四月二日:三
祭が取り出したメモには数字がいくつも書かれていた。
「祭ちゃんが今回は役立ちますとも、えぇ、お役立ちなのよ!一家に一台祭ちゃん!!」
「ほう」
「そんな冷静な相槌を!華火のテンションが爆上がりするようお勤めするのよ!」
もう少し自分のテンションを落ち着かせてくれてもいいんだけどな、と華火は思った。
華火の思いとは裏腹に祭は続けていく。
「なんと祭ちゃんは事前に学校中の階段という階段を調べ、段数まで数え切ってやったのよ!この五つ目の七不思議は安心してくれたまえ!安心して私に身を任せてくれていいのよ!」
「お~、すごい。最後ちょっと意味合いがおかしい気がするけど」
「え?頼もしくて涙が出てくるって?嬉しいな、うちも大好きだよ」
「一言もそんなこと言ってないな」
「恥ずかしがりだなぁ、シャイガール」
「よくもまぁ、そんなに口が回るね・・・」
「うちの唯一の特技といっても過言じゃないのよ」
「え、ほかにもあるでしょ?」
「強いて言えば空手だけど、空手は特技という感じじゃないのよなぁ、五体満足の若者が自転車に乗っていても誰も拍手はしないでしょ?」
「あなたの空手は自転車に乗ることと同義なのか」
「なかなかどうして、空手部で練習しいていても、かなり体力に余裕がある感じで終わってしまうのよ。それこそちょっとウォーキングしたな、くらいな感じで」
「それはもう言いたくはないけど、練習で手を抜いているんじゃないの?」
「失敬な、一応去年は個人でインターハイ三位なのよ」
「それは立派な特技だし、むしろもっと誇ってほしい」
一通り軽口を言い合った後、二人は会話の軌道修正した。
「じゃあ、次はとりあえず祭ちゃんのメモに従って、隠れながら階段を調べていこう」
華火はどこから回っていくのが一番効率がいいのか考える。この学校は東南北と三か所に階段が作られている。そして東側には第二校舎とつながる渡り廊下がある。
「今、私たちは二階にいる。階段は各階三か所ずつある。まだ先生たちがいる時間帯だから、職員室が近い東階段は避けるべきでしょう。とするなら、南階段か北階段からだけど、渡り廊下をぬけて第二校舎の方の階段も調べるなら、北階段一階から上がって、南階段から下って、途中三階で第二校舎に抜けて、そっちも調べるっていうのがいいかな」
「さすが華火!実は参謀とか向いてるんじゃないの~?」
「いや、これくらいならみんなすぐに思いつくよ」
二人は次に向かうべく北階段へ向かう。もちろん音楽室の鍵は閉め、絵の額縁の隙間に挟んできた。
華火は中腰で慎重に常に気を張った感じで進み、祭はほとんど座っているかのような姿勢で、今にも鼻歌を歌いそうなほどニコニコと進んでいた。緊張感が全くなかった。
「よし!北階段着いたのよ!調べていくぞ~!」
「ごめん、ちょっと待って、休憩・・・」
一階北階段に着く頃、私の腰はかなり疲労がたまっていた。ずっと中腰で警戒しながら歩いてきたのだから、当然と言えば当然である。
「だらしないなぁ、しょうがない!ここは運動部でもあるうちが、一肌脱ごう!」
祭は疲れを感じさせないフットワークで階段の段数を調べていく。
「ここは朝と同じ段数だなぁ」
「え、はやい。もう数え終わったの?」
「まぁ、こんなのすぐだよ」
さすが全国クラスの空手少女、フットワークが軽い。体力もある。
「よし、次行くのよ!」
この調子で北階段を順調に制覇し、南階段に移り、五階からとうとう三階まで下りてきた。
「いやぁ、ないねぇ~」
祭がぼやく。
「とりあえず三階だし、第二校舎行こう。可能性としては低いと思うけど念のため。向こうは三階建てだし、階段は一通りしかないから、こっちよりは楽でしょう。それに向こうは、先生たちがいないだろうから少しは気が楽・・・」
いまだ本日の収穫もなく、二人は第二校舎へ向かった。第二校舎への渡り廊下は窓の面積を広くとっており、外の様子が見やすい。私は外の様子を見て、ふと声を上げた。
「今日は雲もなくて、いい夜空だね」
「月が綺麗ですねって言ってあげてもいいのよ」
祭が悪ノリしてくる。
「私、死にたくないわ」
華火はいたずらっ子のような笑顔で答えた。
「振られたぁ~」
夜も深くなってきたころに、学校でこんな文学的な洒落を言うことになるとは思っていなかった。なんだか少し、自分が理知的に思え、嬉しくなる。
「あ、やっと笑った。よかった、華火楽しくないのかと思ってちょっと不安だったのよ」
確かにずっとばれないか冷や冷やしていて、笑う余裕がなかった。
「・・・ずっと楽しいよ」
「そっか」
第二校舎は先生の目が届きづらいだろう、ということで先ほどよりも堂々と動き回ることが出来た。調べた結果、第二校舎も階段の段数に変化はなかった。
「ふぅ、少しこの辺で休憩するのよ。第二校舎なら気兼ねなく休憩できる」
華火と祭は第二校舎の廊下に座り込み、壁にもたれかかりながら水分をとったり、お菓子を食べたりした。現在時刻は午後九時半、調査を始めてからおよそ一時間半が経った。
「制服で家まで帰るとなると警官とか怖いし、十一時が調査のタイムリミットかな」
意外と祭は冷静だった。歩きながら、祭の好きなものだったり、春休み中の楽しかったことを聞いた。祭はデデニーランドが好きらしく、今度一緒に行こうと誘われた。ちなみに十一時、という時間は祭が以前、デデニーランドからの帰り時間だったらしく、警察に声をかけられてもへっちゃらだったと言う。祭と遊びに行ったら退屈しなさそうである。
残すは南階段三階分と東階段だ。南階段を調べきり、とうとう東階段へと到達した二人だった。
「うちの学校、階段多すぎじゃない?」
「うん、ちょっとね」
祭の言うこともわかるが、実際、この階段の多さは緊急時の避難経路としての役割があるためだろう。
「じゃあ、今回は私が数えるから、祭ちゃんは見張りしてて」
「ガッテンガッテンよ」
華火が階段を数えながら上がろうとした瞬間、華火の足が床に引っ掛かった。体制を崩し、前へ倒れ込む。華火はとっさに目をつぶった。手で、自分の体をガードしようと力を入れた。
衝撃はなかった。なぜなら祭が華火の体をしっかりと、支えていたからだ。
「あ、ありがとう」
「どいたまよ~、暗くなってるし、気を付けてね~」
体 制を崩したところを支えてもらう、これは、女子憧れのシチュエーションの一つではないだろうか。
「結構ヒビが大きくてこの階段危ないな~、タイルが盛り上がってきちゃってるのよ」
華火も自分がひっかっかった場所を探し、よくよく確認した。
「これは確かに昼間だったら気にしないかもしれないけど、夜だと怖いね。なんだかここだけ変に段があるみたいになっちゃってる」
・・・段がある?・・・ある。・・・増える。段数が増える?
「・・・あのさ、祭ちゃん」
「うん、まさかとは思うけど、これなの?」
二人は顔を合わせた。
「いやいやいや、でもこれ最近できたやつじゃない!?どう考えても七不思議として残ってるようなやつじゃないのよ!!!」
祭の言い分ももちろんわかる。しかし、本日何も収穫がないのも事実なのである。
「じゃ、じゃあ、この東階段全部見て回って、どこも変化がなかったら、もう一度ここに戻ってこよう」
「・・・異議なし」
結論から言えば全ての階段の段数は変わらなかった。
「祭ちゃん、東階段一階のタイルの盛り上がりと割れによる段差のようなものを五つ目の七不思議として認めていいでしょうか」
「・・・異議なしっ!」