ごと丸呑みされたんだ。そのせいで船はマストが折れ、帆は破け使い物にならなくなった」
「それじゃ商船だったんだ」
「そう、今じゃ過去形さ。ランタンは船にいくらでもある」
「ありがとう。それで、そこのおじいさんは?」
「こいつは俺より前から丸呑みされ、それからずっと太陽の光を浴びずに生きてきた、そうだろ?」
年寄りは答えなかった。男はその態度に舌打ちした。
「俺は出口がないか探す。お前達も手伝え」
男はそう言って先に行ってしまった。
年寄りだけが私達の前に残った。何か言いたそうだったので、ルーシーは年寄りに近づいた。
「おじいさん大丈夫? あの人に何かあるの?」
年寄りは目を少しだけ大きく開いた。
「あの男を信用するな。あの男は人身売買をしておる」
「人身売買……」
「そうだ。奴が言っていた商品というのは人間のことだ。ワシはそれを見た。あの船の中で薬漬けにされた人間達を」
「薬漬け?」
「依存性の高い薬のことだ。一度でも中毒になれば治すのは難しい。薬はな、適量なら毒にはならんが、過剰摂取すると体内に蓄積され猛毒になる。身もボロボロになりやがては死に至る。薬漬けに使われている薬は特に人間にとって毒性が強い危険な薬物だ」
「どうしてそんなことを……」
「枷や鎖、焼印をするより薬一つで簡単に服従させられるからだ。薬無しでは生きてはいけない体にされるんだ。まさに薬の奴隷さ」
「そんなやり方で人間を支配するなんて」
「無論、効率を求めたってロクな結果にはならんよ。薬は判断力を鈍らせる。まともな労働力にすらならんだろう。だが、奴らには関係ないのさ。売ってしまえばその後の事は考えない。そういう真っ当な商売をやらなくなって利益だけ求める輩が増えたのは残念でならない。連中に誇りなど毛頭ないのだろう。
それより何故クマノミの上に乗って海を渡っていたんだ?」
「あぁ……それなら私達は」と言ってルーシーは旅の話しを簡単に説明した。
「そうか。その若さで随分大胆なことをする。命知らずもいいところだ」
「怒る?」
「何故?」
「いや……普通の大人なら怒るのかなって」
「普通の大人じゃ旅へは出られんだろう。お前さん方は地平線を越えるのだろ?」
「はい」
「一人を除いては誰もまずしたがらんよ。地平線の向こうは死の世界だと誰もが信じ込んでいるからだ。太陽が沈む場所に人が行こうとはまず思わんよ」
「出来ると思います?」
「出来た者が一人だけいたが、真実は定かではない。信じない者もいる。だが、重要なことは誰かが出来たかどうかではない。自分を信じることだ」
「はい」
「自分を信じられるか?」
はい、と答えたい。でも、ルーシーの中に迷いがないわけではなかった。ルーシーはそれをその年寄りに打ち明けた。
それを聞いた年寄りは答えた。
「人には誇りがある。男としての誇り、一族としての誇り、自分の中にある誇りは人それぞれだ。君は自分の中に誇りを見つけ葛藤しているんだ。君はその誇りを他人に傷つけられたくはない。もし、誰かがそれを傷つけようものなら、君はそれを守ろうとする。その時、少しだけ普段より力が増して強くなる。それは目に見える力ではない。それは内なるエネルギーのことだ。ワシは何故人はこの世に生まれたのか、人生とは何か、ずっと答えのない問題に悩み考え続けた。それでもこれといった答えを見つけることは出来なかった。ただ、ワシは自分の中にある誇りを磨くことだけをしてきた。誇りを持てば、人としてまずブレない。周りの言葉に流されることもない。確固たる信念があれば、それは誰にも負けることはない。それが人が持つ強さだと思う。どうだ? 少しは役に立ったか?」
「人の強さ……」
「まだまだこれからだ。なに、そう焦ることはない。それにワシも興味がある。君が最終的にどこに辿り着くのかを。そしたらワシにも教えて欲しい」
「はい」
「あの、私達食われてますけどね」とサンサが二人にツッコミを入れた。
「あ! そういえばベルとジャスミンは?」
「分からない。はぐれちゃったみたい」
「それじゃまずは二人を見つけなきゃだね」




