紅染の大路
月光が紅色の液に反射する。
ただそれだけ。
ここに書けるのは。
〈紅色の大路〉
月は満月。
月の光を反射するほどの、綺麗な紅色の液。
大きな鵺が一つの御魂を刺した。
その刺した傷口から紅色の液が滴り、着物を紅で染める。
九条大路もまた、紅色の液で染まり紅染の大路となった。
ただただ紅色の液がぽつ、ぽつと大路に落ちる。
周囲は鉄の匂いで充満していた。
紅。
赤よりも鮮やかで、紅葉などの美しい葉にも使われる。
『くれない』という美しい読み方もされる。
それほど紅とは美しいのだ。
ただ、その美しい紅とは遠く遠く駆け離れたものを今目の前で見て、実感している。
「式さん!!!」
ただ叫ぶことしかできなかった。
叫びが誰もいない大路を響き渡る。
式さんの胸は鵺の尾によって貫かれていた。
足が動かない。
震えているのだ。
初めてこの様なことを目の当たりにしているのだから。
「零...さん」
式さんが口を開く。
「東寺に...夢覚鵺を供えました...これで...羅生門は...開くはずです...」
夢覚鵺、あの時屋敷で見た九条家の先祖の書物に記載されていた。
東寺に夢覚鵺という酒を供え、百鬼夜行まで待ち、
後列の鵺が九条家の者の御魂を取りにくると。
確かあれは犠牲を伴う禁止方法だったはず。
「どうして...そんなことを!」
こう聞くしかなかった。
だが、返ってきた言葉に俺は驚きを隠せなかった。
「惚れて..いたのです...零さんのこと...なので...せめて...零さんだけでも...と」
...なにも言えない。
「さぁ...時間がありません....早く...行ってくだ..さい」
足が動かない。
でも、このまま逃げるのもおかしいだろう。
相手に言わせておいてこのまま走るなんて、できない。
「早く!!!!ゲホッゲホッ...」
足が動いた。
俺は走ろうなんて思っていない。
反射というやつだ。
いや、これは反射ではない。
おそらく、彼女がかけた呪いだろう。
ギギギギギギギ......
木が軋む音。
羅生門が開いた。
現世へ帰る門が。
そのまま俺は羅生門をくぐった。
〈紅色の大路-終-〉
紅一点。