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恋恣イ  作者: 金沢 ラムネ
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四月二日:開

 その声はどんどん近づき、べらべらと喋り始めた。

「なんで勝手にどっか行くんだよ。どこに行くにしてもまずは、俺に、連絡してからだろう?勝手にいなくならないでくれよ、頼むよ」

 男の声だった。

「なにあれ、超束縛男なのよ。華火早く行こう」

 祭は一瞥し、華火の腕をとって先ほどよりも早足で進む。

「無視しないでくれ!こっち見てくれよ!!」

 男は祭と華火の方向に近づいてくる。

「なぁ、こっちを見てくれよ!綺麗な顔を見せてくれよ、君の笑顔を、君の涙を。君だけなんだ、俺の世界は・・・っ!」

 祭は足を止めずに言う。

「一応聞くけど、華火あの人知り合いじゃないのよね?」

「たぶん」

「だよね、うちも知らない」

「いかないでくれよっ」

 いつの間にか、男はかなり二人の近くまで接近していた。暗がりで遠目ではよくわからなかったが、男は細身で、見るからに優男然としていた。

「華火!走ろう!!」

 祭は華火の手を取って走り出す。


「一人で、どこに、行くんだ」


「「・・・!?」」

 男は突然二人の目の前にいた。

「君は空っぽだからこそ、女神なんだ。君は俺にとっては世界であり、神であり、愛すべき人形なんだ。俺たちの愛は歪んでいるが、正しい形なんだよ、なぁ、なぁ、そうだろう?」

 男は今にも華火に掴みかかりそうだった。

「華火!!」

 祭は叫びながら咄嗟に、庇うように腕を出した。男は祭の腕をすり抜ける。幽霊のようにすり抜ける。

「!?」

 そのまま男の腕は華火の両肩を掴む。

「空っぽ」

「そうだ、君は一人で、空っぽで、どうしようもない。空っぽだからこそ、貪欲に他人を欲する。空っぽだからこそ、罪だって受け入れる。そんなこと分かりきってるだろう?!だからこそ、俺を受け入れ、俺は君を受け入れた。俺を、俺を、置いていかないでくれよ・・・っ!」

 男は何かを言っていたが、私には聞こえていなかった。祭の声すら届いてなかった。

 華火はぽつりと言葉をこぼす。

「あんたに私の何がわかる」

 華火の言葉に力が込められる。

「華火・・・?」

 様子が違う華火に祭も恐る恐る顔を向ける。


「空っぽな気持ちが、あんたにわかるのか!」


 普段の華火とは違う、鋭い目をしていた。咆哮していた。華火が叫んだ瞬間、男の姿はなかった。周りには先ほどまでいなかった人も通りはじめた。あまりのことに祭は一瞬茫然としていた。


「あれ、祭ちゃん・・・?」

 華火の声を聞き、祭は我に帰った。そして弱弱しく祭の名前を出した華火は、そのまま崩れ落ちてしまった。

「華火!!!」

 すぐに祭が華火を支える。

「ごめん、大丈夫。なんか力抜けちゃって」

「うちもびっくりしたよ。痛いところとかない?」

 祭は華火の背中をさする。

「うん、大丈夫。でも立ち上がるのはちょっと待って、あとちょっとだけ」

「ゆっくりでいいからって・・・華火!目!」

「え?目?」

 祭が華火の頬に手を添え華火の顔を覗き込む。

「ちょ、近い・・・」

 華火は力が入らないなりに距離感に焦る。

「華火、左目が充血してる。真っ赤なのよ」

「え、うそ。左目?」

 私は持ち歩いていた手鏡を取り出しよくよく自分の顔を見る。

「うわ・・・、ほんとだ」

 左目は真っ赤になっていた。まるで瞳の黒目の部分まで赤く染まってしまったかのように。

「自分では、何ともないの?」

「うん、なんともないよ。本当にびっくりした・・・」

「そっか、じゃあとりあえず家帰ったら目薬差して、明日になっても治ってなかったら病院行くのよ」

 祭は華火を思いやりながら、考えていた。

 どうして華火はあんなに怒ったのだろうか。クールな千歳華火に隠れた何かがあるのだろうか。そして華火にとって今の体験がどれだけ怖かったか。武道の心得がある自分が、もっとしっかりしていれば、と。ただ、腑に落ちないのは、あの男は私の腕を幽霊よろしく、すり抜けたように見えたが、華火には触れていた点だ。そして、華火が叫んだ後、突然消えてしまった。なんだか、怪奇小説のような話だ。考えれば考えるほど、理屈がわからず、ゾッとする。


「ま・・・り・・・ちゃん。祭ちゃん!」

「ん、ああ!ごめん何?」

「祭ちゃんこそ大丈夫?ぼーっとしてる」

「大丈夫だよ!華火は自分の心配をしなさい!」

「うん、もう大丈夫だよ、立てる。行こう?」

 私は自力で立ち上がり、歩き始める。ふらつく様子もなく、どうやら本当に大丈夫なようだ。帰り道はお互いに無口になってしまった。

 祭は絶対に華火を家の前まで送ると聞かなかった。

「家まで来てくれなくても大丈夫だったのに」

「そんなわけにはいかないのよ」

「頑固者」

「どうとでも言って」

 そして何事もなく二人は華火の住んでいる賃貸の前に着いた。

「祭ちゃん、良ければ泊まっていく?私一人暮らしだし、遠慮しなくていいよ?」

 このまま祭を一人で家に帰すのが不安だった。もしくは一人になる寂しさのせいかもしれなかったが、つい声をかけてしまった。

「華火って一人暮らしなんだ。じゃあちゃんと戸締りしっかりするのよ。うちは流石にこんな急に泊まりになったら親が心配しちゃうから、遠慮しておくよ。また今度泊まらせて」

「あ、そっか。ご両親心配するよね、ごめん。じゃあ本当に気を付けて帰ってね」

 冷静に考えてそうである。自分の考えの甘さに少し恥かしくなった。頬が熱を持つ前に慌てて手で抑える。

「うん、気を付ける。華火もね!」

「あ、待って」

 手を振ってわかれようとする祭に、言わなければいけないことがあった。

「あの、その、お願いがあるの」

「どうしたの?」

 祭は先ほどのこともあってかいつもより優しい声だった。

「祭ちゃん、出来ればさっきの男の人のこと、誰にも言わないでほしいの。不審者として本当は警察とか学校に言わなきゃいけないかもしれないけど、内緒にしてほしいの」

「・・・どうして?」

 祭は怪訝な顔をした。

「私もよくわからないんだけど、なんとなく、どうしても。あの人のことを庇ってるとかじゃなくて、意味がない気がするの。警察とかに伝えても、どうしようもないって」

 祭は一瞬、本当は知り合いだったのでは、と疑うが、すぐに思い直した。確かにあの男は異常だったからである。

「・・・華火って霊感とかある?」

「え?わからない」

 突然の祭からの質問に華火は首をかしげる。祭はそっか、と呟いた。

「わかった。今回のことは誰にも言わない。でも、華火のわがままで周りに迷惑はかけられない。だからあの男っぽい不審者情報が出てきたら、今度は言う。それでもいい?」

「うん、それでいい。ありがとう」

「あと、一人でなんでもため込まないように。さっきは情けないところを見せてしまったけど、祭ちゃんを頼りなさいな」

「全然情けなくなんてなかったよ。庇ってくれてありがとう。・・・なにかあったら祭ちゃんに相談するよ」

「何もなくても、話してくれたっていいのよ」

「・・・そしたら、あの、もう一つわがまま言っても良い?」

「うん?何?」

 華火はまっすぐに祭の目を見た。

「連絡先を、交換してくれないでしょうか」

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