四月二日:四
五つ目の七不思議を解明した時点で時刻は、二十二時を回ったところだった。
「残るは六つ目の【月に囲まれた場所から前に三十三歩、右に二十一歩、左に二歩、前に一歩、歩くと人が消える】、七つ目の【桜に魅了された者は卒業まで憑りつかれる】かな?」
「いやぁ、忘れちゃいけない。三つ目の【夜更けまで校舎に居続けると一人閉じ込められる】が残ってるのよ」
「あぁ、そっか。でも一人閉じ込められるってあんまり体験したくはないね」
祭がうなずく。
「夜更けっていうのが正確に何時って決まってないけど、たぶん日付が変わるくらいの時間なんじゃないかなって思ってるのよ。流石にその時間まで華火を連れまわすのは気が引けるから、先に帰ってもいいのよ」
「え、でも祭ちゃんは?」
「うちはもう少し残るわよ。親も放任主義だし。最悪、三つ目の七不思議を体験したとしても、朝、家族が起きる前に家に入れれば大丈夫なのよね」
「じゃあ私も残るよ」
祭は少し驚いたような顔をしていた。
「でも、今日はもう疲れたんじゃない?」
身体は確かに疲れていた。これから家に帰り、お風呂に入り、明日の準備、と考えると足が億劫になる程度には。全自動で自分をお風呂に入れてくれる機械や、全自動でお弁当を作ってくれるロボットが欲しい、とつい思う。
「いや、大丈夫だよ」
少し虚勢を張った。疲れていてもまだ祭と一緒にいたい、と思ったのだ。
祭は少し困った顔をする。
「ほんとは疲れてるでしょ。華火、結構顔に出てるのよ。また明日にしよう」
「たしかにちょっと疲れてるけど、大丈夫だよ」
私は少しムキになった。
「一人で危ないことはしない方がいい」
私は飛鳥祭を心配している。なんとなく言葉が先に出て、自分の感情を理解するのが後になったが、私は、祭ちゃんが一人で探索を続けることが心配だった。
そんな心配や不安、不満が顔に出ていたのか、祭は目を見開き、驚いた顔をした。そしてすぐに笑い出した。
「はは、ふふ、ハッハハ、アハハ!華火がそんな風になるなんて、いつも物分かりいい顔ではいはいって言ってる華火が。大人びてるなぁって思ってたけど、そんな顔もできるんだ!なんだか前よりも可愛げがあるのよ」
顔に熱が集まってくるのがわかる。
「うっさいうっさい」
「でもそっちのが可愛くていいと思うのよ」
「はいはいありがとう」
「うちも華火のこと好きだよ〜」
祭は急に華火に抱き着いていた。
「なんでそうなるの!」
「そんなうちのことが、だーい好きな華火ちゃんには申し訳ないですが、今日のところは帰っていただきます」
華火がまた反論しようとすると、先に祭の言葉に先回りされた。
「私と一緒に」
「え」
華火はどうしてそうなったのか分からなかった。
「華火の言う通り、一人で学校に残るのって結構危ないものね。反省する。でもこの七不思議を解き明かしたい気持ちもあるから、また後日、ちゃんと準備してからこの三つ目に挑戦するのよ」
祭が続けて笑顔で言う。
「それに、こんな時間に女の子一人で帰すのは心配だものね」
「・・・祭ちゃんだって女の子でしょう」
「私には空手があるのよ」
守ってあげるのよ、とウインクをされた。
「・・・あっそ」
私は祭に慮られ、なんだかむずがゆかった。人に優しくされたのが嬉しかったのだ。でもそれ以上に、どうそれを祭に返せばいいのかわからなかった。結果として不愛想な態度をとってしまった。だが祭はそんなこと気にしていないようだった。
「ほら、華火。行こう」
うん、と華火が返事をしようとしたときだった。
音が聴こえた。最初は誰か先生が近づいてきてるのかと焦ったが、そうではないようだった。本当に、静かな空間だからこそ聞こえた、小さな音だった。
「ねぇ、なにか聞こえない?」
「え、ほんと?」
祭は気づいていないようだった。
「上の方から聞こえる」
華火と祭は階段を静かに上がった。
正直こんな夜遅くに、突然聞こえてきた音なんて怖くて仕方ない。しかも動けば残ってる先生に見つかる危険も高まる。それでも、原因がわからないまま家に帰ればそれこそ夢見が悪そうだった。
階段を上がるにつれて祭も音に気付いたようだ。
「たしかに聞こえるね。音楽?なんかクラシックかな」
近づくにつれて音がはっきりとしてきた。そう、たしかにクラシック音楽のような曲が聞こえる。どこから流れているのかを探るうちに、五階まで来てしまった。
「ねぇ、華火。ここまで来たってことはさ、もしかしてなのよ・・・」
そう、華火も祭の言わんとしていることがわかる。ここまでくれば予測してしまうし、予感してしまう。
「行ってみよう」
華火と祭はそれこそ細心の注意を払い、ゆっくりと音のするほうへ向かった。
音の出どころは、言わずもがな。音楽室であった。華火と祭はお互いの顔を見合わせ、無言でうなずく。華火が鍵を使い、再び音楽室の扉を開けた。
奥から音楽は流れているようだった。
そろり、そろり、音の方へ近づいていく。息を潜めて、暗い教室を手探りで進んでいく。
奥へ、奥へと。
祭が音楽室の中でさらに扉を見つけた。
「華火、ここ」
華火はうなずき、そのドアノブに手をかけた。
ギィ・・・
「開いた・・・」
音はもう間近だった。
部屋の中も暗く、よくわからなかったが、音のするほうに進めば机があった。
「これだ!」
祭は声を上げる。
音の正体は携帯だった。そのアラーム機能だった。二人は働かない頭でどうして携帯がここでなっているのかを考えた。
「あんたたち、何してるの?」
後ろを振り向けば、女が立っていた。
「「ひゃあああああああああああああああああああ!!!」」
本日のオチ。女は音楽の先生だった。
あの部屋は音楽準備室だったようだ。音楽室と音楽準備室を行き来できるように取り付けられていたのだ。準備室は楽器ももちろん置かれているが、応接間のような役割も持っており、大きめのソファが置いてあるらしい。先生はどうしても眠くなり、アラームをかけ、そのソファで仮眠していたところを華火と祭にかぎつけられたのだ。
【四つ、夜に音楽室からピアノの音が聞こえてくる】が本当の意味で、スマホのアラームだったのかはわからないが、今回の件を踏まえると、代々の音楽教師が夜中に音楽を弾いたり聴いたりしていたのだろう。
もちろん、見つかった二人は大目玉である。当然、音楽室の鍵の保管場所も廊下の額縁ではなくなった。
「いやぁ、ひどい目にあったね~」
「ほんとだよ。疲れた・・・」
二人は力なく岐路についていた。祭は本当に華火を家まで送ってくれるようだった。
「それにしても、音楽の先生めちゃくちゃ怖い顔だったなぁ」
「うん、鬼のようだった」
「でも思い出すとちょっと面白くない?」
「そう?」
「だって考えてもみなって、うちら学校七不思議を求めて学校に忍び込んで先生の寝床に奇襲をしかけたのよ?正直、金一封並の働きだと思わない?なかなか出来ないのよ」
「たしかにそうかも」
「でしょう!?写真撮っとければなぁ、絶対真水ちゃんに高く売れたと思うのよ」
思わず華火から笑いがこぼれる。
「ふふふ、祭ちゃん本当に売りつけそう」
「良心的な心と価格で販売したいでげすね」
「全然良心的な顔してないよ?」
二人は笑いながら歩いていた。もう少しで駅だったが、周りには人の気配がなかった。すると声が聞こえた。
「キョウ!!!」
叫び声にも似た声だった。