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ラン・ルーシー  作者: アズ
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ラン・ルーシー【1】

 周りからは無鉄砲だと言われる私は、女でありながら男のような振る舞いで、確かにやんちゃだった。友達も男友達が多いし、女の遊びというものをほとんどしてこなかった。

 そんな私の部屋は三階建の二階にある。どの家も三階建であり、巨大な木の上で暮らしている。

 いつからなのか知らないが、一家につき一本の木に住み着き、そこでDIYをしながらアレンジを加えていく。木と木の間には吊り橋が掛けられており、住民達はそこを通って移動する。木の下は水が緩やかに流れており、根は水に沈んでいる。小舟があり、吊り橋以外の移動手段にも使われたりした。

 他にも、頑丈な木の枝を利用して空中ロープを張って、足漕ぎ式のゴンドラで街まで移動も出来た。

 夜になると、蛍が一斉に光出して照明のかわりに夜の森を明るく照らしてくれる。

 ここでは火は使わない。だから街で売っているランタンもそこに捕まえた蛍を入れて照明器具として使用したりもした。因みに蛍はここにしか生息していないようで、外から来た旅人達は蛍が見せる夜の景色に驚いたりする。でも、私には見慣れた景色だ。都会人は自然を初めて見た目で見るのだが、それが不思議で仕方がなかった。かくいう私は逆に都会を知らない。いつかは行ってみたいと思うのだが、父は断固として許してはくれなかった。私が駄々を捏ねても、泣いても(嘘)、父は頑なに頷くことはなかった。

「都会はな、何でもある魅力的な場所に見えてもな、そこには危険が沢山あるんだ。一度都会に行ってそのまま行方不明になった人を父さんは何人も知っているんだ」

 でも、そんなのは嘘だと分かっていた。ただ単に父は私に都会へ行って欲しくないだけなのだ。子ども扱いする父にとってましてや女が一人都会へ行くなんてあり得ない、言い方を変えれば古い頭の持ち主なのだ。

 だから、私は都会に行く機会をお城の舞踏会へ待ち望む可憐な女のように待っているのだ。

 それから今、その機会は未だ私の元には訪れなかった。




「神様って不公平だと思わない? 私にだけこんな檻みたいな森の牢獄に閉じ込めるんだもん」

「君だけだよ、そんな事言ってるのは」

 同い年の茶髪で天然パーマのロジャーは父親が行商人ということもあって彼の家は金持ちで、欲しいものをロジャーに言えば大抵は揃えてくれる。髪型は父親譲りで、ロジャーはそれが気に食わないようだけど、私はその頭が好きで彼にはもう少し髪を伸ばして欲しいと思っている。その方が絶対似合うと思うんだ。

「あんたは都会に行ったことがあるからいいでしょうけど、私は知らないまま一生を終えたくないの」

「都会は人が沢山いるんだ。それだけで船酔いしたみたいに吐きそうになったんだ。どうしてだろうね? 同じ人間なのに、沢山いるとそれだけで疲れるんだ。君にはオススメしないよ」

「ロジャーは船酔いしないじゃない」

「例えだよ、例え」

「そう? でも、私はロジャーみたいにならないかもよ?」

「でも、君のお父さんは君が一人で行くのを許していないんでしょ?」

「そうなの。ロジャーからも言ってよ、あの頑固親父に」

「無理だよ。僕の父さんだって反対するよ」

「ならさ、あなたのお父さんに私がついていくのはどう?」

「それも駄目だよ。都会人は恐ろしいぐらいに歩くのが速いんだ。君なんかじゃ簡単にはぐれて迷子になるよ。そしたら一生君を見つけられないさ」

「迷子になる歳じゃないわ。むしろ、都会人の方がこの森で迷子になるじゃない。私、都会人に何度か道案内してあげたことがあるもの。お礼にキャンディーくれるのよ」

「それって君が子どもだからだっ」

「なんだって?」

「いや……なんでもない」

 でも、自覚はしていた。私もロジャーもまだ大人ではない。まだ10歳だ。

「君は無鉄砲過ぎるよ。その歳で一人で都会に行こうとするんだもん」

「ロジャーの臆病者」

 ロジャーは肩をすくめた。

 こうなると私が聞かなくなるのを分かっているんだ。ロジャーは親より私の扱いを分かっていた。だから、私もロジャーが一番の親友だった。これからも。

 私は裸足で階段を使わずに二階の窓から出ると器用に木登りしながら家の三角屋根の上に登った。それに続いてロジャーも追いかける。ロジャーは差し伸べた私の手を掴み一気に屋根の上へと上がる。そして、私とロジャーは並んで屋根の上に座り込んだ。そこから見える景色は無数の蛍と森だ。都会人はお洒落な言葉でこの景色を詩人のように表現していたが、生憎見慣れた私にはそのような表現は思いつかない。

 ふと、横からのロジャーの目線に気づき私はロジャーへ振り向く。ロジャーは私と目が合い照れ臭そうにする。

「なに?」

「いや、なんでも……」

「私の顔に何かついてる?」

 私は意地悪にロジャーへ質問攻めをした。だって、この関係を終わりにはしたくなかったからだ。でも、内心それはずっとは続かない予感はしていた。でも、それはずっと先のことだ。

 私は自然の風に煽られ黒髪のショートボブを靡かせた。それは優しい風だった。少し言えば半袖半ズボンにはやや肌寒いけど。




◇◆◇◆◇




 後日、ロジャーと屋根の上に登った件で私は朝から母に叱られ、罰として川で洗濯を命じられた。川というのは、木の下に流れる水のことで、その水はどこから来ているかというと山からだ。透き通ったひんやりした水をたらいと洗濯板を使って洗うのだ。

「なんでこんなことを」とブツブツ文句を垂れながら、丸太を螺旋に木へと突き刺した階段を降りて水面から顔を出している大きな根の上から冷たい水に手を突っ込み洗濯を始めた。

 すると、遠くの方から私の名前を呼ぶ声がした。

「ルーシー」

 ロジャーは吊り橋の上から呼んでいた。

「ロジャー? 何か用?」

「ルーシーが洗濯してる!?」

 ロジャーが驚いた反応を示すと、私は「誂ってないで手伝いなさいよ」とこっちへ来るよう手招きした。

「僕、今から父さんの手伝いでまた都会に行くことになったんだ」

「なんだって!?」

 ルーシーは思わず立ち上がったが、その時誤って父さんの大きなパンツを川に落とし、そのまま流れていった。

「やべっ……まぁいいか。父さんのだし」

 私はロジャーに「待って!」と叫んだ。

「私も行く」

「え?」

 私は洗濯をそのままに全速力で猿より速く木を登るとロジャーのいる吊り橋へと10秒もしないうちに辿り着いた。

「うわっ……流石だね」

「私も連れて行って」

「駄目だよ。君のお父さんに叱られれちゃうよ」

 ロジャーが私の父親の顔色を伺うのは嫌われたくないからだ。その理由も分かっている。

 私は最終手段、切り札を使った。



 チュッ。



 ロジャーは顔を真っ赤にし「な、なにしてるんだー」と言ったが、内心は喜んでいた。

「それじゃ宜しく」

「しょ、しょうがないな……それじゃ荷車の中に隠れていてよ」

「分かった」

「大人しくだよ」

「分かった」

 ロジャーが大変な約束をしてしまったことに後で我に返り気づいたとしても、それはもう手遅れだった。




 ロジャーの父親は行商人と言っていたが、具体的には骨董品と薬を主に扱っていた。この森では都会の薬が貴重となり、逆に都会は物珍しい骨董品には富豪は金に糸目をつけない。行商人という商売はとても上手い商売だと思う。一方でロジャーが言うには危険もあるだとか。なんでも盗賊が行商人の荷物を襲いにかかるのだ。盗賊は集団で行動し単独ではまず襲っては来ない。その場合は大人しく荷物を明け渡すしかないが、時々同業者の中には欲をかいて盗賊に殺された、なんて話が出回る。ロジャーの父親はよく「虻蜂取らず」と言って、欲をかいていいのは自分の命だけだと言い聞かせるのだと。

 そんな危険な仕事に同席させるのは、一人息子のロジャーを跡取りとして育てる為だろう。

 ロジャーもまた、そんな父の期待に応えようとしていた。父はロジャーが立派な行商人となれば金に困らず裕福に暮らしていけると思って行商人ルートから商談までを見せて歩くつもりだろうが、私から見たロジャーはそれなりに無理をしている。ロジャーはもっと他の仕事の方が合っている。でも、それを私からは決して言わない。それはロジャーが決めることだと思うからだ。

 ロジャーは本当はどうしたいのだろうか。親に与えられたレールの上にとりあえず乗っかる、そんな背中姿を私は追っかけながら目的地へと二人は向かった。




 都会へのルートは主に3つある。一つは砂漠ルート。そこは毒砂と言って専用マスクとゴーグル無しでは渡り切る前に死んでしまう。二つ目のルートは谷。そこは一番盗賊の襲撃を受けやすいルートとされ行商人や旅人はまず避けるべきルートだ。3つ目は海からのルート。定期便の大型船を利用するのが一番安全ルートとされるがその分の交通料がかかる。旅人が使うルートだ。だが、ロジャーの父親が使うルートはそのどれでもなかった。4つ目のルート。それは行商人にしか知り得ないルートらしい。私が知っているのはそこまでで、ロジャーはそれについては全く私に教えてはくれなかった。あんなに、外の世界については語ってくれるというのに。



 ロジャーと私は二人乗りのゴンドラに乗り、二人でペダルを漕いだ。

 森の中とはいえ、日差しは入ってくる。木と木の間から柱のように差し込む光をゴンドラが通過し、次のトタン屋根がある停留所まで行くとゴンドラを降り、直ぐにある螺旋階段を降りて陸(陸というのは森と陸地の高低差があり、陸は森より高い地にある。逆方向の先も同様であり、ルーシーの住処の森が全体的に低い場所にあり、そこに山から流れる水が巨大な川となり、その川の中に森がある。川に流されない根が張れて腐らない木だからこそ出来た自然。故に陸)にあがると、そこにこれから運ぶ用の荷台があって、その上にシートが被せられてあった。ロジャーはルーシーを見るなり「そのシートの下に入って隠れるんだ」と言った。ルーシーはロジャーの言う通りに従った。

 暫くして、ロジャーの父親の声が聞こえてきた。

 彼の父さんは何度か会っていて、挨拶もしたことがある。

  ロジャーの父親は天然パーマに基本丸眼鏡をし黒のタートルネックの服を着ていた。黒のイメージが強いのはロジャーの父さんが黒ばかり着ているからだ。

「それじゃいくぞ」

「うん」

「どうした?」

「ううん、なんでもない!」

 ちょっと、大丈夫なの? ロジャーは嘘が下手だ。彼の父親なら息子の嘘なんて見破るかも。特に色んな人を数多く相手にしてきた父親ならロジャーのちょっとした変化にも気づくのも簡単かも。なんならロジャーに内緒でついていけば良かったと今になって悔やんだ。

 ロジャーは父親に怪しまれながらもロジャーは気をそらせる為に早く荷台を押し始めた。

 荷台を引くのは父親で、荷台の後ろ側からロジャーが押していく。私は荷台の後ろ、シートの隙間から顔を覗かせロジャーを見た。ロジャーは慌てて口パクで「ふ・ざ・け・な・い・で」と言った。

 私は口パクで返す。分かっていると。

 私はそれからシートの隙間から見る初めての景色を楽しんだ。




 私達は不思議と森の中で当たり前のように暮らしている。山から流れる水はその森を突っ切って、その先にある街があって水道橋を通って都会にその水を送るのだ。都会人は水を使うのに使用料を支払っているとロジャーから聞いた時はビックリしたものだ。だって水にお金なんて払わなくても私達は普通にタダで使い放題だったから、都会がなんでも高いという話しは本当なのだろう。

 その森を抜けると、土の道の上を荷車は進んでいき、開けた土地の左右には農地が広がっていた。畑、遠くには田んぼが見える。田んぼは私達が使う水をそのまま使っている。この辺りは農産物で働く人々が基本手作業で仕事をしていた。水の通り道の途中には小屋があって、水車がある。あれも何かの作業小屋だろう。

 農地は広大で荷車から見える景色は暫く同じのが続いたが、石橋を境に景色が一変した。

 橋を渡って直ぐに地面の色が茶色から黒の泥に変わった。

(この土は駄目だ)

 まるでグラデーション、その境目を見たかのようだがそれが自然に出来るものなのか?

 泥の上では荷車を押すのも力とバランスがいるようでロジャーからは自然と額から汗が流れ出た。

 そんな土地に高い石の塔が建てられてあった。

(あれは?)と小声で訊いた。

(あれは見張り塔だよ)

(見張り?)

(この先を守る為に兵が駐留しているんだ。盗人とかから監視しているんだよ)

 ふと、父さんから散々聞かされた言葉を思い出す。

「ルーシー、世の中求不得苦が充満している。この食べ物も飲水もだ。国や地域によってはそれすら手に入らない。だから、奪い合い、殺しが起こる。世の中は平等には出来ていないんだ。だから、私達は食卓に並ぶ食べ物に感謝しなきゃならない。だから私達は神に祈り、感謝する。分かったな?」

 この辺境まで足を運び空腹を満たそうと飢えながらやって来るというのか…… 。

(ルーシー、この土地の土では栽培は無理だ。毒砂のある土地もそうだ。土地が死んでいるからどこでも食料を作れるわけじゃあない)

(どうして? どうしてそうなるの?)

(土地を駄目にしてしまう工場が増えたからだろう。僕達人間は土地を汚すから、その土が変わってしまい死んでいくんだ。まだ、ここの土地はなんとかなるけど、死んだ土地はどんどん広がっている。だから、毒砂も自然にあるものじゃないんだ。人間が生み出した化学薬品によって毒に変化したんだ)

(そうなんだ……)

 その時、前の方から咳払いが聞こえてきた。荷車が止まり、私とロジャーはしまったと思った。

「気づかないと思ったのか? 出てきなさい」

 私は観念してシートを捲り荷車から降りた。

「やはり君か……なにかおかしいと思ったが」

「父さん、僕が悪いんだ。僕がちゃんと断っていれば」

「ロジャーは悪くない! 私がわがまま言ってロジャーを困らせたから」

「二人とも、どっちが悪いとかじゃないだろ。君がついて来たことでどちらにせよ引き返さなきゃならない。このまま一緒に都会へは連れて行けないからな」

「そんな」

「ルーシー、君の両親はこのことを知らないだろ? 年端も行かない君が突然いなくなったらご両親はさぞ心配されるだろう。私をこれ以上困らせないでくれ。幸いなのが、まだ引き返せる地点だってことだ。もし、このまま都会まで行ったらと思うとヒヤッとするよ」

「ごめんなさい」

「しかし、なんでそんな事をしたんだ?」

「森の外を知りたくて……」

「ロジャーだな。どうやら私の息子にも罪があるようだ」

 ロジャーの父親は息子を厳しい目で見る。ロジャーはうつむきながら「ごめんなさい」と謝った。

「起きてしまったことは仕方がない。引き返すぞ」

 そう言って、荷車を引きながら三人は来た道を引き返した。




 それからというもの、私は両親から物凄く叱られ、父親からは脳天をゲンコツからのドリルのような拳のグリグリと、お母さんからはビンタを左右2回ずつ食らった。こうして、私は頭と頬に暫く痛みを感じながら数日の外出禁止を受けた。

 まだ、父さんのパンツを流してなくしたことは言えてないけど。




◇◆◇◆◇




 外出禁止中というの私にとっては父さんの拳より痛かった。退屈で死にそうな私にとってかろうじて救いになるのはこの家にある数少ない本だ。だが、そのどれもが何周か読み尽くしていた。お気に入りは教養として世界を記した分厚い本で、例えばそこに書かれてある本だと、この世界は平面であり、海の果てしない地平線の向こう側には終わりが突然あって、そこから落ちるとその下にあるもう一つの世界に落ちる。世界は層になっていて、それが何層になっているかは不明。それを知った私は世界が面白いと感じた。私の夢はその境を見つけ、世界を跨ぐ旅をすることだ。その話しをロジャーに話したら真に受けなかったけど。彼の臆病は本当に病気みたいに中々治らない。ロジャーは今の幸せでも充分だって言うに違いない。それ以外のリスクを取らない。親が与えたレールに沿って反抗しないのも、本当の自分というものを抑え込んだ方がリスクが少ないと思っているからだ。親は人生の先輩だからその方が賢い生き方だと思ってわざわざ愚かな道を選ぼうとしない。世間もそれが良いと言うだろう。そもそも親にとって跡取りは重要だ。それでも、一度は試すべきだ。親のいない道を選択することを。それは人生の冒険だ。誰の指図もない自由な航海と一緒。私はロジャーにはそうして欲しいと願っている。でも、今のロジャーじゃ私の説得なんて無理。分かってるんだから。

 私はため息を漏らす。

 どうやったらロジャーは変わるのかしら。



 ガタン。



 物音がした。おかしい……両親は今外出中で家にいるのは私だけの筈だ。私は武器になるようなものがないか辺りを見回しながら考えた。直ぐに思いついたのは台所の包丁だ。私は早速台所へ向かい、包丁を取ってから物音した場所へ向かう。だが、その手前でロジャーと鉢合わせた。

「うわっ!」

「うわっ!」

 二人同時に間抜けな声をあげた。

「なんだ……ロジャーか。ビックリさせないでよ」

「それはこっちのセリフだよ。それ、何?」

 ロジャーは私が持っている包丁を指差した。

「ああ、念の為よ」

「君って時々勇敢過ぎるところあるよね。普通、隠れるとか逃げたりとかしないの? 何で立ち向かうの?」

「そんなことより何の用よ?」

「いや……様子を見に来たというか」

「聞いたでしょ? 私の両親はあなたにご立腹なの。ロジャーが私に外の話しをして私が誑かされたと思い込んでるみたい。もし、家の中に勝手に侵入して私の両親に鉢合わせでもしたらあなた私のお父さんに殺されてるところよ」

「そんなこと分かってるよ」

「あら? それでも来てくれたのね。あなたのお父さんは私のことで何か言ってた?」

「ルーシーの両親にこれ以上迷惑をかけるんじゃないってさ」

「あら、優しい」

「冗談はよしてよ。君もこれに凝りて暫くは大人しくすることだね」

「あら、私を叱りに来たわけ?」

「そうじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「これ以上君のご両親を怒らせたくないだけさ」

「どうして?」

「どうしてって……それはもし君の両親が僕と合わせないようにさせたら僕達は一生会えないかもしれないんだよ。君はどう思うのさ?」

「……ロジャー、私のこと好きなの?」

 ロジャーは顔を真っ赤にした。

「な、なんでそんな話しになるんだよ!!」

「ロジャーって本当に分かりやす」

「誂わないでよ」

「はいはい」

「もう帰る!」

「怒らないでよ。私、凄く退屈で今にも死にそうなんだから」

 ロジャーは振り返らず玄関へとプンプンしながら向かった。

「分かったよ。もう誂わないから。だからそんなに怒らないでよ」

 ロジャーの足が止まった。

「本当に?」

「本当」

 ロジャーは振り返った。

「30分までなら大丈夫だけど」

「30分ね。あまり長居するとお母さんが戻ってくるだろうからそれぐらいがいいかも」

「それで何する?」

「さっきまでは本を読んでた」

「どんな本?」

「本と言ってもそんなにないの。ロジャーの家には沢山ある?」

「あるけど、どれも難しい本ばかりだよ。父さんが読書家なんだ」

「あなたは違うの?」

「本は退屈だよ」

「あら、意見が合わないね」

「君だって難しい本は無理だろ? 同じじゃんかよ」

「あら、私難しい本もいける口だけど」

「馬鹿な」

「本当よ」

 私はロジャーに先程読んでいた本を渡して見せた。ロジャーは中身をペラペラとめくって直ぐに本を閉じた。

「確かに難しい言葉ばかりだ。でも、君はどうやって文字を覚えたのさ?」

「独学」

「本当に!?」

「うん」

 ルーシーは頷いた。

「あり得ないよ。子どもで表意文字の本が読める人なんてまずいないのに」

「あなたは違うの?」

「さっき言ったろ。読めたとしてもそれは子どもの読み物さ」

 それは表音文字で書かれた本の事をロジャーは言っていた。

「子どもね」

「君もだろ。いや、そうじゃないか。しかし、凄いよな。ルーシーは表意文字を独学でマスターしたってことでしょ? 僕の父さんはこの仕事を継ぐなら表意文字くらい読めるようにしなさいってうるさいんだ。ねぇ、僕にそれ教えてよ」

「いいわよ。その代わり、ロジャー家にある本を私に貸して頂戴」

「いいよ」

「それじゃ交渉成立ね」

 ルーシーは手を出し、ロジャーもそうした。そして、お互い握手をした。

「商談成立だ」とロジャーは満足そうに言った。多分、父さんの真似事だろう。私はただ微笑んだ。




◇◆◇◆◇




 陰鬱な時は過ぎた。これからはロジャーが持ってきた本で私の知的好奇心が満腹になるまで外出禁止の間の時を過ごす。両親がいる間はその本をベッドの下へと隠す。こうして私の退屈は消えた。ロジャーには感謝だ。

 そのロジャーが持ってきてくれた数冊の本というのは『哲学』の本と『科学』の参考書と『推理』小説と『生き物』図鑑だった。どれも私の家になかった分野の本だ。私はきっと本の虫となっていただろう。両親はそうとは知らず、ようやく娘が大人しくなったと思い込んでいるのだろう。うちの両親は私に女の子らしくして欲しいのだ。そういうのが伝わってくる。私はそれがイヤだった。親の考える理想を私に押し付けないで欲しいと思っているし、神に願ったこともある。今のところ効果は無いけれど。別に男になろうとかじゃないんだけど、とにかく自由にさせて欲しいだけだ。命令されるんじゃなくて、自分の生き方を自分で決めれる、そんな自由を。




 だが、一番望んでいた自由は思わぬかたちで手に入ることになる。というのもこの国の国王が国民に対して対象年齢の子どもは教育を受ける義務に対してこれまで努力義務だったものに、新たに罰則を課すと言い出したのだ。それまでは努力義務ということもあってこの国の子どものほとんどは義務を果たさず学校へは通わなかった。それが今後努力義務では無くなるというのだ。つまり、私もロジャーも学校に行かなければならない。

 農民の半数はこれに反対したが、努力義務にしてから一向に教育を受けた子どもが増えていかないことに遂に国として動いたということだ。決定に国王が関わっているなら反対派は押し切られるだろう。

 そして、私は近くの街の学生寮に今年から通うのだ。

 学校と言えば本が沢山ある。それに色んなことを教わるのだ。

 農家達は農業に必要ない知識だ! とでも言うんだろうが、そうやって子どもから教育の機会を奪うなんて悪い大人だ。どちらがまともかは一目瞭然の筈だ。

「ということで私ルーシーは来月から学校へ入学します」

 両親は不満そうだったが私を見送るしかない。

 こうして私はずっと念願だった外の世界へと踏み出すことになった。




 だが、どうもそれは私にとっていい事ばかりでもないらしい。というのは学校からは学校に必要な道具類は入学式当日に渡されるとあり、その前に送られた制服を着て出席するようにという案内が送られていたのだが、学校生活、学生寮内、学校外でも基本その制服で過ごすこととし原則私服は認められないとあるのだ。それもなんと靴も靴下もだ。それには驚きで靴下は紺色と統一され、靴は動きにくいローファーである。この森ではまず適さない靴だ。そして女子の制服はなんと全員スカートと決まっていた。ここまで一緒にする理由はなんでだろうか。この案内が届いた時からワクワクだった私の中に波乱な予感がした。

 そして、自分でも分かるのだが自分の勘はだいたい当たる。せめて口にしないようにした。言霊となって現実になるのだけは避けようとしたのはせめてもの私なりの小さな抵抗である。

 だが、残念ながら的中してしまう。学校に到着するなり教職員と寮母からの説明というのはいわゆる上意下達、絶対的支配の如く校則と寮生の規則が存在した。

 この時、私の自由は消えた。




◇◆◇◆◇




 森から迎えの馬車に乗り込み移動してから約一時間程度、尻が皆痛くなった頃、ようやく前方に縦に長い門が現れた。その入口はアーチ状になっており、その周りを白い彫刻で歴代の国王の姿が彫られてあった。左から順に初代国王と続き二段に分かれ合計12体の国王の彫刻が彫られてある。そんな門の四方の角には国を守る守護神と思われる彫刻が門の下を眺めるように存在し、どれも凶暴そうな怪物の姿をしている。巨大な門は国が誇る歴史建造物の一つとして街中が認知しており、その中には選ばれし門兵がいて、街の安全を常に守っている。門兵には12ある階級のうち6番目以上でないとならないという条件があった。

 それなりに大きな街となると、必ずその出入口には門があるのだとか。かつて、小さな国がポツポツあった時の名残であり、今は一つの国として統合され、その門は街の出入口の象徴として新たに建造し直された。それからは門が閉ざされたことは一度もない。門兵も戦争がない今は特に緊張も無いのだろう。それでも、階級に条件が残されたままなのは、政府が単に忘れていてそのままにされている可能性が高い。

 ルーシーが通う学校は街の門を潜って中枢にある。

 学校を取り囲む高い塀、正門からパーゴラがあり、その通りを挟んで左右対称の庭があって、その庭を眺めながら通りを進んだ先に大きな校舎があった。白い建物にこれまたあちらこちらに彫刻が施されてあり、私達はその建物の正面から入った。私達が入ると既に待機していた在校生からの拍手で私達は迎えられた。

 前方のステージの上には怖そうな面々の教職員達と真ん中に白髪の老人、校長がいた。

 因みに、ルーシーの学校は女子のみで男子校ではない為に男子は一人もいなかった。いるのはそこの校長だけで教職員も全員女性という徹底ぶりだった。

 どうして学校というのは男子、女子にわけたりするのだろう?

 そのせいでロジャーと離れることになってしまった。ロジャーは今頃どうしているのだろう。いじめられなきゃいいけど。そんな心配をしながら、気づけば入学式が始まっていた。




 入学式は退屈だった。子守唄かのような校長先生の長話しと、眼鏡を掛けた堅ぶつのババアの校則と生徒としての自覚云々の話しを終え、私達はようやく寮へと案内された。

 既に学校が決めた組み合わせで二人部屋のルームメイトが発表されていく。そして、私の番が来て、同時にもう一人の同い年のサンサが呼ばれた。部屋に案内されたのは東棟の寮の二階の真ん中辺りの部屋だった。その部屋は一つの部屋に二段ベッドと勉強机が二つついた部屋で奥に窓が一つあった。二段ベッドにはカーテンがついており、二人その部屋に残されると、寮母と残りの学生は他の部屋へ回った。

「私、下でいい?」とお団子頭の子に訊いた。

「あ、うん。いいよ」

「ありがとう」

 私はそう言ってネクタイを外しそれをベッドへと投げて第一ボタンを外し、窓を開けて空気の入れ替えを始めた。

 目が点になっているその子を置いて私は自分のベッドに座り込んだ。

「疲れたぁ〜」

「あ、あの。私、サンサって言うの」

「知ってる。寮母がそう呼んでたから。あ……そうじゃないよね。私はルーシー」

「よ、宜しくね」

「こちらこそ宜しく」

「ル、ルーシーはどこ出身なの? 私はこの街の生まれなんだけど」

「私は田舎。森に住んでた」

「森? へぇ……そうなんだ」

「馬鹿にした?」

「え? そ、そんなんじゃないよ」

「いいよ、いいよ別に。お前は野生児かって言われても怒らないから」

「そんなこと言わないよ。それより、入学式の時半分以上寝てなかった? 上級生とか先生達とかに目をつけられていたけど」

「そうなの? なんで?」

「え?」

「皆とか寝なかったの?」

「いや、寝ないよ普通」

「ごめん。私はここのルールとか知らないからさ、常識ない子なんだ。だから今こうして教えてくれるのありがたい。どんどん教えて」

「そ、それじゃ第一ボタン外すの良くないよ。あと、ネクタイは部屋を出る時はつけてね」

「はぁ?」

「ご、ごめんなさい」

「いや、謝らなくても……しかし、ネクタイつけておく意味ある?」

「上級生や寮母さんに怒られちゃうから」

「面倒っ! 皆さ、そんなルール、ルールとかうるさいもんなの? よく我慢出来るよ」

「というか、社会人になる為?」

 自信無さげに首を傾げながらその子は答えた。

「そっ。社会人ね……私には無理かも」

「え?」

「だって、それつまらないじゃん」

「そういうものなのかな?」

「そうよ。自然に生きた私が言うんだから間違いない! ここはまるで監視する為の牢屋よ」

「でも、社会人にならないならルーシーはどうするの?」

「私? 私はね旅をするの。この世界の外を知る為に海に出て、世界を跨ぐの」

「そ、壮大だね」

「今、無理だと思ったでしょ?」

「いや、別にそんなんじゃ」

「そりゃ無理だよ」

「え?」

「今の私じゃあね」

 その時、ドンドンと音がした。返事をする前に扉は勝手に開けられ二人の上級生が入ってくる。二人ともポニーテールで身長は私達より大きい。

「あんただね」

 上級生はルーシーに目当てだったようで私を見つけるなり腕を組み品定めするかのように見回してから口を開いた。

「ふーん、どうりで田舎臭がするわけよ。猿が紛れこんでるなんて誰が間違えて学校へ連れて来たのかしら」

「先生に言って動物園から脱走した猿がいるって教えてあげなくちゃ」

「そりゃいいわね。あんた、さっきから黙っているけど、何か喋ったら?」

 サンサは上級生二人の斜め後ろから口パクで挨拶してって言っているが、それは出来ない相談だ。

「なんか言えよ。猿だからウキウキってか?」

 ルーシーはそれを聞いて笑った。

「は?」

「先輩、猿の真似上手いですね。生前は猿だったんですか?」

「はぁ??」

「私は確かに田舎から来ました。馬鹿にしに来る奴がいるだろうとも思っていましたけど、こんな低レベルなイジメとは……学校って本当に何の意味があるんでしょう?」

「何言ってるのコイツ」

「だってそうでしょ? 勉強を教えてもやることが低レベルなら教育の意味なんて無いに等しいじゃないですか」

「コイツっ!」

 怒りがマックスに到達したのか、上級生の一人は拳をつくりルーシーに向かって振り落とした。だが、それをルーシーは片手で受け止めると、その捕まえた手を離さなかった。

「っ!?」

 どんなに力を使っても振り払えないと分かると、そいつの顔色はどんどん悪い方へと進んでいった。

「どうしましたか先輩? 体調が悪いなら保健室へどうぞ」

「そ、そうさせてもらうわ」

 ルーシーは手を離すと、二人は足早に踵を返し部屋を出ていった。最後の抵抗なのか、扉を閉める時だけ力を入れ大きな音を立てていったが、それぐらいは見過ごすことにした。

 二人がいなくなってからサンサはホッとため息をついた。

「あまりヒヤヒヤさせないでよ」

「ごめん、ごめん」

「それよりルーシーは上級生相手に凄いよ。どうしてそんな度胸があるの?」

「いや、皆からはお前は無鉄砲な奴扱いされてるからさ」

「そ、そうなの? なんだかよく分からないけど、あんまり悪目立ちはしない方がいいよ。特に寮母さんや先生には」

「分かってるって」

 本当かどうかサンサは疑心暗鬼だった。本当にやっていけるのか、それが彼女の最大の悩みになったのは間違いない。




「そう言えばさ、ここに来る途中街で見かけた変な石像あったじゃない? あれは何?」

「あれはこの街の守り神で『ガーゴイル』って言うの」

「儀式的な意味?」

「いや、実際に夜の11時を過ぎたら動くの」

「どうやって?」

「魔法で」

「魔法……魔法ねぇ」

「寮母さんも言ってたでしょ? 夜の7時がここの門限だけど、街は夜の11時はそもそも街の条例で外出禁止だって」

「そうだっけ?」

「そうだよ。ルーシー寝てたから聞いてないんでしょ」

「あははは……それで?」

「もう! ようはガーゴイルはその時間に外に出ている人がいたら襲うの。だから皆家の外には絶対に出ない。実際外で悲鳴を耳にして窓の外を見たら外を出歩いていた旅行者がガーゴイルに襲われているところを目撃した人がいるんだから」

「襲われた人はどうなったの?」

「ガーゴイルに丸呑みされたの」

「丸呑み……でも、なんで石像が動くわけ?」

「え、もしかしてルーシーは魔法を知らない?」

「うん、知らない」

「そ、そうなんだ。魔法は呪いみたいなもので一度掛けたら解除するまで指定された条件に従って発動する術で、ガーゴイルはその例になるの」

「何の為に?」

「それは大昔、夜の奇襲を防ぐ為に。今は戦争もないから関係ないけど、治安維持の為に術はそのままになってるわね。解除方法は一部の人しか知らないとされているわ」

「へぇ……魔法も学校で習ったりする?」

「習わないわよ。だって必須科目じゃないんだもの。そもそも学校で習えるものではないわ」

「そうなんだ。よく分からないな」

「私だって詳しく知ってるわけじゃないからね」

「私も魔法があるなら使いたかったな」

 サンサは苦笑した。

「サンサは魔法使いたくないの?」

「私はいいかな。魔法って怖いイメージがあるから」

「ガーゴイルとか?」

 サンサが言った『ガーゴイル』という名の石像は至るところにあり、それは翼の持った怪物のような姿をしていた。守護しているという割には物騒な石像だと思った。

「ガーゴイルは掛けた術者も関係なく与えられた使命に従って動くところがね」

「それって逆にそれだけ正確ってことじゃない?」

「そうなんだけど、なんか……魔法は心がないから」

「あぁ……分かった気がする」

「ルーシーはさ」

「うん」

「この街が嫌い?」

 石像を除いた街並みというのは高い建物が多く、人が沢山いて賑わっていた。ただ出歩く人達は何故か畏まったような服を着ていた。男はスーツというものが当たり前で、会社にいなくてもネクタイをしっかりしたままで、誰もボタンを開けて胸を出したりしていない。それがこの街の暗黙のルールという雰囲気が漂っている。いわゆる品格というものなのか。身なりをしっかりしましょうという寮母の教えが学校だけの話しでないことは分かった。サンサの言う社会だ。

 社会というのは自由を縛る装置か何かなのか?

 街の中枢は学校以外に高い時計塔があって、他に円形の立派な競技場が学校へ向かう道中に見かけた。石造りの建造物で、外にまでその熱気、歓声が届いた。

 この街は堅いイメージが強いが嫌いではない。赤レンガの建物があったり、お洒落な壁画のあるお店とかあったり、見どころは沢山ある。自由時間があれば街を見て回りたいところだ。

「嫌いじゃないよ。サンサはこの街の生まれなんでしょ? ならさ、いつか街を案内してよ」

「うん!」

 サンサは元気な笑顔を見せた。私はそれを見てルームメイトがサンサで良かったと新生活の不安が一つ私の中から消えて安堵した。




◇◆◇◆◇




「今日は授業も無いしお風呂に行こうと思うけどルーシーも一緒にどう?」

「誰かと一緒にお風呂なんて何年ぶりだろう」

 サンサは頬を少し赤める。

「そうだよね……」

 寮は家と違いお風呂は共同となる。サンサと一緒に一階にある入浴場に行き、私はその広さに驚愕した。

「広っ!?」



 こうして私の学校生活が始まった。




「ホホホ……まさかお風呂で泳ぐ子がいるなんて開校以来初めての事ですよ」

「私は止めたんですが……」とサンサは小声で答える。

「寮母さんは開校の時から寮母さんだったんですか? 寮母さんって幾つなんですか?」

「ちょっ、ルーシー」

「あら……女性に歳を聞くものではありませんよ」

「どうしてですか?」

「失礼だとは思わないのですか?」

「はい」

「どうしてそう思うのかしら?」

「お酒や煙草は成人になってから、年齢確認を店の人が求めても失礼にあたらないからです。それとも、それも失礼になるんですか?」

「あらあら……ああ言えばこう言うタイプの子ですか」

「それは誰に言ってます? 独り言ですか? 大きな独り言ですね。バッチリ独り言聞こえました」

「ウザッ……ゴホン! あなたがどんな子かは分かりました。きっとご両親も子育てに苦労されたことでしょう」

 そう言われルーシーは両親の顔を思い出す。それを想像するに確かに私は両親を困らせてきた。寮母も同じ顔をしている。私はその時の対処法を知っていた。

「ごめんなさい。もうしません」

 ルーシーは頭を下げて寮母にそう謝った。

「ホホホ、分かればいいのです。分かれば。もう行っていいですよ」

「はい」

「あ、でもここのルールで違反した子には罰が与えられます。あなた達には一週間のトイレ掃除を命じます」

「え、サンサは関係ないでしょ」

「連帯責任です」

「連帯責任?」

「ルームメイトになった以上、二人は一心同体。責任はもう片方も背負うことになると肝に銘じなさい」




◇◆◇◆◇




「理不尽だ!クソだ。連帯責任とか、ただ大人は罰を与えたいだけでしょ!」

 部屋に戻った私は一番にそう叫んだ。

「ルーシー、声小さくして。寮母さんに聞かれちゃうよ」

「聞かれたら何?」

「また罰が与えられるよ」

「うっ……ごめん。私のせいで」

「ううん、別にいいよ」

「掃除は私一人でやるから」

「それだと私がサボったことになってまたペナルティになっちゃうよ」

「はぁ……とんだ学校生活になりそうだ」

 いや、それはあなただけよ、とサンサは心の中で思った。




◇◆◇◆◇




 学校生活二日目。

 その日から通常授業が始まる。寮の食堂でパンとスープとサラダを食べてから校舎へ移動し、一年の教室へと向かう。一つの教室に20人で私はそんなもんかと思った。国の法律が変わって今まで学校に来なかった子どもが一斉に学校に通うようになれば、生徒で溢れるだろうと思ったんだけどな…… 。

 1時間目の授業は『科学』だった。これまで研究者達が解明、発明した事実を学ぶ。車輪の再発明をしないという名目もあるだろうが、国の科学発展の為に基礎から学ぶ。

 さて、私は入学式早々から先生に目をつけられており(私が悪い)黒板に問題が書かれると、白衣を着た小太りの剥げた加齢臭のするオッサン先生が私を指名した。だが、生憎その答えは知っていた。ロジャーから借りた本でそれは見たことがあるからだ。というわけで私はすんなりと答える。周りは、え?何で分かるの? という反応だった。

 2時間目は『国語』だった。難しい言葉が沢山使われた文章が板書され、その意味を答える問いにまたしても指名された私は平然とお上品に答えた。これまた、何で分かるの!? という反対が返ってきた。

 3時間目は『体育』の授業で制服からジャージ姿に全員更衣室で着替え終え芝生の校庭に出ると、最初はランニングから始まり、次に体力テストが行われた。皆走るのが遅く、腕立て伏せも腹筋も皆できずに撃沈し、反復横跳びでは皆スライディングしてどこかへ行ってしまうし、ボール投げは皆手前で落とすし、高跳びは皆ポールに向かって激突するし、皆真面目にやってるの? って感じだった。担当の先生はというと「新記録更新よ!」と喜んでいた。

 昼になる頃には私はクラスで人気者になっていた。私の机の周りには皆が集まって「なんで難しい文字読めるの?」とか「ここ分からないんだけど教えて!」とか、なんだか想像したのと違った。

 午後もそんな調子が続き気づけば二日目の授業を全て終えていた。

 学校も終わった頃、サンサは私のもとに寄り「これから街を見て回る?」と訊いてきた。時計は16時でまだ門限の時間までかなりの猶予があった。

「是非お願い」

「任せて」




◇◆◇◆◇




 学校を出て直ぐが大通りで向かい側にはタブロイド紙と煙草を売っている小さな店があってその隣が喫茶店になっていて、テラス席で足を組み煙草を咥えながらタブロイド紙を読んでる客がいて、席には珈琲の入ったカップが置かれてある。その店の上からは賃貸アパートになっていた。大通り沿いの窓は全て閉まっており、カーテンが昼間だというのに掛けられたままになっていた。

「なんでどの部屋もカーテンが掛かっているの?」

「丸見えになるのと私生活が分かると家族構成とかで逆に盗人がターゲットしやすい部屋を見つけやすいとかかな」

「治安悪いの?」

「そうでもないんだけど、普通かな」

「普通ねぇ……」

 街を歩く通行人達は誰もが機械的に移動をしており、私達のように自由な意志で動いていない。社会によって命令され脳が支配されているかのように。彼らの目を見れば分かる。覇気が無い。むしろ、遠く彼方を見ている。そんな虚ろな目で何が見えるというのか。圧倒する街並み、彫刻や美術といった芸術には目もくれず、時々煙草を咥えてエネルギーを補給し、また働き出して、上司に叱責される理不尽な毎日。そんなんだったらまだ頭をお猿にして着ているスーツを破り脱皮して本当のありのままの姿でコンクリートの頂上に登りウホウホした方が幸せだろう。人はそれを見て嘲笑うだろうが、猿は人間達を高みの見物出来る。そこから見える景色はかつての自分の姿だ。その時、今までの人生について見直すだろう。

 だが、そこまで考えてふと自分が大人になりたくないんだと気づく。大人が嫌いだと反抗するのも、私は今のままがいいと思っていて、でもいずれ大人にならなければならない時が来るという現実から目を逸らしているからなんだと気づいた。

 大人が醜く見えるのは結局自分の心、フィルターが汚いからそう見えるのだ。他人の人生を非難出来る立場に私はいない。

 私はもっと社会について知らなきゃいけないんだ。




 サンサとの街の観光はかなり楽しめた。特に街にある美術館や図書館は私にとって魅力的過ぎて頭がパンクしそうになった。一変に頭の中に入れるのは勿体ない気がして、でももっと知りたいという欲求はあって、私は興奮してしまいサンサがそれを見てドン引きしていた。

 そんな一日が終わり、それが二日、三日、一週間と過ぎていき、気づけば部屋には私が借りてきた本が山積みになっていた。

「ホホホ、本を沢山読んで勉強することはいい事ですよ。ですが、いい加減この汚らしい部屋をどうにかしなさい」

 サンサは「私も言っているんですが」と小声で言った。

「今日中に片付けておくこと!」

 そう言ってピシャリとドアを閉められた。

「ごめん……」

「私も片付け手伝うよ。ルーシーには勉強手伝ってもらっているし」

「助かる」

 そう言って部屋の大掃除が始まった。

「それにしてもルーシーは本当に沢山の本をよく読むよね」

「うん。でも、読めば読む程、私は外の世界にもやっぱり行ってみたいかなって。自分の目で見ていきたい」

「そうなんだ」

「サンサは将来どうしたいかとかあるの?」

「うーん、まだないかな」

「そうなんだ。それじゃ私と一緒に旅するのはどう?」

「え?」

 それはサンサにとっては思ってもみなかった誘いだった。

「今のところ一緒に行くっていう人はゼロなんだ。サンサが最初に誘った第一号」

「えー、そうなの? どうしようかな……」

「考えといてよ」

「うん、考えてみるね」




◇◆◇◆◇




 ガーゴイルが滝に打たれている。窓を開ければきっと部屋は洪水間違い無しだろう。そんな最悪な天気の日、私は自分の机でロジャーへの手紙を書いていた。私もロジャーもお互いこの街に来てからずっと会えていない。私のいる学校は関係者以外立ち入り禁止と鎖国みたいなことをしている。そして、ロジャーのいる学校もだ。敷地を囲むように塀をつくり、境界線の内側と外側を作り出しているわけだが、私はその塀をハンマーでぶち壊したいと思っている。私達は別に勉強するのにその塀が必要だと思っていない。目障りにすら感じるけど、それがここでは当たり前だった。

 人は境界線をつくるのが得意で、そこには外と内の溝を感じる。でも、そんな私も無意識的に見えない境界線を作っている。子どもと大人とかね。そりゃ違うけど、もっと細かくみたら一人一人違いがあるのだからそれをいちいちカテゴリーする必要はないんだと思う。それでもカテゴリーが必要なのは……何でだろう? 今の私には分からない。頭がぐちゃぐちゃになりそう。

 気づいたら私はロジャーへの手紙をくしゃくしゃにしていた。

「はぁ……」

「どうしたの?」とサンサは訊いた。

「なんだか集中出来なくて。雑念が入るというか」

「理由は?」

「自由が欲しい!」

 サンサは嫌な予感がした。

「自由って具体的には?」

「私にはロジャーという友達がいるんだけど全然会えない! 同じ街にいるって言うのに手紙でやり取りするなんておかしくない?」

「男子校にいるんだよね」

「そう。侵入しようにもどの部屋か分からないし」

「侵入はしないでね。また、先生や寮母さんに叱られれるから」

「分かってるけど、人に会うだけでも何でこうなるわけ?」

「気持ちは分かるけど……それじゃ気分転換はどう?」

「気分転換? 何するの?」

「ボードゲームとかはどう? それか皆を呼んで怪談話しをするの」

「うーん……やっぱり侵入しかないか」

「やめて! またペナルティになるよ」

「冗談だって」

 信用出来ないとサンサは思う。

「ねぇ、サンサ」

「何?」

「ずっと思ってたんだけどさ、国は義務教育に罰則を設けたじゃない? なのになんで生徒はこれぐらいなの? 他校の方が受け入れ人数多いとか?」

「あぁ……それは多分ちゃんと役所に届け出されてないとかかもね。戸籍のない子どもは実際にいるみたいよ。人数的なことは分からないけど」

「そうなんだ」

「あと考えられるのは毎年この国では子どもの失踪事件が起きるんだ」

「行方不明になるってこと?」

「そう。大人達は誘拐だって言ってたけど犯人はまだ見つかっていないみたいね」

「子ども誘拐してどうするの?」

「国外に人身売買するの。そういう悪い大人がいるのよ」

「……」

「だから学校が一番安全ね」

「ねぇ、サンサ。私、この学校に入学してからずっとロジャーに手紙送ってるんだけどさ、返事がないの流石におかしいと思う?」

「……考え過ぎだと思うよ。もし、何かに巻き込まれたんだとしたら大人達が気づく筈だし、もし本人がいないなら手紙は送り返される筈だよ」

「そう……ちょっと実家に手紙出そうと思う」

「何もないよ」

「そうだよね」




◇◆◇◆◇




 ロジャーへ


 どうして返事をくれないんですか?

 私の事が嫌いになったんですか?

 私は心配です。返事を下さい。



 ルーシーより。




◇◆◇◆◇




 それからという私は胸の中がざわめいていた。学校の授業もなんとか話し半分に聞いていたが、ロジャーがまさか事件に巻き込まれたりはしてないか、その一点が心配だった。

 だが、それから数日経った頃。寮母が現れ私に白い封筒の手紙を渡してきた。封筒を開けて中身を見ると、紙が一枚だけ入っており、そこにはこう書かれてあった。



 もう手紙をよこさないで下さい。

 ロジャーより。



 これは明らかにロジャーの執筆。間違いない……でも、なんで?

 私は手紙を机の上に置いたまま部屋を全速力で飛び出した。サンサは声を掛けようとしたが、それも届かないままルーシーの姿は遠くへ、そして見えなくなってしまった。

 サンサはハッとした。まさか、ルーシーは本当に乗り込む気じゃないだろうか。サンサは急いでルーシーを追いかけに出た。例えルーシーの足に追いつかなくても目的地が分かっているならなんとか行ける。問題はその後だった。

「もうルーシーったら!」




◇◆◇◆◇




「たのもう!!」

 ルーシーは頭に入れた地図通り男子校の学生寮の入口に来ていた。そこにいた男子達がルーシーの大声に駆けつけた。

「何事だ」

「誰か、一年のロジャーを知らないか?」

「お前女子だろ? ここがどこだか分かっているのか?」

「あぁ。だからここに来た。誰でもいい。ロジャーを知るなら案内してくれないか」

 すると、バタバタバタと駆け足が飛んできて、学生服姿のロジャーが現れた。

「ルーシー!? 君は何をしてるんだ」

「ロジャー、なんだあの手紙は?」

「ちょっと! 今ここでその話ししないで」

 ロジャーは慌ててルーシーを連れ出すと一旦外に出た。

 そこに二人が男子寮から慌てて出てくる姿を目撃したサンサは咄嗟に店の看板の後ろに隠れた。そして、そーっと覗き込み遠くから二人の様子を伺った。

(ルーシーは彼とはいったいどんな友達関係なの? どうみても……)

「なんなのよ」

「は、恥ずかしいじゃないか。そ、それに急にやって来るなんて」

「そんなことより説明しなさいよね」

「いったい何のことだよ」

「何のことじゃないでしょ! 私が散々あなたに手紙を送ったのに返事もよこさないと思ったら、今度は手紙をよこすなって言うじゃない!」

「は? 僕だって君に何度も手紙を送ったのに君こそ手紙を一通もよこさなかったじゃないか」

「え?」

「ん?」

「どういうこと……」

「それはこっちのセリフだけど」

 話が噛み合っていない。ロジャーも私も手紙を送ったというのに、私達のところには一切届いていない。なら、私達の手紙はどこへ……待てよ。先に寮に手紙が届いた時に真っ先に受け取るのは寮母……それから皆へ配布するわけだから…… 。

「あのババアやりやがったな!」

「ば、ババア!?」

「犯人が分かったよ。うちの寮母だ。ちょっと行ってくる」

「え? ルーシー?」

 しかし、ルーシーはもう走り去ってしまった。その様子を見ていたサンサも急いで自分の寮へと戻る。

 ルーシーは走りながら「ババアババアババアババアクソババア!!!」と大声をあげて、すれ違う通行人を驚かせた。

 そして、寮に戻ってくるなりルーシーは大声で「ババア出て来いよ!」と叫んだ。

「ホホホ、またあなたですか。人をババアだなんて失礼にも程があります」

「私が出した手紙、それからロジャーが送った手紙、どこへやった!」

「はて? 何のことで」

「とぼけるな! こっちは裏取れてるんだぞ! もう嘘は通用しないぞ」

「何の事かと思えばそんな事……確かに私がやりました」

「なんだと!」

「しかし、それは規律を守る為。ご両親から大切なお子さんを預かる身として、ふだらな関係から守ったまでです」

「は?」

「男子寮と手紙のやり取りするなど言語道断」

「なんでそんなことまであんたらに禁止されなきゃならないんだ!」

「大声をあげるのはよしなさい。いいですか、学生は学業に専念しなさい。恋愛など勉学には不要です!」

「勉強勉強ってそんなに勉強が大事か!」

「当たり前です。勉強出来ない子はロクな大人になんかなれません」

「そんなの間違ってる!」

「どうしてあなたはそうやって反抗して私達先生を大人を困らせようとするのですか?」

「うるせぇ! もうそれ以上汚い息を漏らすな! かわりに一発殴らせろ」

「駄目だよルーシー!」

 なんとか間に合ったサンサは後ろからルーシーを抱え必死に抑え込む。

「ここは堪えて」

「サンサ、どけ! コイツを殴らなきゃ私の気が済まない」

「ホホホ、なんて恐ろしいことを言うんでしょう。少しは頭を冷やしなさい。サンサ、この子を部屋へ連れていきなさい」

「寮母さん! 私は友達のルーシーに何をしたのかを知っています。ルーシーにまず謝って下さい!」

「サンサ、あなたまで何を言って」

「サンサ、コイツは殴らなきゃ分からないクソだ。分かったら離せ!」

「駄目だよルーシー。暴力で解決しようとするのは。暴力で解決してスッキリしようとしても何も解決したことにはならない」

「コイツにはケジメが必死なんだ!」

「ルーシー、お願い。私の言うことを聞いて! 一度でいいから聞いて」

「サンサ……」

「寮母さんのしたことは許されないわ。私も、私の友達を傷つけた寮母さんを同じく許せない。それでも、私達はあの人みたいに誰かを傷つけちゃいけないのよ。だから、寮母さんにババアとか言わないで」

「……分かった。サンサが正しい」

「ルーシー」

「寮母さん、ごめんなさい」

「分かればいいのよ」

 その時、サンサは初めて冷たい目で他人を見た。それを見た寮母はゾッとし「申し訳なかったわ。手紙はお返しします」と認めた。




 こうして手紙事件は無事解決した。この後、約束通り手紙は返却され、私とサンサの仲はより深まった。

「サンサってさ、怒ることあるんだ」

「もう! 忘れてよ」

「分かったよ。サンサを怒らせたら怖いからね」

「怒るよ!」

「はいはい」

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