四月一日:二
食べ終わっていた弁当箱をしまい、華火は立ち上がった。
「たしか銅像がある場所ってもう少し奥だよね、行ってみようか」
二人は裏庭の銅像へと向かう。
「そうえば、二つ目から検証してるってことは、一つ目はもう終わったの?」
「一つ目はありきたりで信憑性がないから飛ばしたのよ。効率も意識しないとね」
「不憫な花子さん・・・」
「バッドナンバーって感じで一曲作れそうだね!」
「色々怒られるよ。その曲が売れたら一定のバンドファンに叩かれて、花子さんの立場もないよ」
「そういう時は袖の下よ。印税収めれば花子さんも喜んでくれるんじゃないかな」
「もしそうなら現金な花子さんだよ。いやそうじゃなくて、失礼な話だからやめたほうがいいよ」
くだらない話を続けながら二人は裏庭を歩く。
「あ、あったあった、これこれ!」
雑談をしながら探していた祭はどうやら目当ての銅像を見つけることができたようだ。
「この銅像の向きが変わる・・・」
華火はまじまじと銅像を見つめた。見れば見るほど普通の銅像である。ただし、「謙虚」がタイトルに入っているだけあり、銅像の頭が少し屈んでいるようにも見える。
「・・・なんっも、ないのよな」
二人で十分ほど銅像を観察したが、何も成果は出ず、祭がサジを投げ出そうとしていた。
「やっぱりこういうのって迷信なんじゃない?」
「え〜、そうなのかなぁ。面白そうって思ったのになぁ」
「違う七不思議とか調べてみる?」
「いや、他のは時間帯がちょっと・・・」
祭が言い淀む。
「この七不思議ほとんど夜がメインっぽいのよ」
ああ、確かに思い起こせば、夜、というワードが入っている話が三つ。断定はできないが、月が入っている六つ目を入れれば、過半数が夜に限定される。
「じゃあこれも時間帯があるんじゃない?」
「あ、そうかも」
少し時間をあけ、夕方に学校に戻ることにした。暇をつぶすために二人は近くの複合施設、いわゆる、ショッピングモール的な場所に向かった。
「華火とこんな風に出掛けるなんて初めてだよね~、やったね」
「そうだっけ」
「そうだよ〜、いつも華火忙しそうだったし、うちも空手部あったからなのよね〜」
「そっか。部活、大変だもんね」
「クールだねぇ。部活は基本毎日あるからね。まぁサボればいいんだけど」
「それは良くないよ」
「そこはほら、個性なのよ」
「深くは言わないよ」
「言われないとそれはそれで深く刺さるのよなぁ」
「罪悪感があるならまだ更生の余地あり、かもね」
「華火はしっかりしてるのよね~。真面目だし、本当に同い年?」
「・・・もしかしたら年下かもしれませんよ」
祭は大きな声で笑い出した。
「んなわけないだろ同い年!」
「まぁね」
二人はぶらぶらと施設内を巡り、24(トゥエンティフォー)というアイス屋でお互い好きな味のアイスを購入した。
「ここ、空いてるよ」
華火が見つけた飲食スペースで二人は腰を落ち着けた。
「華火の何味?私はポッピンポッピン」
「それ何味?私はラムネ」
「ラムネ美味しいよね〜。ポッピンポッピンは食べるとポッピンな気持ちと口の中で広がるパチパチ感がいいのよ」
「・・・そうなんだ」
正直やばい食べ物に思えたが、アイスと共に飲み込んだ。
アイスを食べながら祭は色々な話をしてきた。〇〇先生は怖い、最近はこのアイドルが売れている、恋バナを聞きたい、勉強は理系の方が得意、周りに成績が悪いと思われているが、部活に行くためにそこそこ頑張っている、など。華火は相槌を打ち、簡単に受け答えするだけでどんどん時間が過ぎていった。
「あ、そろそろ戻る?」
祭が時計を見る頃には夕方、十六時を過ぎた頃合いだった。
「そうだね、外も日が沈んできた」
二人が学校に着いたときにはちょうど綺麗な夕焼け空だった。西日が強い、赤い空だった。
「あ、わかったかも」
華火と違い、いろいろな角度から銅像を見ていた祭は声を上げた。
「え、ほんとに向き変わりそう?」
「向きが変わる、というか、角度が変わる、かな」
祭に手招きをされた方から銅像を見てみる。
「・・・なにも変わってないよ?」
「いや、よく見てみなよ。銅像のシルエットを」
「あ」
そう、銅像の向きが変わる。ならぬ、角度が変わる。それは銅像に西日があたり、逆光になったときに見える銅像のシルエットのことだった。西日により銅像自体の凹凸が見えづらくなり、逆に影が濃くなることで、銅像とその影が同調して見える。そのため、銅像のシルエットが人の横顔のように見えるのだ。もちろん明確に見える、というほどのものではない。二度見すれば簡単にその間違いを正せるほどだ。目の錯覚である。しかし確かに、急いでいたり、西日が強くなったあたりにふと見れば、壁に移った影によって銅像の向きが変わった、と思えるかもしれない。
もう少しで夜になる。このまま次の七不思議に取り掛かるのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「続きだけど、今日のところはやめておこうか」
「もう少しで日も落ちるよ?」
「うん、そうなんだけどさ。最近物騒だし」
物騒というのは今朝校長先生が話していた殺人事件についてだろう。
「じゃあ今日はこれで解散?」
「そうだね〜。続きはまた明日なのよ」
「明日はやるのね」
「そりゃもちろん」
あたりまえ、という顔が少し憎らしくも思えた。
「祭ちゃんの判断基準が良くわからないよ」
「あはは。うん、まぁ事件とか色々あるけど、実は妙な噂もあるのよ」
「噂?」
「そ、最初は七不思議じゃなくてそっちを調べてたんだけど、あまりにもわからなくてやめたのよ。華火は知ってる?眠り姫の噂」
「眠り姫?」
華火は首を傾げる。
「そう、なんでもこの学校の屋上から女の子が飛び降りたっていう噂があるんだけど、そんな事実なんてないのよ。ましてやその女の子は傷一つつかず、ただ眠り続けているっていう」
「眠り続けてる・・・?」
「そう、いいとこ意識不明で倒れてるってことだと思うけど、最近あった事件のこともあるし、その女の子はもう死んでしまっている、っていう方がしっくりくるのよね~」
「死んでる・・・」
「ああ、ごめんごめん、そういう話苦手?」
華火のことを気にした祭はすぐに気にしないで、と笑顔になった。
「こんな話良くないわよね。私自分がミーハーって自覚があるから、すぐこういう話気になっちゃうのよ」
「祭ちゃんは噂好きなんだね」
「うるせぇい」
照れ隠しをしている祭は可愛らしかった。だが華火もその噂がとても気になった。なんだかとても胸が締め付けられたのだ。私は校舎に残るのは良くないと思いつつ、学校にもう少し残ることにした。