お前は野良猫
青空の下、ルーシー達は魚の上に跨り海を駆けていた。背後には先程までいた都会があり、それはどんどんと小さくなって消えていった。乗り心地としては決して悪くない。陸は四本足で移動するぶん振動が伝わってきたが、海ではスイスイと泳いでくれる。これなら、尻も痛くならずに済みそうだ。海では魚が時々バッタのように跳ねていた。他にも周辺海域にいる生き物として『海蛇のラブカ』が生息している。蛇のように長い体に鮫のような歯を持った魚だ。動きが遅い為に人間にはそこまで脅威ある生物ではない。同じく動きが遅い生き物を餌としている。子どもで200センチメートルあり、大人はその倍以上400~500にもなる。
現在、ルーシー達はおよそ時速80キロ代で移動中。
因みに、ルーシーはクマノミに乗ったまま海に飛び込んだ時の水飛沫でびしょ濡れになり、靴を脱いでその紐で鞍に引っ掛けて吊るし乾かした。とはいえ当分乾きそうにないだろう。ルーシーは裸足のまま鐙に乗せたり、足をぶらぶらさせたりした。服は脱いで今は白のタンクトップ姿だ。肌寒いが、これも仕方なし。ズボンは裾を捲くりあげているが、それも脱ごうとしたらサンサがそれはと言って止めたから履いたままだ。別に海の上では誰かが見ているというわけでもあるまい。しかし、サンサはやめてと止めた。サンサはというと、外套だけ脱いだだけだった。夏にはもう必要ないものだ。だが、旅となると今は暑くても遠い場所は分からない。だから必需品には変わらなかった。
話しは少し変わるが、学校で読んだ小説の中で人間が衣服か、衣服が人間かという話しがあった。衣服はそれだけ歴史があり、まさか裸でいるわけにもいかない。特に寒い地方なら尚更だ。で、動物のように毛が全身にない人間にとって服は重要という話しになったわけだが、その筆者が露出に抵抗があまりない若者をどう思うだろうか。昔の人なら片方の眉を上げて婚約前にそんな格好を! とか言うのだろうか。結婚後も文句を言われるのが目に見えるが。そんなことはなくても、衣服は常に時代と共に変わると同時にまた価値観も変化している。長い髪をおろしたまま外を出歩けば怒られる時代はなくなり、黒い服も喪服と限らずファッションとして定着したように、価値観は常に一定ではない。では、人間の価値観とは本当のところ何なのだろうか。一つ、これだけは言えよう。人がなんだかんだ一番謎な生物だということだ。
しかし、海とは広いものだ。この速度でずっと走り続けているのに、ずっと海が続いているのだから。それに加えてこのクマノミはよくそんな体力があるものだと思う。魚にはずっと泳ぎ続けるものもいるようだが、そもそもクマノミを魚と定義するには異質だ。魚なのに陸でも動け呼吸も出来るのだから。それでいて速い。この巨体でこれだけの能力があると、相当のエネルギーが消費される。だからなのか、時々餌を見つけると、方向転換を急にし小魚を口に入れエネルギー補給をしだす。そして、ちゃんと元のルートに勝手に戻るのだ。なんて賢い生き物なんだろうか。
それから暫くすると、前方に赤白の浮漂が見えてきた。それを見たベルが「そろそろ領海を出るよ」と説明した。それはつまり、国を出るということだ。サンサは「いよいよだね」と言った。ルーシーはそれに頷いた。色々あったけど、ここから私達の旅立ちがこの境界線を越えた先から始まるのだ。
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少し前。ルーシー達が学生寮から姿を消し学校では大きな騒ぎとなっていた。ルーシーの両親はそれを知り怒りを学校に爆発させていた。ルーシー本人に対してもだった。親不孝な子だとか賢い飼い猫ならちゃんと餌を求め家に帰ってくるというのに、あいつは野良猫だ! とか色々とだ。しかも、消えたのはそのルーシーと仲良くしていた友達だけでなかった。それを追いかけに行ったロジャーまでもが学校から姿を消したのだった。そのロジャーの父親はというとショックのあまりずっと寝込んでいた。
当然、これは学校においても一大事。子を預かる監督責任が問われるのは間違いない。新任したばかりの若き校長はこれから重い処分を受けることになる。例えそれが子ども達の独断であれだ。子どもは大人程に世間知らずだ。だからこそ、大人は子どもに教えてあげなければならない。子どもは大人になろうと例えば酒の味を知ろうとする。未成年に酒は飲めないことを当然大人は教えなければならない。子どもというのは目を離せば何をしでかすか分からない生き物だ。そして、誰もがそれを経験している。問題は、子どもに危険が訪れた時だ。子どもというのはおっかないものでどんな目に合うか分からない。誤って死なないように親は神経を使ってその危険(事故や事件)から我が子を守らなければならないのだ。子どもは言ってしまえば小猫だ。犬のようには従わない。気分屋で、泣きたいときに泣き、駄々をこねたり、親を困らせたりする。それが子どもというものだ。だから、親というのは神経質になる。それを学校の不手際で突然失ってみろ。親はどんな気持ちでこれから過ごせばいいというのか。
そうとは知らず呑気に好奇心真っ直ぐなルーシーは海を駆け続けていた。無鉄砲な猿のようで、猫のように懐いてはくれず気まぐれ。そんなルーシーの行く先々では周りを巻き込み、それはまるで嵐のよう。ルーシーを知る者は彼女をそのまま嵐をランと呼び、ラン・ルーシーと呼んだ。
親は子に早く間違いに気づき無事戻ってくることを祈った。今、出来ることといったらそれだけだった。




